豆とかナッツとか

ちょっとお腹が空いたとき、または口が空いたとき、ちょこっと口にするのが「ちょっと贅沢 エクストラ ゴールドナッツ」といういろんなナッツが入っている缶。カシューナッツやアーモンド、マカディミアンナッツ、くるみなど、甘くなく辛くなく固くない。コーヒーにもお茶にもあう。いろんな豆が入っているからちょいとつまんで口に入れ噛むととてもうまい。歯ごたえがよい。

ちょっと一杯ウィスキーに合うピーナッツひとつかみも好き。ひとつかみですまず、なんつかみもさっさと食べてしまうことになるが。
小さな缶や瓶に分けて入れてあるお気に入りの豆類をパソコンを相手にしながら食べる。コーヒーによく合うが食べ過ぎるのがなんぎ。

天神祭の思い出

こどものときの夏祭りの日は母親が浴衣でなく絽の着物を着せてくれた。薄い水色の地色に白と赤で柄が描かれていてすごく好きだった。いまもその薄い色合いを覚えている。手にはうちわでなく扇子を持たせてくれた。いまは着物は着ないけど扇子は好き。持ち歩いていて使うことはないけど、秋草模様の扇子をバッグに入れている。扇子には好きな短歌を書いてあるが字が下手なので人さまに見せられない。

お祭りが大好きで豊中市に住んでいたときだって、阪急電車に乗っていまは亡き姉に天神祭に連れて行ってもらった。氷スイカをおごってもらったのも懐かしい思い出だ。
それから10数年経って会社勤めをするようになったがお祭りはやっぱり行かなきゃ。浴衣と下駄をバッグにいれて出勤し、帰るときに会社に住んでいる管理人の奥さんに浴衣を着せてもらった。そしてコーラスや学習会で一緒だった男女数人連れ立って天神祭に行った。わたしが自分で彼氏と思ってた彼は、おとなしい女子と一緒に歩いている。そのとき彼らは仲良くなったみたいでその後結婚し、わたしはあっというまに失恋していた。
ここに住み始めたころは花火が見えたが、10年くらい前からは音だけ聞こえて見えなくなった。いまは音も聞こえない。ラジオのニュースで天神祭による交通規制を告知しているのを聞きながら、今日は天神祭か〜というてるだけである。
熱いコーヒーを淹れて飲もうかな。冷蔵庫にチョコがあるし、本棚にはワイルドターキーがある。

ヴィク・ファン・クラブの会報は明日仕上げて送れそう

12日にiMacと会報のことを書いた。今日は24日で予定をきちんと立てたとしたら、とうにできて送っているはず。毎夜、会報やろうと思っていると映画を見る人がいて、結局いっしょに見てしまう。見終わるとしゃべりまくる。そして人さまの感想なんぞを読んでから自分の感想を書く。「しゃあない、会報は明日やろう」といって先延ばし。ヒマな昼にやればいいのだがツイッター読んでぶらぶらしているからあかん。最近はわたしの仕事がたいしてないので「稼がず使わず」生活である。これは身に合っている。
今日は午後からがんばって綴じ作業をするところまでやった。明日、綴じて大封筒に入れ切手を貼って投函すれば終了。

昨日は身を入れて映画を見て感想を書いて、今日は会報づくりだから疲れた。えらく肩が重いのでサロンパスを貼っている。整体院に行くのはあさってだからもう1日の辛抱だ。肩回し体操をしてしのいでいる。「昔はこんなに疲れなかった」と姉の言葉をそのまま言いたくなる。ほんまに元気な子だったのに、最近は足は弱くなったしね。でも口は達者ですので(笑)。

VFC会員のみなさまへ、会報は明日送ります。16ページあるよ。

このブログを読んで会報読みたくなった方(入会したい方)はわたしに連絡ください。
当サイトの「お知らせ」から「プロフィール」にいくと、「ヴィク・ファン・クラブに入会ご希望のかたは、こちらへ」という一行があるのでクリックするとメールフォームが出てきます。
ツイッターは、sugiya kumiko @kumivi

ウォルター・サレス監督『オン・ザ・ロード』

わたしがジャック・ケルアックの本を読んだのは30年以上も前のことだが、いっときニール・キャサディが猛烈に好きでたまらなかった。今日相方がツタヤで借りてきたDVDを見ていて気がついた。「路上」を書いたケルアックと「路上」を生きたひとニール・キャサディを描いた映画だ。ケルアック役のサム・ライリーは『コントロール』でイアン・カーティスをやった人だって。あれはよかったけど、今日はもひとつもの足りなかった。ニール・キャサディももひとつだった。もうちょっと・・・。
製作総指揮がフランシス・フォード・コッポラ、監督が『モーターサイクル・ダイアリーズ』のウォルター・サレス、2012年の作品。

