毛細血管を増やす運動ー『週刊現代』の記事から

『週刊現代』をずっと買っている。本の紹介ページが気に入っているし、特集が中高年向きで興味のある記事が多い。今週も「死の準備とその心構え」とか「転んで死ぬことになった60代以上の人たち」なんていう記事がある。読んでおけば役にたつと思うのである。

そのほかにゴルフの渋野さんの記事の次に「薬で治さない生活習慣病治療」というのがあった。薬で寿命は延びないとか、高血圧はただの「老化」とか、読むと気になる。
だーっと読んでいくと、老化と毛細血管の密度低下で、「毛細血管を増やすためには運動が必要」で、まずは「開眼片足立ち」という簡単なチェックをしよう、とある。まず、両手を腰に当て、両目を開けた状態で片足立ちを維持する。転倒に気をつけながらまずは20秒。20秒維持できない人は隠れ脳梗塞と認知機能低下のリスクが高い、そうである。
で、やってみたら揺れながら20秒いったので、ほっ! 何度も繰り返してやってみている。毎日の体操の中に組みこんだらいいね。脳梗塞も認知症もなりたくないから。こんなんやると体操が増えてかなわん(笑)。

夏バテして夏負け

お盆まではなんとかもっていた体調が、大型台風がくるとの予告でゆらぎ、それ以来なにかと疲れて、これが夏バテかと身にしみる疲れを味わい中。アホなことをいうててもトシには勝てまへん。
それでも、やることはやらなあかんと自分の分担の家事は片付けている。それがとてもしんどい。休み休み片付けているがなにゆえこんなにしんどいのかな。

今年はめっちゃ暑いしバテて当たり前かな。クーラーで冷やせといわれても、冷やすと冷える。冷風が通って足元が冷えるので、ふくらはぎサポーターをつけて膝には湿布を貼っている。水はおおいに飲んでいる。ぬるい湯に入ってゆっくり下半身を温める。熱中症対策にクーラー奨励だからこそ冷えをやっつけにゃ。

たいていのしんどさは寝たら治るのがわたしのいいところで、もうちょっとしたら横になって目をつぶる。そしたら一気に爆睡して明日の朝に目が覚める。まあ膝は痛むけど、そこは我慢の子。

我が家の盆休み

午後からつるかめ整体院へ治療に行って、帰りは相方に迎えにきてもらって銀行へまわった。恐ろしいほどの暑さに辟易しながら用事をすませたが、買いものと車椅子押しをした相方に帰って晩ご飯をつくる元気が消滅。

うちらはお盆休みやからといってどこも行ってないし、せめて今夜は外食しようとなった。相方のほうは海岸へ行ったり、深夜のパーティで遊んだりいろいろやってるけど、わたしは「おうちがいちばん」と留守番が多い。ご飯は毎回つくってもらってるけど、たまに外食したい。ということで、最近知ったばかりのネパール人が経営しているカレー屋さんへ行くことにした。
新町1丁目のすっきりしたお店で、チキン料理、カレーとナンなど食べ物いろいろとビールを注文。すごく辛いソースがついてきたのを楽しんで食べた。次回はコース料理を頼もう。
その昔、ネパール料理は大阪では独自の味で人気があったが、それらのお店は最近どうなったのかな。それらもおいしかったが、今日のは現地人ならではの味でとてもよかった。

相方がわたしの治療中に淀屋橋まで買い物に行き、草餅とかいろいろ買ってきてあった。それにつるかめさんが田舎のお土産に「羽二重餅」をくれたので、わたしはほくほく。
今日の夜のおやつは草餅とスイカ。明日からは羽二重餅がある。生きているのに供え物があって、生きているからうまい。

立秋はとうに過ぎた

意識していない間に今年の立秋(8月8日)は過ぎていた。
当日記に立秋前日の7日「夏負けしてられへん」と書き、翌8日(立秋当日)に「水飲んで夏バテから回復」と書いた。2日おいて11日の冒頭は「暑い、暑い。ああ、暑い。」である。それから台風がゆっくりときた。話を変えようと思ったわけでないが、ここで自然に児童書『家なき子』とソウルフード『被差別の食卓』が入って、どら焼きと魚の話。
そして、おとといにはついに「暑さに立ち向かわず」となった。

