井上理津子『さいごの色街 飛田』

会社勤めのころ男性ばかりの職場だったから男性どうしの話を漏れ聞いていたし、わざわざ女子のわたしの耳に入るようにしゃべるやつもいた。飛田や松島やキャバレーやアルサロや、いやでも耳年増になっていた。売春防止法もなんのその遊ぶところはいっぱいあったようだ。「店先で見た女と恋愛してから2階へ上がるんや」と教えてくれたおっちゃんがいた。ほんまに杓子定規には世の中はいかないものだということを若いわたしは思い知っていた。だって会社の連中は働き者ばかりやったから。

本書を開くとすぐに、著者が知り合い等に声をかけて飛田経験を聞いている。普通の男性たちがものすごく具体的に語っているのにおどろいた。「不倫するより健全」「150回行った」という人たちがいる。老人ホームのバスから降りて杖をついて店に入っていく老人たちがいる。

本の入り口でおどろくが興味が深まって次へいくと「飛田を歩く」章になり、飛田への道の説明となる。地下鉄御堂筋線の動物園前駅で降りて道路へ出ると北側はじゃんじゃん横町を経て新世界へ出る。南側へ行くと飛田商店街(いまは動物園前一番街となっている)である。この道を行くとトビタシネマがあったと思い出して検索したらいまもある。70年代はここでけっこう映画を見た。
地下鉄御堂筋線は大阪の中心を走っている。千里中央から新大阪、梅田、そして御堂筋に面して淀屋橋、本町、心斎橋、難波と大阪の中心地があり、そこから2駅で飛田に通じる動物園前駅があるのだ。わたしは新世界が好きで東京から友だちが遊びにくると連れて行くが、みんな動物園前駅から路上に上がると荒涼とした風景にたじろぐ。わたしは向こう側の道へ入っていくともっとすごいところやでと言いつつじゃんじゃん横町へ案内している。

「飛田のはじまり」では、詳しい場所の説明があって飛田の歴史が語られる。〈日本で最初の女子デモは大阪 井上理津子「さいごの色街 飛田」から〉に書いた反対運動もこの章である。
ヤクザの取材やここで働く女性たちへの取材、店主たちや店のさまざまな仕事に携わる人たちへの取材も生々しく読み応えがある。

最後の飛田からこつ然と姿を消した原田さんを探し出して雪の北陸へ訪ねていく章がよかった。
(筑摩書房 2000円+税)