1940年代のニューヨークに作家志望のサルが父亡き後、母親と住んでいる家を出て旅に出る。広いアメリカの土地を暑いときも寒いときも車やらバスやら歩きやらで、いろんな土地に移動する。時に離れても大体は一緒に行動するディーン。酒、マリファナ、女、ジャズなどについてサムは書き留め、ディーンは体に記憶する。

映画が良いというよりも、ジャック・ケルアックとニール・キャサディが主人公だからいいはずだという思い込みが先に立っていた。

舌平目のムニエル

スーパーでめちゃくちゃ安かったと相方が買い物から帰ってきた。すぐに丸元淑生さんの料理本を引っ張り出して「これや、これや」とうれしそう。まな板には大きな舌平目が一匹横たわっている。「舌平目はムニエル」と口に出したわたし。「ええっ、長いこと食べてへんやん。どないするんやったっけ」「そやから調べてるんや」「たしか、バターと小麦粉やった」なんやかんやいってたが結局は丸元さんに従った様子。晩ご飯はビールと大皿に野菜(じゃがいも、ピーマン、きのこ)を従えた舌平目のムニエルとサラダ、味噌汁、海苔。舌平目が大きくて厚いので酒の肴に十分だった。

いやー、久しぶりに食べたなあ。サガンの登場人物が食べてたような気がするなあ。ミステリでもあったで、イギリスの警部さんがソウルムニエルを注文するねん。ドーバームニエルな、などなど、うんちくらしきものを垂れ流すのがわたし。

いやー、久しぶりの舌平目のムニエル、おいしかったよ。大阪湾産とのことだが、どのへんを泳いでいたのかな。

イングマール・ベルイマン監督『夏の遊び』

『夏の遊び』(1951)はイングマール・ベルイマン監督10本目の作品とのことだが、わたしはその存在を全然知らなかった。50年代の有名な作品をいろいろ見たとき『野いちご』に惚れ込んでレーザーディスクを買い何度も見た。その後もベルイマン監督の映画を見続けて『沈黙』には入れ込んだ。そのあとは見た覚えがあると思うのだが、タイトルだけではわからない作品がある。
久しぶりに今夜ツタヤで借りてきたDVDで『夏の遊び』を見て興奮し、また『野いちご』見たいな、DVDが欲しいなと騒いでいる。

王立オペラ座の首席バレリーナをつとめるマリーは、いろいろあって13年前の夏の記憶を思い出す。現在のマリーは少し疲れが見えるが貫禄のあるプリマバレリーナである。そして新聞記者の恋人がいる。彼女のもとへ匿名で古い日記帳が送られてきた。開いて見ると昔の恋人ヘンリックの名が書かれていてショックを受ける。
そこからマリーの13年前の夏の物語が描かれる。海辺の家での若い二人と犬の自由な生活。泳いだり走ったり食べたり寝たり、北欧の夏の描写が素晴らしい。そこにいる若い二人が美しい。
やがて海に風が吹きマリーが秋の気配を感じとったとき、ヘンリックが岩の上から海に飛び込んで大怪我をし、病院で死亡。残されていたノートを黙って叔父が持っていく。そのノートが13年後のマリーの手元に送られたのだ。

マリーはバレーに集中し踊りきり拍手の中で幕が下りる。現在の恋人が舞台の袖に立ってマリーを迎える。

苦あれば楽あり

今日の最高気温は37度あったそうだ。出かけるとき蝉の鳴き声がすごかった。大阪市内の街路樹でこれほど鳴くかと驚いた。タクシーに乗ると運転手さんが先日生まれて初めて熱中症にかかった話をしてくれた。おそろしや〜

暑さを避けイカリスーパーで買い物を手早くすませて姉の家に行った。ここも蝉の声がうるさい。猫じゃらしの勢いのよい伸びようにたじろぐ。
エアコンつけているとわたしには真正面に風があたる(ちょっとオーバー)ので寒い。困ったことである。冷風を避けて家事したり、マッサージしたり。おやつ食べたり。
3時過ぎに庭の植木に水撒きしたらヤブ蚊が腕いっぱいに(ちょっとオーバー)たかって血を吸っている。あわててムヒつけた。植木も蚊もすごい生命力。

マッサージしながら姉のとりとめない話に相槌を打ってなんとか5時まで過ごした。同じことばかりいうので、同じことばかり返事している。毎日の電話もそうだけど、テレビばかり見て会話が足りないせいだろう。まあ同じ返事でも返事がないよりましか。

5時に引き上げてタクシーで堀江まで。なじみになった運転手さんに電話するとすぐに来てくれるのでありがたい。
ベースで冷えた飲み物とおしゃべりで和みヴィーガンケーキをお土産に買った。それからジョローナでいろいろ買い物。夏の集まりの姪親子へのプレゼント、いつもお世話になっている友人へのプレゼントを買った。自分にも。買ったのはインドの民芸品のバッグや布。

