フェルディナント・フォン・シーラッハ『犯罪』

雑誌「ミステリーズ!」4月号にあったフェルディナント・フォン・シーラッハの短編小説「棘」と「タナタ氏の茶碗」(「わん」の字がないので茶碗とします)に惹かれた。エッセイ「ベルリン讃歌」もよかった。
単行本が出ると知って待っていて買ったが、読む本が山積していてなかなか読めなかった。3カ月も経ってようやく読んだ。瀟洒な美しい本なのもうれしい。

翻訳で読んでいるわけだけど、原作の気分というか空気の漂いがそおっと心に忍び込んでくるような短編集だ。先の2作品を読んでいたから、全体に気持ちの悪いというか、心の闇の部分を描くのが作風かと思っていた。そこんところが文学的と思えるのかななんて。それだけじゃなかった。

すべての作品が「犯罪」を描いており、犯罪を犯したとされた者が逮捕され弁護士が係わる。ドイツの法律に基づいた裁判と裁判に係わる法律家たちが描かれる。弁護士の私は犯人とされた人たちを法に従って弁護する。物語の終わりにはその冷静さとプロフェッショナルな態度に読者の気が静まる。

最後の作品「エチオピアの男」が良かった。
ドイツ、ギーセン市近くの牧師館の前に捨てられていた赤児のミハイルは、里親に虐待されなにひとついいことがなく育った。中学を出て家具職人に弟子入りし実技が優れていたので職人検定にかろうじて合格し兵役につく。除隊後〈ハンブルグには自由がある〉というどこかで読んだ言葉を信じてハンブルグへ行き家具職人として働く。工場で盗難がありミハイルは犯人とされ解雇される。後に犯人がわかりミハイルは無実だった。
仲間と歓楽街で会って2年間娼館の半地下にある暗い部屋に暮らし酒におぼれる。そして借金を返せないために袋ただきにされる。警察に逮捕され、このままでは身を持ちくずすとミハイルは思って、外国へ行こうと決意。銀行強盗で金をつくり空港でアジスアベバ行きの航空券を買う。
エチオピアの首都に着いたミハイルはハンブルグもアジスアベバも悲惨なことに変わりないと気づき絶望する。残ったお金で列車に乗り降りてからは草原を歩いて蚊に刺されマラリアになる。
倒れた彼を村人が助けてくれた。目が覚めてミハイルは人の情けを知り、その土地で家具職人の技を活かして村のために働く。看病してくれたアヤナとの間に子どもが生まれる。でも、まだ辛苦がある。
最後は心にそよ風が吹く。
(酒寄進一訳 東京創元社 1800円+税)