質素な生活、整体院には行く

今日は水曜日で整体院へ行く日。ばたばたと予約時間にかけつけた。わたしは駆けられないから相方が車椅子を駆けて押した(嘘、笑)。

先生に施療してもらいながら、いろいろおしゃべり。
夏は水分をしっかりとるようにとのこと。コーヒーや紅茶は水分ではなくて嗜好品だそうな。日本茶はよいそうだ。我が家はコーヒー、紅茶が大好物なんやけどあかんのか〜 いつも水を用意しておいて飲むように心がけよう。

こっちは東京の友人が遊びにくるとメールがさっき届いたこととか、先日買った『文藝春秋』の村上春樹さんの作品のことなど話しながらうとうと。ああ極楽。若い時からいいトシまで長いこと働いたからいま極楽させてもらってもいいよね、といいわけ。
食べ物質素、着るもの質素、本だけは読みたいのを買っている。

古い友人からワインがとどいた

今日は夫の誕生日、古い友人のMちゃんからワインとオリーブオイルが届いた。毎年忘れずに東京からプレゼントを送ってくれる。
知り合ったのは40年くらい前で、心斎橋のディスコへ遊びに行ったら、なんかの拍子に視線があって、なんか話をしたんだった。帰りに家はどっち?と尋ねたらうちの前を通って西の方へ行くとわかって、一緒にタクシーで帰った。それからはうちへ来るし、こっちも彼女の部屋に行くし、毎日のように行き来していた。

ハタチと40過ぎの遊び人が出会って、それに夫が加わって、最強の3人組が出来上がり80年代の夜の大阪を楽しんだ。パンク・ニューウェーブのライブにいっしょに行き、けっこう有名になっていたっけ。空手を学ぶグループと知り合っていっしょに空手の道場に行ったこともある。おかしな3人組だった。

Mちゃんは東京へ行ってから結婚して、毎年なにかプレゼントを送ってくれる。うちはもらいっぱなしでお礼の電話をするだけ。今年はハガキの礼状を出しただけだが、夫はゆっくり手紙を書くといっている。

ハタチと40過ぎが知り合ってから40年経って、いまや60と80過ぎでっせ。こうなったらどっちも立派な高齢者だ。

ヘロン・カーヴィック『ミス・シートンは事件を描く』

一回読んでからまた二回目を読んだ。おもしろい。笑わせてくれる。
ミス・シートンが主役のシリーズ1冊目『村で噂のミス・シートン』は、美術教師のミス・シートンが遺産でもらった田舎の家に行く前にロンドンでぶつかった事件からはじまり、田舎に着くとまたまた事件。田舎の人たちがおもろく笑わせてくれた。思いつきで書いたようだけど、うまく考えて決着をつけた作品だった。ブラックユーモアもただよっている。

ミス・シートンは自分が実際に見たことを絵に描く。警察官たちは事件に遭遇したミス・シートンに犯人の顔を描いてもらい、捜査におおいに役立てた。今回は絵の代金の小切手を郵送してくれたので、ミス・シートンはそれを銀行へ預けに行って悪い出納係と出くわし連れ去られる。

今回もとぼけた味わいのミス・シートン、村のナイト医師と娘のアン、女性新聞記者のメルが大活躍するのも楽しかった。先日、映画『バガニーニ』を見たとき、ロンドンの女性記者が取材にきていて派手に元気にふるまってた。メルもようやっているがこれってイギリスの女性新聞記者の伝統的スタイルなのかな。

事件は一方で連続子供殺人事件、もう一方で銀行の出納係が横領し変装して別人になりすまし逃亡する事件が発生。ミス・シートンは学校の子供たちの似顔絵を依頼されるが、学校に行かず家にいる一人の少年の顔だけは描けないという。あの顔は子供ではない。

クライマックスの戦闘が楽しかった。メルの武器は長いひものついたトートバッグ。家を出るときバッグにドアストッパーを投げ込んで武器になるかゆらゆら試してみて、これはいけると駆け出した。ミス・シートンには傘がある。
(山本やよい訳 原書房 コージーブックス 880円+税)

