夏に読む本、マルグリット・デュラス『タルキニアの小馬』

マルグリット・デュラスが好きで、特に『タルキニアの小馬』が好きな時代が長かった。ここ数年は読まなくなったけど、30年くらいは毎年夏になると本棚から引っ張り出して夏の間机の上に置いていた。好きな箇所は覚えていて読まなくてもわかるが、じっくりと読むときもあった。小さい男の子がいるインテリの夫婦と友人が夏休みを暑い田舎で過ごす。夫婦は別荘を借り、友人はホテルにいる。3人はその避暑地(?)の中心人物で、みんないっしょに泳ぎ酒を飲む。そこへモーターボートに乗った男性が現れ、別荘住まいの妻に惹かれる。暑さの描写がほんとに暑そうで、特に暑い日は声に出して読むほどだった。

1953年の作品だからいま思うと作中人物の男女関係にちょっと慎ましいところがある。海に漂いながら、ホテルのバーで飲みながら、議論もあり恋もあり、フランスのインテリ階層らしい。そしてお酒をよく飲む。あれっ、なんていったっけ、お酒の名前がいま出てこない。たしかビターカンパーリっていうんだった。

毎日暑くて暑くてたまらない大阪の夏。避暑なんてとんでもないが気持ちはタルキニアに飛んでいた。
(田中倫郎訳 集英社文庫)

寝たら治る

昨日はいつもの木曜日と同じように姉の家に行き雑用して帰ったのだが、帰りしに梅田へ寄ってあちこちまわったのも疲れの原因になったみたいだ。とにかく体力、特に脚力が昔のようにはいかない。できるだけさりげなく歩こうと思っているのだが。

昨日は初めて読む多和田葉子さんの『献灯使』が届いていたのでちょっと読んだ。文庫化されたのが注文した翌々日に手元に届くという快挙だから短編ひとつでもすぐに読まなきゃ。
表紙カバーにいろんな賞をとった本の紹介があるのだが、芥川賞をはじめとして山ほどもらっておられる。タイトルがよかったので、泉鏡花賞を受けた『ヒナギクのお茶の場合』を続いて注文した。わたし当分多和田さんでいくみたいだ。

今朝はからだがだるくて10時に目が覚めたものの起きられず寝込んでしまい、次に目が覚めたのは1時だった。睡眠で疲れはかなりとれてあとはいつもどおり。洗濯して片付けして本を読んで、相方が聞いているヨーロッパのDJたちの演奏を長時間体感した。
これで休日は終わり、明日は土曜日、あさっては日曜日。

永井荷風『濹東綺譚』を青空文庫で

午後から空がにわかにかき曇った感じになった。「一天にわかにかき曇り」という言葉を思い出しひとりにやにや。
こりゃ雨になるでと洗濯物を取り入れてベランダを片付けた。期待のとおりに降ってきたけど植木の水まき程度で降り止んでしまった。ネットニュースを見たら長野県の一部で大雨が降ったようだ。最近の雨はほんまに情緒がなくて大降りか降らないかだ。雨といいう言葉で永井荷風の『濹東綺譚』を思い出した。突然の雨に傘をさしたら「檀那、そこまで入れてってよ。」といいさま、傘の下に真白な首を突込んだ女がある。この一節が好き。『青空文庫』を開いたらあったのでこれから読む。岩波文庫版も持っているのだけれど。

暗くなったころに空を見たが月は見えず。東の空なら建物がじゃまになって見えないのだからしょうがない。南→西→北で建物が邪魔してなければ見えるのだが。
9時になったのでベランダへ出たら南のほうの高いところに雲に隠れつつ見えた。なんとなく安心して眺めていた。月が見えたとか星が見えたとか簡単なことで幸せになる(笑)。
11時過ぎているのに気がつきもう一度ベランダに出たら十一夜くらいの月が煌々。さて、今夜は『濹東綺譚』を青空文庫で。

