今日もコロナのニュースばかり

朝から雨が降っていて憂鬱な一日。
午後からマッサージ機を借りて1時間モミモミしてもらってきた。機械だけど、気が効いていて凝っているところをほぐしてくれる。雨が降るとひざが痛み出すのが当たり前になっていてどうにもしょうがない。
コロナが気になってニュースを追いかけているが、どうなるのだろう。東京のスーパーの様子など知ると、次は大阪もなるだろうと気分が暗くなる。

夜の9時から晩ご飯のかたわらパソコンに向かってクラブパーティの配信を見ていた。「Contact Tokyo でパーティの配信があるそうで早速会員登録した」夫のおかげで最新のクラブミュージックを聞いている。

コロナと戦争 どっちが怖い?

昨夜は姪と電話でいろいろ話して気分がすっと明るくなった。姪のほうも明るくなってればいいな。話の内容は明るいものではないが、言葉を交わして笑いあって気分が晴れた。

コロナ怖いの話の中に「おばちゃんの長い人生で怖かったのは戦争?それともコロナ?」というのがあった。「ちょっと比べられへんけど、そりゃ太平洋戦争は大変やったで。家は丸ごとアメリカの爆撃で焼けたし、知り合いは死ぬし、食べるものはないし・・・」「ふん、おかあちゃんからよう買い出しの話を聞いたわ」
彼女の母、つまりわたしの姉は母といっしょによくサツマイモの買い出しに出かけていた。少し年下のわたしは買い出しに行くのは免れて食べるほうだった。
疎開から帰って住んだところはちょっと田舎だったので、イモを背負ってくる代わりに、散歩しながら道端の草を抜いて帰ったりした。わたしはタンポポやセリなど見つけるのが早いので「歩く植物図鑑」といわれたものだ。

コロナと戦争どっちが怖いか。コロナは進行中である。比べるのは終わってからだ。

暗い春

昼過ぎに出かけるとき、うちから二番目に近い公園に寄った。桜が咲きかけ、乙女椿が何本か花をつけている。わたしは椿が好きで、なかでも乙女椿がいちばん好き。でも今日はあまり浮き立たなかったなあ。
歩道では辛夷が地味に満開だ。足元の雑草が黄色い小さな花を咲かせている。ウキウキするはずの春先の風に吹かれているのに気持ちは暗い。そう、コロナのせいだ。

夕食後に姪に電話してお互いの身の回りの話をして盛り上がった。コロナのせいでジムに行っても隣の人と距離を置いて練習しているそうだ。
先日横浜の妹から電話があって、デイケアが早くから閉めてしまって訓練できないとグチっていた。イノチ優先だからしゃあないね。

わたしはデイケアの見学に行っただけでまだ入会を申し込んでない。こんな感じなら、コロナ騒ぎが落ち着くまで待ったほうがいいかな。

おうちで体操

外を歩き回れればいいがどうも足の具合がぱっとせず、それに新型コロナウィルスがこわくて家に引きこもり気味だ。家にいるならせめて体操しようと理学療法士のKさんに教えてもらった体操や健康雑誌で知ったストレッチをしている。それにプラスしてアロママッサージがわたしの健康維持方法である。一応内臓は丈夫だと思っている。

今日は手縫いのマットを敷いてごろんと寝て足腰の運動をして、テニスボールストレッチをして、本を見ながらジャンケン体操などした。業者さんがもうそろそろ来てくれるはずなのだが、玄関から部屋にかけて手すりをつけてもらう。そしたら手すりをにぎって体操しようと楽しみにしている。
ベッドに取り付けてもらった補助具はほんまに役に立つ。2本の横棒のどちらかを握ってヨイショと起き上がる。夜中のトイレと朝目が覚めたときと握って起き上がっている。なんか自分が年寄りになった気がするが、年寄りなんだから仕方ない(笑)。

