疎開少女の友『小公女』と『イエロー・エンペラー』

『小公女』は姉から譲られた本で小学校へ行く前から読んでいた。いまも大好きでときどき読む。逆境から抜け出して幸せになるところがいまだに好き。夜中に物音で目を覚ましたらベッドには暖かい毛布がかかっており、暖炉が燃え、食事の支度ができている。夢かと触ってみるとみんな本物だった。戦争中のこどもにはありえないことだが、夢を見るのは自由だ。

『イエロー・エンペラー』は、戦後になって出た村岡花子訳の文庫本『リンバロストの乙女』上下を大切に持っている。『イエロー・エンペラー』にわたしがあんまりこだわるので読書会に来ていた図書館員が調べてくれたら千里の児童図書館にあるのが判明。わたしは千里まで行って懐かしの本に再会できた。コピーをとってもらって(コピー代6000円払った)大事に保存してある。3年生の誕生日に父から贈られた本で、いま読むと翻訳が下手くそでしかも抄訳だが、空想でふくらませて主人公エルノラに憧れていた。みじめな疎開少女のわたしはこの本で自立することを学んだ。無神経な田舎の大人や子供の言葉がつきささったが、黙って耐えることも覚えた。孤独に桑の実を食べながら。

疎開するにあたって父からたくさんの本を田舎へ送ってもらったが、ほんとうにわたしは本で命をつないだといっていい。これも大事な人形とともに物語を紡ぎながらカイコのガサガサ桑の葉を食べる音を聞きながら眠った。

今年いちばん暑かった

今年は暑さが厳しいが、今日はいままででいちばん暑かった。気温がどうということでなく体感温度だけど。
2週間ぶりに相方と姉の家行き。家を出るなり「あつう〜」。なにわ筋のイチョウの並木からセミの大合唱が聞こえるとよけいに暑さを感じる。スーパーでいっぱい買い物し、タクシーをひろって出発。運転手さんが冷房はこれが最高になってますと恐縮していたが、窓からも天井からも熱気〜。

姉の家につくと木造の平家だから屋根からの熱気がきつい。クーラーはもちろんつけていて、わたしの座る座椅子は風の通り道にある。クーラーから流れる風は冷たいが頭の上は暑〜い。
それでも食欲は3人とも衰えず、お弁当を食べ、ぶどうを食べ、お茶とお菓子を食べた。テレビの左画面には「熱中症注意」と大きな文字が常に出ている。
頼まれていた仏壇の扉の修繕をしたのが今日の仕事。

庭に面したガラス障子を開けると熱気がむうっと入ってくる。外に出ると蚊が押し寄せる。
植木の世話などとんでもない。水だけたっぷりやって今日は終わり。そうそうにタクシー拾って帰った。
晩ご飯は朝寄ったスーパーにまた行ってご苦労さんのご馳走は日本酒とハモちりとカツオのたたき。

桑の枝の皮をむいて供出

山梨県へ着いたのは夏休みがはじまって間もなくだった。母と学校へ行って先生に挨拶したらすぐにお国へ協力するようにいわれた。桑の枝をむいて乾かし束にしたものを二学期の最初の日に持ってくるように。集まった皮は繊維にする。そして軍服になるのだとのこと。
叔父が桑の枝を切ってきて、母と姉とわたしで皮をむいた。わたしにはそんなことするのは無理だったなあ、これも叔父さんが助けてくれた。

母と姉と弟2人が大阪にもどったあとの二学期の最初の日、むいた皮を干して束ねてリヤカーに積んで学校へ持って行ったら4貫目あった。他の生徒はもっといっぱい持ってきていた。10貫目の子もいた。(※1、1貫目は3.75kg     ※2、この行為を「供出」といった)

この皮の繊維で作った軍服が実用になったかは知らない。学校で先生がこれがあんたたちの桑の繊維で作った服と見せたことはあった。ごわごわして気持ち悪かった。

昭和19年夏、国民学校4年生の二学期はこうしてはじまった。

青い空に白い雲

今日も暑かった。晩ご飯前にマクワウリを食べたらうまかった〜 昨日はスイカがうまかった〜

今日も台風12号の影響で雨降りのところがあるのに、台風一過といったら申し訳ないが、このあたりは晴れて空が青く白い雲がぽっかりと浮かんで気持よい日になった。気温はどんどん上がり午後3時には36度だった。

