砂澤ビッキさんの思い出

今日のツイッターで目にした巖谷國士さんのツイート。
【3月7日2時から札幌の北海道立文学館で、「砂澤ビッキと澁澤龍彦」という講演をする。無料。要予約。】

行きたいけど、当然、無理。

その代わりに砂澤ビッキさんの個展でお会いした時の思い出を書きます。
いま手元に『砂澤ビッキ作品集』という大判の本(株式会社用美社)がある。1989年10月発行で、たしか出たときに買ったように覚えている。
そのころ大阪の画廊での個展に行った。画廊には他の人はおらず、ビッキさんがおられてにこにこして迎えてくれた。北海道の話や今後の活動の見通しなど、ビッキさんの気になっている話題がどんどん出た。

木彫りの小品がたくさん展示してあった。値段がついているのがあったのでお金があれば買うのにと思ったが、うちらには無理。
わたしが作品を丁寧にうれしそうにゆっくり見ていると、「手にとって見て」といってくれ、小さな木彫りのトンボのような蝶のような虫のような作品を手に持たせてくれた。自分が持ってトンボが飛ぶように見せてくれたりした。「触ると手垢で汚れるから」といったら「それがいいんだ」と笑っていた。手にとって見てもらうのがいいんだって。
北海道出身の夫と旭川の話をして盛り上がり楽しそうだったのを覚えている。
帰るときは暖かい大きな手で握手して背中まで抱えてくれた。感激いまも忘れず。(SUNAZAWA Bikky 1931-1989)

ジョン・フォード監督『リオ・グランデの砦』

ずいぶん前に本屋で買った安いDVDのハードボイルド映画を何本か見た。その他に西部劇や恋愛ものもある。昨日取り出したのはジョン・フォード監督、ジョン・ウェイン主演の『リオ・グランデの砦』。なんと290円の値札が貼ってある。そして同じような西部劇がまだ数枚ある。どれも買ったときに一度は見ているが、それぞれおもしろいから置いてある。古色蒼然とした西部劇だけど人情味があり、相手役は美女でしっかりしていて言葉のやり取りも楽しい。白黒映画で画質もけっこういい。

騎兵隊とインディアンたちのリオ・グランデの砦で繰り広げられる攻防を丁寧に描く。騎兵隊の英雄ジョン・ウェインの妻がアイルランド系の美女モーリン・オハラで、一人息子を連隊から家に連れて帰ろうとする。息子は意地でも帰らない、騎兵隊で戦いたいという。

結局は全員でインディアン部隊をやっつけ砦を死守する。騎兵隊は善、インディアンは悪と割り切った考えで作られた映画だが、子供達の可愛らしさ、若者たちの率直さ、洗濯する女房たちの真面目さ等気持ちよく見られた。アイルランドの歌がたくさん歌われるところもよかった。

ハワード・ホークス監督『三つ数えろ』

先日ジョン・ヒューストン監督の『キー・ラーゴ』を見てよかったので、うちにあるDVDを探したら出てきた。原作はレイモンド・チャンドラーの『大いなる眠り』。戦後のなにもないときに阪急電車三国駅近い夜店の屋台で見つけたミステリ雑誌『宝石』に翻訳されていた。何度も読んだからハンフリー・ボガードとローレン・バコールのやりとりを口ずさめた。雑誌のほうはつい先頃まで押入れに置いてあったが、点検したら傷んでどうしようもないから捨てた。DVDは他のハードボイルド映画といっしょに保存用の箱に入っている。

父は戦前の映画のファンだったが、二番目の姉は戦後のアメリカ映画の熱烈ファンで、中学生のわたしはお風呂屋への往復など歩きながらストーリーや姉独自の解説を聞くのが好きだった。戦後アメリカ映画が上映されるようになり姉はウキウキと青春時代の最後を過ごし、話し相手はわたししかいなかった。その後、姉は結婚して子供を2人つくり彼女らが学校へ行くようになると深夜映画に熱中した。画質などという贅沢なことはいわずただストーリーを追い、スターの姿を追っていた。
わたしも父と姉の足跡を追って映画ファンになったが、時代がかわったこととわたしが理屈を好む性格ということもあって、映画批評やらヨーロッパ映画やらと窓口を広げていった。

ハワード・ホークス監督『三つ数えろ』はハンフリー・ボガードとローレン・バコールの演技にハードボイルドという覚えたての言葉がぴったりだった。映画館で見たか深夜映画で見たのかはっきりしないが夢中で見たことを覚えている。
かなり前になるがハリウッドの名画のDVDが街の書店で売っているのを知って買いに行った。1枚500円か1000円くらいだったので大枚はたいて20枚くらい買ったっけ。それらの中で「もう一度見る」という基準で何枚か残してある。話が長くなったが、『三つ数えろ』もその一枚である。

