レジナルド・ヒル『ベウラの頂』は何度読んでも好き

レジナルド・ヒルの作品が好きで翻訳されたものは全部買って読んだ。でも読み出したのが遅かったのが悔しい。
50歳くらいのとき京都三条から歩いて15分くらいの会館でイギリスの作家3人の講演会があると聞いて出かけた。3人とも話しぶりがとてもよくてすぐに好意を持った。ヒルはすでに人気作家で質問する人も熱烈ファンな感じだった。
帰りに受付で本を各1冊買いサインしてもらった。それぞれ読んで気に入ったが3人のうちでいまもファンなのはヒルである。
サインをしてもらったときの情景をいまも思い出すと笑ってしまう。知らない人がサイン本を受け取るうれしそうなわたしの写真を撮っていて、のちのちミステリの会で行き合ったとき渡してくれた。われながらほんとにうれしそうで、知らない人も可愛い(けったいな?)オバハンやなと思って捨てなかったのだろう。

ヒルの作品のなかでも好きなのは『武器と女たち』『ベウラの頂』『完壁な絵画』の3冊。他の作品もみんな好きだが古いポケミスは文字が細かいしこれからもう読めないだろうと処分しこの3冊だけ置いてある。
先日から『ベウラの頂』を読んでいて、ああ、この本はまた読みたくなると思って、「置いとく本」のコーナーへ入れた。

15年前にベウラの山で3人の少女が行方不明になった。担当していたダルジール警視は必死の捜査を続けるが事件は未解決のまま現在にいたる。のんびり休日を過ごしていたパスコー主任警部と妻エリーのもとへ寄ったダルジールは、遠慮のない会話を交わしていたが、新しい事件に呼び寄せられる。
ひとりの少女が家に帰ってこない。

大島真寿美『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』

1ヶ月ほど前に『週間現代』の読書欄で知った本。大島真寿美『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び』(うず いもせやまおんなていきん たまむすび)。タイトルも作者名もはじめて目にしたが読みたいと思った。「妹背山婦女庭訓」(いもせやまおんなていきん)という言葉に惹きつけられたのは、ちょうど谷崎潤一郎の『吉野葛』を久しぶりに読んでいたからだ。この谷崎の愛らしい作品のはじめのほうに著者と友人が奈良で待ち合わせ、吉野へ行くいきさつが書いてある。読者はつぎの言葉が読みたくてそそられる。
最初のほうで妹山と背山が並び立ちその間を流れる吉野川の描写がある。幼い谷崎が母といっしょに橋の上から妹山背山を見た記憶が語られる。二つののびやかな山の写真も載っている。

「妹背山婦女庭訓」は近松半二による浄瑠璃のタイトルである。当ブログ5日に書いているが、わたしは20代のころ文楽と歌舞伎に夢中になって「妹背山婦女庭訓」も見ている。その優美さは忘れていないけれど、なんせ40年も昔のことで記憶がほとんどない。近松半二と名前を見ても近松門左衛門の息子さんかなと思うくらい頼りない。全然違ってた、息子さんではありません。
『週間現代』に導かれて本を注文しようかなと思っていたら、図書館に行くからと夫が探して借りてきてくれた。それが先週の木曜日で、木曜日の夜と金曜日丸一日、土曜日の半日かけて読み終えたら目が疲れてしんどくて。
からだは疲れたけどやめられないほどおもしろかった。大阪弁の会話が自分らがしゃべるように自然で頭に入ってくる。
江戸時代の大阪の人々の様子が目に浮かぶように大阪弁で語られるからどんどん惹きつけられていく。道頓堀の芝居小屋の様子が目に浮かぶよう。ろーじ(路地)の長屋など、わたしの幼児期の新町の記憶が役立ち、少しは雰囲気がわかるような気もした。とにかく大阪弁がすごくぴったりきた。

『オール読物』に連載されていたとも知らないで、いまごろ週刊誌の書評欄からの知識で読んだのだが、もし知っていて連載第一回を読んでいたら、続きを読みに毎月発売日に走って買いにいってただろう。『剣客商売』のときのように。
いまは読んだだけでお腹いっぱいになっているが、そのうちまた読みたくなるだろう。今度は買って読む。
(文藝春秋 1850円+税)