4時過ぎに整形外科に行ったら混んでいて長いこと待った。お医者さんと冗談を交わしつつ注射してもらって薬をもらって帰った。足がだるいのは「クーラーによる冷えのせいかしら」とわたしがいったら「たしかに足首が冷たいね」と返事あり笑。わたしは勝手に「今夜も足湯しますわ」と答えけり。

ブラックベリーと桑の実

先日、完熟のブラックベリーをたくさん自分の庭から収穫してきた人からわけてもらった。口に入れると甘くておいしい。ブラックベリーは昔から瓶詰めのジャムを買って食べていたが、採れたての熟れた実を食べるのは今回がはじめてだ。口に入れて「うまーっ」と叫んだが、このうまさって経験がある。母の実家の山梨県の桑畑で採って食べた味だ。

小学校4年の夏、一学期がすんだときに大阪市の小学校(そのころは国民学校)の子供たちは田舎に疎開させられた。縁故がある子は縁故疎開、ない子たちは学校からまとめて集団疎開だといわれ、わたしは一人で母の実家の山梨県に厄介になることになった。夏休みに母は下の弟を背負い、上の弟とわたしは上の姉と手をつないで合計5人で大阪駅から名古屋へ、中央線に乗り換えて山梨県の甲府の次の駅「日下部」で降りた。そこから1時間以上歩いて後屋敷村に着いた。
母や姉と弟たちは1週間くらい滞在して大阪へもどった。わたしはひとりで祖母と叔母さん夫婦と息子2人が住む家の居候になった。叔母さんは母の一番下の妹で婿養子をとって家を継いだ。

思い出すだに涙がにじむ疎開生活。大阪新町で暮らしていた子が甲州弁の中で生きていかねばならない。東京から来た子はまだよかったが大阪っ子はいじめられた。
聞くも涙の話はまたにして、桑の実の話。
叔母の家では畑の他に養蚕をしていた。母屋の上に2階と3階があり、低い天井の下にカイコがムシロの上でざわざわと音を立てて桑の葉を食べていた。
叔父叔母は早朝に桑畑に出て葉を収穫する。背中にカゴを背負って採った葉を入れる。ある日、わたしは桑畑で桑の木に実がなっているのを見つけた。口に入れると甘くてうまい。これは商品ではない、食べても大丈夫だととっさに思って食べ続けた。おいしいから食べたのだけれど、桑の実のせいでビタミンCが摂取できたのだと思う。実のなる木を見つけて覚えておき摂取に励んだ。けっこう寒くなるまで実っていたっけ。現地の子はだれも食べてなかった。

それから半世紀くらい経ってから、長野県の物産展で桑の実ジャムを見つけて買ったことがあった。調味料のせいで甘すぎ。その後また忘れていた。
八ヶ岳に登った時など山に入るまでの道で畑を目で追ったけど、桑畑はあったけど実のなっている木は見当たらなかった。

台風のあと

昨日は日記を12時前に書いてアップしてからずーっと起きていた。寝ついたら熟睡だからなにが起きるかわからんと心配で。明け方5時近くまで結局起きていたから今朝はいくら昼前に起き出したからといっても睡眠不足だ。長時間椅子に座っていたせいもあり、台風前に出してしまおうとあせったおとといの会報づくりの疲れもあったようだ。
ご飯後に横になったら4時間眠り続けた。いつの間にか相方も寝てたそうで、それから買い物に行った。わたしはその間に半身浴して、洗濯物を取り入れて次の洗濯。

もうすぐに10時ですよ。
これから長いご飯とだべりのあと、読書かな。友だちにメールを書くかな。
未読本がいっぱい積んであるのを読んで捨てるか、読まずに捨てるか判断しなきゃ、と贅沢な悩み。
晩ご飯は、焼酎のロック、ビンチョーマグロのカルパッチョ、イカの塩焼き、コロッケ(出来合い)と野菜サラダ、高野豆腐(出来合い)、ご飯、豆腐とネギの味噌汁、海苔、番茶、カリン糖。

