新町花街九軒の桜堤(わたしの戦争体験記 81)

大阪市西区役所発行『西区むかしの物語』を久しぶりに本棚から出してぱらぱら見ていたら、「新町花街九軒の桜堤」とタイトルがついた見知った風景写真があった。九軒(くけんと読む)は新撰組の芹沢鴨の話で知られたところだ。その話はこの本に書いてあるが、今日は別なことを書く。

広い通りが真ん中を通っていて西を向いて南側は桜堤、北側は建物がある。今日このページを開いて「あっ!」っと声が出た。写真の真ん中は道路がまっすぐにある。この道路の真ん中に立ったら、左右と正面が見える。その景色は写真も今も同じなのだ。
子供の時にここいらを通ったことがあったかな。「あっちのほうには行くな」といわれていたような気がする。もっぱら遊びは四ツ橋、阿弥陀池、長堀川にかかる橋くらいだった。
いま道の南側は昔の桜堤の面影を残して桜の木がたくさんあり、花見シーズンはずいぶん賑わう。北側はオリックス劇場(以前は厚生年金会館大ホールと中ホールが並んでいた)である。そこが新町遊郭の一角だったのだろうか。
いまから40年前にいまの住まいを見つけて引っ越した。それ以来の新町ぐらしなのに、いままで「九軒」を忘れていた。たしか公園の植え込みに碑が建っていたはず。もう一度確かめに行かねば。

『西区むかしの物語』はたしか区役所に用事で行った時にタダでもらったものだ。なかなかおもしろくてためになる。平成12年発行。

アーサー・コナン・ドイル『赤毛連盟』を読んだ

シャーロック・ホームズものがないかなあと青空文庫をさがしたら『赤毛連盟』があった。読むのは二度目である。一度目は小学校5年生のとき父親が古本屋で買ってきた古びた海老茶色の布表紙の文庫本の大きさの厚い本だった。シャーロック・ホームズの物語がたくさん詰まっていて楽しかった。兄たちが読み終わるのを待って手にしたときのうれしさったらなかった。でも覚えているのはこの『赤毛連盟』と『まだらの紐』だけだ。変わった題名だからしっかり記憶されていたんやね。

恥ずかしながらタイトルは覚えていたけれど内容は全然覚えてなかった。赤毛の男性がたくさん道路に並んでいるところは覚えていたが、結末はどうなったのか全然である。今夜70年ぶりで全貌がはっきりした(笑)。
赤毛というのが具体的にわからなくて、のちに少女小説に出てくるきかぬ気の赤毛の少女で納得。まだ『赤毛のアン』は出てなくて『トム・ソーヤーの冒険』も家にはなかった。

50年後くらいに四つ橋筋の交差点で赤毛の外国人とすれちがったことがある。みごとな真っ赤な赤毛で、わたしはしばし立ち止まって見送った。

『まだらの紐』はまだ再読していないけど、蛇が出てくるんだっけ。女の人が依頼人やったかなというくらい。これから読むのが楽しみだ。

みかん

柿のことは何度も書いているのにみかんはほとんどない。毎日食べているのにそれはあかんやん。ちょっとベランダに置いてあるのをとってこよ。部屋に置くとぬくもるから寒いところに置いてある。ぬくい部屋でつめたいみかん、うま!

柿は夏の終わりに見かけるとすぐに買って食べ、以後毎日のように食べる。いろんな種類があるがどれも好きで高価なのはもちろんうまいし、平民的なのもそれなりにうまい。毎日食べて飽きない一番好きな果物だ。
ずっと前のことだけど、紀州出身の友達がいて毎年秋になると富有柿を1箱送ってくれた。届くとすぐに立派な富有柿を2個ずつ近所の友達ふたりに持って行った。この習慣は長いこと続いていたがいつのまにか縁が切れてしまった。あの柿はうまかったなあ。

あかん、今日はみかんのことを書こうと思ったんだった。
「みかん」で思い出すのは芥川龍之介の小説『蜜柑』だ。小学校の教科書に載っていた。いま青空文庫で何十年ぶりかで読んだ。覚えていたとおりだった。

わたしは汽車からみかんを投げた少女のほうなのに、なぜか芥川龍之介の視線で読んでいたよ。

アーサー・コナン・ドイル『緋のエチュード』

火曜水曜と2日かけて青空文庫でアーサー・コナン・ドイル『緋のエチュード』大久保ゆう訳(以前は『緋色の研究』)を読んだ。
読み出したら夢中になり読み通してしまったが、読み終わってなんでこれ読んだのかなって疑問がわいた笑。きっかけは「発達障害」の本3冊からドラマ『シャーロック』にいったんだった。いやー おもしろかったなあ。発達障害のシャーロックを堪能した〜 それから青空文庫を探して『緋色の研究』を見つけた。いまは『緋のエチュード』となっている。

なんせシャーロック・ホームズの物語を読んだのはこどものとき、おとなになってミステリファンになっていろいろ読んだが、コナン・ドイルは読んでなかった。本格物やハードボイルドやいろいろ読んでるのに、ホームズは子供向けと思っていたみたい。いますっごく楽しんで読んでほんまの本格物やんかと反省した。

