ウォルター・サレス監督『オン・ザ・ロード』

わたしがジャック・ケルアックの本を読んだのは30年以上も前のことだが、いっときニール・キャサディが猛烈に好きでたまらなかった。今日相方がツタヤで借りてきたDVDを見ていて気がついた。「路上」を書いたケルアックと「路上」を生きたひとニール・キャサディを描いた映画だ。ケルアック役のサム・ライリーは『コントロール』でイアン・カーティスをやった人だって。あれはよかったけど、今日はもひとつもの足りなかった。ニール・キャサディももひとつだった。もうちょっと・・・。
製作総指揮がフランシス・フォード・コッポラ、監督が『モーターサイクル・ダイアリーズ』のウォルター・サレス、2012年の作品。

1940年代のニューヨークに作家志望のサルが父亡き後、母親と住んでいる家を出て旅に出る。広いアメリカの土地を暑いときも寒いときも車やらバスやら歩きやらで、いろんな土地に移動する。時に離れても大体は一緒に行動するディーン。酒、マリファナ、女、ジャズなどについてサムは書き留め、ディーンは体に記憶する。

映画が良いというよりも、ジャック・ケルアックとニール・キャサディが主人公だからいいはずだという思い込みが先に立っていた。

舌平目のムニエル

スーパーでめちゃくちゃ安かったと相方が買い物から帰ってきた。すぐに丸元淑生さんの料理本を引っ張り出して「これや、これや」とうれしそう。まな板には大きな舌平目が一匹横たわっている。「舌平目はムニエル」と口に出したわたし。「ええっ、長いこと食べてへんやん。どないするんやったっけ」「そやから調べてるんや」「たしか、バターと小麦粉やった」なんやかんやいってたが結局は丸元さんに従った様子。晩ご飯はビールと大皿に野菜(じゃがいも、ピーマン、きのこ)を従えた舌平目のムニエルとサラダ、味噌汁、海苔。舌平目が大きくて厚いので酒の肴に十分だった。

いやー、久しぶりに食べたなあ。サガンの登場人物が食べてたような気がするなあ。ミステリでもあったで、イギリスの警部さんがソウルムニエルを注文するねん。ドーバームニエルな、などなど、うんちくらしきものを垂れ流すのがわたし。

いやー、久しぶりの舌平目のムニエル、おいしかったよ。大阪湾産とのことだが、どのへんを泳いでいたのかな。

イングマール・ベルイマン監督『夏の遊び』

『夏の遊び』(1951)はイングマール・ベルイマン監督10本目の作品とのことだが、わたしはその存在を全然知らなかった。50年代の有名な作品をいろいろ見たとき『野いちご』に惚れ込んでレーザーディスクを買い何度も見た。その後もベルイマン監督の映画を見続けて『沈黙』には入れ込んだ。そのあとは見た覚えがあると思うのだが、タイトルだけではわからない作品がある。
久しぶりに今夜ツタヤで借りてきたDVDで『夏の遊び』を見て興奮し、また『野いちご』見たいな、DVDが欲しいなと騒いでいる。

王立オペラ座の首席バレリーナをつとめるマリーは、いろいろあって13年前の夏の記憶を思い出す。現在のマリーは少し疲れが見えるが貫禄のあるプリマバレリーナである。そして新聞記者の恋人がいる。彼女のもとへ匿名で古い日記帳が送られてきた。開いて見ると昔の恋人ヘンリックの名が書かれていてショックを受ける。
そこからマリーの13年前の夏の物語が描かれる。海辺の家での若い二人と犬の自由な生活。泳いだり走ったり食べたり寝たり、北欧の夏の描写が素晴らしい。そこにいる若い二人が美しい。
やがて海に風が吹きマリーが秋の気配を感じとったとき、ヘンリックが岩の上から海に飛び込んで大怪我をし、病院で死亡。残されていたノートを黙って叔父が持っていく。そのノートが13年後のマリーの手元に送られたのだ。

