寒いからお茶とお菓子で平野啓一郎のショパンの本

昨夜も寒かったが、今日は冷たい北風が吹いて昼間も寒かった。ベランダに出ると干してある洗濯物が風にあおられて飛んでいきそう。全部洗濯バサミでしっかり止めてあるから大丈夫だけど。
布巾として使っている白いタオルが風にゆれてきれいだ。使うたびに洗って干しているが、眺めているとやってるぜって気持ちになる。すぐに洗って干すのは面倒だが清潔で気持ちいい。
先週あんなに暑いほど暖かだったのに今日の寒さはなんじゃらほい。それでも我が家にはいまから寒い中を負けずに出て行く人がおる(笑)。
留守番のわたしは頂き物のお菓子があるから熱いお茶を淹れて和むことにする。そのあとはお風呂でゆっくりぬくもって、メールの返信して、読みかけの本のどれを読もうか。最近買った平野啓一郎『葬送 第一部上』『葬送 第二部下』は音楽家ショパンの物語である。19世紀のパリのショパン、あまりにも知識がなさすぎるので、少しずつ読んで理解が深まるようがんばる。

膝の痛みは悲しみが溜まった痛み 群ようこ『かるい生活』から

群ようこの3冊の本(『ぬるい生活』『かるい生活』と『ゆるい生活』)を買った。ときどき出してよさげなところを読んでいる。ぬるくないし、かるくないし、ゆるくない生活をされていると思う。まとめて「たのしい生活」3部作といったらいいかな。

今日読んだ『かるい生活』に膝の痛みのことがあった。
群さんがお世話になっている漢方薬局の先生の言葉で
ーここから引用ー
「膝の痛みはね、悲しみが溜まった痛みだっていわれているわよ」
といわれた。それはいったい何かとたずねたら、その人が生まれてから今まで、表に出せずにぐっと堪え続けていた強い悲しみがあると、それが後年、膝の痛みになって出てくると教えられたというのだ。
ー中略ー
試しに膝の直接的な痛みとは関係がない、精神的な悲しみに効果がある調剤をして服用してもらったら、足の不具合が嘘のように治ってしまったのだといっていた。
ー引用終わりー
悲しみが溜まった痛み、わたしの膝の痛みはなんの悲しみが溜まったのだろう。耐え続けてきた強い悲しみがあるんだろうかと考える。
わたしは長い年月膝の痛みに耐えてきた。先日生まれてはじめて膝の水を抜いてもらったが、あのきれいな水はわたしのどんな悲しみを秘めていたのだろう。

『地球の歩き方 シカゴ 2018~19』

どっかへいきたいと歌の文句が口に出て、勝手な節回しでうたっている。どっかへいきたい〜 どっかってどこよ。狭いマンションのリビングのテーブルで本を読んでいるが、身が入らなくて、どっかへいきたい〜とつぶやく。いまのところは年末の不祥事から回復できてないからまだ先の話だ。

友人からのメールが退屈から救い出してくれた。
彼女、中野和子さんの原稿「ヴィクの街シカゴ」がいま発売中の『地球の歩き方 シカゴ 2018~19』に載っている。去年の夏に編集部の方から原稿依頼があったので、ちょうどシカゴ旅行から帰ったばかりの中野さんを紹介した。
他の会員にその話をして「コラム記事やねんけどね」といったら、「飛行機で座ったらいちばんに『地球の歩き方』のコラムを読むよ。そういうときにちょうどええねん」とのことだった。その言葉を今日編集者に伝えたら喜ばれたので、いいことを伝えたとうれしくなった。

わたしは『地球の歩き方 シカゴ1994ー95』に「ヴィクのシカゴ」を書いた。それから何度か改訂版を書いたがいつか途切れていた。今回は頼まれてよかった。ほやほやのシカゴネタを持った中野さんがいる。
興味を持った方は『地球の歩き方 シカゴ 2018~19』を買って読んでください。全体が読み物としても楽しいです。

大阪の川と橋と小野十三郎の詩集『大阪』

ちょっと用事があって大阪ドームの近くへタクシーで行った。二人で行くので、もし必要があればと車椅子を畳んで荷物入れに。帰りは暖かくて気持ちよいので相方が車椅子を押すという。帰り道はよくわかっているので、どの橋を渡って帰るかと相談した。千代崎橋は家の方からは離れているので松島橋がいいかな。そうそう大渉橋が渡りやすかった記憶がある。大渉橋へ行ったら橋の横に木津川に沿って松島橋まで遊歩道のようなものができていた。全部コンクリート造りだから色気はないけどよく清掃されて清潔な感じ。
気持ち良いので歩く練習をすることにして、空の車椅子を押しながら次の松島橋まで川のほとりを歩いた。気持ち良い。かなり足の具合もよくなってきた。歩きのためだけに、ここにきて散歩するのもよいなあ。

