雨雲接近

部屋でぐじゃぐじゃしていた土曜日。なんか鬱陶しくてヴィク・ファン・クラブの用事も手につかず。お菓子を食べたり『週刊現代』を読んだりして一日を過ごした。
こんなときこそと古い文庫本、谷崎潤一郎の『陰翳礼讚』を出したが、紙が変色している上に文字が細かくて老眼が進んでいるわたしには読めない。新本で買い直すか、青空文庫に入っているか探そう。その前にもう一度『吉野葛』を読むべし。新しい『細雪』3冊があるからこっちを先に読むかな。

いよいよ本当の梅雨に入ったようだ。だがいままでのところ騒いでいるわりに雨が降ってない。昨日も今日も薄日が差し洗濯ができて生干しでも干せたからよかった。あとは部屋干ししとけば順ぐりに乾いていくだろう。

今日は土曜日で明日は日曜日。あったりまえか(笑)。
今夜はまだ降ってないけど、雨雲が発生しているらしいから夜中に降るんだろう。
ウキペディアで見たら「梅雨」という言葉がいろいろある。まず「梅雨入り」「梅雨開け」そして「梅雨寒」「菜種梅雨」、あれ、こんなもんか。
いまアイホンに「西区に雨雲接近」と知らせが入った。この知らせは昨日もおとといも入ったが結局はたいして降らず。今日こそ当たって大雨になるかもね。窓を閉めて寝なくちゃ。蚊取り線香も忘れずつけて。

台風3号

ここ数日ニュースや天気予報で予告があり今日発表された熱帯低気圧が台風になって西日本へ向かうというニュース。わたしは台風は台風として生まれるものと思ってたからおおいに戸惑った。知らなんだわ、熱帯低気圧が台風の元なんて。こんなこと知らなかったのはわたしぐらいだろうな。話のネタになると思って笑っているが、バカにされるだけ?(笑)。

去年の大阪を襲った台風はすごかった。ガラス窓にダンボールを貼ってガムテープでべたべたと押さえて、それでもガタつくのは腕で押さえてた。外はすごい風でいろんなものが飛び交っていた。近くのマンションの8階の窓に大きなものが飛んできて部屋の中に飛び込み、住人の女性に当たって彼女は亡くなったとニュースがあった。わたしは飛んで入ってくるものもなく無事だったが、生きているといろんな災厄が襲ってくるものだ。
今年の台風はどうなんだろう。去年に学んで早めに対策しておかねば。

久しぶりに深夜のクラブ活動

昨夜は晩ご飯を食べて片付けして日記を書いてしまい、一眠りしてから着替えて出かけた。もうすぐ真夜中。以前おそい時間に出かけるとき、近くの店の奥さんに見られて「まずい!」と思ったことがあった。あとでなんか一言ある人なのである。ところがその後はどっちかというと羨ましそうな顔で挨拶されて嫌味は一言もなし。わたし夜遊びのときは輝いているのかも(笑)。

そんなことを思い出しながらタクシーでミナミへ。三津寺町の「味穂」でたこ焼きとどて焼きとおでんとビールでお腹を満たしていると、相方の知り合いのカップルが隣の席についた。やーやーとしゃべりながら食べてクラブマフィンへ。今夜はライブがあるから人が多いぞといわれていたが、廊下にもたむろしている。

うちはご老体だからカウンター前の席に座らせてくださったが、椅子が高くてどうしたら座れるか迷っていたら相方が背中から抱いて座らせてくれ椅子問題は解決(笑)。
マスターに紹介されて握手。暖かな人柄が手のひらをとおして伝わってきた。パートナーのまいこさんがわたし用に大きなグラスに冷たいお茶を用意してくれたのもうれしい。まいこさんとはおおかた10年近く前から知った中なんだけど、ここんとこご無沙汰してた。彼女のDJが好きなのに最近聞いてなかった。復活させなくちゃ。生きていなくちゃ。
ライブ中はマイクを持つヴォーカルの背中と私の背中がしばしばぶつかったりくっついたり。こんなライブはじめてだ。

激しい演奏だったからこういうんってなんていうのかなと聞いたらレゲエだって。ああ、そうかあ、レゲエかあ。
お客さんがたくさんいて相方の知り合いが多かったし、ニコニコと邪魔にならないようにしていた。とても、オーケーな夜だった。

散歩日和の休日

いつものように朝寝坊して朝昼兼用ご飯を食べたら午後も遅い時間で、昨夜は明日どっかいこうかといってたんだけど、どっかへ行くには遅い。散歩して帰りに阪急オアシスで買い物してあそこの一休みコーナーでお茶しようと話は決まった。木津川に沿った遊歩道は去年一度歩いたが、とてもおしゃれな道で、犬を連れた人の散歩にもってこいだし、足の悪い人の健康散歩にもちょうどよい。

今日はまず大迫橋まで行った。橋を渡らずに左折すると木津川沿いの遊歩道である。左側は新しいマンションがいろいろ建っていて、建物前の芝生には犬連れの女性がたくさん集まっておしゃべり中。
道に沿って草花が植えてあって野いちごの実がなっていた。川の水もきれいでのびのびとした感じ。大阪市内でええとこが近くにあってええなあと口に出したが、去年もそういったのにその後は一度も行ってない。今年はどうなるかしら。

