米朝さんのレコード『池田の猪買い』

えらい昔の話です。
むかし、むかし・・・思い出を掘り起こせば、1970年より前かもしれん、69年ごろだったろうか。わたしらができたてのカップルだったころ。
大阪駅前第一ビルにたしか「タイム」という小さなジャズ喫茶があった。いましょっちゅう行っているシャーロック・ホームズがある地下一階のもひとつ下の階の反対側にあった。
店ができたころから行っていて店の人と顔見知りになっていた。そのころは休みの日に奈良公園に遊びに行って帰りにタイムに寄ってジャズを聞くのが習慣になっていた。
ある夜、遅い時間に行ったら店はもう終わっていたが、一緒にどうですかとインスタントラーメンを作ってくれた。そのときにかかっていたのが米朝さんの「池田の猪買い(いけだのししかい)」のレコードだった。それから夜遅くタイムに何度も通って何度も聞いた。

わたしの家は戦争前に東京から大阪に引っ越してきたので、両親は東京弁で文化も東京志向だった。落語は江戸落語でレコードと落語本がたくさんあった。「もう半分」だって東京弁で聞いていた。大阪より東京のほうが上みたいな意識を親から自然に植え付けられていた。そんなもんでミステリーとジャズと落語、古本と古レコードを我が家の文化として育った。

そんなわたしへの一撃は米朝さんの「池田の猪買い」だった。
十三と三国の渡しが噺に出てくるのも、新町を焼け出されて阪急沿線に逃れ住んだ我が家を思い出してなつかしかった。

それからうん十年も経ってから田辺寄席に行くようになって、2005年に桂春之輔師匠の「もう半分」を聞き、「もう半分」は上方が元だと知った。その上に物語の舞台が現在のわたしの生活圏なのである。

桂米朝師匠のご冥福をお祈りします。