僻んでたかも

昨日の豆剥きで思い出したことを考えた。わたし僻んでいたのかも。
うちはきょうだい7人、上が女2人で、次に男が2人、そのつぎにわたしがいて、その下に弟と妹がいた。姉たちだって母親の手伝いはしたはずだ。そのあとの男2人もけっこう力仕事を手伝っていた。お使いとか行ってたし、妹と弟を連れて紙芝居を見に行ったり川遊びにも行ったり。
それがもうちょっと年が経っていくと学校が遅くなったり、姉たちは映画や芝居に夢中になったり、ボーイフレンドができたり。上の4人が帰ってくるころ、わたしは豆を剥いたり台所でなにか手伝っていた。お使いにもよくいった。台所にいると遊びに行くために着替えた姉が「あんたシンデレラみたいやな」といったのをいまだに覚えている(このお姉さんにいま毎晩電話している笑)。

その時代になるまで、つまり姉たちにお手伝い時代があったことを考えてなかった。ただ、男2人が間にいることで、わたしのお手伝い時代が長かったのはたしかだ。
おかげでいまは幸せに暮らしています。なんじゃらほい。

毎日電話でお疲れさま

義兄が亡くなってからおととし7回忌をやったから今年の年末になれば9年になる。姉の一人暮らし歴もこうして考えると長い。週に2回デイサービスに行き、2回は掃除をしにヘルパーさんが来る。定期的に内科と整形外科に行き、その他の医院、マッサージなどにも出かけ、けっこう忙しい日々である。

その他にわたしと姪が別々に週に一度訪問して一日家事を手伝い一食をいっしょに食べる。
長くやっているから慣れているとはいえ、週に一度の訪問はけっこうしんどい。からだもだけど精神的に身がもたんと帰りに本屋や百貨店やカフェに寄っている。帰ったらすぐにお風呂で長湯する。

そして、タイトルにしたけど、毎日夜8時半頃になると20分ほど電話する。電話しないのは行った日と、わたしがどこかへ行く留守の日だけ。そんなに留守にしないからほとんど毎日かけている。ずっと「もしもし、元気?」で始まっていたが、最近は「もしもし」のあとは「あ〜しんど」である。電話に出てくると「あ〜しんど」では、こっちも意気が下がるけど、まあなんとか陽気に振舞って近所のことやデイでの話を聞いている。

あたい疲れちまっただよ(笑)。
なんかぱあっとお金を使いたいな。そうだ!『お嬢さん』のBlu-rayを欲しいと思ってたんだ。amazonで買ってしまおう〜 はーい、7月4日着。

老夫婦、スタバで待ち合わせ

今日はお昼前に買い物をして姉の家に行った。ゆずめし弁当とおやつの草もちがおいしかった。デザートのさくらんぼは姉のいちばんの好みの果物だが、お金ほどの味かなあと思う。柿のほうがよっぽどうまいぜと比べようがないのにいっている(笑)。

帰りに梅田丸ビルのスタバで相方と待ち合わせ。5時半という早い時間だったので店は空いていた。久しぶりのスタバでブラックコーヒーを頼んだら、おれもいっしょやと相方。実は流行りものなどよくわからんので(笑)。
スタバという名前が知れわたる前に御堂筋本町の大きなビルの1階のお店によく行ってたが、最近はとんとご無沙汰してる。
同じビルの2階にL・L・ビーンのお店がある。前から目をつけていたがっしりしたトートバッグとこれからの季節のTシャツなどを数枚買った。この夏は最低これで大丈夫。
その後は決まりのシャーロック・ホームズでギネスとフィッシュ&チップスなど。うまかった〜ほろ酔い、満腹で地下鉄で帰宅。地下から外へ出たら東の空に満月が光ってた。

いま(11時半)上空と西の空を見たら月はまだ巡ってきてなくて木星と思しき星が一つ輝いていた。

昨日のタクシーの運転手さん

季節の変わり目のせいか昼間は暑く朝夕は冷える。そのせいかどうも疲れやすい。どんなときもぐっすり眠れるたちなのに、おとといは寝つきが悪く仕方なしにぐずぐずと本を読んでいた。運動不足のせいかも。朝はアラームをかけておいて早起き。一応の用事をして出発した。昔はこんなことで疲れなかったけど、いまやデパ地下を動きまわると疲れる。