読みかけ本、村上春樹『騎士団長殺し』と金井美恵子『ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ 』

昨夜から村上春樹『騎士団長殺し』を読みだした。村上さんの本はほとんど読んだことがなかったが、今回は友だちに頼んで貸してもらった。その前に同じ友だちに金井美恵子の『ピース・オブ・ケーキとトゥワイス・トールド・テールズ 』をお借りしているのを読んでいたからややこしい。全然違う日本語なんやから。

『騎士団長殺し』(上)がおもしろかったからもうちょっと村上慣れしようと思って読んでいたら4時近くなってた。金曜日とはいえ遅くなったなと反省しながら横になったのだが、えらく寒い。毛布を出して上にかけたがからだが冷えている。じっと目をつぶって眠くなるのを待った。寝付いてしまうと熟睡するので朝になったのにも気がつかず寝ていた。目が覚めたら土曜日の昼になっていた。

さっきツイッターに書いたんだけど、
10時30分:7月4日に『お嬢さん』のBlu-rayが届くので、予習しておこうと原作(サラ・ウォーターズの『荊の城』創元推理文庫)を読み返した。めちゃ、好きや〜
10時50分:サラ・ウォーターズの『荊の城』(創元推理文庫)を読み返したら、『夜愁』も再読したくなりアマゾンに注文。最初は図書館で借りたから、今度は自分の本を読む。

実は、いまめちゃくちゃ読みたいのはサラ・ウォーターズの本。やっぱり翻訳ものがわたしの好みみたい。
でも今夜からしばらくは、金井美恵子と村上春樹を優先して読む。

川端康成『虹いくたび』

クリスタ長堀の本屋さんで目についた文庫本。去年の3月に46刷改版とある。出てるのを知らなかった。

昭和25年3月号から26年4月号の『婦人公論』に連載された作品で、作者50歳から51歳のときと北条誠の解説にあった。北条誠とはなつかしや、雑誌『ひまわり』にすごーく甘い連載小説を書いていた作家だ。
このころの「婦人公論』が家にあったのか、読んだ記憶がある。もしくは単行本になったのをのちのち読んだのか。どっちにしても昔のことだ。
川端康成といえばずっと『乙女の港』だったから、そのあとに読んだのならずいぶん薄気味悪かったんじゃなかろうか。『雪国』とかのあとなら納得したかしら。昔のことで思い出せない。『ひまわり』連載の『歌劇学校』もどっかじめっとしたところがあったっけ。

百子、麻子、若子の父親が同じだが母親がそれぞれ違う3姉妹の物語。百子は戦争で恋人を亡くして、戦後のいまは少年たちと遊び戯れている。結婚せずに百子を生んだ母親は自殺し、父親に引き取られて妹の麻子といっしょに住んでいる。若子は京都で母親とともに暮らしている。麻子はまだ会ってない妹を探しに京都へ行ったけどわからなかった。
建築家の父親は東京から娘を連れて京都や箱根によく出かける。麻子と父親は箱根に行ったとき別行動の百子が美少年を連れているのに気がつく。黙って自分たちの宿に行った父と娘。父が温泉に入っていて、そこに麻子が入っていく。美しいはだか〜 ああ、びっくり〜 父と年ごろの娘が同じ風呂に入る〜(小津安二郎の『晩春』では父と娘が宿でふとんを並べて寝てたけど、あれに匹敵するショック)

そこでちょっとひっかかったけど、『古都』や『山の音』に比べると完成度が低いけど妖しいところのある作品で気に入った。もう一回読もう。
(新潮文庫 550円+税)

ジーン・ポーター『そばかすの少年』とリンバロストの森

何度も読んでいる古い物語の1冊。たいてい広げたら好きなところを出して読むが、今回は最初から読んでみた。そしたら物語はもちろんわかりすぎているけど、細部がはじめて読んだみたいに新鮮で、そりゃ美しい物語で、こんなところがあったっけかとうれしい読書である。

