緊急事態宣言が出る

なんだかよくわからんけど、明日7日緊急事態宣言が出る。外へ出ないようにして生活するのなら毎日家にいるから大丈夫。静かに暮らす。密集、密着、密閉の「三つの密」を避ける「三密回避」も大丈夫。おとなしくしてます。

これで今日の日記は終わり、では色気ないなあ。
なんかことがあって張り切るのは好きで、震災ボランティアに打ち込んだり、「なんたら反対デモ」に行くのも好き。

今回は反対になにもしない非常事態である。
いや違う、相手は手強い新型コロナウイルスだ。わたしのしなければいけないことは、じっと耐えて「三密回避」である。

今日は格別しんどい

昨夜張り切りすぎたせいか今日は全身がすごく重くしんどい。
本の読み過ぎもあって目や肩もしんどい。
時間があると本を広げるから、今日のようになにもない日は目薬さしてひたすら本を読んでいる。いかんとわかりながら・・・
ちょっと体を動かそうと、ベッドのシーツを取り替え毛布を外して枕カバーも取り替えた。動作がいやにだらだらしてる。相方が応援してくれたので助かった。

それよか体操だと気がついた。これから体操しよう。
来週には手すりがつく。それまではテニスボールストレッチと寝転がり体操とを励む。

食欲は相変わらず旺盛で昨日のケーキの残りとアボカドトーストを第2食として食べた。酸っぱいものも食べなくちゃとハッサクも食べた。
体操後はちょっと仮眠して晩ご飯。それから村上春樹さん読書に励む。今日は「励む」がやけに多いなあ。

今夜は特別夜更かし

昨日はケーキがどうのこうのと書いたが、お昼前に横浜の妹からバウンドケーキとクッキーの箱がとどいた。去年も送ってくれたのを、わたしが喜んだからと菓子工房に同じものを注文してくれた。自閉症者が働く菓子工房のお菓子は素朴な甘さだ。
お菓子を送れば姉が電話してくれる、と妹は笑う。それってわたしが身勝手みたいですね。ちょっと姉妹の考えに行き違いがあったせいだけどね。
さっそく3時のおやつに分厚く切って食べた。コーヒーとあってうまかった〜お腹がなかなか減らなくて困ったけど。
晩ご飯は10時過ぎだわ〜(9時に書いた)

晩ご飯をまたもやお腹いっぱい食べたら11時半だ。今夜はこれからが勝負笑 。ミナミのバー カリフラワーからの中継で好きなDJのプレイを見る。聞く。長い夜になる予感。

清潔な食事

今夜のご飯がテーブルに並ぶのを見て「清潔な食事やなあ」と感嘆の声が出た。きれいに大皿に盛ったインゲン豆とカボチャとオクラとグリーンアスパラの素揚げには酢をかけまわす。お酒は焼酎の炭酸割りにレモンたっぷり。ご飯は麻婆豆腐丼にごぼうとわかめの味噌汁。そして番茶。
わたしが素揚げをすると、たくさんし過ぎて山盛りになる。さっぱりとはなかなかできない。味はいいんだけど。見かけが悪い。

今日の憂鬱はかなり食事で癒された。憂鬱といってもコロナのニュースばかりの日常生活のせいである。なんとか明るく過ごしたくても無理。そういうときのうまい食事。
ケーキを買ってくるのもいいが、そしてたいそうに喜ぶのもいいが、今夜の食事のように清潔でうまいのを質素に食べるのがいい。静かに癒されていく感じがいい。

コロナの日々を書き続ける

おとといはあまりにも平凡な日だったのでブログは休もうと思って、ほんまに休んでしまった。書くネタがないからたまに休もうぜってことなんだけど、1人からはコメント、1人からはメールをもらって両手を引っ張りあげてもらった感じ。
こんな珍しい時代に生きているのに寝てしまってはいかん。いかにこのしんどい時代を生き抜いているか書き残さなあかん。いまはまだ生き抜いているとはいえないし、生き抜いていけるかもわからん。そんな時代のその過程を書いておこうと改めて思う。

午後にケアマネさんが来てくれた。わたしがデイケアに行くための書類を書いたのと医師に書いてもらった康診断書書をとりに来てくれたのだ。約束時間をずいぶん越えて現れた彼女は「コロナ関連の相談事が多くてどんどん時間がとられる」とぼやいていた。
デイケアは開いているそうだが、わたしはコロナが落ち着くまで待とうと思う。せっかくリハビリに励もうと思ったのがまた伸びてしまうが、高齢者につきイノチを大切にしようと思う。家でじっとしているのは得意だし。

