タチアナ・ド・ロネ『サラの鍵』を読み出した

ジル・パケ=ブランネール監督による映画『サラの鍵』がすごくよかったので、見た後すぐに本を頼んだら今日の午後届いた。厚くて郵便受けに入らず部屋まで届けてくれた。ありがたい。表紙がとても静かにきれいで、本文の文字組がとても読みやすい。だがページ数が多い。全部読み上げるのにいつまでかかるか心配になってきた。
なんて心配は置いといてと早速読み出した、映画の最後のところが気になっていたものだから、終わりのほうを読んだ。晩ご飯前だから大忙し読書30分(笑)。晩ご飯の片付けをすませて真ん中あたりを読んでいる。
フランス警察に連行されたサラとサラの両親の悲惨な生涯、サラの弟は悲惨に死んでいた。
ジュリアの調査でいろんなことが明らかにされていく。

映画と小説とでフランスで実際あった出来事を調査し掘り下げて行くジャーナリストの仕事と生活を読んで考えて当分毎日が埋まりそう。
(高見浩訳 新潮クレストブックス 2300円+税)

ディケンズ『荒涼館』をまた読んでいる

押入れに積んである本を入れた段ボール箱を片付けるためにぼちぼち出している。14箱目を開けたらディケンズと池波正太郎が入っていた。それは数日前のことだったが、『荒涼館』の表紙を見たら辛抱できない。さっそく1〜4巻あるのを読み出した。1冊目のはじめと4冊目の終わりを懐かしく読んだ。好きなところはよく覚えていてもう一度楽しむ快感に酔った。いま2冊目を読み出すところ。うまくできたストーリーに引き込まれる。

いろんなお屋敷や上流家庭のそれぞれの台所事情を読むと、『高慢と偏見』だって裏側というか使用人側はこんなんやったのかとかいろいろ勉強になる。
そしてロンドン貧民街の貧しい人たちの暮らしや、上流中流からそこへたどり着いて貧しく暮らして死んでいった人の生涯の悲しさもある。

主人公エスタのまっすぐな気性と苦難から逃げない生き方が素晴らしい。子供のときから頼るものなく生きて、運良くというか、それしかない生活をするしかなくて、でも真面目な大人に好かれ支持される。ディケンズの女性主人公たちの中でいちばん好きだ。この調子で今回も2巻3巻を続けて読んでしまおう。

果物とお茶と『荒涼館』の午後

昨日の夜、押入れの本の入った段ボール箱の最後の5箱のうち大きな1個を開けたらディケンズと池波正太郎の文庫本がびっしり入っていた。この二人の本は処分できないなと部屋の奥に片付けた。今日はその中から『荒涼館』を探してエスターの純情にひたることにした。午後の楽しみ。わたしがディケンズの作品中もっとも好きなのがこの『荒涼館』である。

1989年に出版された本だが分厚くて4冊ある。お金がないしと躊躇しているうちに日にちが経った。忘れてしまったままだったが、読みたいと話したり書いたりしていたようで、数年前にイギリスに転居する人がディケンズの文庫本をタダでくれるという話が舞い込んだ。運賃だけで大量の文庫本をいただいて幸せ。もちろん『荒涼館』もあった。ものすごくうれしくてしゃべりまくり、書きまくって自慢してすぐに読み上げた。思ってたよりもずっとよかった。ちょっと『ジェーン・エア』に似ている。

主人公のエスターはまじめで誰からも好かれる少女であるが、大変な境遇の中でまともに生きようと努力し報われる。彼女は実はデッドロック準男爵夫人ホノリアの私生児であった。
物語の最後のほうで荒涼館の持ち主ジョン・ジャーンディスに荒涼館の主婦にならないかと結婚を申し込まれるが、エスターには愛する人ができてついにその人と結婚する。そして荒涼館の主婦になり、その後は幸福な毎日を送る。

梨とリンゴと柿、そしてコーヒーとビスケット。おやつと読書の午後は穏やかに暮れていった。

今日買った本は『ハティの最後の舞台』と『侍女の物語』

用事だけすませてまっすぐに帰るのはつまらないので、姉の家からの帰り堂島のジュンク堂へ寄った。大きな本屋に入るのは久しぶり。ふだん行く本屋はクリスタ長堀と東急ハンズ地下の本屋くらいだ。週刊誌と女性誌はスーパーかコンビニで買う。

昨日ツイッターでミステリ評論家2人が褒めていたミンディ・メヒア『ハティの最後の舞台』はハヤカワ文庫の棚の前に立ったら目の前にあった。もう1冊なにか買おうかと本棚の前をぶらついたら、すぐにマーガレット・アトウッド『侍女の物語』があった。この本が翻訳出版されたとき読もうと思ってから何年も経っている。その後も読もう買おうと思いながらミステリ優先で買わなかった。そして最近になって読まなきゃという気分が強くなっていた。帯に「トランプ政権の未来がここにある」と書いてある。ということで今日はハヤカワ文庫を2冊買った。
ロマンスものを1冊買いたかったが、これっというのが見当たらなくてやめた。そのうちぱっと「これっ」というのにぶつかったとき買う。