そのあと隣りのリブラで熱く濃いコーヒーを頼んで雑談。堀江3店で疲れがとれて元気になって帰宅。
今夜のご飯はサラダと魚介類と野菜のパスタでした。うまかった〜 これからベースのヴィーガンケーキでデザート。

この夏最初のソーメン

凝りやが昨日寝る前にソーメンを食いたいと言い出して、夜ご飯のために今朝から椎茸を煮て、昼からつけ汁をつくって冷やしてあった。
今日は暑かった。梅雨明けしたとラジオのニュースがいってた。暑さの中を買い物係は八百屋やスーパーを巡って重い野菜や果物を運んできた。

前菜のようにスイカが出た。皮が薄くてきりきりまで赤くて甘く見事なスイカ。つぎのビールには、サバのカレー煮、ナスのオリーブオイル炒めがついた。さあ、ソーメン。冷やしたソーメンとつけ汁。卵焼きの薄切り、刻んだ椎茸とシシトウの炊いたん、刻みネギ、梅干しを汁に入れて混ぜ、ソーメンをつけてつるつる。あらあらミョウガとショウガと大葉を忘れてた。次に食べるときは忘んように。

梅干しを汁に入れるとソーメンが生きる。これにアナゴの細切りを入れたら完璧やけど、完璧過ぎると面白みがないから、アナゴが手に入ったときの楽しみにしよう。なーに、夏の暑い日にソーメンと汁だけでもじゅうぶんうまい。

昨日は法事でした

昨日は姪Sの夫の七回忌に行ってきた。うちとしては早起き。でもまあ朝ごはんは〈ぐらぐら白湯〉だけなので、シャワーして着替えして戸締りして早めに出かけた。四十九日と三回忌のときは一人で行ったのだが、昔わたしが住んでいた場所に近いので、センチメンタルジャーニーという感じでその近所を歩いてみた。せっかく早く出たのにうろうろに時間をとられてギリギリに迎えにきてもらったんだった。今回は感傷抜きでうちの前からタクシーで直行。淀川を越えるときには淀川花火の話をたっぷり聞かせてもらった。

早すぎかと思ったら、みなさんもうお揃いでやっぱり最後、かと思ったらもう2人来られたからよかった。読経とお話で1時間、にこやかにお坊さんがお帰りになって、あとは姪の娘、新婚のT夫妻を囲んで話したり、姪Aの夫が定年退職とのことでいろいろと話したり。七回忌の主人公のお兄さん夫妻のサッカー話が賑やかで四国のサッカーの話をいろいろ聞けた。岡田武史さんの名前を久しぶりに聞いた。

座を移して昼食に。行きしに森友学園のそばを通った。「あれがあの・・・」と姪Sが説明。目立つ赤い建物であった。写真で見るのとはインパクトが違う。
フルコースの和食でお腹がいっぱいになり、姪の娘Tが記念写真を撮った。気がついたら、兄と姉が欠席なので、わたしが長老なのであった(笑)。
帰ってから昼寝をして目が覚めたら暗くなっていた。
それから昨日書いたけど、映画( アルフォンソ・キュアロン監督『大いなる遺産』)を見て寝た。

アルフォンソ・キュアロン監督『大いなる遺産』

1998年の映画、上映されてすぐに見たように覚えている。グウィネス・パルトローが大好きなころですごく美しいのに満足した。でも、エキゾチックなシーンは気に入ったけど、元の物語はディケンズなのでもひとつな感じだった。フィン役のイーサン・ホークのことは全然気にしてなかった。若くてきれいな俳優さんという感じだった。

その後、ディケンズの本を渡英する友人にたくさんただいた中に『大いなる遺産』もあって再読した。すごくおもしろかったのでチャンスがあればもう一度映画を見たいと思っていた。映画を見たので今度はもう一度原作を読みない。
今夜は見るかと聞かれて「イーサン・ホークとグウィネス・パルトローやん、見る〜」と二つ返事。前に見たときよりも原作を再読してるし、目下イーサン・ホークの大ファンなんだし。

フィンは兄夫婦といっしょに暮らしている。ある日、海で脱獄囚の男につかまって脱走の手助けをする。男は警察に捕まったとテレビのニュースで知る。ある日、フィンに屋敷の老婦人から誘いがあった。屋敷を訪れると古〜い屋敷の荒れた庭がすてきで、屋敷に入ると厚化粧の老女(アン・バンクロフト)がいて不気味。金髪の美少女が蝶のようで不思議。フィンは少女エステラに魅せられる。大人になったフィンを演じるイーサン・ホークが美しくて不安げなところもよくて、イーサンだけを見るためにまた見たいと思った。大人になったエステラ(グウィネス・パルトロー)も美しい。

昔助けたことのある脱獄囚役がロバート・デ・ニーロ。彼の陰の助けがあっていまの成功が得られたのだが、フィンは助けを無駄にせず画家として世に認められた。娘を連れたエステラと故郷の海で向き合う。