健康診断書を書いてもらった

デイケアのお世話になろうと決めたのだが、明日からというわけにはいかない。必要書類がいると係りの人に用紙を手渡された。自分で書くものの他に健康診断書がいる。渡された用紙を持っていつもお世話になっている整形外科のF先生にお願いした。健康保険が効かないから現金払いだよといわれたが、滅多にないことだししゃあないなあ。

わたしは健康診断って長いこと受けたことがない。会社勤めのころは年に一度か二度受けていた。レントゲン写真を撮り、医師の診断を受け、目の検査をして、それからなにをしたのかな。半日仕事だった。全部が終わるとほっとしたものだった。20年も働くとサボることを覚えてその日は休むことにしたが、数日後に医院から電話があって追加で診てもらうことになったりして。

今日はちゃんと予約をして行った。待ち構えていたベテラン看護師さんにつかまってさっさとはじまったのは、心電図、レントゲン、血液検査、血圧、尿検査、身長、体重、咽喉検査、これだけだったかな。
料金を払って帰ったがなんだか疲れた。結果は1週間後に知らせてくれるそうだが、なにもひっかからないといいけど。
83歳までは健康優良児だったんだけどね。1年くらい前に血液検査だけしたときは先生が驚くほどいい結果だったんだが、いまはあのときの自信がない。結果が出るのを待つとしよう。

おうちでかけ蕎麦

おやつというか、昼ご飯と晩ご飯の間にちょいと食べるのはサンドイッチが多かった。最近少し変化して、昨日は焼きそば、今日はかけ蕎麦だった。焼きそばは豚肉とキャベツが入っていてソースの濃い味がうまかった。今日は刻みネギたっぷりのかけ蕎麦で、これもうまかった。食べて片付けたら相方がすぐに晩ご飯の用意にかかって、野菜中心の酒のサカナで焼酎ソーダ割を軽く一杯。

一日中なにかしながらだったり、なにか食べながらだったりしながら新型コロナのニュースを聞き、ネットで話す人の意見を聞いている。じっとしているとアタマの中がパニックになりそうだが「冷静、冷静」とつぶやいておとなしくしている。テレビではどんな話をしているのだろうか。NHKラジオニュースだけではわからんことがあるんとちゃうかな、なんて思ったり。

まあ、年寄りらしくおとなしく静かに冷静に過ごそう。もしかしたら、すごいことになりそうな気がする。大波がきたらどないしょう。

記憶の夜店(わたしの戦争体験記 82)

子供のときの思い出に「夜店」がある。ずっとその夜店はどこだったか考えていたが思いつかなかった。「三国」だと父母と姉2人と兄2人とで風呂屋に行ってそれぞれと帰りに夜店に寄ったような気がしていた。でもどうも違うのだ。三国の風呂屋は2軒あって、待ち合わせて風呂から出ると帰り道はキャンデーを舐めたりしゃべったりしながら30分歩くのだった。それほど文化はてる地域が疎開から戻ったわたしの我が家だった。
三国の夜店はよく覚えている。三国商店街が駅前からすぐにあって、商店が閉まるとその前に屋台が並んだ。古本屋が1軒あってミステリ誌『宝石』を月遅れで毎月買っていた。風呂屋の帰りによく寄った。

歩きながら姉たちと兄たちと親たちの話を聞いて、彼らの買った本や雑誌を読んで、わたしもいっぱしのことをいうようになった。戦後文化を身いっぱい浴びていた。

いつも「夜店」という言葉で思い出すのは「三国」だけで、なにか違うなーという気がしていた。薄暗い夜道に浮かんだ緑色のテント生地の「焼ヲジラ」という文字。「ラジヲ焼」が右からになっていた。あれはどこだ。ラジヲ焼を食べさせてもらったことはない。その文字を眺めていただけである。その文字がいまもわたしの脳裏にあってぼーっと浮かんでいるだけである。