ハヤカワ文庫の次の楽しみはサラ・パレツキーさんの『FALL OUT』の翻訳刊行です。

夏に読む本、マルグリット・デュラス『タルキニアの小馬』

マルグリット・デュラスが好きで、特に『タルキニアの小馬』が好きな時代が長かった。ここ数年は読まなくなったけど、30年くらいは毎年夏になると本棚から引っ張り出して夏の間机の上に置いていた。好きな箇所は覚えていて読まなくてもわかるが、じっくりと読むときもあった。小さい男の子がいるインテリの夫婦と友人が夏休みを暑い田舎で過ごす。夫婦は別荘を借り、友人はホテルにいる。3人はその避暑地(?)の中心人物で、みんないっしょに泳ぎ酒を飲む。そこへモーターボートに乗った男性が現れ、別荘住まいの妻に惹かれる。暑さの描写がほんとに暑そうで、特に暑い日は声に出して読むほどだった。

1953年の作品だからいま思うと作中人物の男女関係にちょっと慎ましいところがある。海に漂いながら、ホテルのバーで飲みながら、議論もあり恋もあり、フランスのインテリ階層らしい。そしてお酒をよく飲む。あれっ、なんていったっけ、お酒の名前がいま出てこない。たしかビターカンパーリっていうんだった。

毎日暑くて暑くてたまらない大阪の夏。避暑なんてとんでもないが気持ちはタルキニアに飛んでいた。
(田中倫郎訳 集英社文庫)

寝たら治る

昨日はいつもの木曜日と同じように姉の家に行き雑用して帰ったのだが、帰りしに梅田へ寄ってあちこちまわったのも疲れの原因になったみたいだ。とにかく体力、特に脚力が昔のようにはいかない。できるだけさりげなく歩こうと思っているのだが。

昨日は初めて読む多和田葉子さんの『献灯使』が届いていたのでちょっと読んだ。文庫化されたのが注文した翌々日に手元に届くという快挙だから短編ひとつでもすぐに読まなきゃ。
表紙カバーにいろんな賞をとった本の紹介があるのだが、芥川賞をはじめとして山ほどもらっておられる。タイトルがよかったので、泉鏡花賞を受けた『ヒナギクのお茶の場合』を続いて注文した。わたし当分多和田さんでいくみたいだ。

今朝はからだがだるくて10時に目が覚めたものの起きられず寝込んでしまい、次に目が覚めたのは1時だった。睡眠で疲れはかなりとれてあとはいつもどおり。洗濯して片付けして本を読んで、相方が聞いているヨーロッパのDJたちの演奏を長時間体感した。
これで休日は終わり、明日は土曜日、あさっては日曜日。

永井荷風『濹東綺譚』を青空文庫で

午後から空がにわかにかき曇った感じになった。「一天にわかにかき曇り」という言葉を思い出しひとりにやにや。
こりゃ雨になるでと洗濯物を取り入れてベランダを片付けた。期待のとおりに降ってきたけど植木の水まき程度で降り止んでしまった。ネットニュースを見たら長野県の一部で大雨が降ったようだ。最近の雨はほんまに情緒がなくて大降りか降らないかだ。雨といいう言葉で永井荷風の『濹東綺譚』を思い出した。突然の雨に傘をさしたら「檀那、そこまで入れてってよ。」といいさま、傘の下に真白な首を突込んだ女がある。この一節が好き。『青空文庫』を開いたらあったのでこれから読む。岩波文庫版も持っているのだけれど。

暗くなったころに空を見たが月は見えず。東の空なら建物がじゃまになって見えないのだからしょうがない。南→西→北で建物が邪魔してなければ見えるのだが。
9時になったのでベランダへ出たら南のほうの高いところに雲に隠れつつ見えた。なんとなく安心して眺めていた。月が見えたとか星が見えたとか簡単なことで幸せになる(笑)。
11時過ぎているのに気がつきもう一度ベランダに出たら十一夜くらいの月が煌々。さて、今夜は『濹東綺譚』を青空文庫で。

読みかけ本、村上春樹『騎士団長殺し』と金井美恵子『ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ 』

昨夜から村上春樹『騎士団長殺し』を読みだした。村上さんの本はほとんど読んだことがなかったが、今回は友だちに頼んで貸してもらった。その前に同じ友だちに金井美恵子の『ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ 』をお借りしているのを読んでいたからややこしい。全然違う日本語なんやから。

