わくらば

姉の庭で隣家の庭の桜の大木の落ち葉を掃いた。「どうせまた落ちてくるからええかげんでええよ」と姉は言うが、明日は雨らしいから掃いておかないと溝につまったら困るだろう。
「若いときは中原淳一が〈わくらば〉と言うたのをおしゃれと思い込んでたけど、ここに住んでからはこんな困るもんはないわ」と姉が言う。わたしも淳一先生のイラストで〈わくらば〉を知った。漢字では〈病葉〉で、検索したら「病気や虫のために変色した葉。特に、夏の青葉の中にまじって、赤や黄色に色づいている葉。」とあった。
わたしも姉もそこまで厳密ではなく、色や形から桜の葉が色づいて落ちたのをそう言っている。

昔の雑誌に載ったのが、いまはレターセットとかになっていて〈中原淳一ショップ それいゆ〉などで売っていると思う。わたしもずっと前に淳一展で買って大事に持っている。
先日読んだ〈ユリイカ〉の淳一特集号にも124ページにカラーで出ていた。(「ジュニアそれいゆ」昭和30年10月号表紙と昭和33年11月号表紙の原画)。わたしの持っているレターセットは違う構図だから〈わくらば〉は淳一先生のお気に入りのテーマなのね。
おっと、「ユリイカ」の表紙も〈わくらば〉と少女だ。
きれいな〈わくらば〉を1枚拾って本に挟んでおこう。すぐに色あせるけどね。

バースディケーキ

今日は姉の誕生日パーティだった。
姪2人の発案で、上の姪Sはお弁当を、下の姪Aはお酒とおかず、姪の子ども(独身の20代から30代)の4人で花束、わたしと相方はバースディケーキを担当することになった。お昼から夕方まで、食べて、写真を撮って、古い写真帳を眺めて、おしゃべりして、笑って過ごした。

わたしは生まれて初めてバースディケーキを買った。大丸のケーキ売り場でいちばん大きな生クリームとイチゴのやつ。3日前までに注文して当日もらいに行くしくみになっているのをはじめて知った(笑)。大人ばかり10人で食後に多くもなく少なくもなくちょうどよかった。姉は生まれてはじめてケーキのロウソクを消してハッピーバースデーをみんなに歌ってもらった。

こどものときは誕生日には父親が本を買ってくれたのだけ覚えているが、ハイカラな父親はなんやかやとその子に向いたことをしてたらしい。母親の回想では、超ビンボーなときに駄菓子屋でお菓子を買ってきて色紙でくるんで子どもたちに配ったとか。とにかく貧乏人の子沢山というのがうちだった。

姉のところもわたしのところも配偶者が変わり者の上にこどもがいないし、誕生日といっても特になにもしてこなかった。外食とかはしただろうが、家でケーキなんてね。というわけで初体験は楽しかったです。二度目はもういらんが(笑)。

遊びの現役

おとといSUBから帰る前の立ち話で、古い常連の男性が「今日は僕より年上の人が4人いてうれしいわ」とのたまわった。おいおい、なんや、「だれのこと?」と素知らぬ顔で聞いてやった。ピアノの大塚さん、ギターの竹田さん、そしてわたしらしい。ドラムの大森さんは少し下だそうだ。その男性は5番目だと喜んでいた。どこへ行っても最高年齢やのに今夜は5番やとよっぽどうれしかったのね。
そのあと、デモやジャズ喫茶など共通の話題で盛り上がったが、その彼がわたしのことを「すごい!」と言った。いまも遊びの現役だから。

昨日見た映画「ヴィーナス」は老人が主役だったが、ピーター・オトゥールもヴァネッサ・レッドグレーブもちょっとオーバーな演技をしていたと思う。お二人とも矍鑠たるお方だから老人役の演技をしてたのね。自然に老人をやってたら見てて悲しくなるかも。

昨日アップしてから検索したら、ピーター・オトゥールは2012年に引退宣言をしたとあった。80歳になったからか。映画に出なくても楽しく暮らしていてほしい。

読む本がいっぱいあって柿を食う

昨夜は映画を見てからブログを書き、「ジム・トンプスン最強読本」をぱらぱらと読んだり検索したりして遅くなってしまった。シャワーをすませてからもぐずぐずしていたら冷えてしまい、一度寝てからまた起きてトイレにいってソックスを履いた。映画のシーンが頭の中に出てきてなかなか寝付けず。今日は午後から爆睡2時間でとりもどした。ジム・トンプスンの力はやばい。
晩ご飯後にまた「ジム・トンプスン最強読本」を開いて評論を選んで読んだ。作品が何編か入っているのはまた後で読もう。
そして映画になった「グリフターズ」か、テレビで見た「鬼警部アイアンサイド」をまず読んでから、中身を忘れてしまった「ポップ1280」とあと2冊を読むとしよう。