地震、大雨、酷暑、台風

6月18日の朝に地震があった。書いておくととても便利で、「大阪府北部地震 震度6弱、震源の深さ:13km、地震の規模:M6.1」というタイトルを見つけてコピペし、そうやった〜と納得した。余震がたいしたことなくてよかった。それから梅雨に入って大雨だ。でも大阪はたいしたことなく早めに梅雨明けした。

だけど西日本豪雨ではマスコミのニュースによると、死者126人、不明79人の大災害が起こった。
今回、友だちの親戚のおうちが被害を受けた。家や車が大打撃の様子を聞いてショック。早く復興できますように。
阪神大震災のときの様子を思い出し、第二次大戦の空襲を思い出し、父親に聞いていたはるか昔の関東大震災を思い出した。

梅雨が短かかったので、今年の夏は長いでとしゃべっていたら、セミの声も聞かないうちに猛暑に突入。毎日毎日、暑い暑いといつもはなかなかつけないクーラーを早くからつけて日常生活を送っている。
その暑さの中で台風が発生。台風のコースがいつもと違うそうで、ラジオのニュースを読む人も慎重である。最初のほうの予想ではどうやら東から西へ向かっており、ほとんど大阪直撃っぽかった。いまは少しそれたようだ。だから一安心というわけにもいかないだろうけど。とにかくここでこの日記をアップしておこう。これから経験して、明日になれば結果がわかる。お風呂に水を溜めておかなくちゃ。

今度は台風、そしてヴィク・ファン・クラブ会報の件

今年はしんどい年だ。地震があって、大雨が降って、そして酷暑の毎日と厳しい気候が続いている。そこへ今度は台風がくる。明日の夜はどのように過ごしているだろう。どんな規模の台風がやってくるのだろう。

台風がくる前にポストに行きたいと、ぎりぎりになってヴィク・ファン・クラブの会報づくりに追われている。10日過ぎから気になっていたのに、とりかかったのは15日過ぎで、それからはしんどくてなかなかやる気が起きない。暑さのせいにしとこ。

おとといになってようやく9割がた形になった。昨日は「あとがき」を書きプリントした。まだ綴じ仕事が残っている。封筒作りをしたら、宛名シールを貼る糊が切れていて買いに行った。ぶうぶう。
これから綴じて封筒入れして切手貼って送るのを予定としては今日中にやる。または明日起きたらすぐにポストに入れに行く。

快適のあと痒い

今日は午後から美容院シュリットで髪のカットをして茶色に染めて、頭と首筋のマッサージをしてもらった。お腹に名犬シェル君をのせて横たわって髪をいじってもらう気持ち良さは格別で月に一度の贅沢。この半年は着るものを全然買ってないからその分を贅沢したってこと。まあ、この程度の贅沢ならなにか節約して続けられるだろう。
涼しい店内で楽しくしゃべって世間の勉強もして、コーヒーとお菓子がついて女性誌が読めてありがたいことだ。

気分良く帰ってパソコンに向かったら、しばらくすると背中が痒くなった。晩ご飯まで背中を掻いては用事をし、また背中を掻いた。鏡を見ると掻いたところに赤い筋が浮かんでいる。ほんまにもうもうである。持病だからしかたないが、この蕁麻疹なんとかならんかなあ。

オカヒジキうまっ!

夕方はとおに過ぎて9時近い。ようやく晩ご飯ができてテーブルにいろいろ並んだ。お得意のゴーヤーチャンプルー、生椎茸を炒めたん、小ぶりな皿にはグリーンの葉っぱが盛ってある。この緑色はなに?と聞いたら「オカヒジキ」と答えが返った。わたしが見た通りをいった一言は「きれいな海藻やな」。違ってました笑。オカヒジキは草だそうだ。おいしい草でした。
暑いのによう作るわといいながら手際よく並べたお皿を眺めていた。

お酒は焼酎のロック。今年の夏は相方の体と財布の都合でビールをやめている。先日うつぼ公園の帰りに寄ったサウス・スウェルで飲んだシカゴ・グースアイランドのクラフトビール以来ビールを飲んでいない。あのビールは高いけどうまかった。また飲みに行きたいが暑いからまだだが、ビールをやめていてもあのビールならまあええやろ、である。

焼酎ロックのあとはカレーライス。肉と野菜とココナッツ入りスリランカカレーがうまかった。