キャスリン・ビグロー監督『ゼロ・ダーク・サーティ』

『ゼロ・ダーク・サーティ』(2013)は、2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロ事件のオサマ・ビンラディンの暗殺にいたるまでを描いた映画。緊迫したシーンの連続で目を離せない。初めて見る女性監督の仕事を緊張して見ていた。

ビンラディンの行方を追って捕まえた捕虜を拷問しても情報を得ることができない。暴力はエスカレートしていくが捜査は進展しない。そこへCIAの情報専門家マヤ(ジェシカ・チャステイン)が赴任してきた。情報の収集と分析に優れたマヤは男性の同僚がやる拷問に冷静に対応しひるまない。同僚は拷問に疲れて帰国するがマヤは残る。
新たに加わった同僚の中に女性が一人いて、語り合ったりもする仲になるが、彼女は自爆テロの犠牲になる。その分もがんばるマヤはだんだん仕事熱心が嵩じて狂気じみてくる。それでも執念深い探索でビンラディンの隠れ家を特定するにいたる。

隠れ家を強襲するヘリが飛び立つ。ほとんど暗闇の中に突入し、ビンラディンを特定し殺害する。マヤはヘリが帰るのを待ち、最後まで冷静に対応する。
作戦実施前に高い地位の上司がマヤがランチを食べているところへやってきて質問する。マヤは高卒でCIAに就職してやった仕事はこれだけと答える。

テロで犠牲になる同僚役がジェニファー・イーリー。なんとまあ、コリン・ファースの『高慢と偏見』のヒロイン、エリザベスをやってたひとだ。『抱擁』の中の物語の詩人役もよかった。

アネモネは春の色、伊予柑は春の香り

昨日も今日も冷え冷えしてやるせなかった。今年は「お水取りやさかいしゃあないね」という言葉をよく聞く。今日乗ったタクシーの運転手さんもそういってた。「あと10日でお彼岸やからもうちょっとやけどね」とわたしは返事したが、お水取り云々(伝々にあらず)をいうときって大阪人はうれしそう。もうじき春やさかいに。

姉の家に行くと水仙は3本くらい咲いているので終わり。いまは白い花をつけたユキヤナギの細い枝ががみごとだ。これが終わるころレンギョウが咲き出す。地味だけど満開になったらきれいだ。
高村光太郎がレンギョウを好きだったそうで、高村光太郎の命日を連翹忌(れんぎょうき)と呼ぶんだって。
それからツバキ、シダレモモ、ボケ、モクレン、ヤマブキと続く。
シャクナゲ(石楠花)の鉢植えは姉が室生寺で買ってきたもので、植木鉢で毎年濃いピンクの花が咲く。大雨で土が流れて根が現れたときもうダメかと思ったが復活して去年咲いた。今年も残った枝に蕾がついている。わたしが騒いだので姉の家では石楠花は「くみこの花」と呼ばれている。

姉の家からの帰りにスーパーに寄ったら花の売り場にアネモネの花束があった。短く切ってあって本数が多くてほとんどみんな開いている。長いことヒマだったうちのガラスの花瓶に挿した。春の色。いっしょに買った伊予柑からは春の香り。

ポール・グリーングラス監督『ジェイソン・ボーン』

ジェイソン・ボーンのシリーズを第1作『ボーン・アイデンティティー』(2002)第2作『ボーン・スプレマシー』(2004)第3作『ボーン・アルティメイタム』(2007)まで見ている(3作ともポール・グリーングラス監督でマット・デイモン主演)。第4作『ボーン・レガシー』 (2012年 トニー・ギルロイ監督でマット・デイモンは出ていない)は見ていない。
ということで、久しぶりのジェイソン・ボーンで興奮した。

第1作から15年も経っているから、アクションものといってもかなり違っている。派手などつきあいや銃撃戦も沢山あるけれど、原因やら説明やらはコンピュータの世界である。デイモンがこの映画は「スノーデン後の世界」のボーンになると明かしたと解説に出ていたが、そのとおりでコンピュータを制した者が次の支配者になる世界だ。そのうわてを行くのがジェイソン・ボーンで、女性のCIA局員が自分の支配下におこうと賢く(狡猾に)しようとするのをさらっとわかっていることを知らせるところがよかった。

