冷えは大敵

昨日は出かけるのが夕方になったのに薄着だった。靴を履いているときに気がついて大きなスカーフを持ったのだが、外に出ると強い西風だった。まあいいかと出かけたのだが、その「めんどくさい」がわたしの大欠点。上着かコートを着るべきだった。家を出るときはどこかカフェでも寄って帰るだけだしと思っていたのだが、結局あっちもこっちもと北から南へ、また北へと堀江をうろうろした。

堀江公園のあたりで、ここは昔なんやらのビルやったとか立ち止まって見上げたり、昔はここでよく買い物したとアジア産品のウィンドウをゆっくり眺めたり。カフェの外壁にずらりと並んだ鉢植えを眺めたり。久しぶりに来たものだからもの珍しくてついうろうろしすぎ。
肩はスカーフでかろうじて風除けになったが、腕やお腹のあたりに冷たい風があたってひやっこい。帰ったらお風呂でぬくもろう。イタ飯屋さんでふつふつとたぎるアフィージョを食べたら元気が出た。

そんなわけで、昨日は帰ってから熱いコーヒーで内側から温まり、お風呂でゆっくりと温もって気分良く寝付いた。
ところがですよ、昼ごろ起きたときはぬくぬくしていたのに、ご飯を食べるころになるとクシャミが出て鼻水が流れ出した。いまごろ風邪をひきたくない。カイロを探して下着のおへそあたりにぺたりと貼った。それで30分ほど横になっているうちに治ったみたいで、起きたら鼻水も止まってた。
冷えは大敵。「今日は安静日」として午後中『剣客商売』を読んでた。このあとも眠くなるまで読む。

足を鍛えれば頭にも血が回るかな

今月は年末からの体調不良から解放されて本も読めそうだし、本の紹介文なんか書けそうだと思っていたが、どっこいそうはいかず、相変わらずネットに浸かってぼけっと過ごす日が多かった。
ヴィク・ファン・クラブの会報作りはいけると思ってやったことはやったが、出来上がってみるとどこか暗い。体調の悪さがこんなことにさえ出るのかな。よく食べて消化も良く、よくしゃべっていたが、足がなあ〜〜〜〜〜〜さっさと長距離歩けないのがあかんのかと気がついた。

考えた結果、今月号には読み終わってにっこり笑うようなページを追加して、「あとがき」をもういっこ書いて、全体を点検したらなかなかええぞ。これはいける。ということで、Vic Fan Club News 4月号が出来上がって、さっきポストに入れに行った。
来月はもちょっと足を鍛える。足に従って頭に血がまわって少しは賢くなると期待して。

血液検査は「非常に良い」

いまいってる医者は整形外科で膝の具合を診てもらっているのだが、先週「血液検査しましょうか」といわれた。最初の日に血圧を測ったらちょっと高いとのことでいちばん軽い薬を出してくれた。いままで測ったことがなかったが自分でも血圧は高いだろうなと思っていた。医者に行かないので血圧も血液も自然任せである。それはあかんやろと思っても機会がないと動かないものだ。今回は整形外科の先生が明るくて親切なので自然と頼る気になっている。
「血圧手帳」をくれて毎日測ってつけておくようにいわれたので、朝夕測って記帳しているが、わたしって几帳面だわ。朝夕測って記帳して1日平均と週の平均を出す。先生は行くたびにコピーをとってこのパソコンに入れとくからねという。

先週血液を採った看護師さんは、「すごいきれいな血管や」ともうひとりの看護師さんに見せた。「ほんま、きれいやね」とのことで血を採ってもらったが「ラクや」とほめられた。血管だすのに苦労する人がいるみたい。

昨日はその結果を報告してくれたのだが、先生は「きれいな血や」の次に「ちょっとタンパク質が足りないようだけど、気にするほどのことではない」。そして「ほんまにきれいな血やね。長生きするよ」とまた褒めてくれた。
少し血圧が高いけど、血が良いので大丈夫だろうとのこと。でも毎日測って記帳することが血圧管理になるそうなので続ける。

洗濯日和

狭いベランダを工夫して洗濯物をいっぱい干してある。中途半端に乾いているのは部屋干しに移動して、とにかく洗って干した。いつもの着替えなどにプラス掛け布団カバー、ボックスシーツ。毛布は明日かあさってに今日の分を取り入れてから洗って干す。
タオル布巾もきちんとお日さんに当ててから収納した。普通のタオルも湯上りタオルも清潔になって引き出しの中で出番を待っている。

昨日クリーニング屋さんにコート類を持って行った。昔から自分とこで作業しているお店で、わたしがここに住み始めた頃は両親が経営していた。店の片隅で新しい洗濯のやり方の本を読んでいる息子さんがいたが、いまは彼が店主である。わたしはなんでも自分で洗う主義でお店にはたいして頼んでないけど、いつもニコニコと挨拶してくれる。
先日、相方に車椅子を押してもらって散歩の帰りに自転車で向こうから来る彼とすれ違った。お互いニコッと「こんちわ」をいっただけだったが、覚えていてくれて、昨日は「毎度ありがとうございます」と大声でいいながら店の奥から出てきた。車椅子と膝痛の説明と、整形外科の藤原先生が優しいという話をした。彼のほうはストレッチをやりすぎて膝痛になった話をしてくれた。

