レジナルド・ヒル『ベウラの頂』(1)

図書館の本でヒルを読みはじめた最初のころに読んでおもしろかったのだが、おもしろみが半分くらいしかわかっていなかったのだといまわかった。一度読み終わって再読しているところだが、本書はみんないいダルジール警視シリーズの中でも特に素晴らしいと思った。

登場する警察官たちの過去がわかっているのとないのでは大違いで、だからこういう現在があるのだとわかって読むとよけいにおもしろい。特に「幻の森」でダルジール警視が出会ったキャップ・マーベルとの再会があるし、ウィールド部長刑事が伴侶を得る「完璧な絵画」の登場人物たちのその後がいろいろある。「幻の森」でウィールドに救われた猿も出てくる。パスコーは同じ名前の曾祖父ピーター・パスコーが第一次大戦中に英国軍によって処刑されたことのショックがあとをひいている。今回は娘ロージーが重病にかかって回復するまでの苦悩をこえて事件に取り組む。若き女性刑事ノヴェロの苦渋や活躍も胸に響く。

デンデイルの村がダムの底に沈むと決まったとき、ベッツイは7歳で両親と暮らしていた。ベッツイは小太りで色が黒かったせいもあり男の子がほしかった母親の気持ちから髪は短くスボンをはかされていた。父親は農業のほかにベウラの山に羊を放牧する権利を持っていた。
知り合いのおじいさんは「鼻」と呼ばれていたベウラの山の斜面にはいっぱい洞穴があって、日向で眠り込むと水の精なんかに連れ込まれ二度と帰ってこなかった子供たちの話をしてくれた。
その話をするのをぴたっとやめたのは、ほんとにそれが起こりはじめたからだ。夏休みに入ったとき、ジェニーがいなくなった。次にマッジがいなくなり、その次にベッツイのいとこのメアリーがいなくなった。3人とも金髪の美しい少女だった。
ダルジール警視やウィールド部長刑事たちの必死の捜査にもかかわらず迷宮入りしたのが15年前のことだ。パスコー主任警部はそのあとに赴任してきた。

15年後の日曜日の朝、ピーターとエリーとロージーのパスコー家の食事中にダルジールがやってきた。ラジオのマーラーを聞いて普通はドイツ語だろうという。「エリザベス・ウルフスタンが歌うマーラーの〈キンダートーテンリーダー、亡き子を偲ぶ歌〉第一番」とアナウンサーがいい、続けて解説が、これは彼女自身の翻訳であること、22歳でこういう難曲に取り組むひとは珍しいという。
エリザベス・ウルフスタンはいなくなったいとこのメアリーの両親の養子になってベッツイからエリザベスに名前を変えた。髪を金髪にしようとして失敗しカツラをかぶっているが、ほっそりした体にするのに成功しいまは将来ある歌手として注目されている。

ダルジールはアロハシャツ姿でくつろいでいるところに少女が行方不明と呼び出しがかかり、パスコーを引きずり出しにきた。
ローレインは今朝早く両親がまだ寝ているあいだに子犬のティッグを連れて散歩に出たまま帰ってきていない。
ダルジールは15年前の未解決事件との関連を思う。たまたま15年前に容疑者だったが取り逃がしたペニーが帰ってきたという落書きを見かける。
(秋津知子訳 ハヤカワポケットミステリ 1800円+税)