狭くて古くて汚いが好きな部屋

我が家は狭くて古くて汚い。一度用事で来た人が「料理写真を見て想像していた部屋と違う」と呆れていた。フェイスブックなどに出している料理の皿を白いテーブルに置いてあるのが豪華に見えてるんやって。写真を撮るだけの用途だからパソコン机の隅っこをきれいにして皿をのせて撮っているんやけど。

部屋に入ると入居40年のマンションだから壁は古びて剥がれているし床は汚れている。椅子の布部分には破れた箇所に古毛布などを巻いたりのせたりで、よその人が見たらビンボー丸出し。壁際はほとんど本棚だが、古びた背表紙がこっちを向いているから煤けた印象で読書好きでないとただの汚い棚に過ぎない。

わたしは日々部屋を見渡して良い部屋やなあといっている(笑)。テキトーに汚くて、本棚の本は選りすぐりだし。
それぞれの大きな机にそれぞれのmacがのっているのも得意。それと食卓と応接机を兼ねた木のテーブルも得意。50年くらい前に1ヶ月分の給料で買ったもの。いまは菜の花を挿した花瓶とみかんをのせたアフリカのざるがのっている。

思い出した。この部屋を借りたばかりの1979年末にロックマガジン社のイベントがあって、わたしらはそのためにも新町に住まいを借りようとしていたのだ。12月の末のことで、出演者をうちに泊めることになり、なんと11人が2部屋に雑魚寝した。ありったけの布団と敷物と寝袋を出してストーブをつけて寝たが、わたしは横になっていただけだった。翌日は阿倍野で終日イベントがあり、終わってから出演者をまた2人連れて帰って泊めた。

もう一度笠置へ行きたい

西六国民学校(小学校)1年〜4年の間に遠足で二度笠置へ行ったのを覚えている。二度とも天気が良くて空が青く、足元には草がいっぱい生えた広場に大きな石が何個かごろんと置いてあった。そこに行くまではお寺のようなところで、後醍醐天皇についての話があり、退屈しつつも偉い人だったということがわかった。
後醍醐天皇というと、そのときの大きな石を思い出す。そこでお弁当を食べたのも覚えている。風がそよいでいて友達と石の周りを鬼ごっこして遊んだ。ネットで調べたら、いまは笠置公園となっているようだ。

当時10歳としてそれからざっと75年経っているいま、死ぬまでに一度笠置に行っておきたいと思う。春か秋か、天気の良い日にタクシーを頼んで家の前から笠置まで走ってもらう。着いたら一休みしてお弁当を食べて風に吹かれる。なぜか笠置にはそよ風が吹いているような気がする。

そして同じ車で家にもどる。
途中で疲れたら喫茶店前で下ろしてもらって車を待たせてコーヒーを飲む。村松剛の『帝王後醍醐「中世」の光と影』の好きなところを拾い読みする。村松氏は右側の人で、わたしは左側だが、この本は別だ。

村上春樹『海辺のカフカ』を読書中(わたしの戦争体験記 78)

一度だあっと最後まで読んでいま再読中。一度目で見逃してしまったところが二度目でわかってよかった。
物語の中といっても最初のほうだが、主人公の田村カフカくんが出てこない章がある。もう一人の主人公ナカタサトルさんの子供時代の受難の物語である。ナカタさんは東京都から山梨県に集団疎開した5人のうちの一人である。物語の中のナカタさんは老人になっていて、社会保障のお金で生活していて、猫と話ができたり、東京都中野区の空からイワシやアジ、そして違う場所ではヒルを降らせる。

わたしはナカタさんと同じ時期に大阪市から縁故疎開で山梨県に疎開した。そして『海辺のカフカ』に描かれる事件の起きたときは山梨県にいた。
敗色濃い時期の国民学校5年生1学期のとき、体操の時間に女の先生が「女子は来週の体操時間は山に入って訓練しよう。アメリカ兵がおそってきたらナギナタでやっつける、貞操を守る訓練」といった。恐ろしい気持ちでいたらすぐに来週がやってきて体育の時間はいつもの体操だった。あんなにやれやれと思ったことはない。もしかして山に入ってなにごとか起こったらどうだったろう。女先生はナカタくんの先生のようなことになっていたかもといま思うのである。

前にも書いたが「コーシンチクチクノミが刺す お腹の周りを旋回中なり」という歌が流行った。コーシンは甲州と信州の略である。お腹の周りをノミがちくちくするくらいにコーシン地区にはアメリカの飛行機が飛んでいたということかと、いまになって思う。

村上春樹さんの本、読み終わったのとこれから読むのと

●読み終わった本
風の歌を聴け
1973年のピンボール
羊をめぐる冒険(上下)
ダンス・ダンス・ダンス(上下)
ノルウェイの森(上下)
ねじまき鳥クロニクル(123)
国境の南、太陽の西
旅行記 遠い太鼓

