小野十三郎の詩から始まって彼の子ども時代からの生き方について書いているのがすごいショック。こんなふうに生まれてこんなふうにお金を使った人だったとは。
そして「通天閣」の話が続いて、将棋の「坂田三吉」の生涯と当時の大阪の状況が執拗なまでに書かれている。坂田三吉の新国劇の芝居も映画も見たことがないが、「明日は東京へ・・・なにがなんでも勝たねばならぬ」はわたしの愛唱歌である。生まれ育った貧乏長屋から少しましなところへの引っ越して次の長屋と話は進んでいくが、それは大阪の低所得者層の生活の場の話でもある。
そこから続いて映画作家川島雄三のこと。彼は無頼派の作家では太宰治と坂口安吾がきらいで織田作之助だけを評価していた。織田の原作「わが町」の映画化の話がある。
長くなるので、結論だけ引用する。
【しかし、「故郷はない」とつねに断言し故郷の根を断ち切っていたからこそ、都市と故郷をかさねている者とちがってより見えてくる「都市的なもの」もあるはずだ。そもそも、歴史のなかで「都市的なもの」を形成してきたのは、この「根を断ち切った」者たちの群れではなかったろうか?】
【課題は、織田作を織田作自身から逃がすことであり、大阪を大阪自身から逃がすことであるように。/足はおもうように動かずとも、そう、それは魂の問題なのだ。】
織田作の作品で読んだのは「夫婦善哉」だけだ。映画もそれだけだ。読まねば。川島雄三監督の映画を見たことがない。見ねば。
そして織田作つながりでその背後にある大阪の街のありようが詳しく書いてある。上町台地や夕陽ヶ丘、あのへんのことはあまり知らない。高津神社で桂文太さんの落語をきき、生国魂神社で薪能を見たことが各一度あるだけだ。地下鉄で降りても右も左もわからん。
20年ほど前に谷町九丁目のカナディアンができたころはよく行ったが、あすこは地蔵坂だったかしら。谷六に得意先があったころは空堀商店街を歩いて帰ったものだが、これも10年以上前。
わあっ、大阪に住んでいて新町と堀江と梅田の一部しか知らないとは。今池はよく知っているといっても30年も前のことだし。
最近は肥後橋と土佐堀あたりがわかってきた、って関西電力抗議集会のおかげ(笑)。デモコースで歩く通りもよくわかってきた。
そしてついに、第4章「無政府的新世界」のタイトルで「借家人同盟」からはじまる社会問題の章になる。
今日の感激した言葉をもう一度!
【足はおもうように動かずとも、そう、それは魂の問題なのだ。】
(青土社 3600円+税)