まだ読みかけの本が待っている。
ヴァージニア・ウルフ「ダロウェイ夫人」、マイケル・カニンガム「THE HOURS めぐりあう時間たち 三人のダロウェイ夫人」、孫崎亨「戦後史の正体」の3冊。

〈山田さんちの柿〉をむきながらなにを先に読もうかと迷っている幸せな夜。

ものわすれ

昨日の夜は姉と妹と長電話した。ふたりともネットと無関係で連絡手段は電話だけである。携帯電話は持っているがメールはやらないのでしゃあない。
姉のところには1時間くらいで行けるが、独居なので雨の日など「今日はだれともしゃべれへんかったわ」と電話がかかり、その日の全行動を聞くことになる。「じゃあね」と言ってからまた近所のことなどひとしゃべり。

横浜在住の妹は息子が自閉症者でグループホームにいて土日に家に帰る。ふだんは一人暮らしである。彼女は活動家なのでしゃべる相手はたくさんいるが、本のことや原発のことなど、ひととしゃべらないことをしゃべりたい。なんせニュースソースが朝日新聞というひとなので、こちらはツイッターで仕入れたことなどとり混ぜて話す。
最後は、これだけしゃべって笑たら病気にならへんで、と馬鹿笑いして電話を切る。

今日、ツイッターにこんな一節があった。
《内田百閒bot ‏@Hyakken_Uchida
東京の最初の夜はどんな夢を見たか覚えていないけれども、翌朝、お膳に坐ってお椀の蓋を取ると、赤味噌の汁の中に唐茄子の切れが浮いていたので、こんな物が食べられるかと思っただけで胸が一杯になった。【上京】》

唐茄子がなにかわからない。いや、言葉は知っていて使ったことがあるのに、それがなにか忘れている。母親は唐茄子という言葉を使っていたよな。なにを称して唐茄子と言ってたのかしら? ありゃ〜
検索したら、カボチャのことであった。まあ、記憶力が減っていても検索したらええのや。

暑いけど、楽しい日常

ラジオの天気予報で明日の大阪の最高気温は37度まであがると言っていた。いまヤフーのピンポイント天気を見たら、ここいら辺は36度になっている。
大阪はだんだん暑くなるから、毎年気温の初体験をしているが、36度、37度はほんまに初体験だ。こわいような、楽しみのような。汗びっしょりで目が覚めるんだろうな。暑くても眠れるのが得意技なんでいいけど。

昨日と今日は午後から心斎橋まで買い物に行った。お盆に姉の家で姪たちに会うのでプレゼントを用意しに。大丸にあるソニープラザとハンズでおおかた揃ってやれやれ。自分の買い物はなしだが、姪たちがなにかくれるだろうと期待(笑)。

大丸のベンチで持参の水を飲んでいたら、横に座った高齢者のかた(自分もそうなのを忘れてる-笑)に「その水筒よろしいなあ」と声をかけられた。軽い金属のスイス製でお気に入りである。そのかたはペットボドルの空いたのに水を入れ替えて持っていると見せてくれた。お節介ながら、水は沸騰したら10分火にかけておいて、それから冷やしたらいいですよと言っておいた。人から話しかけられるのが特技(笑)。

長いつきあいの友人と鍋とリュック

27年前に買ったビタクラフトの鍋のふたのつまみが壊れた。百貨店の売り場に持って行って部品を調達中。この鍋はいちばん酷使したもので、あとの3個はまだまだ元気いっぱい働いている。高価だったので覚えているがひとつ20,000から25,000円くらいのを徐々に買っていった。合計10万円を思い切って買ったものだ。それだけ元を取っていると思う。

先日、相方とL・L・ビーンへ買い物に行ったとき、店員さんが「すごいなぁ、レザーリュックじゃないですか」と声をかけてくれた。「何年くらい持っているかな、20年くらいかな」と返事した。リュックの底その他に皮が使われている。最初のは友人がはまっていたアメリカから直接買う通信販売でいっしょに買ってもらった。まだ家にある。レザーのは震災関連の用事で神戸へ行ったときに神戸店で買ったように思う。だったら16・7年くらい前か。

今日2時間ほど寄ってくれたのは45年も前からの友人である。こっちの2人は当時もいまも素浪人だが、彼は最初は大学院生で、何度もヨーロッパに留学し、国立の大学教授になり定年で辞めて名誉教授である。この間に何十回かお土産持参で会いに来てくれた。エディンバラからはモルトウィスキー、バスクからはベレー帽、ベトナムからは銀のネックレス、日本のあちこちの陶芸品、などなど。今日は台湾の茶器セットだった。
夜の会合のために大阪に来たのだが、うちに先に寄るために早く家を出たそうだ。去年の夏を過ごしたイギリスの田舎の話を専門分野からしてもらって勉強になった。夜の話のためのレジュメももらってラッキー。