マリーはバレーに集中し踊りきり拍手の中で幕が下りる。現在の恋人が舞台の袖に立ってマリーを迎える。

苦あれば楽あり

今日の最高気温は37度あったそうだ。出かけるとき蝉の鳴き声がすごかった。大阪市内の街路樹でこれほど鳴くかと驚いた。タクシーに乗ると運転手さんが先日生まれて初めて熱中症にかかった話をしてくれた。おそろしや〜

暑さを避けイカリスーパーで買い物を手早くすませて姉の家に行った。ここも蝉の声がうるさい。猫じゃらしの勢いのよい伸びようにたじろぐ。
エアコンつけているとわたしには真正面に風があたる(ちょっとオーバー)ので寒い。困ったことである。冷風を避けて家事したり、マッサージしたり。おやつ食べたり。
3時過ぎに庭の植木に水撒きしたらヤブ蚊が腕いっぱいに(ちょっとオーバー)たかって血を吸っている。あわててムヒつけた。植木も蚊もすごい生命力。

マッサージしながら姉のとりとめない話に相槌を打ってなんとか5時まで過ごした。同じことばかりいうので、同じことばかり返事している。毎日の電話もそうだけど、テレビばかり見て会話が足りないせいだろう。まあ同じ返事でも返事がないよりましか。

5時に引き上げてタクシーで堀江まで。なじみになった運転手さんに電話するとすぐに来てくれるのでありがたい。
ベースで冷えた飲み物とおしゃべりで和みヴィーガンケーキをお土産に買った。それからジョローナでいろいろ買い物。夏の集まりの姪親子へのプレゼント、いつもお世話になっている友人へのプレゼントを買った。自分にも。買ったのはインドの民芸品のバッグや布。

そのあと隣りのリブラで熱く濃いコーヒーを頼んで雑談。堀江3店で疲れがとれて元気になって帰宅。
今夜のご飯はサラダと魚介類と野菜のパスタでした。うまかった〜 これからベースのヴィーガンケーキでデザート。

この夏最初のソーメン

凝りやが昨日寝る前にソーメンを食いたいと言い出して、夜ご飯のために今朝から椎茸を煮て、昼からつけ汁をつくって冷やしてあった。
今日は暑かった。梅雨明けしたとラジオのニュースがいってた。暑さの中を買い物係は八百屋やスーパーを巡って重い野菜や果物を運んできた。

前菜のようにスイカが出た。皮が薄くてきりきりまで赤くて甘く見事なスイカ。つぎのビールには、サバのカレー煮、ナスのオリーブオイル炒めがついた。さあ、ソーメン。冷やしたソーメンとつけ汁。卵焼きの薄切り、刻んだ椎茸とシシトウの炊いたん、刻みネギ、梅干しを汁に入れて混ぜ、ソーメンをつけてつるつる。あらあらミョウガとショウガと大葉を忘れてた。次に食べるときは忘んように。

梅干しを汁に入れるとソーメンが生きる。これにアナゴの細切りを入れたら完璧やけど、完璧過ぎると面白みがないから、アナゴが手に入ったときの楽しみにしよう。なーに、夏の暑い日にソーメンと汁だけでもじゅうぶんうまい。

昨日は法事でした

昨日は姪Sの夫の七回忌に行ってきた。うちとしては早起き。でもまあ朝ごはんは〈ぐらぐら白湯〉だけなので、シャワーして着替えして戸締りして早めに出かけた。四十九日と三回忌のときは一人で行ったのだが、昔わたしが住んでいた場所に近いので、センチメンタルジャーニーという感じでその近所を歩いてみた。せっかく早く出たのにうろうろに時間をとられてギリギリに迎えにきてもらったんだった。今回は感傷抜きでうちの前からタクシーで直行。淀川を越えるときには淀川花火の話をたっぷり聞かせてもらった。

