かぼちゃのほうとう(わたしの戦争体験記 79)

「うまいものはかぼちゃのほうとう」は母の口ぐせだったが、そのわりに我が家は「おほうとう」は食べてなかった。母自身が若い時に食べ過ぎてもう食べたくなかったのかも。
昨夜ふと、今年はおほうとうを食べてへんなあと言い出したら「かぼちゃがあるし、明日してやる」との返事。「豚肉も入れてかぼちゃだけでなく野菜たっぷりのうどんにしてやる」そうで、今夜これからつくるので楽しみだ。

昔は山梨県ではみんな「おほうとう」を食べていたようで、山梨県出身のパンクミュージシャンと話していて笑ったことがあった。もうだいぶん昔の話で、わたしよりは10年くらい若いとしてもいいお年になっているだろう。話したときだって「いまはおほうとうといっても若者に通じないよ」といってた。

そういえば、東京の友達が「おほうとうセット」をおみやげに買ってきてくれたことがあった。太い半生のうどんで出汁のパックも入っていてけっこう高価そうだったが、うちで普通に作るうどんのほうがうまいと思った。

わたしは太平洋戦争というと「疎開」と「おほうとう」と「吸血虫 ブユ」を思い出す。「空腹」とともにきれいな「湧水」と「桑の実」も。いまは湧水を手ですくって飲むなんてしないだろうし、桑の実だって洗ってから食べるだろう。桑の木が道端で伸びている風景ももうないだろう。