会話のひとつに、イギリス人やアメリカ人は家の手入れをよくして長持ちさせるというのがあった。イギリスの家なんて古いほうが高価だそうな。
うちは亭主の手入れをちゃんとしているから長持ちしてる(笑)。

リリアン・J・ブラウン『猫は殺しをかぎつける』

1988年発行の本で出たときから知っていたのだが、猫が家にいて、なにからなにまで猫づくし生活をしていたので、ミステリまではと遠慮したのだった。
仕事場が別にあったときは、猫のためにクッションやぬいぐるみを置き、あちこちに膝掛け毛布や布があり、部屋そのものが「花子の家」だった。
そんなことを思い出しつつ翻訳の出たシリーズ最初の本を読んだ。
検索したら29作も出ているんだ。そのうち25冊がここにある、ヤッホー〜
1966年から書きはじめている息の長いシリーズを、ずっと待っていて読むって快楽だったろうな。
Jさんに頂いた本、とにかく早く読んで次にまわそう。

2匹のシャム猫「ココとヤムヤム」と飼い主の新聞記者のジェイムズ・クィラランの楽しい物語。クィラランは独身で身長6フィート2インチ、しかし体重は医師から30ポンド減量を言い渡されている。そんなときに新しいグルメ記事を書けという編集長のお達しがある。

読みながらクレイグ・ライスみたいだと思った。ユーモアとか女性がクィラランに話しかけるところとか。
おデブちゃん友の会—全員重量級—の会合では堕落者が罪を告白する。趣味を持ちなさいと言われて、食べるのが趣味なのって答えたのには笑った。
猫だけでなく食べることが好きな人にもおすすめ。

旧交を温める

さっき東京在住のMちゃんから電話があった。いまクミちゃんのとこにいるという。同じ〈くみこ〉で彼女は〈クミちゃん〉わたしは〈クミさん〉だったが、いまもそれで通っている。知人のウワサや瓦礫焼却の話でなんだかんだと長電話になった。
ふたりとも30年くらい前に東京へ相次いで行って、いろいろのことを経験して、いまは好きなひとと暮らしている。クミちゃんは去年の夏にダンナさんと大阪の実家へきたときに会った。30年ほどの間に一度会ったきりだったから、ほんまに久しぶりだ。Mちゃんのほうは30年の間に数回会ったかな。ふたりとも美人でおしゃれで若々しい。

昨日は久しぶりに大学を定年退職した経済学者のY氏にメールを書いた。彼はイギリスで暮らしている息子さんのところに去年の夏、長期滞在してイギリスの田舎を満喫したそうだ。その経験と考察を「現代イギリスの社会事情」という文章にして送ってくださった。そのお礼をいまごろ言ったのだから申し訳ない。すぐ返信をくださった。
Y氏とは60年代の知り合いだから50年近くなる。わたしらが地をはうように暮らしている間に、何度もイギリスに留学し諸外国を旅している。

古い友だち、新しい友だち、女でも男でもおしゃべり相手がいるのは楽しい。

毎年夏バテしてるか調べた

なんだか気持ちとからだが上向かなくてやっぱり夏バテかと思う。ミクシィ日記やコメントで今年は特にしんどいと書いてる人が多い。姉に電話すると「今年は特別ひどいわ〜」という。
それで、当日記で前3年の9月を振り返ってみた。

去年は8月31日にSUBの西山さんが亡くなられた。
暑さに負けてると書いているのは15日。
それでもよく出歩いている。SUBの西山さん追悼ライブ、YOSHITAKE EXPE + 沼澤 尚 公開セッション、クジラウオでバースディディナー、リバープレイスでの光合祭、タムタムカフェご飯、911サウンドデモ、堀江の雑貨店で買い物、など。

おととし2010年は1日目から「夏バテ」だと書いてある。といいながらも多忙な日々を乗り切った。サラ・パレツキーさんが来日され30日には奈良でいっしょに食事して語り合った。その打ち合わせやお知らせや報告や、東京の行事の連絡や、ヴィク・ファン・クラブ関連が忙しかった。
菜食をはじめた年である。

一昨々年の2009年は義兄の入院につきそいはじめた時期で、9月から12月に亡くなるまで阪急京都線淡路の病院へ3カ月通った。ストレスで暴食して太ったみたい。それでもよく本を読んでいるのに感心。

3年間の9月の日記を読んで感じたのは、やっぱり〈311〉の前と後はどことなく違うなってこと。前は楽観的な気分が底辺にあったような気がする。体も元気だったし、仕事も順調だったこともあるが。
さて、今月あと2/3はどんなことを書くかな。
毎週火曜日の「瓦礫の焼却ダメ!大抗議in大阪市役所」には、一回置きくらいに行くつもり。