松島橋まで出て渡らずに我が家方向へ。新なにわ筋へ出る前に3月開店した阪急オアシスがある。わたしは初めて入ったが広くて高級感あるスーパーで、今夜の食料買い出しはワインに合う出来合いのおかず。上手な並べ方に誘われて柏餅も買った。

期日前投票して、帰りに土佐稲荷で花見

わたしはいままで期日前投票に行ったことがなかった。いつも選挙日当日に迷いなく行っていた。あるいは行かなかった。今回は期日前投票というものを経験しよう。期日前に投票する理由が区役所から来たお知らせにいくつか書いてあり、わたしには理由がちゃんとあるから堂々と◯をつけた。

区役所に行くとなんか人が多い。椅子やベンチが増えて活気がある。エレベーターで4階に上がるとけっこう広い場所が選挙用に準備してある。係員もたくさんいる。選挙の対象が4つで、ぐるりと回って投票するようになっている。わたしは車椅子に乗って、相方が押していたのだが、係りの人が代わって押してくれて、二人同時に投票できた。昨夜、区役所の選挙公報を読んで投票する人をメモしていったので楽勝だった。
けっこう投票する人が来ていたが混んでいるというほどではなかった。4ヶ所投票するんやからきっと7日は混むだろう。今日来ておいてよかった。

区役所を出て長堀通を渡るとすぐに土佐稲荷神社がある。境内と隣接した公園とに桜がたくさん咲いている。八分咲きか九分咲きでもうちょっとで満開という感じ。土日が天気らしいしお花見日和になりそう。
場所取りのブルーシートがあちこち広げてある。そろそろ5時になるが、飲むのにはまだ早い時間だ。早めに陣取った子供づれが楽しそう。金曜日だからこれからどんどん増えていき賑やかになるだろう。わたしらは桜の木の植え込みの下にぐるっと並べて敷いてある石に座って、持ってきたサンドイッチ(たまご、ハム、きゅうり)と紅茶でおやつ。周りを子供らが走り回っている。
まだ桜は一輪も散っていない。

お花見よかったねといいながら神社から出て長堀通をもどると、野菜を商っている屋台があった。大阪近郊で収穫した新鮮な野菜を持って毎週金曜日に来ているとのこと。初めて見る菜っ葉などけっこう買い入れ。
それから区役所の裏に出たら、いつのまにか阪急オアシスが開店していた。うちは新聞とってないのでスーパーのチラシがないからわからんかった。今日はしんどいから今度来ようということで帰ってきた。

夜霧よ今夜は・・

昨日の真夜中のこと、いまツイッターを確かめた。こう書いている。
「夜中の1時ごろ、布巾を干しにベランダへ出た。なんとなく空気がよどんでいる。外を見たら南北とも夜霧で景色が見えなくて驚いた。風がないから淀んでいるのかな。この家にいてこんなすごい霧を見たのは初めてだ。

わたしは寝る前の片付けをしたら最後にまとめておいてある布巾を洗って干す。明日の朝のお日さんが当たるように。
そのときに空を仰いでお月さんが出てたら大儲けの気分になる。だいたい西の方向しか見えないから見たときにお月さんがあると断言できないが、見えたらラッキー。

昨日は月どころではない。南の方が霧で覆われている。北の方をみたら、こっちも霧の中。「夜霧よ、今夜はありがとう」。すごかった。霧が立ち込めて街灯などがぼんやりと見える。明日は金曜で仕事だからたいていの窓は暗い。
それからお風呂に入ったりして約1時間後に窓を開けた。ちょっと薄くなったようだけどまだまだ濃い霧に覆われている。でも、今度は月が見えた。頭上に小さな丸い赤い月が見えて、これまたラッキー。

水仙咲く

長いこと一人暮らしを頑張った姉(長女)が介護付き施設で暮らすことに決めて、12月に新しく建った有料老人ホームに入居して新生活をはじめた。二番目の姉の娘たち(このブログによく出てくる姪とその姉のふたり)が、姉の相続人として一軒の家の最後を見送ることになった。わたしらは二人のお手伝い&励まし係。

まずは戦中から借りていた借家を3月中に家主さんに返すことに決めて連絡した。ついで家具や寝具などの不用品を整理した。わたしには欲しい本を持っていってとのことで、本箱から能関連や古典で欲しいのを十何冊くらいもらってきた。
電気製品や着物類は知り合いに分けたり、気苦労の多いことを二人でよくやってのけた。

70年前に姉が嫁いだO家は戦前から神道で葬式も神道だったと義兄がいっていたが、義兄自身が無神論だったから具体的にはなにもわからず、神棚だけは姉の手でいつも榊と水があげてあった。その後に姉と義兄が相談して両親のための小さな仏壇を置いたから、この家は神仏両方の信者なのであった。