早すぎかと思ったら、みなさんもうお揃いでやっぱり最後、かと思ったらもう2人来られたからよかった。読経とお話で1時間、にこやかにお坊さんがお帰りになって、あとは姪の娘、新婚のT夫妻を囲んで話したり、姪Aの夫が定年退職とのことでいろいろと話したり。七回忌の主人公のお兄さん夫妻のサッカー話が賑やかで四国のサッカーの話をいろいろ聞けた。岡田武史さんの名前を久しぶりに聞いた。

座を移して昼食に。行きしに森友学園のそばを通った。「あれがあの・・・」と姪Sが説明。目立つ赤い建物であった。写真で見るのとはインパクトが違う。
フルコースの和食でお腹がいっぱいになり、姪の娘Tが記念写真を撮った。気がついたら、兄と姉が欠席なので、わたしが長老なのであった(笑)。
帰ってから昼寝をして目が覚めたら暗くなっていた。
それから昨日書いたけど、映画( アルフォンソ・キュアロン監督『大いなる遺産』)を見て寝た。

アルフォンソ・キュアロン監督『大いなる遺産』

1998年の映画、上映されてすぐに見たように覚えている。グウィネス・パルトローが大好きなころですごく美しいのに満足した。でも、エキゾチックなシーンは気に入ったけど、元の物語はディケンズなのでもひとつな感じだった。フィン役のイーサン・ホークのことは全然気にしてなかった。若くてきれいな俳優さんという感じだった。

その後、ディケンズの本を渡英する友人にたくさんただいた中に『大いなる遺産』もあって再読した。すごくおもしろかったのでチャンスがあればもう一度映画を見たいと思っていた。映画を見たので今度はもう一度原作を読みない。
今夜は見るかと聞かれて「イーサン・ホークとグウィネス・パルトローやん、見る〜」と二つ返事。前に見たときよりも原作を再読してるし、目下イーサン・ホークの大ファンなんだし。

フィンは兄夫婦といっしょに暮らしている。ある日、海で脱獄囚の男につかまって脱走の手助けをする。男は警察に捕まったとテレビのニュースで知る。ある日、フィンに屋敷の老婦人から誘いがあった。屋敷を訪れると古〜い屋敷の荒れた庭がすてきで、屋敷に入ると厚化粧の老女(アン・バンクロフト)がいて不気味。金髪の美少女が蝶のようで不思議。フィンは少女エステラに魅せられる。大人になったフィンを演じるイーサン・ホークが美しくて不安げなところもよくて、イーサンだけを見るためにまた見たいと思った。大人になったエステラ(グウィネス・パルトロー)も美しい。

昔助けたことのある脱獄囚役がロバート・デ・ニーロ。彼の陰の助けがあっていまの成功が得られたのだが、フィンは助けを無駄にせず画家として世に認められた。娘を連れたエステラと故郷の海で向き合う。

ツイッターでなくてリツイーター

わたしはツイッターでなくてリツイーターだと、ツイッターで会話した若い人が使っていた言葉をそのまま使う。わたしはツイートするよりも数倍のリツイートをしている。「通知」を読むと、RTをRTされていることが多く、RTを「いいね」されているのはもっと多い。

ツイッターを開くと時間を忘れて読みふける。読書よりもこっちに時間を使っている。だっておもしろいんだもん。政治的発言もあるけれど、わたしのフォロワーさんは文化(映画)系が多いかな。若い人もみんなうまいことおしゃれなことを書いている。自分の撮った写真はもちろん、いろんなところからの引用の写真やイラストも載っていて楽しい。ふーんと感心して「いいね」をよくつけるけど、「RT」することも多い。おもに和洋の猫話が主であるが、日本の妖怪とか西洋の魔女のようなものもけっこうある。自分が楽しいから分けてあげる気持ち(笑)。いっしょけんめいに考えてツイートしてるひとには悪いと思うが、いやいや、ちょっとでも広まったほうが、書いた人だって満足するだろうなんて思うのである。