それが大阪市西区役所発行『西区むかしの物語』にあったのを先日見つけて晴々した。「焼ヲジラ」の写真があったらもっと喜んだと思うけど(笑)。

昨夜はここまで書いてアップした。ちょっと書き残しがあったのと、間違いがあったので訂正する。
●書き残し
夜店の名前は「戸屋町の夜店」。徳川時代からという古い町だそうだ。明治になってから阿波座上通りと改名されたが、夜店だけに「戸屋町」と名前が残ったそうである。
●訂正
「焼ヲジラ」ではなく「焼オヂラ」と読者の方が書いておられた。こっちが正しい。

クシャミハナミズ花粉症

数日前に鼻水を垂らしていてティッシュを渡された。ブサイクなことだが、流れはじめの覚えがなくてなぜか鼻の下に鼻水が垂れていた。そのときはハナをかんですませたが、今日も同じく鼻水を垂らしていてティッシュを渡され、「花粉症や」と叫んだ。花粉症の季節だと1週間くらい前にニュースでいってたとき、この前の鼻垂らしがそうだったと悟った。

春浅くよく冷える。いつの間にやら奈良のお水取りが終わって、今日はお彼岸だ。今年はお水取りの日記を書かずに過ぎてしまった。あまり寒くない冬を通り越したからかな。最近はぐっと冷えて桜も縮こまったみたいね。
季節は春となったけど、いろいろとしんどいことが重なる。ひざは痛いし、腰は重いし、なにか用事をするときの動作がびびっている。
そこへコロナの心配がある。

花粉症が正面に出て、他の「しんどい」が後ろに引っ込んでくれたらいいのにと願う。それにしてもよくクシャミが出る。鼻水も出る。

大阪―兵庫間「往来自粛を」 3連休、大阪府知事ら要請

夕方7時のNHKラジオニュースの第一声で『大阪―兵庫間「往来自粛を」 3連休、大阪府知事ら要請』といってた。おどろいたというか、ここまできたかという気持ちである。聞いているときは笑ったが。まあ兵庫県へ行く用事はないし、知り合いもいないし、静かにしてるけど。

昔阪急神戸線の神崎川に住んでいたことがあって、隣り駅は園田で兵庫県だった。歩いて行ける身近な場所だったなと思い出した。あのときだったら近所の人たちとひと騒ぎしたかも。おしゃべり好きな下町のおばちゃんばかりだったから。

コロナ騒ぎがすごいことになってきて、戦争中を思い出した。
太平洋戦争中のわたしが子供の時、わずかなお米を水増しして炊いて「楠公炊き」と称した。新聞や雑誌に作り方がのっていたのを読んで各家庭で炊いた。
これから米不足になることがあれば、テレビの料理番組で「楠公炊き」をやりそう。「レンジでチンして楠公炊き」なんちゃって。

お見舞いに堀江ベースのケーキ

高齢者には特に危ない新型コロナウィルス。今日は伊丹市のデイケア施設で感染確認が37人、1人が死亡したとニュースがあった。大阪のデイサービスやデイケアはどうするのだろう。
わたしは近くのデイケアを体験しに一回行っただけで、早く毎週1回行きたいと思っているところだ。お世話になるには健康診断書が必要とのことで、かかりつけの先生に頼んである。それをつけて書類を出してOKしてもらえば晴れてデイケアにいけるのだが・・

わたしが毎日どこへも行かず家で鬱々としていると相方が察して、堀江のベースまでお見舞いにケーキを買いに行ってくれた。チョコレートケーキがめちゃくちゃおいしい。見た目も美しいお菓子だ。わたしのために買ってきてくれたと思うとよけいにうまい。
お店にはわたしも知っているDJさんが遅めのランチに来ていていろいろ話をしたらしい。どこへも行かずネットと本を読むだけで満足しているわたしの大きく開いた窓(笑)。家にいるだけでもけっこう情報通です(笑)。