川に沿って歩いていると水鳥が浮かんでいるのが見えた。なかなか風流じゃん。大阪ええなあ。
小野十三郎の『大阪』を思い出した。
「姫島や千船では道はすべて海のほうに向かっている」というような一節があった。千船の会社で働いているとき大切にしていた詩集だ。自転車で川に沿ってずんずん下り海に近いところまで走ったことがあった。

群ようこ『ぬるい生活』

群ようこさんの名前は『本の雑誌」を毎月買っていたときがあって昔から知っていた。雑誌に載ってるから読んだので単行本は読んだことがなかった。写真を見ると知的な印象で上手に年をとってはるなと思った。
『週刊現代』の群ようこさんのインタビュー記事「書いたのは私です」を読んだらおもしろかったので紹介されている『かるい生活』を読みたくなった。アマゾンを探したら、さきに出た『ぬるい生活』があったので中古本を注文したのが昨日届いた。読みかけたらおもしろいので、続けて読もうといま2冊(『かるい生活』と『ゆるい生活』)を注文したところ。
いちばんに家族と絶縁した経緯を知りたい。

蔵書の8割がたは処分したといっておられる。わたしは数年間にわたってぼちぼちと本の処分をしているがしきれないので弱っている。一度にどかんと出したらいいんだろうなと思う。そこらへんのことを知りたい。まあぼちぼち出してかなり減っているけど、これからが問題だ。捨てられない本が残っているんだから。

『ぬるい生活』は更年期の話が大部分である。読んでる途中で更年期真っ最中の友だちにこの本を買うようにメールした。
(朝日新聞出版 540円+税)

読書生活再開

いまようやくサラ・パレツキー『フォールアウト』を読んでいる。おもしろくてどんどん進み3分の1までいった。明日も読み続けるだろう。なんかようやく本来の自分にもどった感じ。

去年の11月くらいからちょっと硬い本を連続で読んでいた。『ハンナ・アーレント』は映画を見てから伝記を読み、夫のハインリッヒ・ブリュッヒャーとの間柄に憧れた。著書は読もうと思いつつまだ読んでない。同じ頃に映画『サラの鍵』を見て、慌てて原作(タチアナ・ド・ロネ)を買って読んだ。原作も映画もこの日記に感想を書いてある。1942年ナチに占領されたパリでユダヤ人たちが逮捕されヴェルディヴ→アウシュヴィッツに送られ殺された。生き残った一少女のそれからの人生のつらさを掘り下げて書いた秀作。

続いて山本やよいさんが訳された『否定と肯定』をいただいて、これは真剣に読んだ。アメリカの大学で現代ユダヤ史を教えるデボラ・E・リップシュタット教授の法廷での闘いが、繊細に真剣に記されている。

12月中は読むのに精一杯で、真面目な本たちのそれぞれの感想を書いてないのは頭も疲れて文章化ができなかったから。
いま2月も半ばになって読書欲が湧いてきた。続いて感想を書く欲が湧いてくる予感がする。
いま、手元にある読みかけ本は、鹿島茂『パリの秘密』『明日は舞踏会』、富岡多恵子『釋迢空ノート』、白波瀬達也『貧困と地域』、まだまだあるので当分困らない、どころかあって困っちゃう(笑)。

寒くて縮こまる

なにやら日毎に寒くなっているような気がするこの冬。今日も朝から寒くてかなわんかった。お昼に起きて、着膨れしてごろごろ。行くところもなくご飯食べて洗濯しただけ。作り置きの野菜スープとトーストと柿の個食、その後は読書。
デボラ・E・リップシュタット『否定と肯定』(ハーパーコリンズ)をずっと読んでいた。山本やよいさんの読みやすい訳ですいすい読める。でも字が細かいから目を休めながら。
ときどきパソコン前にきてツイッターを読んで、メールに返信して、VFCの会報作りの続きをやっていた。

