夏から秋へ

夏から秋へ季節が巡っていく。
昨夜はまいった。お風呂からあがってパジャマのままお茶したり本を読んだりしていたんだけど、足元が冷えているのに全然気がつかなかった。横になったら足が冷たい。あわててふくらはぎサポータとソックスをはいた。それで徐々に温まってきたが、その前に冷えてしまったらしい。トイレに何回か起きる羽目になってしまった。冷えた足元から全身に冷えがまわったようだ。朝方はぐっすり眠ったが、もうちょっと寝ていたかったなあ。しっかし、トシだ。無理が効かない。

今日は姉の家に行く日。早めに起きて最近凝っている野菜(ケール、バナナ、トマトなど)とヨーグルトのスムージーを飲んで、洗濯物を干して出発。
姉の家に行くのにたくさん買い物をして見送りの相方が荷物をタクシーに運んでくれてやれやれ。

姉の家でもしゃべっている最中に居眠りしてぎくっと目が覚めたり。結局、二人で座ったまま昼寝してた(笑)。
帰りのタクシーで運転手さんと馬鹿話しておおいに笑って回復した。
夏から秋へ季節が巡っていくのを感じた日だった。

おやつは英国風サンドイッチ

ご飯におやつにと最近よく食べているのがサンドイッチ。ちょっと中南米風のオープンサンドのときとふつうのサンドイッチのときがある。どっちもうまくて我が家の定番。昼食またはおやつに食べる。つくるのはわたしではないけど(笑)。

オープンサンドはアボカドとレモンの薄切りをのせてマヨネーズを少々つけてトースターで軽く焼く(おっと、香辛料を忘れてはいけない)。うまいのでしょっちゅう食べている。アボカドはいろんな料理で食べているけど、結局これが一番うまい。

ハムとキュウリのオーソドックスなサンドイッチは格別だ。イギリスの小説を読むとよく出てくるけど、印象に残っているのは、P・D・ジェイムズのダルグリッシュ警視長もので、部下のケイト・ミスキン警部の部屋で事件があってケイトの母が亡くなる。その葬儀の日にケイトはハムとキュウリのサンドイッチを早くからたくさん作って冷蔵庫に入れておく。英国ではそういうものなのかと感心して読んだ。

折口信夫に近づく

昔から折口信夫が好きだった。といっても数首の短歌のことで、そらでいえるようになるまで熟読して覚えこんだからだ。ハイキングで山道に葛の花を見かけて狂喜した。それは関西ではけっこう見られる景色である。わたしが大事そうにその歌を口にすると一緒に歩いている友は「またか〜」とバカにするのだった。

一昨年、「神道」とはなにかいなくらいな気持ちで、雑誌『現代思想』2017年2月(特集 神道を考える)を買って読んだのがきっかけで、折口信夫学徒に勝手になってしまった。この厚い雑誌からいろんなことを学んだが、特に対談している安藤礼二さんの言葉に惹かれて、何度も繰り返し読んだ。優しい言葉でむずかしいことをいう人だという印象。

そして折口信夫が大きな存在だということを知った。そのときよりずっと前に折口の小説『死者の書』を読んで當麻寺に行ったり、竹内峠を歩いたりしていたし、二上山にも登った。泉北に住んでいた3年間は毎日二上山を眺めて暮らしていた。

折口が書いた本には短歌以外にまだ手が出ないが、いろんな人が書いた折口についての本をいろいろ買って読んだ。ぼつぼつ感想を書いていくつもりだ。

秋の長雨

このしつこい雨は好かんわといっても雨は聞いてくれないし勝手に降っている。昨日の好天気のことはすっかり忘れて今日の雨の苦情をいっているわたし。昨日の夜にたくさん洗濯物を取り入れたのに、その感謝をいわずに今日洗濯できないモンクをいっている。

昨夜の天気予報を見て今日の姉の家行きはアウトだとわかった。姉に約束していた買い物ができないよと電話してから長電話、去年まで毎日かけてた姉への電話を週一くらいにしてもらっているが、一度かけると引っ張られて長いながーい。うまく引っ張るのでつい長電話してしまう。

