龍神温泉で遊んだ若き日

父と兄たちが話しているのを聞いて『大菩薩峠』を読んだのは小学校6年生くらいのときだ。龍神温泉のところが大好きで大人になったら一度行ってみたいと思っていた。
大菩薩峠は母の妹の嫁ぎ先の近くにあった。一度だけその家に行ったとき従姉妹に連れられて麓まで行ったことがある。あれが大菩薩峠と教えてくれた。周りは山また山という感じで、弟がふらふらと帰り道を間違って山を上がってしまい、呼び返すのに難儀した。

働きだしてからは自由に泊りがけでも出かけるようになった。わたしが龍神温泉に行きたいといっていたら、友だちが『旅』の雑誌を買ってきて「これ見てみ」という。龍神温泉の記事があった。行きたい、行こう、旅館に手紙を出そうということになり、彼女が年末に女子2人が2日間泊まれるでしょうかと書いて出したら快い返信があった。
仕事が休みになる29日30日に泊まって31日の朝に帰ろう。雨が降るなかを当時の国鉄紀州線に乗り、紀伊田辺で降りてバスに乗った。前夜から雨が降ってバスが通れないところがあり、乗客は降りて後ろからみんなで押した。だんだん暗くなるしまいったけどおもしろかった。

ようやく龍神温泉の宿「上御殿」に到着。古い旅館でわたしらの部屋は襖で隣の部屋と仕切ってあるだけ。隣室にはおじいさんが一人で泊まっている様子。なにかにつけ襖を開けてうちらの部屋を通って廊下に出るのである。咳もする。
温泉はさすがに美人になる湯ということで気持ち良かった。机竜之助がここでと思うとうれしくて父親にハガキを出したっけ。
湯に飽きるとすることがないので片隅にあった古雑誌を読みながらみかんを食べていた女子ふたり。二泊したらお互いに飽きてしまってだんだん不機嫌になる(笑)。
大晦日の朝は女中さんが着物をきちんときて現れ、お正月みたいにお膳にいろいろご馳走が並んだ。
雨も上がって気持ちのよい朝をバスと列車で大阪にもどった。