今日も暑かったが、暑さの質が台風前と全然違う。なんとも言えぬ湿気がある。
昨夜は洗濯物をベランダに干したのだが、そのままにして夕方取り入れようとしたらまだ濡れていた。薄い木綿の夏パジャマが乾いていないのでショックだ。ちょっと押し込んで吊っていたからなあと理由をつけたが、昨日は同じ状態で乾いていた。
この湿度がこわい。

豆腐と油揚げを洋風に食べる

大昔「タンパク質が足りないよ〜」というコマーシャルソングがあった。うちの食事もタンパク質が不足しているかも。肉類が高いから野菜主体の食事である。主食は炭水化物を制限するということで、ご飯のときは茶碗に半分にしている。パスタも少ししか盛ってない。でも野菜中心でおなかいっぱいになるのは歳のせいだろう。

最近和洋にかかわらず野菜サラダの一皿にお豆腐が入るようになった。絹こし豆腐をちょっと崩して薄切りのトマトや玉ねぎといっしょに食べる。冷奴で食べるより好きな食べ方になった。オリーブオイルによく合う。残った汁がおいしい。

今日は洋皿に薄揚げと菜っ葉の炒めたのがのっていた。オリーブオイルで炒めて、塩といろんなハーブで味付けしたんだって。焼酎炭酸割りの肴になかなかいけた。元をただせば大豆の食べ物がいろんな味で楽しませてくれる。

暑さに立ち向かわず

今年の暑さは格別。もう何日間こんなに暑かったんだろう? これからいつまで暑いんだろう? と考え込むが、振り返って日にちを数える気がしない。暑苦しいことはしたくない。

昨日いただいた友人のメールの最後に「杉谷さんも暑さに立ち向かわず、楽してくださいませ」とあって、心が和んだ。
いままでは「暑さに負けず頑張ってください」というのが定番で、もらったほうも定番だから考えることも感じることもなく普通に受け取っていた。

いやあ、昨日今日はメールを読み返してはにやっとしている。「暑さに立ち向かわず、楽してくださいませ」そうですね、そうしましょ。

ソウルフード 上原善広『被差別の食卓』を読んで

上原さんの子供時代の食べ物の話からはじまって、世界のソウルフードを求めた旅の話を興味深く読み終わった。そしてわたしのソウルフードってなんだと考えた。

わたしが疎開先から大阪へもどったのは1946年夏だった。新町の家がB29の爆撃で焼け、父が働く会社の寮に一家が集合したとき、知り合いの韓国人が故郷へ帰るから、空いた家に住むようにと手配してくれた。小さな家だが家具がついていてありがたい話だった。その近所には朝鮮人、被差別部落、沖縄人らが住んでおり独自の生活をしていたように記憶する。近所に住む弟の友達からの情報で、親が弟に口止めしても偉そうにわたしに伝えるのだった。

貧しい上に小さな子供まで抱えての生活は大変だった。母は近所の農家を手伝って現金収入を得ていた。内職はなんでも引き受け子供達が手伝った。
晩のおかずは必ず鯖の煮付けか塩焼きだった。それにほうれん草のおひたしがつく。思い出して上原さんが書いている「あぶらかすと菜っ葉の煮物」そのものやないかとうれしくなった。毎日母は魚屋で大きな鯖を2匹買ってきて自分でさばいていた。鯖は兄達には不評だったがわたしは大好きだった。鯖を炊いた汁にほうれん草を浸して食べるのは我が家のソウルフードだったといまごろわかった。

上原さんは世界を旅して、被差別の人たちの歴史と現状を報告している。その食べ物への好奇心には恐れ入ってしまう。本書は食べ物の話から入って差別について深く考えさせてくれる本である。
(新潮新書 680円+税)

明け方の大雨は台風10号

昨日は1日中雨が降るぞと待っていたが、結局よく降ったのは夜中から明け方だった。脱いだものが山積みになっていたのは今朝になって洗濯機を働かした。その上にベランダの掃除をして気持ちよく干せるように片付けてちょうどよい掃除日。

午後はパソコンに向かっていたが遅くになって怠け病が発生。ベッドにごろんと横になって爆睡した。いつも昼寝をしてもすぐに起きるので珍しいことだ。起きたら晩ご飯ができていた。

晩ご飯は麻婆豆腐、厚揚げと空心菜の煮物、きゅうりと玉ねぎの酢漬け、トマト。簡単でうまい。最後の濃い番茶がよかった。
いま10時半だがお腹が空いてきた。チョコレートあるしコーヒー飲もう。

