館山緑『子爵探偵 甘い口づけは謎解きのあとで』

コナン・ドイルによる〈シャーロック・ホームズの物語の本〉が刊行されている時代の物語。
格別に貧しくはないが家族に疎まれて育った少女ステラ・D(このDが謎のひとつ)は、美術商の一家の世話になりながら美術を扱う仕事を覚えようとしている。そして主人夫婦の母親メイジーから可愛がられおばあちゃんと呼んでいる。知り合いが突然亡くなって、頼まれていたキプロスにいる妻へ形見の品を渡しにいくとメイジーが言い出し、知り合いの中年男性バークとともにステラ・Dは付き添って豪華客船に乗ることになった。
乗船して間もなくホームズに憧れて名探偵になりたい貴族の青年イアン・ローランド子爵と出会う。イアンは自分はホームズのつもりで、ステラ・Dにワトソンにならないかと誘うがにべもなく断る。
ステラ・Dは舞踏会や豪華な食事や華やかなものには向かない自分を感じながら、足の悪いメイジーの相手をして過ごす。もう一人一等船客の男が声をかけてくれ、メイジーとバークはステラ・Dに社交生活を楽しむようにしむけてくれる。

何日目かの朝食前に船員がやってきて、ステラ・Dを別室に連れて行く。バークが音楽室で殺され、ステラ・Dが書いた誘いの手紙がそこにあったというのだ。なにも知らないとステラ・Dはいうのだが信じてもらえなくて監禁される。そこへイアンが来て下船するまでに事件を解決すると約束する。イアンはたくさんの召使いを連れて豪華な船室をたくさん使っているので、その一室にステラ・Dを連れて行く。
ふたりは真犯人を探し出して事件を解決するが、だんだん惹かれ合うようになり、ついにはベッドへ・・・。
ステラ・Dの自立心や階級の違いからの軋轢をさけようという気持ちが恋をさまたげて、すぐにはハッピーエンドにはならない。そうそう、ステラ・Dの〈D〉の謎もイアンは解く。

わたしは何度も書いているが(笑)、少女小説が大好きである。「あしながおじさん」「リンバロストの乙女」「ジェーン・エア」など飽きもせずに何度も読んでいる。ミステリではドロシー・L・セイヤーズのハリエットとピーター卿もそういう少女小説的要素で好きなんだろうと思う。ただ貧しい美少女と金持ちの男性というだけではダメで、少女は頭が良くて美人でないが個性的で自立心が強くて、男性は他の女性になかったものに惹かれる。本書のイアンもきっと貴族やお金持ちの令嬢に飽きていて、拒まれたことが新鮮だった上に頭が良くてはっきりとものを言うところがよかったのでしょう。ミステリ仕立てのところもわたしに向いてた。

いま気がついたのだが、皆川博子「開かせていただき光栄です」がロンドンで、木村二郎「ヴェニスを見て死ね」「予期せぬ来訪者」がニューヨークで、それに次ぐイギリスを舞台にした日本語による作品というところもおもしろかった。
(ひだかなみ絵 ティアラ文庫 552円+税)