甲州弁をしゃべってみた

山梨県で暮らしたのは国民学校(小学校)の4年生のときに叔母の家に疎開した2年間だけである。わたしは5歳のときに東京から大阪に引っ越し、東京弁から苦労して大阪弁を使えるようになった。4年生の1学期まではちゃきちゃきの大阪っ子だった。それが夜行列車に乗って山梨県へ着いたら異邦人(笑)。関西からの疎開者は少なかったので珍しがられた。その上に国語の時間に教科書を読むと、大阪に行く前の東京暮らしが役に立って標準語なのである。先生に褒められて国語の時間には今日勉強するところはわたしが朗読することになった。
そんなことで目立つようにもなったけどふだんは甲州弁を使うようになっていた。「いいじゃん」「そうけ」「◯◯づら」なんて。

今日、雑誌『クロワッサン』を買って読んでいたら「もの忘れは、治せる」というページがあった。そのひとつ、椅子に座って本を音読するのがいいらしい。なるほどなあ。iPhoneに入れてある漱石作品の中からと思ったのだが、そうそう、こんなときに甲州弁を使ってみよう。手元に深沢七郎『甲州子守唄』がある。そこで開いたページを読んでみた。甲州弁の会話がある。やってみよ。
ところがですね、読むと言葉は甲州弁なんやけど、わたしの読み方が関西弁なのである。えっ、とびっくり。あきまへんわ。どうにもならんわ。

さては花粉か、暑いのに鼻水

今年の春はなかなか暖かくならなくて、桜の花は咲いたものの散るのが遅かった。その後も朝夕寒い日が多かったが先週の終わり頃からようよう暑くなってきた。今日は夏並みに暑いと予報でいってたが、うちは昔から冬が寒くて夏はマシなのでそう暑いとは感じなかった。家の中の板敷きの部屋にいる限りは。

今日は午後の3時ごろに洗濯して干したんだけど、ベランダに直射日光がきびしくあたってクラクラした。暑さと明るさで倒れそうといってもウソでない。あわてて壁に手をついた。なんせ、腰と膝に弱点を抱えているのでね。
そんなこんなでしっかりせにゃと思う初夏。

暑くても鼻水が出るというのはなぜだろう。さっきからテッシュペーパーのお世話になっている。だいたいアレルギー症で鼻水が出やすい体質なんだけど、もしかしたら花粉症が遅ればせにやってきたのかも。早くから くしゃみ鼻水でなんぎしたが、みんなが騒いでいるころはころっと忘れていた。いまのは風邪ひきっぽくないから、わたしに合った花粉が飛んでいるのかも。なんじゃもんじゃとか(笑)。

なんじゃもんじゃの花

先日木津川まで散歩したとき、通りかかった道になんじゃもんじゃの花が咲きかけていた。そのときは「この花変わった名前やったね」といって名前を思い出せなかった。「だいぶ前やけど、プールに行ってる時に札がついててわかったんやね」と語りあったが名前が思い出せず。「変わった信じられへん名前やったな」といいながら帰った。

それがですね、いまなぜか突然思い出したんですよ。「なんじゃもんじゃやった〜」って。検索したら木と花の写真が出てきて「これや、これや!」とうなづいた。どこから出てきたんやろ。

以下、コピペさせてもらった。
「一葉たご(ひとつばたご)というのが正式の名前。木犀(もくせい)科。開花時期は、 4/20 ~ 5/10頃。」

おやつにホットドッグ

なぜか炊事係がときどきおやつにホットドッグをつくるので、一人前をありがたくいただいている。でも一個ずつお皿にのっていると、からだの大きさと労働力の多さを考えざるを得なくて、ときどきは半分だけいただくわと遠慮する。そしてソンした気分を味わう(笑)。

映画のシーンを思い出して、チリをもう少し、いえ、もっとたくさんつけて、そうそう、もう少し、なんていってみたりして楽しむのも好き。

甘いものが好きだからケーキや菓子パンのおやつのほうがいいと思うが、コーヒーいれたらホットドッグのほうがいいかな。どちらにしても遠慮なく食う。たまに、ご飯の代わりにホットドッグで、デザートがケーキってのがええな。炊事係がせえへんけど。

