お正月映画3本目は、ノア・バームバック監督『フランシス・ハ』

正月三が日の三日目の夜。晩ご飯はトーストにアボカドとレモンをたっぷりのせて焼いたオープンサンド。それにコーヒー。昼ごはんは餅入り粥と芋入りぜんざいだった。2食とも超簡単。
今日相方が見ようと選んだのは『フランシス・ハ』。ニューヨークに住む若い人たちをモノクロで描いた作品でなんだか良さそうと思ったって。映画のタイトルを聞いてわたしは大喜び。一昨年ごろから見たいと思ってた。キャロラーさんや、熱心な女性の映画ファンの方々が折に触れて語っていたから、いつか見たいものだと思っていた。

ニューヨークに住むフランシスはプロのダンサーを目指している。同居している友人のソフィーはパッチと婚約して引っ越して行った。孤独なんだけど、孤独を装わない楽しげなフランシスの姿がいい。他人の部屋に同居したり同じベッドで眠ったりするけど、べたつかずさらっとした人間関係が好ましい。

『フランシス・ハ』という映画のタイトルについて、終わりのほうで笑わせながら、だから『フランシス・ハ』なのだと教えてくれる。とっても粋です。

正月休みは映画を見たい

あっという間に1日と2日が過ぎた。お正月は映画を見たいと思っていたが、昨日の『マグニフィセント・セブン』に続いて「お正月第2弾」は『ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣』。力と美に圧倒され続けため息とともに終わりぬ。

昨日(元旦)はずっと在宅で相方と小競り合いはあったが穏やかな日だった。もっともわたしはおおかた寝ていた。お腹が減って目が覚めなにか食わしてもらいまた寝る。最高に性に合っている。こんなに疲れていたのかと驚くほどよく眠った。姉の介護とはいわないまでも話し相手や相槌打ちだって疲れるのだ。疲れが溜まっていたのほぐしていく感じで眠っていた。

今日も午後はおおかた寝ていた。夜になって起きたので当分起きている予定。明日は当初の予定では姉の家で新年会だが、断ったので今夜は明朝起きる予定がなくなりゆっくりしていられる。1日の行事が2日間にまたがるから、約束はしないのが一番である(笑)。

タチアナ・ド・ロネ原作、ジル・パケ=ブランネール監督『サラの鍵』

おんな友だちにいい映画だから見るようにと紹介されたのだが見てよかった。
世界的ベストセラーになったタチアナ・ド・ロネの小説を2010年映画化したフランス映画。残念ながら原作を読んでなかったのでこれから買って読むつもり。

サラ・スタルジンスキという女の子がベッドで弟とふざけているところから始まる。幸せな笑い声が響いているところへ警察がやってくる。母が相手をするが警官たちは問答無用で、父と母とサラを連行しヴェルディヴ(屋内競輪場)へ送り込む。1942年7月、ナチに占領されたフランス政府と警察がパリ市内に住むユダヤ人1万3千人を逮捕し、うち8000人をヴェルディヴに収容し、のちにアウシュヴィッツに送った。

一家3人はヴェルディヴに送り込まれる。サラは弟を納戸に隠し鍵を外からかけたため、ずっと弟を助けにいこうと思っている。トイレもなくなんの設備もない競輪場に収容されたユダヤ人たち。ひどい悪臭が立ちこめるところで過ごすが、次は臨時収容所に移され、男・女・子供と別にされる。

サラがもう一人の女の子と建物の外へ出ると、他の人たちはみんなアウシュヴィッツに送られてしまった後だった。弟を助けに行かなければと二人で脱走しようとする。若い監視人が鉄条網を持ち上げてくれ二人をくぐらせてくれた。必死で草原を走る二人は、ひととき小さな沼に体を浮かべて休息する。森を抜けて村へ出たがどこの家も助けてくれない。小屋に潜り込んで寝ているところを農家の夫婦に助けられる。
もう一人の女の子はジフテリアで死ぬ。警官が調べにやってきたがサラは匿われて助かる。
老夫婦はサラを服と帽子で男の子に変装させパリへ連れて行く。サラは自分のアパートへ行くとドアを鍵で開ける。そこで見たものは・・・

アメリカ人ジャーナリストのジュリア(クリスティン・スコット・トーマス)はフランス人の夫と結婚して安定した家庭だが、二人目の子供を妊娠している。いまさらの年齢で子供を持ちたくない夫と気まずくなるジュリア。
「ヴェルディヴ事件」についての記事を書くことになり取材をはじめる。

マーティン・スコセッシ監督『ニューヨーク・ニューヨーク』

ロバート・デ・ニーロとライザ・ミネリ主演の1977年の映画を日本での上映を待ち構えて見に行った。今夜はレンタルブルーレイで見たのだが、記憶とちょっと違っているような気がした。自分に都合よく覚えていただけかもしれないけど。
サックス奏者のジミー(デ・ニーロ)がアフリカ系ミュージシャンとともに演奏するときのシーンが記憶に残っているのだが。もう40年も経っているのだから自分勝手な記憶かも。