谷崎潤一郎『吉野葛』で思い出したことなど

去年は折口信夫に関連する本をたくさん読んで、折口をますます好きになった。子供の頃に親の言いつけで新町までお茶を買いに行き、駄賃をもらって道頓堀で芝居を見たという話にしたしみが増した。
そんなときにこのブログに「わたしの戦争体験」を書き出して、自分の過去をたどると、国民学校(小学校)の遠足で「笠置」へ行ったことを思い出した。「笠置」といえば「後醍醐天皇」を思い出さざるを得ないということも思い出した。歴史の知識はまるでないのに、郷愁に誘われて日本中世史をひもとくことになった。興味が広がるばかりでまるで勉強とはいえないけれど、雰囲気がわかりだして自分では納得している。まだわかりだしたところだが。

そんなときに文庫本を積んである中から谷崎潤一郎の『吉野葛』が見つかった。後醍醐天皇→南朝→吉野と連想がいっての『吉野葛』。すっごく素晴らしい物語で何度も読んで楽しんでいる。
谷崎が東京から京都で一泊して朝早く奈良に入り、待っていた友人と吉野へ向かう。
その友人の恋物語が素敵なのだ。その道中で「妹山」「背山」の前を通ることになる。間に流れているのは吉野川。そこんとこで思い出した。歌舞伎と文楽とで妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)を見たことがある。たしか20代になったころ。そのころは演劇に夢中で自分でお金を払って遊ぶのがうれしかった。もうどんな芝居かも覚えてないが、妹山と背山があって春の場面だった。お琴を弾くシーンがあったなあ。記憶はそんなところである。

それから、25歳くらいで登山に夢中だったころ、知り合いの登山家が自分がよく知っている吉野に連れて行くというのでついて行った。男女2名ずつ4名のパーティで近鉄下市口まで電車、それからバスに乗ってだいぶしてから降りた。どこで降りたやらなんという山に登ったやら覚えていない。沢を歩いて、這って、登って、ご飯をつくって食べた。この山行きは「吉野」という特別な名前でいまだに覚えているが、バス停の名前くらい覚えておいたらよかった。

ここまで書いてネットで調べたら、この芝居を文楽劇場で5月にやっていた。
〈5月文楽公演「通し狂言 妹背山婦女庭訓」〉

●妹背山婦女庭訓(いもせやまおんなていきん)という言葉をどう読むかも忘れていたところ、数日前に大島真寿美さんの本『渦』と出会った。この本の話は後日書く。

夏目漱石『草枕』を音読してみた

椅子にきちんと座り声に出して本を読むのが物忘れ防止によいと『クロワッサン』(5/25号)に書いてあった。「しっかり声を出すことで海馬を刺激し脳機能を高める」そうで、なるほどと思った。そして甲州弁で読んでみようと深沢七郎『甲州子守唄』でやってみた。甲州弁で書いてある会話がわたしが読むとみごとに大阪弁になり挫折。

それなら夏目漱石だ。漱石でいちばん好きな何十回と読んでいる『草枕』だが、音読はしたことない。
今日の昼下がり、相方はアメリカ村ビッグステップで開催されているステップ・ハーベストに行っている。静かな午後に漱石の朗読か〜ええやんかと、iPad miniを出した。漱石作品がいろいろ入れてある。
『草枕』の好きなところを開いて読んでみた。山の池の周りに咲いている椿の花がぽとんと落ちるさまが、静かで密かで不気味という描写が声に出すと目で読むよりずっと迫ってくるものがある。

そのあとで一人の男が視野に入り、反対側からやってきたのがヒロインの那美さんである。ふたりの所作を見守る画家。男になにか渡した那美さんは画家に気づき道を上ってきた。そしてさっきの男性にお金を渡したという。

ここからは引用
野武士の顔はすぐ消えた。那美さんは呆然として、行く汽車を見送る。その呆然のうちには不思議にも今までかつて見た事のない「憐れ」が一面に浮いている。
「それだ!それだ!それが出れば画になりますよ」と余は那美さんの肩を叩きながら小声に云った。余が胸中の画面はこの咄嗟の際に成就したのである。

ヘロン・カーヴィック『ミス・シートンは事件を描く』

一回読んでからまた二回目を読んだ。おもしろい。笑わせてくれる。
ミス・シートンが主役のシリーズ1冊目『村で噂のミス・シートン』は、美術教師のミス・シートンが遺産でもらった田舎の家に行く前にロンドンでぶつかった事件からはじまり、田舎に着くとまたまた事件。田舎の人たちがおもろく笑わせてくれた。思いつきで書いたようだけど、うまく考えて決着をつけた作品だった。ブラックユーモアもただよっている。

ミス・シートンは自分が実際に見たことを絵に描く。警察官たちは事件に遭遇したミス・シートンに犯人の顔を描いてもらい、捜査におおいに役立てた。今回は絵の代金の小切手を郵送してくれたので、ミス・シートンはそれを銀行へ預けに行って悪い出納係と出くわし連れ去られる。