村岡花子訳の角川文庫マイディアストーリーの1冊。同じ文庫の『リンバロストの乙女 上下』の前編になる。主人公の「そばかす」は火事で両親を失った上に片腕を失い孤児院で育った。仕事を探そうと孤児院を出たそばかすは、お腹を減らして森へたどりつく。森の木材の権利をもつマックリーンさんは飢えた少年と話して清潔な人柄に感じるものがあり森の木材の見張り役に雇う。

それからは森のはずれに住むダンカンさん夫婦の家に寝泊りして一生懸命に働くのだが、森の生き物や植物の生態に目覚め勉強をはじめる。もちろん仕事の手は抜かない。
気に入った場所を自分の「部屋」としていろんな植物を壁や床に生やし、マックイーンさんが注文してくれた大きな箱に本などの「宝物」を入れた。
そのリンバロストの「部屋」はのちに「リンバロストの乙女」であるエルノラに好きに使うようにと伝言があった。

「リンバロストの乙女」の終わりのほうで、エルノラがわけあって家を出たとき「そばかす」に助けを求めて会いにいく。彼は立派な大人になっていて、初対面の二人はのっけから話が合い、彼は彼女をエンゼルがいる自分の家に連れて帰る。リンバロストの森を愛する人はみんなともだちだ。

『今、ふたたびの京都 ー東山魁夷を訪ね、川端康成に触れる旅ー』

去年の春先に久しぶりに京都へ行った。2016年3月27日、京都カライモブックスで山田真さんを囲んでお話を聞く会。公害問題や福島のこと、子どもの不登校についても話され聞き手からも活発な意見が出た。Yさんと一緒に行って終わってからも雑談したりして夕方引き上げた。帰りはYさんの車で京都駅まで送ってもらい、持っていた本を貸してあげた。川端康成『古都』は朝日新聞に連載された作品で、わたしは連載当時から愛読し、持っている本が古びると新しく買ってきた。京都へ行くときはバッグに入れておく。その日も行きしの電車で読んでいた。主人公の千恵子がものすごく好き。

あの日帰り道でふと思いついてYさんにお貸しした。宅急便でもどってきたときいっしょに入っていたのが本書と佐野洋子さんの『ヨーコさんの“言葉” それが何ぼのことだ』の2冊、お菓子も入ってたっけ。すぐに読んだのだが、返すのはいつでもいいと言ってもらえたのに甘えていままで借りっぱなしだった。そのうちなにかお礼の品をと思っているとよけいに返しにくい。
昨日ようようYさんが気に入りそうなものが手に入ったので、ようやくお返しできる。

さて、くちゃくちゃと前置きだけですんでしまいそうだ。本のことも書かなくっちゃ。
本書には東山魁夷の絵に飾られた川端康成の作品からの抜粋が載っている。小説は『古都』『美しさと哀しみと』『虹いくたび』の3冊の主人公たちがその場所を訪れて交わす会話が主になっている。
わたしは3冊とも読んでいるし、読むとその情景が目に浮かぶ。昨日と今日は開いては読み、開いては絵を眺めてその場にいる気分になっていた。
川端康成と東山魁夷の京都が素晴らしい。美しい女性が映える美しい京都。Yさん、この本を貸してくれてありがとう。
(求龍堂 1800円+税)

イーヴリン・ウオー『ブライヅヘッド ふたたび』読了

真面目な学生チャールスは大学で貴族のセバスチャンと知り合って彼の邸宅に招かれブライヅヘッド家の人たちと知り合う。ものすごく大きな屋敷に一家族と使用人が住んでいて、チャールスは夫人に好かれて客になっている。
やがてセバスチャンは酒におぼれて転落の人生を送るようになる。チャールスや側近の人たちがセバスチャンを探す役を頼まれて、遠隔地まで出かけるが、セバスチャンは帰ろうとしない。
妹のジュリアは非常に美しくて賢い女性で社交界に出てから執拗に迫られて大物政治家と婚約する。その下の妹コーデリアは美人でないせいもあるが、信仰心が厚くカトリック教会の仕事に熱心である。

