主人公エドワードが語る長い物語のはじまりは1854年秋のロンドン。エドワードは標的に選んだ見知らぬ赤毛の男をナイフで刺し殺す。この殺人は本当に殺したい男を殺すために試しただけだ。エドワードには本当に殺したい男がいる。いままでの人生のすべてを邪魔をした男、恋した女まで奪った男を生かしておけない。
イートン校からの親友ル・グライスとは心を開いてつきあっている。彼といっしょに酒を飲みうまいものを食べているとくつろげる。最近の様子を心配するのでこれまでのすべてを話したが、最後の決心は明かせない。
エドワードはドーセットで作家の母親と貧しい二人暮らしの生活をしていた。12歳の誕生日に母は木箱を持って「これは貴男のものよ」と言った。その箱には革袋に入った金貨が2袋入っていた。エドワードはこの贈り物は一回だけ会った悲しげな目をしたミス・ラムからのものだと思う。その上に母の親友がイートン校で学ぶように手続きもしてあるという。こうしてイートン校へ入学して成績もよく楽しい学生生活を送っていた。
彼の一生が狂ったのは学友のフィーバス・ドーントの奸計によって無実の罪をきせられ放校されたときからはじまった。
ドーントは貧しい牧師の息子だが、母が亡くなったあとに継母に寵愛される。父のドーント師はタンザー卿の領地の教会の仕事や屋敷の図書室の仕事をするようになる。継母とフィーバスは子どものいないタンザー卿に取り入る。その上にフィーバスは文才があり文筆家として人気が出る。
こうして明暗を分けた二人の人生だが、フィーバスの野心はエドワードがこの世にいることが邪魔で、あらゆる手段でエドワードの人生を踏みにじろうとする。
ディケンズの「荒涼館」を思い出した。イギリスの貴族の奥方はすごい。またバイアットの「抱擁」も思い出した。やっぱり芯の強い女性だ。エドワードの母も「抱擁」のレズビアンの詩人も自分が産んだ子どもを他人に託す。
(越前敏弥訳 文芸春秋 2619円+税)