朝ごはんを抜いているから空腹きわまりなし。正午に姉の家で昼ご飯を食べて、家事を少々手伝ってコンビニについて行って、庭の木々に水やりして、姉の背中のマッサージをした。マッサージは今日はプロにやってもうたからいらんやろといったら、プロには腰と足だけ頼んでいるそうで、背中はやってもうてないというので、肩から背中を揉んだ。あんたにやってもらうのがいちばん効くとのたまうのである。そんなこんなでけっこう疲れた。テレビでプロ野球を見て阪神のお立ち台まで見たので、6時近くなった。

連休最後の日だからタクシーがくるか心配したらやっぱり通らず、十字路で15分くらい立っていたかなあ。止まってくれた車に乗って行き先(我が家)をいうのを間違って「えー、ちがうわ、ちょっと待ってー」と一休止。そんなもんで運転手さんはきっとボケ老人と思ったに違いない。黄昏の十字路にいたからって、まさか妖精とは思わなかっただろうが(笑)。まあちゃんと告げてからは、映画やテレビの時代劇の話を声色付きで絶え間なくしゃべって笑わせてくれた。着いたら「車を降りる時にこける人がようおるからね、気をつけて足を出してね」と見守ってくれた。世の中にはいい人がいるもんだ。

ラジオでニュースと歌謡曲

うちはもうだいぶ前にテレビを廃棄してしまったからニュースはラジオで聞いている。いつもNHK第一放送にセットしてあるから、お昼のニュースを12時になったらつける。ニュースを野村正育さんの端正な声で聞くとなんとなく安心な気分になる。なにか重要なニュースがあるときはつけっぱなしのときがあるし、夜7時になるとかけるときもある。ニュースと天気予報と関係ないけど交通情報を聞いて世間とつながっている気分になる。

ラジオ番組というのをたまに聞いてたけど、おしゃべりはあまり好きでない。いまはほとんどニュースだけ。
お昼前に藤井アナウンサー司会の音楽+おしゃべり番組を去年は聞いていた。ゲストで出ていた湯山玲子さんの音楽の話が楽しかったから。彼女が出なくなって聞かなくなった。
夜8時からの歌謡曲番組で古い歌手が出てくるのが好きかなあ。島津亜矢さんとか歌がうまい人がいい。たいてい7時のニュースの後は消すので忘れてしまうけど。

月を眺める 室生犀星『山吹』を思い出しつつ

こどものときから月を見るのが好きだった。夕暮れどきよそで遊んでいて、兄がそろそろ帰る時間だぞといい出すと空には月があった。泣き止まない弟か妹をおぶった母親が暗くなりかけた外に出てあやしているときも月が出ていた。十五夜お月さんの歌をうたっていた姉の姿も月とともに思い出す。子沢山の一家だから上の子が下の子の世話をした。姉は早くから働いて弟の学費の補助をした。母親はいつも内職をしていた。

両親はいくら家計がしんどくても季節の行事を欠かさなかったし誕生日とクリスマスにはプレゼントがあった。アメリカの少女小説をよくくれたがこどもに渡す前に自分が楽しんでからくれたようだ。わたしが読み終わると「よかっただろ」と東京弁で聞いたものだ。中年過ぎて大阪暮らしになったから東京訛りがとれなかったのだ。反対に妹はハタチで東京へ行ったからいまだに大阪弁が抜けない。

月で思い出すのは室生犀星の『山吹』。病が重くなった男がつきそっている山吹にいう。「後の世にもこうして月を見る恋人たちがいるだろうか」「いますとも」。ここが好きで何度も読んだし、こうして覚えていて何度も思い出している。
月を眺めるのが好き。

気分は温泉

連休に入ったけど全然変わらない日常の我が家、仕事が入れば盆暮れ関係なく働くし、仕事がなければじっとしている。お金が入らないぶん使わないからええねんといって姉に呆れられているが、向こうはバブルの時代の空気を充分吸い恩恵も得て、こちらはバブルにぶくぶく浮いてようやく生きていただけだから考え方が違う。