夕方買い物に出かけた相方が「それ!山田真さんからきてるで」とレターパックを差し出した。なんとまあ、いまごろ原稿きてどないするのんと開いたら、ちゃんと来月用の原稿だと書いてあった。山田さんは手書き派なので文字打ちせなあかんのである。原稿用紙10枚文字打ちはお正月の仕事。
相変わらずよくミステリを読んではるのに感心する。最近のわたしときたら読みかけでおいてあったり、最初と最後を読んだだけだったりで情けない。
でも、『否定と肯定』を読み終えたらサラ・パレツキー『フォールアウト』をまじめに読む。

読書活動はじめる

昨日はのんきにドロシー・L・セイヤーズで和んでいたが、実はヴィク・ファン・クラブの会報作りの合間に一息入れたんだった。実はそうもしていられないのがわかりつつ一息入れて和んでいた。今日の午後もそのとおりでのんびりしていた。月曜からはこうはいかないと思いつつ。

夕方ポストに山本やよいさんからのレターパックが届いていた。
山本やよいさん訳のデボラ・E・リップシュタット『否定と肯定』(ハーパーコリンズ)ともう1冊は心温まりそうな本。訳者から直接本をいただけるなんてありがたいことだ。長い間、山本さんが訳されているVIシリーズのヴィク(VI)のファンクラブ(ヴィク・ファン・クラブ=VFC)活動を長年続けているおかげである。
今回も19日発売の新作『フォールアウト』を送っていただける。「超分厚いです。重いです。」とやよいさんのお言葉。重量も内容も重い。だからヴィクなんですよね。
『否定と肯定』を開いてみると、これもまた分厚い、そして文字が細かい。目に配慮しながら落ち着いて読まねば。こっちを先に読んでから次にサラ・パレツキーさんの本にかかろう。
会報を作るのと同時進行で本を読んでいく。暇なときは遊びに時間をとってしまい、ここにきて真剣になっている。今夜はもう少しパソコンとプリンタのお守りをして寝る前に読書。睡眠をたっぷりとって起きたら読書。

デザートあり

電話の音で目が覚めたがすぐになりやんで目が覚めたぶん損した。10時過ぎてたから起きたけど。洗濯物がたまっているので洗濯機をかけて干してあるのは取り入れて室内干しへ。
さあ今日はどうしようと思うこともなく白湯を飲みながら読書の続き。『サラの鍵』は二度目だし重いので夜まで置いとこう。
鹿島茂の『オール・アバウト・セックス』の残り半分を読んだ。この本おもしろい。気軽に読めるし知らないことをずいぶん教えてもらった。知ってることを書いてあると自分もいっちょまえになったみたいでうれしいし。

途中休憩してディケンズ『荒涼館』の未読のところを読んだ。すぐに昼が来たのでカンタン昼ご飯を食べて、メールの返信を何通か書いて、また『荒涼館』を読書して今回は最後まで読んだ。とても素敵な小説だと断言する。主人公の二人がいろいろ苦難の末に幸せな結婚生活を送るのがしみじみうれしい。文庫本4冊は新しい本棚に並べることにしよう。代わりになにか捨てなくちゃ。

夕方から相方が買い物に行き、食料のほかに堀江のベースへ寄ってヴィーガンケーキを買ってきてくれた。
晩ご飯は、赤ワイン、イワシのトマト煮のパスタとトリの胸肉の焼いたんに生野菜をつけて。パンの代わりはデザートのヴィーガンケーキ、そして紅茶。

第20回大阪翻訳ミステリー読書会 『さむけ』ロス・マクドナルド著

早くから課題書が決まっていたのになかなか読めず、というより、読むべき本の中に混ぜて積んだままだったのをようやく読んだ。ロス・マクドナルドの本は70年代になってミステリー読者に返り咲いたころに読み出して夢中になったが、最終的にはたいしたファンではなくなっていた。輝かしくロバート・B・パーカーのスペンサーが出てきて、ジョセフ・ハンセンの調査員ブランドステッターやマイケル・ナーヴァのヘンリー・リオスなどゲイの探偵、そしてヴィクなど女性探偵たちの新鮮さに興味が移った。あちこちで書いたが、目下の興味は北欧の捜査官たちに向いている。

今夜の「第20回大阪翻訳ミステリー読書会」は20名の参加者が熱心に『さむけ』について語り、ロスマクについてそれぞれ感じたところから語っておもしろかった。ベテランの読み手の人を別にして、たいていは今回はじめて読んだ人なので感想も新鮮だ。その感想の裏打ちをするベテラン読者がいるのがいい構図だった。読書会の醍醐味を主催者は味わったと思う。