そろそろ梅雨明けか、クマゼミが鳴いている

13日の木曜日に姉の家の近くのお寺からクマゼミの鳴き声が聞こえてきた。うるさくないのは、今年初めてだし1匹だけだったからかもしれない。
翌日の14日金曜日には昼ごはんどきにうちのそばの街路樹からひそやかに聞こえてきた。クマゼミが鳴いて梅雨明けかなあと言いながら昼ごはんを食べていた。
これから2ヶ月ほどやかましい声というより音に悩まされる予定(笑)。

しかし、今年の暑さはすごい。36度なんて初体験の暑さの日が当たり前になったりして。それにつけてもエアコンが難しい。うちは家ではエアコンつけないでTシャツで過ごす。他所に行ったときにはどこも冷やしてあるから、ソックスとか膝掛けとか上着とか用意している。タクシーの運転手さんは親切にもっと下げましょうかという人が多い。たまによくわかっている人がいて「温度少し上げましょう、これくらいがいいかな」と調節してくれる。

うちは二人ともエアコンに弱い。ええ塩梅にというべきか、この間はつけて一人が風邪引いた。片方がつけようといわないからかなりつけないでいく。いまはうちわと扇風機のお世話になっている。窓はみんな開けっ放しだから雨が降ったら降り込んでくるのがなんぎ。いつか開けっ放しで出かけて友だちとしゃべっている間に夕立が来て帰ったら猫が怒ってた。開けた窓から降り込んで床がびしゃびしゃ。以来、出かけるときはきちんと閉める。本とパソコンが濡れたらどないするねん。

梅雨入り・梅雨明け予想Navi【2017年版】より
これらのデータから判断すると、2017年の関西・近畿地方の梅雨明けは7月16日頃から7月26日頃の間くらいとなりそうです。

第19回大阪翻訳ミステリー読書会

日時:7月14日(金)18:45〜
場所:大阪駅前第二ビル
課題書:『拾った女』チャールズ・ウィルフォード著/浜野アキオ訳/扶桑社文庫

早めに出てシャーロック・ホームズで夕食を食べて、店主や客と雑談して隣のビルにある会場へ時間通りにいった。
最初に課題書を知ったときは、なんで1955年に書かれた本をいま取り上げるのかわからなくて、主催の影山みほさんはどういう基準で選んだんだろうと不思議だった。表紙のデザインはいいけどと言いながら読む気が起こらず日が経っていき、ぎりぎりに本を開いたら、なんと!著者のチャールズ・ウィルフォードは昔愛読していた『マイアミ・ポリス』のシリーズ3作を書いた人だった。

小柄でブロンドの美しい女ヘレンがハリーが働くカフェに一文無しで入ってきて、ハンドバッグをなくしたという。ハリーはヘレンに酒をおごり、連れ出してホテルに泊まるように世話する。翌日お金を返しにきたヘレンと過ごすために仕事をやめて夜の街へ出ていく。二人はそれから一緒に暮らし始める。ハリーは画家として立つように教育を受けていたがいまはその未来を捨て去っている。ヘレンはハリーに肖像画を描いてくれるように頼む。たまたま200ドルの金が入ったのでハリーは酒代以外に絵の道具を買い整え創作を始める。
だが、酒なくしては生きていられないヘレンとハリーの思いは「死」へと向かう。
そこまで進んできた物語は一転外の世界と関わるようになる。うんうん言いながら読んできたのが、おうおう、そっちへ行くかと切り替える。最後に「そうきたか」と感心して読み終わった。書いたらネタバレになるからここまで。

わたしは感想を話すとき、これは「純愛だ」と叫んで笑いをとったが、会の終わりに「どこが純愛や」と反論あり。この本のテーマが「純愛」なんですけど。
中心の話題は、アメリカの50年代のこと、人種差別のことなどかなり深いところまで語られてました。