●これから読む本
海辺のカフカ(上下)
色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年
世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド(上下)
短編集 女のいない男たち

わたしはずっと村上春樹は苦手やねんと言い続けてきた。いまから振り返ると最初に読んだ本も忘れているが、内容から「1973年のピンボール」だったかなと思う。うろ覚えで「ダンス・ダンス・ダンス」といっていたが間違いだった。

のちに友人が絶対いいから読めと読み終わった本を送ってくれたが読まずに返した。「色彩を持たない多崎つくると彼の巡礼の年」「1Q84」。それなのに「騎士団長殺し」はタイトルに惹かれて、読んだら貸してねと頼んで読ませてもらった。それだってどんなことを書いてるのかな、なんて思いが強かった。
「騎士団長殺し」はタイトルがまず気に入った。井戸も気に入った。登場人物も気に入った。再読して返却したけどもう一度読みたい。きっと買って読むことになるだろう。

今回村上作品を何冊か読んで、いちばん気に入ったのは『ねじまき鳥クロニクル(123)』だ。言葉しか知らなかった「ノモンハン事件」について深く知ることができた。わたしは国民学校生のとき『奉天』で処刑された日本軍人についての本を読んで、もやもやしたものをずっと胸にもっていた。本書では村上春樹がノモンハン事件を伝えようとした強い意思を感じて感動した。ノモンハンで苦闘した間宮中尉がようやく帰国して、年老いてから若い女性と出会い野菜づくりに励んでいるところが大好きだ。

天気がいいから本を読もう

今日は良い天気だから読書の日にしようとテーブルに読みかけの本を出して並べた。安富歩『生きる技法』、家永三郎『太平洋戦争』、『別冊ele-king』第8号 MUTANT JAZZ。コーヒーとクラッカーのおやつで和みつつ、代わり番こに読んでいた。それぞれ内容が違って3冊とも興味津々で読めてよかった。まだみんな読み終えてないが。

ふと空を見たら、西の空が夕焼けになっていた。真っ赤に染まった西の空を見ながら、秋なんやなあとつぶやいた。
今年はいつまでも暑い。今日も昼間はTシャツ1枚で過ごしていた。いまもまだそのままのかっこだけど、さすがに二の腕が涼しくなったし足首が冷えてきた。薄手のカーディガンを着て背中の冷えを防ぎ、ふくらはぎサポーターで足を温めよう。それから晩ご飯で内側からも暖かくしよう。

それにしても最近日が短い。たまに近所に出て帰りは西日に当たってもすぐに日が落ちる。そしてあっという間に暗くなるので驚いてしまう。
西日のきつさがモンクのタネだった我が家の夏も終わってしまった。

読書熱どっかへとんでいけ

この1週間ほどハルキ熱の余波でよれよれだった。昨日は週に一度の整体院でこめかみのあたりが凝ってるのを揉みほぐしてもらった。今日は月に一度借りるマッサージチェアで1時間背中をマッサージしてきた。両方とも効いた〜 今日ようやく蘇った感じ。

いままで村上春樹の本を読む気がせーへんといって、タイトルが気に入った『騎士団長殺し』だけしか読んでなかった。先日、夫がなぜか数冊の文庫本を買ってきて読み出し、読むのがとまらないので読み終えた分を借りて読むことにした。『ノルウェイの森』から『風の歌を聴け』『1973年のピンボール』『羊をめぐる冒険』『ダンス・ダンス・ダンス』まで。そしたらヒジョーにおもしろくて夢中になって読んだのはいいが、肩が凝り目がしばしばだ。それがおとといまで。
昨日から回復に向けてラクに暮らすように心がけているわけ。
なにか感想を書こうと思ったが、それは先に伸ばして印象だけを書いておこう。そのうち1冊ずつ書く気になると思う。

全体にストーリーがおもしろい。小説家だなあと思う。登場人物がよく死ぬ。

台風17号と読書

連休3日間といっても毎日が休みの高齢者には関係ないんだけど、ネットで天気予報をにらみながら、買い物に行く段取り(わたしが買い物に行くわけではないが)を考えたりしている。いうたら天気予報を調べるのが好きなだけやねんな。
たいそうな報道の上にそれをたいそうに聞きとるばあさん(笑)。
今回は3日間のいずれの日が風雨の犠牲になるのか、外へ遊びに行く予定がないのに、交通の心配をしていたりして。
いまは静かな大阪。夜中から明け方に大雨は降るんだろうか。
パーソナル天気予報を見たら明日は天気と曇りと傘マークが少しだけ。

この感じでは外への目配りはいらんようだから、読書に励もう。
いま読んでいる本は村上春樹『ダンス・ダンス・ダンス』(上)、おとといまで読んでいた本は同じく村上さんの『羊をめぐる冒険』(上下)。村上春樹さんの小説がこんなにおもしろいとは! これから読むのは『ダンス・ダンス・ダンス』(下)です。