今回もとぼけた味わいのミス・シートン、村のナイト医師と娘のアン、女性新聞記者のメルが大活躍するのも楽しかった。先日、映画『バガニーニ』を見たとき、ロンドンの女性記者が取材にきていて派手に元気にふるまってた。メルもようやっているがこれってイギリスの女性新聞記者の伝統的スタイルなのかな。

事件は一方で連続子供殺人事件、もう一方で銀行の出納係が横領し変装して別人になりすまし逃亡する事件が発生。ミス・シートンは学校の子供たちの似顔絵を依頼されるが、学校に行かず家にいる一人の少年の顔だけは描けないという。あの顔は子供ではない。

クライマックスの戦闘が楽しかった。メルの武器は長いひものついたトートバッグ。家を出るときバッグにドアストッパーを投げ込んで武器になるかゆらゆら試してみて、これはいけると駆け出した。ミス・シートンには傘がある。
(山本やよい訳 原書房 コージーブックス 880円+税)

森山大道『遠野物語』に導かれ

ひと月ほど前に相方が森山大道さんの写真の本をたくさん図書館で借りてきた。大きな買い物用リュックにいっぱい詰めて。その中から「これ先に読んでもいいで」と出したのが『遠野物語』で、早速先に読ませてもらったが、写真はもちろんいいけど、文章が抜群なので何度も読んで楽しんだ。

そもそもわたしはずいぶん昔に柳田國男の『遠野物語』を買ったものの読み終えていない。いろんなところで紹介されているのを読んで理解しようと思ったけど、どうもピンとこないというかしっくりこない。
子供の時に『甑島昔話集』という本が家にあり、甑島(こしきじま)という島の名前を覚えた。昔話や古い土地の話のことが話題になると甑島を思い出す。内容は忘れてしまったがこの本は楽しかった。読んだ年齢のせいもあるかもしれない。

教養をつけようと思って『遠野物語』を読もうとしたのがそもそもの間違いだった。
いまはツイッターで「遠野物語を紐解く」をフォローしていてツイートが入ると楽しんで読んでいる。「教養」でなくて「楽しみ」として読んでいるのがいいみたいで、遠野物語を楽しめている。

そこへ偶然、森山大道『遠野物語』が目の前に出されて、ゆっくりと写真を眺め、文章を読んだ。
ようやく『遠野』がわかったような気がする。森山さんの写真の『遠野』が、わたしにも『遠野』なのだ。

わたしが東北を旅したことは一度だけ。友人たちと仙台の裁判所へ裁判の傍聴に行き、七夕まつりの仙台で泊まって、翌日はみんなと別れ一人で中尊寺へ行った。一人旅でまだハタチ前だったように思う。お金が不足で中尊寺からは急行券をケチって普通夜行列車で東京へ戻り、有り金を数えてその日の急行で大阪へ。お金をかけず時間がかかった旅だった。

『遠野』ええなあ。死ぬまでに行きたいな・・・まあ無理。それより後醍醐天皇の「笠置山」へ行って子供のときを思い出したい。そこがわたしにとっての『遠野』かも。

3月も読書の月

今日は起きたときは温いような気がしていたがそうでもないとそのあと気がついた。夕方になるとお尻のあたりが寒々とするのでカイロを貼った。これで毛糸のサポーターをつけたら真冬並みだわとサポーターはなし。もうちょっと寒さを感じたら出してはこう。と思っているうちにカイロとストーブのおかげか暖かく感じるようになった。寒さ暑さに敏感な高齢者ですから。パソコンの前に座ったら膝掛け毛布が用意してあります(笑)。

読む本がたくさんあって困る。自分の本を点検しては捨てているのに、姉のところから持ってきた本がある。その中から今夜はドナルド・キーン『百代の過客 日記にみる日本人』(上下 朝日選書)をあちこち読んでいる。この本に「和泉式部日記」の章があったので、自分の持っている古い岩波文庫『和泉式部日記』を出してきてあちこち読んだ。昔ずいぶん愛読したせいで本が傷んでいるのが懐かしい。

『帝王後醍醐』『吉野葛』など読みかけの本もいろいろある。図書館で借りた森山大道『遠野物語』はもう一度読むつもりだが、写真と文章の両方がすごい本だ。

ヘロン・カーヴィック『村で噂のミス・シートン』

先日翻訳者の山本やよいさんが本を送ってくださった。『村で噂のミス・シートン』って楽しそうなタイトルやなあ。著者はヘロン・カーヴィック、知らんなあ、はじめての名前だ。コージーブックスは以前かなり読んだが、最近はヴィク・ファン・クラブの会報に連載中の「コージー・コーナー」(書き手は影山みほさん)で紹介されるので、彼女の原稿だけで満足して本は読まずにすませていた。でも紹介文を読んでるから作者名はかなりおさえているのに、ヘロン・カーヴィックははじめて。紹介を読むとBBC制作のラジオドラマ『ホビット』でガンダルフを演じた俳優だって。どこかのんびりした感じはホビットと似通っているかも。