キャベツのミートソースかけ、カンタンうまい

最近我が家の昼ご飯にも晩ご飯にもよく登場するキャベツ料理。ミートソースをかけた若いキャベツがうまい。ミートソースを多めにつくり、キャベツで半分食べて、残りは次回パスタにかけて食べる。一度つくれば二度おいしい。

キャベツを縦半分に切って大鍋で熱湯に塩を入れて茹でる。別にフライパンでオリーブオイル、ニンニク、ひき肉の順番に入れて炒める。肉の色がかわってきたらトマトの水煮缶を汁ごと入れて10分ほど煮込み、塩、胡椒する。
キャベツの熱いうちに4等分の櫛形に切り、皿に盛ってミートソースをかける。

以上、豪華で簡単でおいしいイタリア料理。
最近、しょっちゅうテーブルに出てくるので、作り方を聞いて一度ブログでジマンしようと思ってね(笑)。
『おうちでイタリアン』(講談社 1500円+税)

ヴィク・ファン・クラブ会報4・5月合併号発行するよ

10連休が終わって、今日はみんな仕事や勉強や日常にもどったことでしょう。うちのへんは休み中は静かだったけど、今日はクルマが通るし建設工事の音は響くし、しゃべる声が響くしと騒音の日常に戻った。じっと静かよりもなんなと音がしているほうが落ち着く(笑)。

今月は毎月出しているヴィク・ファン・クラブの会報をさぼった。連休中は郵便配達が休みと知って、月末にでき上がってもどこかで詰まってしまうと思い、休み中はなんにもしないことにした。本を読んだり映画を見たりしよう。そりゃ作っておいて連休が終わると同時にポストに入れたら一番だが、せっかくの休みだから休んでしまおう。

そう思って毎日お昼まで寝て、甘いおやつを食べて、本を読んで、iMacで映画を見た。そして、しゃべって、ストレッチして、遅くお風呂に入って、ツイッターに熱中した。
そんなもんで、今日から会報制作中。30年近く会報をやっているが合併号は初めてである。きっと会員の皆様は待ちくたびれていることでしょう。

なんとか今週中に仕上げて送りたい。やり出したらけっこう頑張るからいけるかも。でも頑張る気力があっても体が追いつかないかもしれない。まあ、やってみよう。

白髪にもどすことにした

わたしの家系は白髪になるのが早くて男女ともに40歳をすぎると白髪が目立つ。姉とわたしは早くから染めていたが、妹は染めない自然派でずっと白髪でとおしてきた。知らぬ人からはわたしが妹に見える。姉が80歳頃から染めるのをやめ白髪にパーマをかけウェーブをつけるようになって、染める派はわたし一人になった。

1980年代はわたしは40代で白髪になり始め、右前髪が白い束になって目立つようになっていた。それでも気にせずに遊びまわっていたが、ある日、四ツ橋筋にあったパームス(1階カフェ、2階バー、地下ディスコ)のディスコで遊んでいたとき『ロックマガジン』の阿木譲さんに声をかけられた。「照明で白髪が光っているよ」「あっ、ほんまに〜 苦労が多くて白髪が増えてます」あとは笑いでごまかしてホッ!
その後、気になって行きつけのアメ村の美容院で染めてもらうことにした。それ以来美容院は変わったが髪は欠かさずに染めている。
最近はハイライトを入れてもらってより美容師さんの技術が光っている。だからずっと染めているつもりだったのだが、そろそろ80代も後半に入ろうとしているのに、ハイライト入り茶髪で、後ろから見たら10代(?)では、あまりにもでないかい(笑)。

先月、美容師さんが入院することになった。「退院を待ってるからね」というていたのだが、髪は勝手に伸びてきて、白髪が目立つようになった。ここで半年くらい見苦しいのを我慢して白髪にするか。
いま根元から1センチくらい伸びている。めちゃくちゃ不細工だ。でもこれを乗り越えたら白髪のレディになれる。
さいわいお気に入りの夏帽子がある。暑い間はこの帽子をかぶって乗り切ろう。涼しくなったら似合う帽子を探そう。