相方がツイッターにおもろいこと書いたというので読んだら、「これから晩ご飯作り。腹が減った、と言いながら、待っていたら食えた頃が懐かしい・・・ サバの煮付けに日野菜の塩揉みとか、作る。」と書いている。ごはんはそれだけでなく、一人あたりおかず4皿とご飯と味噌汁だった。

終わりのスイカと始まりの柿

最近は果物をよく食べている。そのときの旬の果物のうまさは格別で、唇を濡らしながらほうばる快楽におぼれる。旬の果物を食べるとうまさとは別に血の巡りがよくなったり、胃腸の働きが活発になるような気がする。

今日は今年最後のスイカだといいながら小ぶりのスイカを買ってきたのを半分夕食後に食べた。甘いあまーい今年最後のスイカ、四つ切りしてかじったら甘い汁が口元からこぼれた。至福のとき。残りは明日の昼ごはんのときに食べよう。

まだあるぜと買い物袋を開いたら柿の包みがあった。今年はじめての柿。明日の夜かあさっての昼の食前にいただくことにしよう。
夏の終わりのスイカを食べたら、次は秋の初まりの柿を食べる。

お彼岸に彼岸花咲く

整形外科のリハビリに行くのに公園の横を通ったら、植え込みの隅っこに真っ赤な彼岸花がひとかたまり咲いていた。そうだ!お彼岸だ!と思ったが、今日は何日でお彼岸はいつだっけというのがわたしのアタマの中。帰って検索したらお彼岸は9月20日から26日までで中日が秋分の日の23日だそうだ。季節は順当にまわり、お彼岸には彼岸花が咲く。なにごとの不思議なけれど、ですね。

そういえば、毎年1本だけ彼岸花が咲くところがあるのを思い出した。四角く区切った地面に街路樹が1本だけあって、その周りの土部分に雑草がひょろひょろ生えているんだけど、なぜか毎年1本だけ曼珠沙華が咲く。いつも見てはその健気さに感心するんだけど、今年も健気に咲いてほしいな。あの樹は台風に耐えたかしら。明日見に行こう。

昨日(18日)の追記
昨日の日記「お彼岸に彼岸花咲く」の追記です。
さっきつるかめ整体院の帰りに通ったら数本の茎が伸びていて、半分くらい花が咲いていたのでびっくりした。実は街路樹は去年からなくて雑草の園になっている。その中で健気に咲いていた。
昨日はふじわら整形外科、今日はつるかめ整体院とからだのケアで忙しい。目の酷使と座りすぎで腰にきてるのと、悪くなることばかり。さて、ぼやいてばかりいないで体操しよう。

アン・リー監督『ビリー・リンの永遠の一日』

3連休の3日目のご飯がすんでからなにか映画を見たいねとなって相方が決めた。わたしは戦争ものはあまり好きでないが、おまかせで見ることになったのは、アン・リー監督のイラク戦争もの『ビリー・リンの永遠の一日』。

イラク戦争で行き交う危険な銃弾の中に身を投じたビリー・リン(ジョー・アルウィン)はその姿をニュースに取り上げられてアメリカの英雄となる。彼の戦闘チームは一時帰国の間に全米凱旋ツアーにひっぱり出される。豪華なリムジンに乗せられて感謝祭のアメフトのハーフタイムイベントに迎えられたビリーとチーム、彼らを利用して一儲けをたくらむ人間がいる。
ビリーの姉はなんとか戦闘に出るのを忌避させようと考え熱心に説得する。
揺れ動くビリーだが、仲間たちとの友情と上司との信頼を優先して再びイラクの戦場に戻ることを決める。

ビリーが感じたり考えたりするところが初々しくて好感をもった。『ブロークバック・マウンテン』がアン・リー監督だったと後で思い出した。

おいなりさんが食べたい

長かった夏の疲れか、恐ろしかった台風の疲れか、その後の長雨の疲れか、それともトシのせいか、しんどくてしょうがない。
ぶらぶらしているもので、しんどいといえども夜の寝つきが悪い。寝てしまえば一直線なのに寝付けなくて転々としている。昨夜はほんとに寝つきが悪かった。時計と明るくなる外を見ながら、夜がしらじらと明けてくるってこのことやなと納得した。