チャールスは絵描きとして成功し、妻のシーリアは商才があり夫の絵をうまく世に出すことに熱心である、チャールスのほうは妻をちょっとうるさく感じている。二人の子どもに恵まれたのにあまり喜んでいない。
アメリカから帰る船で海が荒れてシーリアは寝込んでしまい、船酔いしない船客の集まりにジュリアとチャールスがいた。二人は海が荒れているあいだ、いっしょに食べて飲み座って話をし、歩きながら話す。
30代の男女の燃え上がる恋が美しい。

イギリスへ着いてから二組の夫婦の離婚が決まる。
ジュリアたちの父、ブライヅヘッド家の当主の死の病いに際してカトリックの神父がよばれる。なかなか死なない父の介護中にジュリアの気持ちが揺れる。
チャールスとジュリアは結婚しないと決めた。

最後の章、第二次大戦が始まって軍に徴用されたチャールスが行かされたのはブライヅヘッドだった。そこに残っていた年老いた召使いによると、ジュリアとコーデリアは戦争に行き、場所は秘密にしているが多分パレスティナにいるという。

美しく燃える恋。
死に瀕しているのになかなか死なない父を前にして変わっていくジュリアの気持ち。
(吉田健一訳 ちくま文庫 930円)

イーヴリン・ウオー『ブライヅヘッド ふたたび』を再読中

数年前に読んだのは図書館の本だったのか自分のを失くしたのか、もう一度読もうと思ったのに全然見当たらない。どうしても読みたくてアマゾンの中古本に吉田健一訳のがあったので買った。送料入れて1700円だった。古本としては高い。新しい訳本が出てないせいかな。上下になっているのもあったが訳者に惹かれてこっちにした。字が細かくて老眼には読み難いけど、原文と文体が合っているように思う。

読み出したら覚えてた通りでおもしろい。読んでいるうちに、こうだったなとうなづくところ多し。画家のチャールスと元お屋敷の令嬢でいまは人妻のジュリアの恋が後半になってゆっくりと燃え上がる。父親にその年でまた結婚するのかといわれるけど、たしか34歳だから当時(大戦間)のひとは大人になるのが早かった。

お屋敷とそこに住むひと関わるひとの物語というたらええかな。
若いジュリアはロンドン社交界に華やかにデビューする。そしてジュリアと結婚したいと手を尽くして求婚した男と結婚する。だが幸せでなかった結婚生活。
アメリカからイギリスへの船の旅はたいへん荒れてチャールスの妻は船室のベッドを離れない。船酔いに縁のないチャールスとジュリアは毎日揺れる船上で会い語り合う。

田山花袋『蒲団』

中学生の夏休みに一度読んだだけの本を青空文庫で読んだ。読みたい作品をiPad miniに入れてもらったのですごく読みやすい。
家には日本文学全集があって手当り次第に読んでいた夏休み。貧乏人の子沢山だからどこかへ行くということもなく、働きに行く者は行き、学校へ行ってる者は家事や母の内職の手伝いをした。弟は毎日自転車で仲間と遊びに出かけてた。わたしは家にある本を片っ端から読んでいた。

いちばんよく覚えているのは何度も読んだ『ジェーン・エア』で、これは一生の愛読書となった。漱石全集もそのころから読んでいた。文学全集の中に入っていたのに名前を忘れてしまった作家もたくさんいる。都会で学んでいた男子が病気して田舎に帰った話とか悲しい物語もあったが、作品名も作家名も忘れてしまった。

田山花袋の『蒲団』だって作家名と作品名のほか、いちばん最後の一節、作家が「蒲団にくるまって女の匂いを嗅ぎ、びろうどの襟に顔を埋めて泣いた。」ってとこ、いまだに覚えているところをみると、性的なものを感じたのね。親きょうだいにも言わなかったもんね。胸にしまい込んで(笑)。
いま読んだら、思いこんでいたより真面目な小説だった。私小説の代表みたいに言われているのも納得なのであった。