今度は台風、そしてヴィク・ファン・クラブ会報の件

今年はしんどい年だ。地震があって、大雨が降って、そして酷暑の毎日と厳しい気候が続いている。そこへ今度は台風がくる。明日の夜はどのように過ごしているだろう。どんな規模の台風がやってくるのだろう。

台風がくる前にポストに行きたいと、ぎりぎりになってヴィク・ファン・クラブの会報づくりに追われている。10日過ぎから気になっていたのに、とりかかったのは15日過ぎで、それからはしんどくてなかなかやる気が起きない。暑さのせいにしとこ。

おとといになってようやく9割がた形になった。昨日は「あとがき」を書きプリントした。まだ綴じ仕事が残っている。封筒作りをしたら、宛名シールを貼る糊が切れていて買いに行った。ぶうぶう。
これから綴じて封筒入れして切手貼って送るのを予定としては今日中にやる。または明日起きたらすぐにポストに入れに行く。

雷三日だから明日も

昨日の午後遅くに雷が鳴って激しい雨が降った。夜中にも雨の降る音が聞こえていた。どっちも長く降らなかったけど、激しい雷雨だった。今日の午後も昨日と同じくらいの時間に雷が最初は遠くてだんだん近く激しくなったと思ったら降り出した。昨日といっしょやといいながら、今日はわたしひとりで洗濯物を取り入れた。今日の雨はたいしたことなく止んだが、それでも洗濯物を取り入れといてよかった。いっときでも激しい雨だからどうしようもなかったもん。

雷三日というから明日も同じような天気なのかな。雷が発生すると大気の不安定な状態がしばらく続くのが原因らしい。
そのつもりで午後の散歩は雨があがってからにしよう。
今日も夕方遅くにヴィク・ファン・クラブの会報をポストに入れに行った。6月号を6月30日に出しにいったよ〜 文字びっしりの格調高い会報だよん。

本田選手頑張って! VFC会報やりながら応援

いまヴィク・ファン・クラブの会報6月号制作中。毎月しんどいとぼやいてるけど、けっこう手間がかかって疲れる。でも出来上がってみると、いい会報だなあと自画自賛する。気持ち良い。
今月は制作途中で地震があった。お見舞いのメールを何通もいただいたので、それも中にはさんで会員の6月の生活記録が出来上がった。
何年かのちに、VFC会員の経験した大阪府北部地震のドキュメントとして貴重な資料になるかも。そんなことないか笑。
会員の方々が喜んでくれるからもうひと頑張りする。

さて、サッカーは本田選手の活躍が目立つ。わたしは本田選手がデビューしたときからのファンである。本田選手はわりとサッカー好きな人たちに嫌われていて、わたしは「くみこさんおかしいわ、なんで本田が好きやのん」と呆れられていたけど、「本田好き」を通してきた。見てみ〜本田選手すごいやん。2018FIFAワールドカップ(W杯)ロシア大会で大活躍。

ああしんどぉ

梅雨のような気候で体調はどことなくしんどい。食欲は満点で洗濯やら片付けやらしているが、なにかやると途中でしんどくなる。時間が来るとちゃんとお腹が減るのはなんでやねん。用事をするのはトシには勝てんといっておいて、お腹が減るほうは年齢に関係ない笑

ヴィク・ファン・クラブの会報のことを今月は何回ぼやいたかなあ。ようやく昨日綴じたのを今日は封筒入れして、古い切手の金額を確かめながら貼った。途中でいやになって該当金額の切手を貼ったがこの調子ではいつまで経っても古切手がなくならへん。ずっと昔、切手蒐集しているときは楽しかったけど。

午後につるかめ整体院に行って体調を整えてもらった。池波先生のおかげで、あちこち疲れている。読むのをあせらなければ目も腰もこんなに疲れなかったはず。触ってもらっているうちにぐっすり寝込んでしまって自分のいびきで目が覚めた。かっこわるぅ。

姉の家のお手伝いを毎週なら明日だが隔週にしたので、明日は家で読書できる。
最近サボり気味のストレッチに気合を入れなきゃ。

疲労と回復、楽しいVFC会報

夕方から雨がぼちぼち降り出した。湿度のせいかあちこちしんどい。とかいっても、疲労の最大原因は『剣客商売』読書。眼精疲労もあって肩が凝っている。それくらい面白いんだからしゃあない。罪は本でなくわれにあり。

午後遅くふじさわ整形外科で診療してもらい注射とリハビリ。先生にだいぶ慣れて冗談を言い合い楽しい治療(笑)。
夕方、肩こりのほうはサロンパスを貼って、目は使わないことだとベッドに横になった。ちょっとと思ってたけど、横になったら眠り込んでやっぱり1時間を超えた。でも目も肩もすっきりまではいかないが、かなり上向いた。

昨日でヴィク・ファン・クラブの会報が出来上がって今日は綴じて送る作業の予定だったけど、綴じたところまでで一休み。晩ご飯を食べたらしようと思っていたが時計を見たら11時である。こりゃいけません。5月号だから5月中に着いたらいいかと思ってたが、5月中にわたしの手を離れたらいいか。楽しい会報、我ながらようやっている。

足を鍛えれば頭にも血が回るかな

今月は年末からの体調不良から解放されて本も読めそうだし、本の紹介文なんか書けそうだと思っていたが、どっこいそうはいかず、相変わらずネットに浸かってぼけっと過ごす日が多かった。
ヴィク・ファン・クラブの会報作りはいけると思ってやったことはやったが、出来上がってみるとどこか暗い。体調の悪さがこんなことにさえ出るのかな。よく食べて消化も良く、よくしゃべっていたが、足がなあ〜〜〜〜〜〜さっさと長距離歩けないのがあかんのかと気がついた。