さっそく読みだすとすっごくおもしろい。
ロンドンの学校で美術の教師をしているミス・シートンは、亡母のいとこからケント州にあるコテージを相続した。明日から休暇3週間を過ごしに行く予定である。
その前日にオペラに行った帰り道で出会った男女の事件に巻き込まれる。なにげなく持っていた傘で女を刺した男をつついてしまったのだ。男は逃げていき女は殺されていた。
警官が二人やってきて話を聞く。その展開がおもしろくて本を離せなくなる。
場所はロンドン、警視庁の警視と部長刑事の警官コンビが楽しい。ロンドンからケント州に場所を移してまた捜査に関わるが、事件はもっと大掛かりになっていく。
ぱーっと読んだので消化不足だ。もう一回読もう。
(山本やよい訳 コージーブックス 840円+税)

寒い日は本読みにかぎる

最近は読書熱があがっていて昨夜も遅くまで本を読んでいた。寒い日は本読みにかぎる。
谷崎潤一郎『吉野葛』の古い岩波文庫はおおかた読んでいたので少し残っているところを読み終わった。読書中の村松剛『帝王 後醍醐』のあとがきで南朝のことは谷崎潤一郎『吉野葛』があるから書くのをやめたとあって、あわてて『吉野葛』を探したのだ。いい物語だった。
道はまだまだ遠い。『帝王 後醍醐』のほうはまだ5分の4くらい残っている。

山本やよいさんが新しく訳された本を送ってくださった。封筒から出したときは、著者ヘロン・カーヴィックって新しいコージー・ミステリかしらと思ったが、ちょっと開いて読んでみると、ユーモアの質が違うように感じた。作者についての説明を読むと、イギリスBBC制作のラジオドラマ『ホビット』でガンダルフを演じた俳優と出ていた。

それで慌てて最初から読みだして今日はかかりきりで読んで半分くらいいった。これからが楽しみだ。
(『村で噂のミス・シートン』ヘロン・カーヴィック 山本やよい訳 コージーブックス 840円+税)

エドワード・D・ホック 木村二郎訳『怪盗ニック全仕事6』

※すみません、最後にオチが書いてあります。
エドワード・D・ホックの作品はどれも登場人物が穏やかでとぼけていているところが好き。特におかしくて真面目な怪盗ニックのシリーズが好き。最初読んで楽しみ、二度目を読んでも同じところで楽しめる。たまにそんな自分のことをアホちゃうかと思うけど、楽しむ才能があるんやからしゃあない。子供のときといっしょで心が暖かくなる物語が好きなのである。『小公女』を何度も読んで幸せになったように、怪盗ニックといっしょに冒険して危険を脱して依頼者からお金を受け取るニックといっしょにほっとする。

ニックにはグロリアという良き相棒がいる。最初に読んだ時からいっしょに住んでいてガールフレンドと書かれていた。ニックのことを政府の秘密の仕事をしている人といわれて信じ込んでいた。泥棒とわかっても動じず。ときどき協力するもんね。

今回ははじめてニックとグロリアの馴れ初めの話をしてくれる。目次の二つ目にある「グロリアの赤いコートを盗め」。
ニックはグロリアの赤いコートを盗んで欲しいと依頼を受ける。グロリアは1965年の初冬にオハイオ州の短大を出てニューヨークの出版社で働いていたとき、買ったばかりで1回だけ着た赤いコートを盗まれる。
ニックがグロリアの部屋に忍び込んだときニューヨーク市中が停電し、ろうそくをつけた部屋で二人はサンドイッチとビールでおしゃべりする。

コート泥棒の依頼人とグロリアは知り合いだった。仕事場から一緒に歩いていたとき、グロリアはふいに突き飛ばされそうになる。見張っていたニックが引っ張って助ける。
その晩はグロリアの部屋でビールを飲み、ニックは引っ越してこないかと聞くがグロリアは断る。でもクリスマスには赤いコートを買ってくれ映画に連れて行ってくれた。その2日後にグロリアは引っ越した。

(木村二郎訳 創元推理文庫 1300円+税)

※ミステリーだけど、ストーリーを書いてしまった。