田中康夫『33年後のなんとなく、クリスタル』

「おもしろくってためになる」、本書を読んだ感想はこの一言につきる。
自分が読み終わってから数人の女性に勧めたのだが、全員がすぐに買って読んで「良かった、面白かった」と言っていた。33年前に「なんとなく、クリスタル」を読んで東京に憧れていたという人は、もったいなくて何日もかけてゆっくり読み、ついで33年前の物語を読み返したそうだ。わかるぅ、わたしもKindleで買って3度目を読んだもの。

田中康夫さんとメグミさんと犬のロッタちゃんの生活が楽しく描かれている。わたしはメグミさんがW嬢だったときに一度お目にかかっているので、その生活ぶりを想像して楽しんだ。
33年前に「なんとなく、クリスタル」の主人公だった由利さんと食事しながらの会話が楽しいし、彼女の悩みや相談に誠実に応える康夫さんがかっこいい。ワイン談義のうんちくも鼻につかない。たいていの小説なら鼻持ちならないところだが、すいすい読めてしまう。なんの嫉妬心もわかないのが不思議(笑)。
江美子が幹事役の女子会はIT関連の会社幹部の妻が自宅を提供して催される。建物に入っていくところの描写から、ケータリングを頼んだ食事と飲み物についての成金趣味へのちょっと毒のある感想にはふーんとうなずくだけですが(笑)。でも、そういうクラスの女性たちが生真面目にいまの政治のやり方について語っているのが気持ちよい。

そしてここ。何度か出てくるこの言葉「出来る時に出来る事を出来る人が出来る場で出来る限り」に深くうなずいていた。
わたしは若いときから(参加する〉人だった。最初の参加はすべて自腹で仕事を休んで「総労働対総資本」と言われた三池闘争の現場へ女子3人で走って行った。
阪神大震災のときはボランティアに行った。
反原発のデモにも何度も行っている。最初の反原発デモに参加したときは、一歩目を踏み出したとき1968年の御堂筋デモを思い出して足が震えた。
そういうわたしはいま膝が痛い。御堂筋へ出かけても足手まといになるだけだ。だけど、なにかすることはあるだろう。得意の〈おしゃべり〉でも、超得意の〈お話を聞く〉能力もまだ衰えていないと思うし。
「出来る時に出来る事を出来る人が出来る場で出来る限り」ですね。
(河出書房新社 1600円+税)