『騎士団長殺し』(上)がおもしろかったからもうちょっと村上慣れしようと思って読んでいたら4時近くなってた。金曜日とはいえ遅くなったなと反省しながら横になったのだが、えらく寒い。毛布を出して上にかけたがからだが冷えている。じっと目をつぶって眠くなるのを待った。寝付いてしまうと熟睡するので朝になったのにも気がつかず寝ていた。目が覚めたら土曜日の昼になっていた。

さっきツイッターに書いたんだけど、
10時30分:7月4日に『お嬢さん』のBlu-rayが届くので、予習しておこうと原作(サラ・ウォーターズの『荊の城』創元推理文庫)を読み返した。めちゃ、好きや〜
10時50分:サラ・ウォーターズの『荊の城』(創元推理文庫)を読み返したら、『夜愁』も再読したくなりアマゾンに注文。最初は図書館で借りたから、今度は自分の本を読む。

実は、いまめちゃくちゃ読みたいのはサラ・ウォーターズの本。やっぱり翻訳ものがわたしの好みみたい。
でも今夜からしばらくは、金井美恵子と村上春樹を優先して読む。

川端康成『虹いくたび』

クリスタ長堀の本屋さんで目についた文庫本。去年の3月に46刷改版とある。出てるのを知らなかった。

昭和25年3月号から26年4月号の『婦人公論』に連載された作品で、作者50歳から51歳のときと北条誠の解説にあった。北条誠とはなつかしや、雑誌『ひまわり』にすごーく甘い連載小説を書いていた作家だ。
このころの「婦人公論』が家にあったのか、読んだ記憶がある。もしくは単行本になったのをのちのち読んだのか。どっちにしても昔のことだ。
川端康成といえばずっと『乙女の港』だったから、そのあとに読んだのならずいぶん薄気味悪かったんじゃなかろうか。『雪国』とかのあとなら納得したかしら。昔のことで思い出せない。『ひまわり』連載の『歌劇学校』もどっかじめっとしたところがあったっけ。

百子、麻子、若子の父親が同じだが母親がそれぞれ違う3姉妹の物語。百子は戦争で恋人を亡くして、戦後のいまは少年たちと遊び戯れている。結婚せずに百子を生んだ母親は自殺し、父親に引き取られて妹の麻子といっしょに住んでいる。若子は京都で母親とともに暮らしている。麻子はまだ会ってない妹を探しに京都へ行ったけどわからなかった。
建築家の父親は東京から娘を連れて京都や箱根によく出かける。麻子と父親は箱根に行ったとき別行動の百子が美少年を連れているのに気がつく。黙って自分たちの宿に行った父と娘。父が温泉に入っていて、そこに麻子が入っていく。美しいはだか〜 ああ、びっくり〜 父と年ごろの娘が同じ風呂に入る〜(小津安二郎の『晩春』では父と娘が宿でふとんを並べて寝てたけど、あれに匹敵するショック)

そこでちょっとひっかかったけど、『古都』や『山の音』に比べると完成度が低いけど妖しいところのある作品で気に入った。もう一回読もう。
(新潮文庫 550円+税)

ジーン・ポーター『そばかすの少年』とリンバロストの森

何度も読んでいる古い物語の1冊。たいてい広げたら好きなところを出して読むが、今回は最初から読んでみた。そしたら物語はもちろんわかりすぎているけど、細部がはじめて読んだみたいに新鮮で、そりゃ美しい物語で、こんなところがあったっけかとうれしい読書である。

村岡花子訳の角川文庫マイディアストーリーの1冊。同じ文庫の『リンバロストの乙女 上下』の前編になる。主人公の「そばかす」は火事で両親を失った上に片腕を失い孤児院で育った。仕事を探そうと孤児院を出たそばかすは、お腹を減らして森へたどりつく。森の木材の権利をもつマックリーンさんは飢えた少年と話して清潔な人柄に感じるものがあり森の木材の見張り役に雇う。

それからは森のはずれに住むダンカンさん夫婦の家に寝泊りして一生懸命に働くのだが、森の生き物や植物の生態に目覚め勉強をはじめる。もちろん仕事の手は抜かない。
気に入った場所を自分の「部屋」としていろんな植物を壁や床に生やし、マックイーンさんが注文してくれた大きな箱に本などの「宝物」を入れた。
そのリンバロストの「部屋」はのちに「リンバロストの乙女」であるエルノラに好きに使うようにと伝言があった。

「リンバロストの乙女」の終わりのほうで、エルノラがわけあって家を出たとき「そばかす」に助けを求めて会いにいく。彼は立派な大人になっていて、初対面の二人はのっけから話が合い、彼は彼女をエンゼルがいる自分の家に連れて帰る。リンバロストの森を愛する人はみんなともだちだ。