たけのこの若竹煮

昨日買ったタケノコを帰ってから糠を入れて大鍋で茹で、そのまま一晩おいたのを出汁で鳴門わかめと炊いた夕飯の一皿。タケノコが大きかったから鍋いっぱいになった。今夜2/3を食べて残りは明日食べる。タケノコは料理が面倒といいながらも毎年一度は食べている。わたしがやると慌てるからえぐかったりするが、相方の落ち着いた料理は見た目よしで味もよい。ほかに今日のおかずは先日のブリ大根の残りの大根、鯖の水煮を菜っ葉と炊いたんなど質素ながら量が多かった。

おとといシュリットに電話したら連休前で予約が詰まっているけど、今日の夕方5時15分からならOKというので行ってきた。7時になるとそろそろ眠くなる名犬シェル君は髪を洗ってても膝に乗ったままぐっすり。
コーヒーとお菓子が出てしゃべりも賑やか。近くのお菓子屋さん情報、カフェ、カレー屋情報が行き交う。
その上に、女性たちの悩みの肩こり腰痛の話題となり、先月、わたしの背が伸びた情報をみんなにしゃべって、テニスボールストレッチがお店の客たちに流行っている話。テニスボールを自分でつなげなくても、既製品があるそうで、みんなアマゾンプライムで買ったとか。買って親に送ったとか。

昨日は整体院で今日は歯科医院

長い年月を医者に関係なく過ごした。ただし整骨院と鍼灸院にはけっこうお世話になっている。その流れで近所のつるかめ整体院にもう2年くらい通っている。体の手入れって大切だと思う。毎週水曜日と決めているので、予定が立てやすい。予定っていうほどのものはないけど(笑)。
それから今月になってから近所の整形外科医院へ週に一度で3回行った。親切で明るい先生で楽しく治療してもらっている。最初が火曜日だったので、それからは毎週火曜日と決めて行っている。わたしって生真面目くんだ。

歯科医だけは10数年前からきちんと行くようにしているが、いま通っているプラザ歯科に決めてからは3ヶ月検診に真面目に行っている。今日は2週間前の検診で見つかった虫歯の治療をした。ちょっと痛かったがガマン。痛かったでしょうといわれたが、わたしはガマンの子なので「このくらいまでは大丈夫です」と答えた(笑)。
今回はこれですんだので、次回は3ヶ月後の検診である。ホッとして帰った。

晩ご飯は、赤ワイン、イカのトマト煮、温野菜と生野菜のサラダ、アジのオリーブオイル焼き、パン、紅茶。

二度目の大病は脊柱管狭窄症

昨日は東京の思い出はジフテリアに罹ったことのみというようなことを書いた。これからいろいろと思い出して入院のことなど書こうと思っている。

その前に年末からの病気からようやく抜け出したと思うのでまとめを書きます。

何度も書いたけど、自己判断で病名は脊柱管狭窄症である。それに30年来の膝痛が重なって、この冬の寒さの中でひどい風邪を引いて三重苦であった。

始まりは秋頃だった。姉の夫が亡くなってから8年、最初は月に一度か二度姉の一人暮らしの家に行っていたが、だんだん要求が増えて毎週行くようになった。初めの頃は地下鉄を二度乗り換えて、駅から15分歩いていたが、しんどいので駅からタクシーで行くようになった。タクシー代をもらえるとなると、梅田で買い物をしていくようになり、だんだん品目が増えていった。
次は梅田で買い物をしてタクシーに乗るようになり、この2年くらいは家から梅田までもタクシーとなった。それだけ身体がもたなくなったんだけど、自分は丈夫にできているという過信があった。

おととしの夏くらいから帰りは姉の家から新大阪までタクシーに乗ることにして、新大阪から家までは地下鉄にした。新大阪にショッピング街ができたので、本屋や洋品店に寄る楽しみができたが、去年の秋ごろから、買い物をすませて地下鉄に乗ろうと歩いていると腰がしんどい。腰を伸ばして歩こうとしても足がいうことを聞かない。地下鉄のホームに上がってベンチに座るとほっとして腰が治る。電車で座ると元気なものである。心斎橋で降りて乗り換えるのに歩いていると、いつも同じところで腰がだるくなる。丸い椅子が並んでいるところで座って息を整えて電車に乗った。

こんなんが続いていても疲れてるんやと思って、できるだけ体を休めるようにしていた。そのうち梅田へ出ても帰りは疲れてタクシーに乗るようになった。高齢者乗車券があるのに地下鉄に乗るために歩く元気がない。
そのうちに堀江に出るのにタクシー、帰りもタクシーで家計があっぷあっぷ。それでもまだ疲れだと思い込んでいた。