〜第四章から引用〜
ホームズ「事件に関してはここまでだ、博士。ほら、種明かしした手品師は相手にされない。これ以上手の内を見せすぎると、君は僕のことを所詮ただの人と決めつけかねない。」
ワトソン「そんなことないよ。この世界でいちばん、探偵という仕事を厳密な科学にまで近づけている。」
ワトソンの独白 同居人は私の言葉や熱心な口ぶりが嬉しいようで、顔を赤らめた。自分の腕をほめられると弱いということが私にはとうにわかっていた。まるで、綺麗だよと褒められた少女のようだ。

二人が最初に会ったとき、ワトソンに一目でアフガニスタン帰りだねといって驚かせたシャーロック。二人の仲はドラマのハドソン夫人の見方では恋人どうし。
作品ではワトソン博士がホームズとワトソンの物語を書いたんだけど、ドラマではワトソンはブログを書いてアップしている。

青空文庫でシャーロック・ホームズ

昨日はドラマを見るのを休んで気を入れて日記を書き、発達障害の本をあちこち読んだりしていたが、夜中に飲んだコーヒーが効きすぎて寝つきが悪くなった。トイレに何度も起きて今日は睡眠不足ぎみ。ぐずぐずしながらシャーロック・ホームズを青空文庫で探して読んでみようと思いついた。検索したら『緋色の研究』がちゃんとあった。図書カードは「緋のエチュード」となっている。

シャーロック・ホームズの物語を初めて読んだのは小学校6年生のときだ。父が古本屋で買ってきた本を兄弟姉妹が取り合うようにして読んだ。その後はそれぞれが買ったり借りたりして読んだと思う。それぞれミステリファンになったから。わたしは大人になってからは読んでいない。今日がはじめてだ。青空文庫を探したら挿絵付きのがあった。ラッキー。暖かい部屋でお茶しながらパソコンを見つめておおいに楽しんだ。

ローリー・R・キングの『シャーロック・ホームズの愛弟子』シリーズ(集英社文庫)が気に入っていたときが長くあって、コナン・ドイルでなく、ローリー・R・キングのホームズファンだった時期が長かった。ホームズが結婚したのには驚いたっけ。ホームズ54歳、メアリ・ラッセルは15歳!

『シャーロック』と発達障害

ついこの間だけど、夫が買ってきた香山リカの『「発達障害」と言いたがる人たち』(SB選書)をさきに読ませてもらっていたら、香山さんが岩波明の『発達障害』(文芸春秋)を勧めていたのですぐに買ってきてもらった。わたしは「発達障害」という言葉は常々気になっているが、「発達障害と言いたがる人たち」ではない。甥の一人が自閉症ということもあってずっと気になっている言葉ではある。

香山さんの本を読むのを途中でやめて岩波さんの本に移り「はじめに なぜあの人は「空気が読めない」のか?」を読み出した。なんとまあ、章の最初の言葉がシャーロックなのである。ベネディクト・カンバーバッチ演じるシャーロック。
我が家はずっと前から映画から遠ざかっている。ここで『シャーロック』を見ないでポカンと解説されているだけでいいのか。実は、ベネディクト・カンバーバッチが素敵なことはネットの記事でじゅうぶん知っている。写真だけ見ていても素敵だ。夫に「この映画を見ないで発達障害について語ったらあかんのとちゃう? Amazonプライムで探そう」といった。すぐに見つかったので、月曜日に『シーズン1-1緋色の研究 “A Study in Scarlet” 火曜日(昨日)にシーズン1-2 死を呼ぶ暗号 The Blind Bankerと、シーズン1-3 大いなるゲーム The Great Game の2本を見た。
シーズン1は2010年の作品である。10年前の作品とは思えない新しさと速さ。

携帯電話とノートパソコンが出てくるところでびっくりしたが、会話の中でもシャーロックのサイトとかいうし。ワトソンはブログを書いてるし。製作年はいまから10年前なのだからその当時の最先端がまだ通用している時に見られて幸せだった。

そして、全体のスピードに驚かされた。はやい、はやい、すごく展開がはやい。結着も早い。「わたしら遅れてるぅ」と思わず叫んでしまった。
今日は発達障害の本をもう一冊買ってきてくれた。本田秀夫『発達障害』(SB選書)。

本読みの原点

10日くらい前から久しぶりにドロシー・L・セイヤーズの『学寮祭の夜』を出して読んでいる。わたしの原点の二番目になる本だ。
一番目は『小公女』で、いまでもときどき「青空文庫」で読む。きつい仕事を終え汚い屋根裏部屋でセーラが疲れ果てて眠り込んだ頃合いをみて、隣家の使用人のインド人が入って暖炉に火をつけ、テーブルに食事を並べる。目が覚めたセーラがおどろき喜ぶところが大好き。