部屋につける手すりのOK書類が区役所からまだきてない。業者さんはOKがきたらすぐに取り付けてくれるそうだ。手すりで支えて体操したいので早く取り付けてほしいなあ。

毎日、新型コロナウィルス関連のニュースを追いかけながら過ごしています。

一日中雨降り

今日は雨がよう降った。昨日は雨の前触れでひざが痛かった。今日は雨が降っているからひざが痛い。ほかに話題がないんかいな。昨日は日記を書けなかった。話題が雨とひざしかないもんだから、日記を日和ることにした笑 今日も話題がないから「雨とひざ」について語ります。

昨日は午後から整形外科に行った。先週健康診断をしてもらった結果ができていて、特に悪いところがなくてほっとした。気にするほどではないが心臓がちょっと弱いらしい。
空いていたので雑談をちょっとして、ひざの水を抜いてヒアルロン酸の注射を両ひざに打ってもらった。水は以前より少し減っているようで、少しでもアロママッサージの効果が出ているのがうれしい。

ここで笑い話をいっこ。
友達にメールを書いていて、アロママッサージと書くところを「コロナマッサージ」と書いていて自分では気がつかず。「Kさんにメールを書いたよ」と相方に読ませたら「コロナマッサージってなんや」「ありゃ、間違えた。コロナとアロマよう似てるやん」「どこが似てるねん」「まんなかにロが入ってる」「アホか」

食べ過ぎに気をつけろ

このトシになって、食べ過ぎてお腹がいっぱいと書くなんて無神経な。いやー、ここ数日のコロナ騒動で気持ちが荒くなり、お腹が減ってしょうがない。そして食べて食べて、そして結果は太る心配笑。お腹にお肉がついてきた。どないしょう。

家にこもっておいしいものを食べ、どっさりと脇に本を積んでいる。村上春樹の読んでない本がまだまだある。いま読んでいるのは『アンダーグラウンド』で、まだ半分くらい残っている。分厚い本で1ヶ月以上かかってここまできた。すごくいい本だ。
おととしくらいまで読まず嫌いで「春樹って大嫌い」だったのに去年から変身した。人間は変わる笑。いまは「春樹さん素敵大好き」である。

なにかあってこもる必要があるときでも、春樹さんの未読の文庫本が10冊以上ある。再読したいのもたくさんある。ただ本を読みながらの食べ過ぎには気をつけろ。

灯火管制(わたしの戦争体験記 83)

21日に書いた「記憶の夜店」から記憶をたぐっていって「ラヂオ焼」にいたった。記憶の中の夜店は「戸屋町の夜店」だった。阿波座から四ツ橋へんまで連なる長い夜店だったという。父親と兄たちといっしょに夜店をぶらつき「ラヂオ焼」はテントを見るだけで食べさせてもらえなかった。四ツ橋から住まいに帰る道はびっしり民家が建っているが、みんな灯火管制によって灯りは少しももれてなかった。薄暗い街並みを黙々と歩く一家。話す声も抑えたヒソヒソ声でたよりない。それでも兄たちは落語の物真似をして笑わすのだった。

家に帰っても電灯は笠にかけた黒い布におおわれているから、立って本を電灯の下に広げて読むのだった。兄が場所をとってしまうので、わたしは引き下がっていた。「あんたはおてんとさんが出ているときに読みや」と母がいうし。

夏は戸を開け放してすだれやのれんを下げているが、灯りは防げても声がもれるのが難点だった。とにかく子沢山なので、灯りも声も押し殺さねばならない。どちらも漏れると隣組の会長さんから苦情が来る。ひっそりと、ひっそりと暮らしていた。それにうちは子供が7人もいるのにひとりも戦争に行ってないので肩身が狭い。姉たちは女だから免れ、兄たちは2年ほど年齢が低いので免れていた。

今夜もうちで夜更かし

昨夜は夜の9時から Contact Tokyo がストリーム配信した “Live from STUDIO X” を視聴していた。コロナのおかげで外出を控えている夫が聞きながら踊るんじゃないかと思っていたが、前半は食事の支度、後半はじっと座って見聞きしていた。こういう音楽を聞くのにはこういうスタイルなんだって。わたしは画面とテーブルをはさんで真正面の特別席に座って上半身を揺らして楽しんだ。

わたしはここ数年間クラブに行ってない。週に二度か三度は夜遅くというより翌朝帰ってくる夫といれ代わりに起きて一人ご飯を食べていた。音楽を聞くのも夫の買ってくるのを聞かせて頂いている 笑 。
昨夜は久しぶりに現場の音とDJたちの身振りにふれて楽しかった。画面を見ているとからだが自然に動く。わたしはハタチ過ぎてから60年代70年代とジャズを聞いて生き、40歳代の80年代にはパンク少女だったが、いまここにきて、DJがつむぎ出すクラブ音楽を聞いている。
コロナに好かれるらしい70歳代を過ぎて80歳代になって足がよろよろ、よろぼし(弱法師)状態であるが、上半身をゆすって上機嫌なんである。