ばたばた買いに行ったガムテープがそのまま残ってしまったよ。次の台風襲来のときのために仕舞っておこう。ヴィク・ファン・クラブ会報の原稿が集まりかけている。今月は旅行の報告が多いので「特集 三都物語」にしよう。

上原善広『被差別の食卓』を読んで思い出したこと

1週間ほど前に夫が図書館で借りてきた本(上原善広『被差別の食卓』)を「先に読んでええで」と渡してくれた。若い友人に教えてもらったそうで「興味あるやろ、ソウルフード食べたことあるしな」「ええっ、覚えていてくれたん?あれは忘れられない味や、先に読ませて」と読み出した。

本の紹介を書く前に、たった一回だけど、わたしが日本のソウルフードを食べた話をしたい。

わたしは阪神大震災のあと、なにかできることでボランティアに参加したいと思っていた。最初は当時まだあんまり普及してなかったパソコンを使う仕事を手伝ったりしていたが、現地へ行きたくてネットで知った「週末ボランティア」に連絡して参加した。神戸三ノ宮から地下鉄で終点の西神駅へ行って駅構内で集合する。それから歩いたりバスに乗ったりしていろんな場所にある仮設住宅に行き居住者から話を聞く。3人くらいのひと組で、もどると報告書を書いて話し合う。

それに参加するほかに、報告・感想を「週末ボランティア掲示板」に書いていたら、パソコンがない人が多いからプリントして配りたいと相談され、3年くらいのあいだ編集してプリントアウトして事務局にファックスしていた。それをプリントして綴じ次の参加者に配る。猫のイラストなんかいれて楽しいと好評だった。

そんなある日、正月を過ぎてまもない冬の日に震災ボランティアのネット関連者たちのオフラインミーティングが三ノ宮で開かれた。わたしはボランティアのメンバーの1人やからええやろと勝手に参加した。中心の人たちの顔を見たい。
そのとき来ていた1人が部落解放同盟のKさんだった。わたしはKさんのブログを愛読していたので、顔を見られ、話ができるのでうれしかった。全部で10人くらいで女子はわたしひとりだけ。食べるものをそれぞれ持ってくるように言われていて、わたしは巻き寿司とおいなりさんを持っていった。
隣にすわったKさんが出したのが「魚の煮こごり」、いまこの本でわかったのだが兵庫のソールフードだったんだ!

兵庫県の海で獲れた魚だが、昔から普通の漁師さんが見向きもしない魚だという。しっかり煮付けてあって、汁は煮こごりにしてあった。
わたしは自分の母親の煮魚が好きだったのですぐに手を出し魚の身と煮こごりを食べて「おいしいです。これ好き〜」といった。
だけど、男子連中は見るだけで箸をつけたのは2人だった。みんな酒飲みで、瓶が空くと一升瓶を買いに走っているくらいなのに飲むだけで食べない。巻き寿司は好評だったけど、なんで魚を食べられへんのやろと不思議だった。みんなファーストフードに取り込まれているのかな。
わたしはずいぶん食べたけど、魚はけっこう残ってしまった。残りを黙々としまい込むKさんは寂しそうだった。
それ以来Kさんには会っていない。

その後だいぶ経ってから近所に「かすうどん」の店ができた。一度行って食べたらおいしかったが日常的にうどん屋に行くということがないからそのままになっていた。今日この本を読んで「かすうどん」のことをいろいろ知ったのでこれは行かねばと思っているところだ。

『家なき子』が焼くどらやき

『家なき子』を読んでいたら、主人公のルミが親友のマチアに「帰ったらどらやきをいっぱい作って食べさせてやるから」という言葉があってびっくりした。「どらやき・・? 英語かフランス語でホットケーキみたいな言い方はないの?」
あとから読んだところにも何回かどらやきは出てきたけど、どうも慣れない。

読み終わってから「フランスのどらやき」みたいな言葉でいくつか検索したら、あるじゃないの「フレンチどらやき」の店とか。地図もあった。なんや、普通にあるんや、知らんかったのはあたしだけか。
ルミは小麦粉、卵、バターをたくさん買って、育ての親の家に帰り豪勢に「どらやき」を焼く。牛乳は苦労して手に入れたお金で雌牛を買って連れて帰り、世話になったおばさんにあげて、それから自分が乳をしぼる。

ああ、もうちょっとで物語は終わる。
もうちょっとで真実の母に会って、自分の生まれと身分を知り、持っているはずの財産を本当に相続する。離れていた恋人にも会うことができる。