その後はぐっすり眠って、アマゾンの本の配達に起こされた。買った本は安藤礼二の『折口信夫』(講談社)。分厚い本で3996円だった。姉が誕生日になにか買うようにとくれたお金が間に合った。もう1冊は今日注文して明後日配達の安藤礼二編集『折口信夫天皇論集 』(講談社文芸文庫) である。最近安藤さんの本をたくさん読んでいるけど感想書いてないので、ぼつぼつ書かないとね。

晩飯なににしようかと相談あり。いろいろ作るのが大変だ、お互いに疲れてるもんね。ということで、「おいなりさんが食べたい」とわたしが発言。それだけでは頼りないとカツオのたたきとタコのお刺身、高野豆腐、プチトマトのピクルス、そしておいなりさんと玄米茶。
今夜はあとお風呂に入って寝るが、寝る前に安藤さんの本を撫でたりさすったりしてから少し読む。

水引草に風が立ち(わたしの戦争体験記 13)

立原道造の詩「のちのおもひに」の一節
夢はいつもかへつて行つた 山の麓のさびしい村に
水引草に風が立ち
草ひばりのうたひやまない
しづまりかへつた午さがりの林道を

山梨県に疎開してよかったのはかっこよくいえば自然と触れ合えたこと。東京都品川区→大阪市西区の都会っ子だったから山梨県へ行った当初はすごくおどおどしていた。人間もだけど道に蛇が横たわっていたりね。夏休みが終わって二学期がはじまり、新入生はわたしだけだったので注目された。もう一人大阪から来た子がいたが一学期からなので、彼女は意識してわたしには東京の子っぽく振舞っていた。

学校に通う道の左側に大きな竹やぶがありその横に清水から流れ出た小川があり、川端に雑草が生い茂っていた。その中に夏は赤まんまがいっぱい生え、秋になると水引草が咲いた。そのころはもちろん水引草なんて知らずにただ気に入っていただけだけど。
履いて行った運動靴が破れても代わりを送ってこないので、みんなと同じように下駄や藁草履を履いて登校した。下駄はだんだんちびて鼻緒は切れ切れで情けなかったが、じっと我慢の子。そんな姿には水引草がよく似合う、なんて考える子だった。

のちに詩集など読むようになって知ったのが冒頭の詩である。あの花だ!と思った。しかし大阪では水引草にお目にかかったことがない。詩だけを胸に日にちが経った。
大阪へもどり、友達もたくさんでき、働き出してどこへでも出かけるようになった秋のある日、友達と天王寺公園内の植物園に行った。当時は温室もありいろんな植物があったが、いまはなくなったのかな。植物園内の庭にいろんな植物の植え込みがあって、なんと!水引草が咲いていて、掲示板に名称も書いてあった。植物園だから水引草も大きく伸びて立派で、風が立ちという風情はなかった。当時はカメラもなく長い茎を折って持って帰るわけにもいかず、思い出の水引草の確認をしただけで帰った。

いまは姉の庭に毎年雑草ぽく咲くし、花屋で売ってるのを見たこともある。どちらも見るだけでもらいも買いもしない。水引草はわたしの思いのなかにある。

夏目漱石『行人』を青空文庫で読む、長雨の夜

ここんとこ毎日雨が降っている。ずっと暑い日が続いていたから涼しいのは大歓迎だが、最近は雨が降りすぎだ。
洗濯物が乾かなくて、部屋の中は室内干しの衣類がいっぱいぶら下がっている。洗濯物を見ないようにして読書とMac。

悪い膝関節が湿気に反応して重苦しくいやな感じ。
ずっと昔のことだが、祖母が肘の痛みで雨が降るのがわかるといってたのを思い出す。笑って聞いてたけど、「あんたらもそのうちにわかる」といわれた「そのうち」の時節が到来したようだ。祖母の予言はぴたっと当たった。そのうち誰かにいってやろう。

こんなときは読書しかない。今日はiPhoneの青空文庫で読む。夏目漱石の『行人』はわりと好きというか心に作用するところがあるのでときどき読む。今日も主人公の苦悩をともに苦しみながら読んでいる。