ジョイス・メイナード『とらわれて夏』

少年ヘンリーの語る物語。
いまから20年前、ぼくは母のアデルと二人でニューハンプシャー州のホールトン・ミルズという町で暮らしていた。家を出て行った父は新しい妻マージョリーと彼女の連れ子のリチャードと二人の間にできた赤ん坊と四人で暮らしており、土曜日にはぼくを交えて食事に行く。父もマージョリーも普通にいい人である。義理のきょうだいのリチャードともうまくいっている。

母は違う。美しくてダンスがうまくて体の線が全然崩れていない。だけど他人と交わらずにぼくだけが話し相手である。
その夏、ぼくは13歳で通学用のズボンが必要になったので、母といっしょにショッピングセンターに買い物に行った。母は滅多に外出しないのだが仕方なしに車を出した。衣類の買い物を終えたあと別々な売り場へ別れて、ぼくは雑誌の立ち読みにかかる。ほんとうに読みたい「プレイボーイ」みたいな雑誌はビニールで密封されている。
「コスモポリタン」を熱心に読んでいると大きな男が話しかけてきた。マートの制服を着ているが血が出ていて靴にまで流れている。彼は「あっちにいるのはお母さんだろ」と言い、「きみの家に行ってもいいかな」と続け、「ぜひ連れて行ってくれ」となった。二人はフランクを連れて帰る。
フランクは君たちには嘘をつかないと刑務所の病院から逃げてきたと打ち明ける。二階の病室の窓から飛び降りたのだ。警察はあたり一帯を捜査している。アデルは動揺しないで日常生活を続け、フランクは家の修理をし、祖母がやっていたパイの作り方を教える。ぼくにはキャッチボールの相手をして野球を教えてくれた。
フランクは祖母と田舎で暮らしていたがベトナム戦争に駆り出された。帰国して不幸な結婚をして運悪く3人の殺人罪ということで捕まって刑務所暮らしをした。そして病気で入院したおかげでここで運命の女性と出会った。
アデルとフランクはヘンリーと3人でここからカナダへ逃げる計画を立てる。
思春期のヘンリーのこころが揺れる。女の子と知り合い影響されている。

20年後のヘンリーはニューヨークでデザートシェフとして働いている。お洒落な雑誌に彼の作ったパイが取り上げられた。フランクに習ったパイの作り方をそのまま受け継いだものだ。
【通販カタログに出ている高価な道具なんか買う必要はありません。生地の破れを補修するときは、親指の付け根がうってつけの道具になります。】
フランクは刑務所の図書室で寄付された古雑誌の箱の中からこの記事を見つけた。

ジョイス・メイナードの作品を読むのははじめてだったが、ヘンリーの静かな語りに引き寄せられて一気に読んだ。
ヘンリーの母アデルはかよわそうに見えて凛とした美しさを持った女性。要領が悪くて悪運続きの脱獄犯フランクに会って愛しあう。愛しあった5日間を永遠に忘れない。
少年の成長物語であると同時に、しっかりした芯のある恋愛小説だ。
去年アメリカで映画化された。日本での公開は今年5月。ケイト・ウィンスレットがアデル役。
(山本やよい訳 イースト・プレス 1900円+税)