イアン・サンソム『蔵書まるごと消失事件』

「移動図書館貸出記録 I」というサブタイトルがついている。図書館司書としてロンドンから北アイルランド アントリム県タムドラムに着任したイスラエル・アームストロングが目にしたのは、図書館閉鎖のはり紙だった。家から遠く離れて見知らぬ国で失業そして今夜をどう過ごせばいいのか。

イスラエルの父方の一族は何世代にもわたってアイルランドからイングランドへ移転し、母方の一族は飢饉やユダヤ人大虐殺や迫害を逃れてロシアやポーランドからロンドン東部のユダヤ人街から最終的にはロンドン郊外やエセックスにおちついた。そして今回のイスラエルの船旅は自分としては文学者たちのさまざまな旅と比べられるものだ(スケールが違うが)。イスラエルは図書館で育ったようなもので、いつも本を手放さずに生きてきた。

彼はスーツケースを持ったまま町役場に行くと、係のリンダがポテトチップでべたべたした手を差し出した。リンダがいうには、イスラエルが司書に決まったあとに図書館は一時的に閉鎖されたという。そして移動図書館で働くようにいい、拒否するイスラエルをなだめる。
なんやかんやで留まることになるが、下宿として世話されたのは鶏小屋だし、田舎道やら田んぼで滑ったり転んだり。そして移動図書館のバスには蔵書が1冊もない!
まずは本を探すのが仕事になったイスラエル、あちこちで失敗を重ねながら村の人々とわかり合って行く。

だーっと読んだので読み落しがあるかもしれないけど、アイルランド紛争にふれた箇所があった。図書館の謎を探ろうとイスラエルに近寄ってきた女性記者の話で彼がここで知り合った男の両親が〈おもちゃ屋爆弾〉で亡くなったと知る。
【「1986年に、かれらはメイン・ストリートのおもちゃ屋のまえにあるくずかごに爆弾を仕掛けたの」「かれら? アイルランド共和軍(IRA)のことかい?」「・・・とにかく彼は生きのびたわ。乳母車ごと爆風で通路の反対側にふき飛ばされたの。ご両親はどちらも即死だった」】
北アイルランドを舞台にしたミステリははじめてなので興味深く読めた。
(玉木亨訳 創元推理文庫 1200円+税)