1945年日本との戦争に勝った戦勝記念日のニューヨークはたくさんの人出で賑わっていた。ジミーは、うろうろしているうちにテーブル席に一人座るフランシーヌ(ライザ・ミネリ)に気づき強引に誘う。ジミーはサックス奏者でフランシーヌは歌手だった。二人は共にビッグバンド楽団に入って田舎まわりのツアーに出る。ツアー中に結婚。ジミーは演奏はずば抜けているが短気でバンドのメンバーと同調できない。機嫌よく歌っていたフランシーヌは妊娠がわかりニューヨークに帰るという。結局二人は離婚してそれぞれニューヨークに帰る。
レコード会社の偉い人がフランシーヌの歌と容姿を認めて後援し彼女は大衆的な人気を得る。

数年後にはジミーもバンドと店を持ち成功している様子でフランシーヌの舞台を観にくる。
最後にジミーが一緒にご飯を食べようと誘い、楽屋口で待っていて彼女が来ないのに気がつく。

マルガレーテ・フォン・トロッタ監督『ハンナ・アーレント』

長いことハンナ・アーレントの本を読もうと思いつつ読んでなかった。どういう人かも知らず、東京で映画が上映されたのをニュースで知って見たいなと思ってから数年経っている。
女性の思想家でよく読んだのは、シモーヌ・ド・ボーヴォワールとシモーヌ・ヴェイユ。それにジュリア・クリステヴァを少し読んだことがある。だけどハンナ・アーレントの本は読んでなかった。反省。

相方がいい映画だというので『ハンナ・アーレント』のネット紹介記事を読んでいたら、即、見なあかんと思った。ネットで見られてよかった。格調高い映画だった。今夜はハンナ・アーレントに鼓舞された。

今日は書いてる時間がないので、感想記事はまたそのうち書くつもりだが、映画の中でハンナがいった言葉に笑ったので紹介する。
ハンナの夫ハインリヒは高校卒業前に徴兵され、その後ローザ・ルクセンブルグ率いるスパルタクス団に参加。独学でマルクス主義やシェイクスピアを学んだ。映画業界で働いていたこともある。フランス亡命中にアーレントと出会う。その後アメリカに亡命、大学の哲学科教授である。彼らの家に来客があって会話中、自分は大学行ってないからと彼がいうと、ハンナは「思想家に学位は必要ない」と答えた。そうだそうだ。

ラデュ・ミヘイレアニュ監督『オーケストラ!』

楽しそうな映画がないかなとアマゾンプライムの目次を眺めてこれはどうかなと思った。『オーケストラ!』って単純すぎるタイトルが、疲れ気味のいまにはいいかも。2009年のフランス映画。
ここからウィキペデアのストーリー丸写しです。
〈ロシアのボリショイ劇場で清掃員として働くアンドレイは、かつてはボリショイ交響楽団で天才指揮者として知られていたが、共産主義政府によるユダヤ人排斥政策に従わなかったため、30年前に楽団を追われた過去を持っていた。そんな彼はある日、パリの劇場がキャンセルした楽団の代わりとなるオーケストラを探しているという情報を得る。いまが音楽界復帰のチャンスと思った彼は、追放されていたかつての楽団員たちを集め、『ボリショイ交響楽団』になりすましてパリにへ行くことを計画する。〉

アンドレイが雑巾を手に劇場内の部屋を掃除しているとき、事務室にファックスが入ってきたのを手にする。パリの劇場がキャンセルした楽団の代わりを探しているという内容。アンドレイはこれを自分の音楽界復帰のチャンスにしようと、かつての楽団員を集めてボリショイ交響楽団をでっち上げる。

演目はチャイコフスキーのバイオリン協奏曲、ソリストとしてパリ在住の若き女性バイオリニスト、アンヌ・マリーを指名する。それには深いわけがあった。
てんやわんやのパリ遠征だったが、なんとか開幕。最初はぎこちなくどうなることかと思わせて、バイオリンが鳴り響くと感動の嵐となり、映画の最後は世界中の都市での演奏会の広告がいっぱい。

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督『メッセージ』

雑誌『pen』11/1号のSF映画特集に『ブレードランナー2049』の監督紹介記事があった。誰でも知っている大作の監督に抜擢されたのはカナダ出身でSF映画『メッセージ』の監督ドゥニ・ヴィルヌーヴ。
監督のインタビュー記事を読んだらすぐにでも見たくなって、アマゾンプライムを探したらあった! 399円で見られるとはありがたい。期待して見始めたがその期待を裏切らぬ力作で最後まで緊張した。

世界各地(日本は北海道)に謎の宇宙船が現れて大騒ぎになる。言語学者ルイーズ(エイミー・アダムス)、物理学者のイアン(ジェレミー・レナー)、アメリカ軍の大佐ウェバー(フォレスト・ウィテカー)が中心になって宇宙船に近い宿営地に行き調査をはじめる。宇宙船には2体の地球外生命体がいて会話をはじめたルイーズとイアンは「アボットとコステロ」と名付ける。アボット・コステロは1940年代の凸凹コンビ喜劇俳優だが、欧米ではいまも知られた存在なのかな。わたしは子供のときに凸凹もの映画を見たことある。
会話するために苦労する二人だが、他の人たちは平和的解決を否定し戦争への準備を始める。