村上春樹『ノルウェイの森』を読んだ

今日は雨も降らず暑くもない気持ち良い日曜日だった。数日前に夫から村上春樹の『ノルウェイの森』(上下)を借りて読み出したのが、昨夜読み終われずにさっきようやく読了した。久しぶりに恋愛小説を堪能してまんぞくまんぞく。

村上春樹の本は『ダンス・ダンス・ダンス』が出たときしか読んでない。なぜかあまり熱中できなくて、村上春樹はわたしには合わない作家と独り合点してしまった。それ以来なにも読んでいなくて、友人が全部持ってるから貸してあげるといっても、頑なに「読みたくないからいらん」と断ってきた。
今回「はるきさん、きらいやねん」から「好き」に転向。
夫に「よかったわ〜」といったら、「これも読むか」と『風の歌を聴け』など4冊出してきたので、もうちょっとしたら読む。
目が悪いのであまり熱中したらあかんのやけど、『ノルウェイの森』は恋物語に惹かれてつい読み過ごしてしまった。

わたしは恋愛小説が好き。そういえばながらく恋愛小説を読んでなかった。読んでないからこの日記にも感想が書いてないままだ。どんなんが好きかと考えたら、やっぱりデュラス。フランソワーズ・サガンは読みすぎてすこし飽き気味。先日古い本の整理をしていたらマルグリット・デュラスの『タルキニアの子馬』が出てきた。遅れたが今年も読もうと思う。30年くらい前から毎年夏になると出してきて読む本だ。
これからは『ノルウェイの森』も毎年夏になると出してきて読むかもしれない。なぜ夏かというと初読が夏だったから(笑)。

『ノルウェイの森』は素晴らしい恋愛小説だ。語られるのは「愛」と「自殺」と「音楽」である。最後にワタナベ君が救われるのは、緑との熱い愛があるから。
長いこと誤解してたけど、村上春樹は恋愛小説の名手だ。

ソウルフード 上原善広『被差別の食卓』を読んで

上原さんの子供時代の食べ物の話からはじまって、世界のソウルフードを求めた旅の話を興味深く読み終わった。そしてわたしのソウルフードってなんだと考えた。

わたしが疎開先から大阪へもどったのは1946年夏だった。新町の家がB29の爆撃で焼け、父が働く会社の寮に一家が集合したとき、知り合いの韓国人が故郷へ帰るから、空いた家に住むようにと手配してくれた。小さな家だが家具がついていてありがたい話だった。その近所には朝鮮人、被差別部落、沖縄人らが住んでおり独自の生活をしていたように記憶する。近所に住む弟の友達からの情報で、親が弟に口止めしても偉そうにわたしに伝えるのだった。

貧しい上に小さな子供まで抱えての生活は大変だった。母は近所の農家を手伝って現金収入を得ていた。内職はなんでも引き受け子供達が手伝った。
晩のおかずは必ず鯖の煮付けか塩焼きだった。それにほうれん草のおひたしがつく。思い出して上原さんが書いている「あぶらかすと菜っ葉の煮物」そのものやないかとうれしくなった。毎日母は魚屋で大きな鯖を2匹買ってきて自分でさばいていた。鯖は兄達には不評だったがわたしは大好きだった。鯖を炊いた汁にほうれん草を浸して食べるのは我が家のソウルフードだったといまごろわかった。

上原さんは世界を旅して、被差別の人たちの歴史と現状を報告している。その食べ物への好奇心には恐れ入ってしまう。本書は食べ物の話から入って差別について深く考えさせてくれる本である。
(新潮新書 680円+税)

『家なき子』が焼くどらやき

『家なき子』を読んでいたら、主人公のルミが親友のマチアに「帰ったらどらやきをいっぱい作って食べさせてやるから」という言葉があってびっくりした。「どらやき・・? 英語かフランス語でホットケーキみたいな言い方はないの?」
あとから読んだところにも何回かどらやきは出てきたけど、どうも慣れない。

読み終わってから「フランスのどらやき」みたいな言葉でいくつか検索したら、あるじゃないの「フレンチどらやき」の店とか。地図もあった。なんや、普通にあるんや、知らんかったのはあたしだけか。
ルミは小麦粉、卵、バターをたくさん買って、育ての親の家に帰り豪勢に「どらやき」を焼く。牛乳は苦労して手に入れたお金で雌牛を買って連れて帰り、世話になったおばさんにあげて、それから自分が乳をしぼる。

ああ、もうちょっとで物語は終わる。
もうちょっとで真実の母に会って、自分の生まれと身分を知り、持っているはずの財産を本当に相続する。離れていた恋人にも会うことができる。