考えた結果、今月号には読み終わってにっこり笑うようなページを追加して、「あとがき」をもういっこ書いて、全体を点検したらなかなかええぞ。これはいける。ということで、Vic Fan Club News 4月号が出来上がって、さっきポストに入れに行った。
来月はもちょっと足を鍛える。足に従って頭に血がまわって少しは賢くなると期待して。

ヴィク・ファン・クラブ会報作りで夜なべ中

月に一度はこのブログにヴィク・ファン・クラブの会報作りのことを書いている。
26年にわたって毎月発行しているのをなんとかやめずにもう少し続けていきたい。
家でiMacにむかって作業しているが、今月も大幅に遅れるが出せそうだ。まだ1/10くらいしかできてないが、全体の量を把握しているので大丈夫。晩ご飯の片付けを中途でほったらかしてやっている。
届いた原稿は連載の「モンゴル通信」と「コージー・コーナー」。そして自分の病気のこと、親の介護のこと、映画の感想などを綴ったメールがいろいろ。メールに添付されている花の写真をレイアウトに使わせてもらう。

会をやり始めた最初のころから会報を出そうと決めてやりはじめた。A4ファイルが棚にびっしりと並んでいる。戦後女性史の資料になりそうだけど、極私的なものだから趣味で読む以外の用途はなさそう。
ただV・I・ウォーショースキー(ヴィク)が好きな人の声がいっぱいつまっていて、好きな人にはおもしろいのはたしかである。

古い切手が出てきた

毎月のヴィク・ファン・クラブ会報を送るための切手代がけっこうかかる。10年くらい前にヤマト運輸がはじめたメール便に加入したが、数年後に中止になり切手にもどった。切手代ってバカにならない。
郵便局へ行くと記念切手を眺めてよさげなのを買ってきてカンパしている。それよりも大量に記念切手をカンパしてくれる会員さんがいるのがありがたい。すごく助かる。

もともと切手が好きで手紙を書くのが好きで、好きなレターセットに気に入った切手を貼ってひとり喜んでいた。記念切手がいつのまにか溜まったのを整理して2冊の切手帳に収めてあった。メール便が終わったとき1冊を解体して切手を使うことにした。特に大切な、花、鳥、虫などの切手は使うのがもったいなくて、最後の1冊に収めた。
今日、あの切手帳はどこにあるのかと気になって探したらいろんなファイルの間に挟まっていた。
とてもおしゃれな切手たち。だからこんなところに押し込めておかないで使おう。
ヴィク・ファン・クラブのみなさん、来月の会報が届くのを楽しみに待っててね。

『地球の歩き方 シカゴ 2018~19』

どっかへいきたいと歌の文句が口に出て、勝手な節回しでうたっている。どっかへいきたい〜 どっかってどこよ。狭いマンションのリビングのテーブルで本を読んでいるが、身が入らなくて、どっかへいきたい〜とつぶやく。いまのところは年末の不祥事から回復できてないからまだ先の話だ。

友人からのメールが退屈から救い出してくれた。
彼女、中野和子さんの原稿「ヴィクの街シカゴ」がいま発売中の『地球の歩き方 シカゴ 2018~19』に載っている。去年の夏に編集部の方から原稿依頼があったので、ちょうどシカゴ旅行から帰ったばかりの中野さんを紹介した。
他の会員にその話をして「コラム記事やねんけどね」といったら、「飛行機で座ったらいちばんに『地球の歩き方』のコラムを読むよ。そういうときにちょうどええねん」とのことだった。その言葉を今日編集者に伝えたら喜ばれたので、いいことを伝えたとうれしくなった。

わたしは『地球の歩き方 シカゴ1994ー95』に「ヴィクのシカゴ」を書いた。それから何度か改訂版を書いたがいつか途切れていた。今回は頼まれてよかった。ほやほやのシカゴネタを持った中野さんがいる。
興味を持った方は『地球の歩き方 シカゴ 2018~19』を買って読んでください。全体が読み物としても楽しいです。

久しぶりに聞く友の声

ヴィク・ファン・クラブ(VFC)の古い友人が今夜は一人で留守番だとメールがあったので、時間が空いていたら久しぶりに長電話でしゃべろうと提案した。
彼女が入会したころはまだメールがなくて、郵便と電話が連絡手段だった。やる気のある子が封筒をちょうだいと持って行って楷書で全員の宛名を書いてくれたことがあったのを思い出す。26年前のことだ。
そもそもわたしが会員になったのは、最初の発案者がファンクラブをつくったと各新聞社に伝えた記事を読んだから。わたしは朝日新聞家庭欄で読んで集会に行く気になった。30数人の熱い人たちが集まって決意表明のような言葉が交わされた日だった。いまだったらノートパソコンを出すところをみなさんシステム手帳をさっと出していた。髪を指でかきあげるしぐさのかっこよかったことはいまも語り草である。

なんかかんかあって、半年後にわたしが全部を引き継ぐことになったのだが、宛名シールを買いたてのマックプラスで印字したこと、最初の会報を難儀しながら作ったことをよく覚えている。ローマ字入力を正月休みに練習し、最初の原稿を書いた。それ以来欠かさずに会報を出して26年。VFCとアップルのパソコンは手をつないで歩いてきた。

そろそろYKさんから電話があるはず。あ、あった。声を聞くのは久しぶり。
なんだかだとどうでもいいようなことをおしゃべりした40分間だった。彼女は家業を引き継ぎ、母親の介護をしながら暮らしている。3人の娘さんがいて上の子は結婚し下の子は中学生である。賑やかな生活の話を聞いて大笑いして楽しい夜になった。