確定申告すんだ

昔は年が変わると確定申告の用意をはじめたものだ。得意先が源泉徴収として1割差し引いた金額を支払ってくれたのを確定申告で清算して払いすぎ分を国から返してもらう。だから当然早く計算して申告していた。いくらか戻ってくるのがありがたかったなあ。
いまはそういうことがないので、早くやらなきゃと思いつつ3月に入ってしまう。去年なんか締め切りぎりぎりになって慌てた。
今年は早めにと思いつつ今日の午後にパソコンで申告書をつくった。年に一度だから戸惑ったが、手書きよりなんぼかいい。プリントしたのを明日郵送する。やれやれ。寒いときに税務署に出しに行ったことを思い出すとラクだ。

昨日いただいたチーズケーキが半分残っているのでおやつにその半分、晩ご飯のデザートに残りの半分を食べて、2日で丸型チーズケーキ1個を完食した。ずっしり重かったから体重に影響あるやろな。

戸隠の喫茶店ランプの自家製チーズケーキ

東京の友人からおいしいチーズケーキを送るとメールがあり、3日後の今日戸隠から冷凍便が届いた。丸いチースケーキをテーブルの上で解凍して2時間後に切っておやつに食べた。久しぶりに食べたチーズケーキはうまかった。パンフレットとか入ってないのでネットを見たら、同じケーキの写真があって「35年変わらぬ味です」とあった。ほんまに古典的な味やなと、夕食後にまた食べた感想である。もう半分なくなってしもた、さびしいなあ。残りは明日とあさってのおやつにしよう。
このケーキは、わたしが雑用やらお世話をしているヴィク・ファン・クラブを頑張って続けて欲しいとの要望つき。しっかりよばれたから頑張らにゃ。

ケーキとケーキの間に晩ご飯を食べた。今日は酒なし。
ご飯、豆腐とわかめの味噌汁、スルメイカのトマトソース、しらすとほうれん草炒め、ネギ入り卵焼き、納豆、塩昆布、漬物、番茶。

川端康成『虹いくたび』

クリスタ長堀の本屋さんで目についた文庫本。去年の3月に46刷改版とある。出てるのを知らなかった。

昭和25年3月号から26年4月号の『婦人公論』に連載された作品で、作者50歳から51歳のときと北条誠の解説にあった。北条誠とはなつかしや、雑誌『ひまわり』にすごーく甘い連載小説を書いていた作家だ。
このころの「婦人公論』が家にあったのか、読んだ記憶がある。もしくは単行本になったのをのちのち読んだのか。どっちにしても昔のことだ。
川端康成といえばずっと『乙女の港』だったから、そのあとに読んだのならずいぶん薄気味悪かったんじゃなかろうか。『雪国』とかのあとなら納得したかしら。昔のことで思い出せない。『ひまわり』連載の『歌劇学校』もどっかじめっとしたところがあったっけ。

百子、麻子、若子の父親が同じだが母親がそれぞれ違う3姉妹の物語。百子は戦争で恋人を亡くして、戦後のいまは少年たちと遊び戯れている。結婚せずに百子を生んだ母親は自殺し、父親に引き取られて妹の麻子といっしょに住んでいる。若子は京都で母親とともに暮らしている。麻子はまだ会ってない妹を探しに京都へ行ったけどわからなかった。
建築家の父親は東京から娘を連れて京都や箱根によく出かける。麻子と父親は箱根に行ったとき別行動の百子が美少年を連れているのに気がつく。黙って自分たちの宿に行った父と娘。父が温泉に入っていて、そこに麻子が入っていく。美しいはだか〜 ああ、びっくり〜 父と年ごろの娘が同じ風呂に入る〜(小津安二郎の『晩春』では父と娘が宿でふとんを並べて寝てたけど、あれに匹敵するショック)

そこでちょっとひっかかったけど、『古都』や『山の音』に比べると完成度が低いけど妖しいところのある作品で気に入った。もう一回読もう。
(新潮文庫 550円+税)

ヴィク・ファン・クラブ 春のパーティ

例会をやめてしまったのは去年のいつごろだったか、だれもこない月が続いて、例会そのものをやめることにしたんだった。それからは個人的に会っておしゃべりということはしたが、例会として集まることはなかった。会報は元気で毎月けっこうなページ数できっちり出している。これだけ書く人がいて書くことがあるのは素晴らしいことだといつも思っている。わたしだって膝は痛むし目は弱くなったしでよろよろだが原稿の整理をしレイアウトしていると自然にやる気がわいてくる。Mac miniを相手に12〜20ページにもなる会報を毎月つくって送っている。