セイヤーズのほうは初めての訳本『大学祭の夜』をずっと抱いていたがボロボロになったので今年になってついに捨てた。浅羽莢子による新しい訳の『学寮祭の夜』も文庫本がずいぶん古びたがこればっかりは死ぬまで捨てることはない。何度も読んだ本だからどこを開いても会話やシチュエーションがわかっている。事件そのものよりも、女性と男性について考えさせてくれる本である。

サラ・パレツキーのヴィクシリーズは本箱の大きな部分をしめている。アメリカで最新作が出たが、その前の1作品が訳されていないのが残念だ。英語が読めたらええのになあ。

狭くて古くて汚いが好きな部屋

我が家は狭くて古くて汚い。一度用事で来た人が「料理写真を見て想像していた部屋と違う」と呆れていた。フェイスブックなどに出している料理の皿を白いテーブルに置いてあるのが豪華に見えてるんやって。写真を撮るだけの用途だからパソコン机の隅っこをきれいにして皿をのせて撮っているんやけど。

部屋に入ると入居40年のマンションだから壁は古びて剥がれているし床は汚れている。椅子の布部分には破れた箇所に古毛布などを巻いたりのせたりで、よその人が見たらビンボー丸出し。壁際はほとんど本棚だが、古びた背表紙がこっちを向いているから煤けた印象で読書好きでないとただの汚い棚に過ぎない。

わたしは日々部屋を見渡して良い部屋やなあといっている(笑)。テキトーに汚くて、本棚の本は選りすぐりだし。
それぞれの大きな机にそれぞれのmacがのっているのも得意。それと食卓と応接机を兼ねた木のテーブルも得意。50年くらい前に1ヶ月分の給料で買ったもの。いまは菜の花を挿した花瓶とみかんをのせたアフリカのざるがのっている。

思い出した。この部屋を借りたばかりの1979年末にロックマガジン社のイベントがあって、わたしらはそのためにも新町に住まいを借りようとしていたのだ。12月の末のことで、出演者をうちに泊めることになり、なんと11人が2部屋に雑魚寝した。ありったけの布団と敷物と寝袋を出してストーブをつけて寝たが、わたしは横になっていただけだった。翌日は阿倍野で終日イベントがあり、終わってから出演者をまた2人連れて帰って泊めた。

もう一度笠置へ行きたい

西六国民学校(小学校)1年〜4年の間に遠足で二度笠置へ行ったのを覚えている。二度とも天気が良くて空が青く、足元には草がいっぱい生えた広場に大きな石が何個かごろんと置いてあった。そこに行くまではお寺のようなところで、後醍醐天皇についての話があり、退屈しつつも偉い人だったということがわかった。
後醍醐天皇というと、そのときの大きな石を思い出す。そこでお弁当を食べたのも覚えている。風がそよいでいて友達と石の周りを鬼ごっこして遊んだ。ネットで調べたら、いまは笠置公園となっているようだ。

当時10歳としてそれからざっと75年経っているいま、死ぬまでに一度笠置に行っておきたいと思う。春か秋か、天気の良い日にタクシーを頼んで家の前から笠置まで走ってもらう。着いたら一休みしてお弁当を食べて風に吹かれる。なぜか笠置にはそよ風が吹いているような気がする。

そして同じ車で家にもどる。
途中で疲れたら喫茶店前で下ろしてもらって車を待たせてコーヒーを飲む。村松剛の『帝王後醍醐「中世」の光と影』の好きなところを拾い読みする。村松氏は右側の人で、わたしは左側だが、この本は別だ。

村上春樹『海辺のカフカ』を読書中(わたしの戦争体験記 78)

一度だあっと最後まで読んでいま再読中。一度目で見逃してしまったところが二度目でわかってよかった。
物語の中といっても最初のほうだが、主人公の田村カフカくんが出てこない章がある。もう一人の主人公ナカタサトルさんの子供時代の受難の物語である。ナカタさんは東京都から山梨県に集団疎開した5人のうちの一人である。物語の中のナカタさんは老人になっていて、社会保障のお金で生活していて、猫と話ができたり、東京都中野区の空からイワシやアジ、そして違う場所ではヒルを降らせる。

わたしはナカタさんと同じ時期に大阪市から縁故疎開で山梨県に疎開した。そして『海辺のカフカ』に描かれる事件の起きたときは山梨県にいた。
敗色濃い時期の国民学校5年生1学期のとき、体操の時間に女の先生が「女子は来週の体操時間は山に入って訓練しよう。アメリカ兵がおそってきたらナギナタでやっつける、貞操を守る訓練」といった。恐ろしい気持ちでいたらすぐに来週がやってきて体育の時間はいつもの体操だった。あんなにやれやれと思ったことはない。もしかして山に入ってなにごとか起こったらどうだったろう。女先生はナカタくんの先生のようなことになっていたかもといま思うのである。

前にも書いたが「コーシンチクチクノミが刺す お腹の周りを旋回中なり」という歌が流行った。コーシンは甲州と信州の略である。お腹の周りをノミがちくちくするくらいにコーシン地区にはアメリカの飛行機が飛んでいたということかと、いまになって思う。