中国が一番の強硬派として描かれるが、ルイーズは中国のシャン上将に電話して彼を説得する。一方的に中国を非難する作品かと思ったらそうではない終わり方だった。
ルイーズにまつわる話があってとても重要なんだけど今日は略。

ヴェルナー・ヘルツォーク監督『アラビアの女王 愛と宿命の日々』

アラビアの女王ってどういうこと?とまずタイトルで疑問が浮かんだ。解説に「20世紀初頭、イラクとヨルダン両国の国境線を引いてイラク建国の立役者となり、“砂漠の女王”と呼ばれたイギリス人女性ガートルード・ベルの生涯を描いた伝記ドラマ映画。」とあったのにますます引き込まれて、これは見なくてはと片付けもそこそこにiMacの前に座った。

二コール・キッドマンは美人すぎて大好きな女優とは言いにくい。『コールド・マウンテン』での美しさときたらいいようがなく美しくて、いいけど美人すぎると引いてしまった。やっぱりアカデミー賞をとった『めぐりあう時間たち』がよかったけど、あの作品ではジュリアン・ムーアのほうがずば抜けていたと思う。

第一次大戦についてわたしが思い出すのは『チボー家の人々』の第1巻「1914年夏」である。それからヴァージニア・ウルフの作品であり、ミステリにとんで、ドロシー・L・ セイヤーズのピーター・ウィムジイ卿シリーズ」である。あの時代の話なんだと納得。
もっとすごいというか、わかった!と膝を叩いたのは『アラビアのロレンス』のロレンスが現れて二コール・キッドマン演じるガートルード・ベルと親しく会話するところ。
頭の中にぐじゃぐじゃとある小説からの情報がほどけてあの時代が浮かび上がり、二コール・キッドマンの美しくも威厳のある姿となった。実際にすごい人だったと検索を続けてわかった。

バリー・ジェンキンス脚本・監督『ムーンライト』

2017年2月アカデミー賞作品賞と脚色賞を受賞。製作総指揮にブラッド・ピットの名前がある。
ゲイの少年の孤独と愛が描かれた作品で最後まで静かに見ていた。
どうしようもない麻薬中毒の母親に育てられた少年シャロンは級友のケヴィンと密やかに愛を交わす。売人をしている男がシャロンに好意を持ち海で泳ぐことや人生についてあれこれを教える。重苦しい学校生活といじめに全然卑屈にならないシャロン。暴力には暴力で返すところも自然にやっている。お金をむしり取っていく母親の存在にもめげず大人になっていく。
大人になり売人になったシャロンにケヴィンから電話がかかる。小さな食堂で働くケヴィンは離婚して息子と暮らしている。食堂を訪れたシャロンは麻薬の売人で、金歯をはめ、高級車に乗っている。でも話す二人は自然体。男が自分の体に触れたのはあの一回だけとシャロンはケヴィンに告白する。

暴力場面は多々あるのに静謐な作品。『キャロル』を思い出した。純愛映画が好きだ。見てよかった。

アダム・ブルックス脚本・監督『姉のいた夏、いない夏』

2001年のアメリカ映画。郊外の中産階級の典型のような家庭で仲良く育った年の離れた姉妹の物語。姉フェイスがキャメロン・ディアスで妹がジョーダナ・ブリュースター。絵を描きたかったが実業家になった父親が仕事の悩みが原因で病死したあと、姉娘は母親と妹を置いて夢を追いかけて出て行く。テレビニュースで見たパリの若者デモに影響されてヨーロッパへ。妹には毎日のように絵葉書を書くと約束した。

フェイスがポルトガルの海辺で自殺したと知らせがあった。妹は姉の死の真相を知りたいと思いつめ、高校卒業後一人でヨーロッパへ出かける。7年前にパリで姉の恋人だったウルフ(クリストファー・エクレストン)に会い話をすると、ウルフは心配していっしょに行動することになる。70年代の闘争をともに闘った二人だが、穏健なウルフに対して過激なフェイスはより過激な路線をいき、テロにまで行き着いた。

運動から離れてポルトガルの海岸に行ったフェイスとウルフは海を見つめて語り合う。その後フェイスは一人崖から飛び込む。ウルフは村人に助けを求めたがフェイスは死んでいた。
フィービーは勝手に死んでしまった姉に怒りを爆発させるが、海辺でウルフに受け止められる。ウルフがいい人でよかった。大人になって我が家にもどったフィービーは母と抱き合う。

60〜70年代の若者を丁寧に描いた映画だけど、過激派の人たちがいっこも汚くない、いまでも通じる感じ。以前見たときはもっと激しいものを感じたが、今日は穏やかなノスタルジックな感覚で受け止めていた。