その姉が長いこと気にしていた神棚は年末に夫が掃除して整理してあったのを、近くの神社へ電話でお願いして今日運んだ。写真を見せてもらったら古い格式高い神社だった。

仏壇は月曜日に姪たちがお坊さんに来ていただいて魂を抜くお経をあげてもらい、仏壇は家具として整理してよろしいとなったそうだ。
姉が気にしていた神様と仏様への挨拶がすんだのでほっとした。
夫が帰りに姉の庭を見たら、夫が毎年面倒を見ている水仙がたくさん咲いていてきれいだったとのこと。

大阪府に強風・波浪注意報がでている

今日も大寒い。天気予報大好きなわたしはパソコンをつけると「YAHOO! 天気災害」にログイン。「大阪府では、29日明け方から29日夕方まで強風や高波に注意してください。」と赤い文字で出ているのを読むと興奮気味になって細かいところまで目を通す。

昨日も昨夜も寒かったが今日も朝から寒い。お昼過ぎに洗濯機をかけておいて昨日干したのを取り入れて部屋干しに移動。空いたところへ今日の洗濯物を干した。ベランダ仕事は陽のあたる昼間のうちにやっておこうという主婦感覚である。おかげで午後も夜になっても外に出る必要なし。

つい先日、台所の電気と水道のカランを新しくしてもらったので台所仕事が気分いい。このiMacの上の蛍光灯も強力なのに交換してもらった。年齢のせいかいろいろ鈍感になっているので、電気は明るく道具は使い勝手良く暖房はいっそう暖かく。そこそこの暮らしができてありがたい。

古い家で考えた

姉の留守宅に行って神棚に榊を供えてきた。毎月1日と15日が榊を供える日だと聞いて、14日に花屋で買ってきたものである。
姉がなにかにつけつぶやいていた心残りのひとつが古い神棚だった。この神棚は結婚したときからこの家にあった。毎日水を換え、月に二度榊を換えるのに背が届かないから台にのっていたが、数年前から台に乗るのがあやうくなり、わたしらが行ったときに掃除とお供えを絶やさないようにしていた。神棚には古いお札がたくさんあり、江戸時代のもある。姉は自分の死でこの家は終わりだから、神棚のものは神社に返したいと常々いっていた。
今日は最後の榊を供えに行った。姉と約束したから新年そうそう夫が近くの神社に返しに行く。

この家は姉の夫の両親が戦争中から住んでいて、二人が亡くなったあと、姉の夫となる人と弟・妹(Tちゃん)が三人で住んでいた。
60年安保が終わった頃、三国駅近くの幼稚園を借りてコーラス団の会長をしていたわたしにTちゃんが友達になってほしいといってきた。「ええよ」と答えてすぐにわたしは「兄さんいる?」と聞いた。「ふん、おるよ」「そのお兄さん、うちの姉さんに紹介してほしいねん」「ええよ、うちに遊びにきて」ということで、わたしは姉を連れてこの家へ来た。それが最初で二人は意気投合して結婚してこの家に住み数十年経った。年を勘定するのが面倒臭いので略すが金婚式まだいったのかな。最後の2年は義兄がアルツハイマーで大変だった。

最初に行った時は団十郎最中を持っていったっけ。Tちゃんがお茶を出してくれたあとは話に花が咲いた。なかなか愉快なお兄さんだった。これはいけそうと帰って母親に報告したわたし(笑)。
そのあと二人は半年も経たないうちに結婚した。結婚式はこの家で友人たちが集まって賑やかにやった。その友人たちはみんな早めにあの世にいってしまった。

結婚してからずっと住んでいた家である。築70年を超えているからずいぶんいたんでいる。義兄の主義で自分の家は持たないということで、借家のままで70年過ごしてきた。大阪市内とはいえ古い土地柄だからできたのだろう。
いま姪たち(姉の次の妹の子)の手によって家中が片付けられつつある。とにかく物を捨てない人なので物が多い。アルツハイマーの義兄が拾ってきた小石まで箱に入れてとってあるんだから。

今日神棚に榊をあげたら、いままですっかり忘れていた過去が蘇った。
最初の日はこの玄関からあがって、このあたりに座って。結婚式はこっちを向いて花婿花嫁が座ってたと、思い出がこみ上げてきた。

台風去った

昨日は明日やってくるはずの台風24号への不安でいっぱいだった。21号のときの恐怖がよみがえり、備えなくてはと思った。備えあれば憂いなし。ダンボール+ガムテープよりもガムテープだけのほうがよいと知り、良質ガムテープを買ってきた。まず「米」の字に貼って縦横3本ずつ追加、その上にまだ窓枠も仲間に入れてべたっ!窓6枚、ベランダとの間のガラス戸2枚を貼ってほっ! 今回も台風がくるのに合わせて貼らなあかんと大変だった。

それなのに〜 夕方になっても和歌山に上陸した台風は大阪に影響しないで関東方面に向かっているらしい。
疲れちゃって晩ご飯はラーメンをつくって食べた。こういうときのサッポロラーメン(笑)、鶏肉と野菜をたっぷり入れた。
10時過ぎてから窓がガタガタした。義理堅く風が吹いているようだ。今夜は早寝。