ピーター・テンプル「壊れた海辺」

知らない作家の本を読んでいこうと思って図書館で借りた。分厚い文庫本で文字がびっしり。著者のピーター・テンプルは1946年南アフリカ生まれ、オーストラリアに移住し記者・編集者生活を経て作家になった。たくさんの著作がありオーストラリア・ミステリ界の第一人者だそうだ。

舞台はオーストラリアの南方に位置するヴィクトリア州の田舎町ポート・モンローと少し都会のクロマティ。ジョー・キャシン上級部長刑事は丘の朝の散歩を楽しんでいた。曾祖父の兄弟が植えた樹々が聳えているところを2匹の犬が狩りをしている。そこへ納屋に浮浪者がいると通報があった。追い立てると出てきた男レップは50代くらいで身分証もなにも持っていないという。クロマティへ行くというので、お金をいくらか渡そうとすると、「おれを人間扱いしてくれたからそれだけでいい」と答える。結局、キャシンはレップを連れて帰りベッドを提供し、自分の土地の大工仕事や牛の世話を頼むことになった。

ある秋の朝、ブルゴイン家の屋敷の主がひん死の重傷で倒れているのを家政婦が見つける。州警察直接の指示のもと、キャシンはクロマティ署といっしょに捜査にあたる。被害者の時計が州を越えてシドニーで売られたという情報が入る。時計を持っていったのはアポリジニの少年たちだった。そしてそのうちの一人はアポリジニ活動家ウォルシュの甥だった。少年たちを穏便に取り押さえるのに失敗したキャシンは、アポリジニ、マスコミとあらゆる方面から攻撃される。

アポリジニが絡んだ事件はアポリジニ出身の警官を当らせるという方針で、アポリジニ出身の警官ポール・ダウがキャシンの相棒となる。二人がだんだん信頼関係を築いていくところがいい。
意識不明だったブルゴイン家の当主が亡くなり、海を臨む土地の売却問題が浮上してくる。
上司たち、キャシンの複雑な家族問題、そして一夜のつき合いだけで他の男と結婚した女性の子どもが自分の子だと思う気持ち。

社会問題と個人の問題の狭間で苦しみつつも、信じられる上司や友人、そして恋人も得るキャシンがきっちりと描かれている。
【「たしかに、おれは渡りの労働者だ」レップはキャシンと目を合わさずに言った。「金をもらって人がやりたがらない仕事をやる。州から金をもらって、金持ちの財産を守っているあんたらと同じだ。金持ちに呼ばれれば、あんたらはサイレンを鳴らして駆けつける、貧乏人が呼ぶと、順番待ちの名簿があるからちょっと待て、そのうちにと軽くあしらわれる(中略)「おれたちの違いはな、こっちは仕事にしがみつく必要がないってことさ、ただ出て行けばいい」】
(土屋晃訳 ランダムハウス講談社文庫 950円+税)