アイルランドの修道女フィデルマが滞在中のローマの僧院で殺人事件が起こる。殺されたのはカンタベリー大司教の指名者ウィガードで、犯人はアイルランド人の修道士だとだれもが思っているようだ。もしそうならアイルランドとサクソンの間の争いが再燃する。
翌朝、ゲラシウス司教に呼び出されたフィデルマの前に現れたのは、ローマに滞在中のサクソン人の修道士エイダルフだった。前日挨拶にいったフィデルマが〈アイルランドのブレホン法の法廷に立つドーリィー〉と答えたのを覚えていたゲラシウス司教が、以前、フィデルマとエイダルフが協力して事件を解決したことから、今回もと命じた。二人の護衛に宮殿衛兵隊の小隊長リキニウスがつく。
真実を探ろうと二人は関わりのあった人たちに会って話を聞く。続く殺人、第三の殺人と追いかけるよりも早く事件は続いていく。殺人だけでなく、好色な修道士や、アレキサンドリアの図書館の放火による火事から救い出された貴重な本を巡る事件がある。ハードボイルドの女性探偵のようにフィデルマは地下墓地で襲われる。やがて殺されたカンタベリー大司教の指名者ウィガードの過去が明らかにされる。権力欲と色欲と所有欲、そして兄弟愛がフィデルマの明晰な頭脳によって明らかにされる。
なにも思わず7世紀アイルランドの修道女のシリーズとして読んでいたが、この時代だったのだ。
【「預言者?」「三十年ほど前に、亡くなった“メッカのムハンマド”のことです。彼の教えは、野火のように東方の人々の間に広がっていきました。彼らは、この新しい宗教をイスラム教と呼んでいますが、これは、“唯一神”、あるいは“アラーへの服従”という意味です。」】
アレキサンドリアの街への襲撃、そして図書館の放火について、
【「イスラム教というのは、ほんの数十年前に予言者ムハンムドが始めた新興宗教の信者だが(中略)彼らは、新しい教えに改宗しない者を“異教徒(カーフイル)”と称し、彼らの指導者たちは“聖戦(ジハード)”と叫びつつ、あらゆる“異境徒”を襲いはじめた。」】
事件を解決しローマでの用件も終わり、フィデルマはアイルランドに帰る船に乗ろうとしている。エイダルフが見送りにきているところへリキニウスがお別れの品を持ってくる。ゲラシウス司教もやってくる。エイダルフは船が見えなくなるまで見送っていた。
(甲斐満里江訳 創元推理文庫 1300円+税)