会報があるから会うと自然に共通の話題が広がり、全然空白時間なしの会話が始まり途切れることなく続いていくのだと思うとうれしい。もう、ほんまに素晴らしく幸せな気分に満たされる。

サラ・パレツキーさんの新作の話もできてよかった。
ヴィクが頑張っているから、わたしたちも頑張らなくては。

冬の星

今日のタイトルを「冬の星座」と文字打ちしたが「星」だけに訂正した。この冬に星座を見たのはオリオン座を2度くらい。今年は特にシリウスは見えるが他の星はたまにあちこちに存在がわかる程度しか見えない。
今夜は8時頃に月が見え、9時頃にはシリウスが見えた。

登山をしていたころは満天の星に感激したものだ。50年も前にね。その頃は大阪の空でもそこそこ見えてた。読書会が終わって外に出たとき空を仰ぐのが好きだった。

いちばん最近に見たのは、阪神大震災のボランティアで明石から車で山の中に入る感じで仮説住宅を訪ねたとき。秋たけなわだったが夜になると冷えて寒かった。そのときの空の美しかったこと! 満天の星だ!と感じ入った。そしてあれは○座、あれは△座と指差してうれしかった。

こんな大阪でも夕方になると宵の明星・金星が見える。こんなに空気が濁っているのにピカピカと嘘みたいに光っている。ほんま、宇宙の中にいるなあと思う(笑)。
太陽系の惑星は:「太陽系の惑星の定義」に基づき、水星・金星・地球・火星・木星・土星・天王星・海王星の8天体とされる。(ウィキペディアより)

ああしんどな人生

姉に電話すると開口一番「ああしんどぉ」なんで笑ってしまう。「しんど」が口癖になっていてデイサービスのお仲間に一回いうたら100円払いやといわれているとか。それでいくと、毎日電話するごとに1回として100円×365日で年に3万6500円か〜請求書を発行しようかな。
それでも「生きてるってええねえ。食べるものが美味しくて、固くなければなんでも食べるし。こんな幸せなことはないわ」と姉がいうと、「そうやな、頑張って生きてようぜ」と乱暴に返事をする。義兄が亡くなって7年の間、何回も何十回も何百回も。これがわたしのグチのタネだったが、ふとこれでええんやと悟りの気持ちになった。いうてることを肯定したらええんや。

昨日の映画はきつかった。ヒース・レジャーのせつない表情が目に浮かんで昨夜はなかなか寝付けなかった。わたしとしては珍しいことだ。明け方寝付いてからは熟睡したけど、目が覚めていると冷えるんかな。今日は風邪ではないが鼻水が出てまいった。
ゲイ映画を見て泣いて、その上眠れないなんて、われながらすごいナイーブな人やなあ(笑)。

アン・リー監督『ブロークバック・マウンテン』を再び

アカデミー作品賞に『ムーンライト』が選ばれたことで『ブロークバック・マウンテン』(2008)も『キャロル』とともに話題になった。
実は去年の1月どんな映画かも知らずに見て衝撃を受けた。激しい男性どうしの愛の映画だった。すごく強烈な愛のかたちにくらくらした。

ワイオミング州ブロークバック・マウンテンの山の中で羊の放牧を行う季節労働者として雇われた青年イニス(ヒース・レジャー)とジャック(ジェイク・ジレンホール)は寒さを避けて入ったテントの中で抱き合う。
これが20年にわたる途切れ途切れの愛の生活の発端だった。
二人ともいい相手と結婚し子供が生まれたものの、お互いを求める気持ちを断ち切れない。ジャックは牧場をやって男二人でいっしょに暮らそうと誘うが、イニスは子供のときにリンチにあって殺されたゲイの男性の死体を父親に見せられたことがあり、ジャックとの関係を隠し続けようとする。妻にジャックと抱き合っているところを見られ、釣り旅行に行くと騙して山に行ったのもばれて、ついには離婚されてしまう。一人暮らしになってもイニスの気持ちは変わらない。

ある日、ジャックに当てたハガキが「死亡」のスタンプを押されて戻ってきた。ジャックの妻に電話すると事故で死んだというが、イニスはジャックが男たちに襲われて殴り殺されたと推察する。
イニスはジャックの両親に会いに行きジャックの遺言に従って遺灰をブロークバック・マウンテンに撒きに行くというが、父親が家の墓に入れると断る。ジャックの部屋に入れてもらって彼のシャツと重ねられた自分のシャツを見て涙するイニス。