今日は相方は一日中いろいろと遊びと催しに出かけたが、わたしはしんどいし足はだるいしで家で読書とパソコンで友だちへのメールとツイッターのつきあいで過ごした。掃除をする元気がなくて、自分のご飯のほかは洗濯のみ。こういうときはなんにもしないに限るというのがわたしの達観である。でもおやつはね、コーヒー淹れていただきもののチョコレートとゴーフルを食べた。

さっきお湯たっぷりのお風呂に入った。お風呂はなによりもからだに良いというのがわたしの健康法。そしてモンゴル岩塩をひとつまみ入れただけで贅沢をしている気分になる。これから台所を片付けたらもう一度温泉気分でお風呂に入ろかな。その前にコーヒー淹れよう。寝る前に体操をちょっとだけ。

室生寺の石楠花(しゃくなげ)

室生寺へは50年くらい前に数回行っている。近鉄線の室生口大野駅で降りてバスに乗って行ったのと、知り合いの自動車に同乗させてもらったのと、室生口大野駅から歩いて行ったのが2回である。わたしの好きな寺ナンバーワン。その他は、当麻寺、秋篠寺、新薬師寺、法華寺、もっとあるけどいま思い出せない。奈良の古寺に出かけたのはほんとに若い頃だ。
花と寺という組み合わせも好きだった。
室生寺はシャクナゲが美しい。仏像よりも五重塔とシャクナゲの取り合わせが最高。とはいえ、台風で被害を受けてからの室生寺をわたしは知らない。
いつのことか忘れたが、姉が行ったときに苗を買って大切に電車で持って帰った。姉の庭の植木鉢に植えたのがいまもあるシャクナゲである。一度は大雨で根こそぎにされたが、植え直したら蘇った。ピンクの綺麗な花が三つくらい毎年咲いて「kumikoの花」といわれている。
今日行って写真を撮ってきた。
土門拳の写真の本『室生寺』をずっと大切に持っている。

四月はあんまり好きでない

今夜はよく冷える。さっき明日の朝にかけて冷えるって天気予報でいってた。今日の昼間の気温は18度くらいだったが日差しは強くて洗濯物がよく乾いた。窓側にいると日焼けしそうでカーテンを閉めた。
晩ご飯を片付けてコーヒーをいれようと思ったらちょっとうすら寒い。ストーブをつけたが昼と夜の差が激しいんやね。

「四月は残酷きわまる月」とエリオットの詩が思い浮かぶ4月のうすら寒い日。あとは出てこないけど(笑)。ちょっと夜桜を見に行こうとも思わず、寒さに負けたまま。特に今年は寒い日が多かった。見に行ってない間に夜桜はもう終わってしまったみたい。昼も夜も花見もピクニックもなく4月が終わる。やっぱり残酷な月なのかなあ、四月。あんまり好きでない四月。
五月まであと1週間。

思いがけず花見

うちの近所には名前の通った公園や大きな神社があって桜の木がたくさんある。わざわざ行くときもあり、買い物などのついでに寄ることもある。花見には行かないけれど手ぶらで花を見て愛で帰ってくる。
昨日のお昼前に仕事の郵便を出しに行ってポストに入れようとして気がついた。ありゃ、封をしてない! コンビニで糊を買って公園のベンチで貼ってもどりに出せばいいと思いついた。まず近くのコンビニで糊を買って、ちょっと先の公園に行った。ふだん行きつけてない小さい公園である。数本の桜が満開。桃みたいな濃いピンクのもある。普通の桜は散り始めている。同じベンチに座った女性は、「12時近くに来たらお弁当を食べる人でいっぱいでっせ」といってタバコをすいだした。「ご飯を食べはる横ですわんように少し早めにきまんねん」とのこと。いっしょに花を愛でて真ん中にある大銀杏が緑色になっているのを見た。「黄色くなった秋がすごいよ」とのこと。
ミスった封筒の説明をして、ベンチで糊をつけて貼り「お先に」と公園を出た。おかしなおばはんと思われたやろな。出口には椿も咲いていて得した気分。