ジョン・ヒューストン監督『キー・ラーゴ』

近頃はネットと本に興味がいって映画を見ようという積極的な気持が起きてこない。昨夜はジョン・ヒューストン監督の『キー・ラーゴ』(1948)を見たのだが、それも村上春樹の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を読んでいた夫が登場人物の言葉から、『キー・ラーゴ』がいいらしい、どんな映画か見たいといいだしたので見ることになった。

この時代の映画は深夜映画でよく見た。いちばん気に入ったのは『飾窓の女』で、それこそ深夜にじっとひとりテレビの前で頑張っていたものだ。
なんの縁か『飾窓の女』は、エドワード・G・ロビンソンが学者の役で主演だった。
『キー・ラーゴ』では典型的な悪役を気持ちよく(?)演じている。

映画がはじまりハンフリー・ボガードとローレン・バコールの間にエドワード・G・ロビンソンの名前が入って物語がはじまった。
二人の新スターの間に老練な大スター、その相手にはクレア・トレヴァーが色気を残したちょっと歳のいった役で出ている。彼女はこの映画で助演女優賞を得た。ジョン・ウェインとの『駅馬車』は二人とも最高だった。
老練なふたりの俳優に対して新鮮なふたりの俳優は演技が根本的に違っていて、ちょっとした表情にも新しさがあって見とれた。

ミシェル・ゴンドリー監督『ムード・インディゴ うたかたの日々』

ボリス・ヴィアンの小説『日々の泡』の翻訳(曽根元吉訳、新潮社)が1970年に刊行されたとき読んだ。哀しく美しい恋愛小説にこころを揺さぶられた。44年前のことだ。それ以来読んでいなかった。読むと哀しいから読みたくならなかったのだ。

ミシェル・ゴンドリー監督『ムード・インディゴ うたかたの日々』は、ボリス・ヴィアンが感じて書いた物語を映像にして見せてくれて絶妙だ。
モノがそれぞれ生きていて暴れたり落ち着いたりしている。いろいろな人間が描かれる。わたしはなかでもジャン=ソル・パルトル(ジャン=ポール・サルトル)を表現するやりかたにイかれた。
1966年東京で元気なサルトルを見たことのあるわたしとしては、もう喝采するしかない。

そして、ロマン・デュリスとオドレイ・トトゥが恋人たちを演じて素晴らしい。その他の若い人たちもそれぞれ生きていて、語り、踊り、歌っている。
久しぶりに見た映画にこころ揺さぶられた。2013年のフランス映画。

1978年の The B-52’s ライブ

ミクシィの日記にマイミクさんがThe B-52’s のライブの動画をアップしていた。B-52、久しぶりやなあ。懐かしいなあ、あたしの40歳ごろのお気に入りだったっけ。
四ツ橋のカフェバー パームスで仲良し(といっても20歳年下)のめぐちゃんと遊んでいると、しょっちゅうモニターにB-52のライブ映像が流れていた。大阪爆撃でB-29に家を焼かれた身としては、B-52というネーミングが気に入っていた。当時は映像があまりないらしくよく同じものが流れていた。

そのB-52が京都でライブすると知って、めぐちゃんを誘ったら都合が悪いそうなので、わたし一人で勇気を出して行くことにした。
もう記憶がないが、当時流行っていたライブハウス磔磔(たくたく)ともう一店のどっちかで、四条に近かったと記憶している。検索したら1978年11月来日と書いてあった。そうだ、11月だから薄手のコートを着ていったんだと思い出した。

ライブで踊ったのは初めてだった。コートとバッグを隅っこに置いて、真ん中へんのちょと高くなったところのグループにくっついて踊った。ライブ映像を思い出して心臓強く(笑)。まわりは背の高いかっこいい女子ばっかり。若い知り合いが来ていて見てたんだって。終わってから「ようおどってはりましたね」と「お歳なのに」を省略して嫌味っぽくいわれたがなんのその、元気をもらって帰った。

『どしゃ降り』は49年前の映画

今日はずいぶん雨が降った。土砂降りっていうのはこのことかと改めて思ったくらいのどしゃ降りだった。こんな日に雨に濡れずに家にいられてなんて運がいいんだろとしみじみ思った。仕事をしているときは配達や御用聞きで外に出ることが多く、雨の日は大変だった。いまは「よう降るなあ」といいながら外を眺めている。この境地にくるまでよう働いたからこれがある。