12月に入っても同じように姉の家には週一で出かけていた。買い物が重くて百貨店から外に出てタクシーに乗るまでがしんどい。
そして去年最後の週に倒れた。正月休みは食べて寝て過ごした。

いちばんひどいときは歩けないし立てないので、夫がネットで車椅子を注文した。でも、わたしは楽観的でこの状況を病気とは思えなかった。

年末と正月を寝て過ごして、義弟からの年賀状をゆっくりと眺めていて、これだ!と思った。症状がいっしょなのだ。
そして、教えてもらった本を買ってテニスボールストレッチに励み、いまも毎日3回やっている。効果あり。
膝痛のほうは整形外科に行って水を抜いてもらった。毎週ヒアルロン酸を注入してもらっている。この歳になったらどうのこうのいわずに、いまある方法をやってもらったらいいだろう。30年間は何人かの整骨院の先生にお世話になったが、この膝がいままで持ちこたえてきたのは整骨院の先生たちのおかげである。

以上さらっと今回の病気のおさらいを書いた。
わたしとしては4歳のときかかったジフテリア以来の大病である。
3ヶ月外を歩いてなかったので、歩くところからはじめているが、先が見えてきたので気分がよい。もっと回復して夜遊びしたい。目的があると回復が早いんじゃないかしら。でも歳だからぼちぼちですね。

手を大事に

今日友人から届いたメールを紹介します。
【杉谷さんも手足を大切に、そして足の代わりはいろいろありますが、手の代わりはないです。私はすでに両肩の関節を傷めておりますので言えるのですが、大事に扱ってあげてくださいね。ロボットアームなども開発されていますが、まだまだです。】
とあって、改めて彼女が家事するのが大変だといってたことを思い出した。
また別の話で、知り合いのお母さんが転んで、支えた両腕の骨を折ったと聞いたところだったので、よけいにおそろしくなった。

わたしは年末に寒さからきたひどい風邪引きと脊柱管狭窄症からきただるさとに同時にやられて、初体験の歩行困難になった。慌て者だから慌ててネットで車椅子を購入して、押す人がいるから足はなんとかカバーできた。遠距離のところはタクシーに車椅子も乗せて行った。いまは歩ける区間を伸ばそうと歩きの訓練中である。
これで慌てて歩いてこけたらどないしょう。膝の水を抜いてヒアルロン酸を注入中でまだ膝は治りきっていない。この上に腕の骨を折ったらどないなる。もの思いが絶えない春である。

からだの管理

今週と来週はからだの管理につとめることにした。2週とも火曜日=整形外科、水曜日=整体院、木曜日=歯科とカレンダーに記入した。まるで高齢者みたいと思ったが、自分も高齢者なんであることを実感した次第である。健康保険証を使うことがほとんどなかったが、今回はいろいろとお世話になる。

今週の分は3箇所とも終わったのでほっとしているところ。この調子で来週が終わると、歯科は終了。整形外科は慣れてきたので笑って乗り切れそう。1回目なんかどきどしちゃって血圧が上昇したのでまごまごした。2回目もまだ慣れてなかった。次は3回目だから平静に対処できるはず。

考えたら長いことお医者さんにかかっていなかった。内科はインフルエンザで20年間に2回行っただけだ。整骨院にはあちこち行ってお世話になってきたが整骨院は卒業。いまはつるかめ整体院に決めて、からだ全体の管理をしてもらっている。

ストレッチのことを書き忘れてた。毎日20分×3回のテニスボールストレッチを欠かさないでやっている。プラス体操を20分。

膝の痛みは悲しみが溜まった痛み 群ようこ『かるい生活』から

群ようこの3冊の本(『ぬるい生活』『かるい生活』と『ゆるい生活』)を買った。ときどき出してよさげなところを読んでいる。ぬるくないし、かるくないし、ゆるくない生活をされていると思う。まとめて「たのしい生活」3部作といったらいいかな。

今日読んだ『かるい生活』に膝の痛みのことがあった。
群さんがお世話になっている漢方薬局の先生の言葉で
ーここから引用ー
「膝の痛みはね、悲しみが溜まった痛みだっていわれているわよ」
といわれた。それはいったい何かとたずねたら、その人が生まれてから今まで、表に出せずにぐっと堪え続けていた強い悲しみがあると、それが後年、膝の痛みになって出てくると教えられたというのだ。
ー中略ー
試しに膝の直接的な痛みとは関係がない、精神的な悲しみに効果がある調剤をして服用してもらったら、足の不具合が嘘のように治ってしまったのだといっていた。
ー引用終わりー
悲しみが溜まった痛み、わたしの膝の痛みはなんの悲しみが溜まったのだろう。耐え続けてきた強い悲しみがあるんだろうかと考える。
わたしは長い年月膝の痛みに耐えてきた。先日生まれてはじめて膝の水を抜いてもらったが、あのきれいな水はわたしのどんな悲しみを秘めていたのだろう。