どしゃ降りという言葉で、昔梅雨時に見た『どしゃ降り』という映画を思い出した。新世界の映画館で見て外に出たらどしゃ降りだった。雨の中を地下鉄の駅まで走って帰った。いまちょっと検索したら1970年の作品だ。49年前? びっくりするなあ、もう。そういえば、そのころは岸の里の文化住宅に住んでいた。映画を見て帰りどしゃ降りのなかでさっき見た映画の話をしてたら気色悪くなったっけ。
モーリス・ロネとロミー・シュナイダーの顔はよく覚えている。ふたりともすごく好きだったからどしゃ降りの中を新世界まで行ったんや。

図書館のホールギャラリーで文楽の展示を見て

昨日は投票の帰り久しぶりに中央図書館に行った。図書館に入るのはほんとに久しぶり。
エントランスホールギャラリーで文楽の展示をしていたのでゆっくり見た。娘役の人形の髪と衣装の美しさにうっとりした。最近すっかり文楽にご無沙汰なので、人形を見ても誰かわからない。車椅子の押し役は文楽をあんまり好きでないので長居は遠慮して要所をくるりとまわって終わり。でも、見るべきところは見た。人形のかしらができるまでの材木を切ったところから完成するまで丁寧な見せ方をしていたし、衣装が美しかったし、楽しんだ。

また古い話です。
1960年ごろ、文楽は二つに分裂していて因会(ちなみかい)と三和会とに別れていた。わたしは桐竹紋十郎さんのファンだったので否応なく三和会を応援していたが、見る機会は劇場がある因会が多かった。
三和会は劇場がないからあちこちの地方で機会があればやっていたようだ。

ある日の午後に三越劇場で三和会の「八百屋お七」を見たことがあった。桐竹紋十郎さんがつかうお七を見たことは若かったわたしの誇りと自慢となった。60年ほど経ったいまでもお七の姿がまざまざと蘇ってくる。
いやー、昨日はいいものを見せてもらって、そこから紋十郎さんを思い出すことができてよい日だった。

久しぶりに深夜のクラブ活動

昨夜は晩ご飯を食べて片付けして日記を書いてしまい、一眠りしてから着替えて出かけた。もうすぐ真夜中。以前おそい時間に出かけるとき、近くの店の奥さんに見られて「まずい!」と思ったことがあった。あとでなんか一言ある人なのである。ところがその後はどっちかというと羨ましそうな顔で挨拶されて嫌味は一言もなし。わたし夜遊びのときは輝いているのかも(笑)。

そんなことを思い出しながらタクシーでミナミへ。三津寺町の「味穂」でたこ焼きとどて焼きとおでんとビールでお腹を満たしていると、相方の知り合いのカップルが隣の席についた。やーやーとしゃべりながら食べてクラブマフィンへ。今夜はライブがあるから人が多いぞといわれていたが、廊下にもたむろしている。

うちはご老体だからカウンター前の席に座らせてくださったが、椅子が高くてどうしたら座れるか迷っていたら相方が背中から抱いて座らせてくれ椅子問題は解決(笑)。
マスターに紹介されて握手。暖かな人柄が手のひらをとおして伝わってきた。パートナーのまいこさんがわたし用に大きなグラスに冷たいお茶を用意してくれたのもうれしい。まいこさんとはおおかた10年近く前から知った中なんだけど、ここんとこご無沙汰してた。彼女のDJが好きなのに最近聞いてなかった。復活させなくちゃ。生きていなくちゃ。
ライブ中はマイクを持つヴォーカルの背中と私の背中がしばしばぶつかったりくっついたり。こんなライブはじめてだ。

激しい演奏だったからこういうんってなんていうのかなと聞いたらレゲエだって。ああ、そうかあ、レゲエかあ。
お客さんがたくさんいて相方の知り合いが多かったし、ニコニコと邪魔にならないようにしていた。とても、オーケーな夜だった。

ケイト・ブランシェットがCIA捜査官『ハンナ』

金髪の美しい少女ハンナ(シアーシャ・ローナン)は人里離れたフィンランドの山奥で、元CIA工作員の父エリックと暮らしている。狩に行き動物を撃ち殺すが、苦しむ姿を見て心臓に届かなかったと反省する。格闘技を父にしこまれ16歳にして並外れた技を持つようになった。
ハンナはある任務を受けてヨーロッパへ旅立つが、父がCIAにいたときの同僚マリッサ(ケイト・ブランシェット)とその部下が執拗に追ってくる。CIA捜査官マリッサは頭が切れる女性で、冷酷な判断でハンナを追いかけ殺そうとする。

旅の途中で知り合った少女がハンナに惹かれ友達になろうといい、ハンナは初めて友達というものを持った。
父と会うのはドイツのグリムの家と決めてあると友達に打ち明けてハンナは出かける。そのあとにマリッサは友達を脅してグリムの家と聞き出しハンナを追う。

マリッサ役のケイト・ブランシェットは姿と話しぶりでCIAの切れ者とわかる完璧な演技。