ピーター・トレメイン『翳深き谷 上下』(2)

フィデルマはモアン国王である兄コルグーに呼ばれて王の私室に行った。フィデルマによく似た長身、赤毛、色がさっと変わる緑色の瞳だけでなく身のこなしもよく似ている。兄は修道院を出てきた妹にここに住むようにすすめる。そしてサクソン人のエイダルフ修道士との結婚を口にする。フィデルマとエイダルフの仲を知っていての言葉だが、フィデルマはうなづかない。
和やかな話し合いのあとで王は肝心な用件を口にする。フィデルマに属領のグレン・ゲイシュに行ってほしい。その領地ではまだ古の神々を信奉している領民が多い。今回族長のラズラは当地でのキリスト教の教会設立などについて話し合ってもよいと言ってきた。そのための折衝の機会を持ちたいとのことで、王はフィデルマに自分の代理として行くように頼む。
戦士団を率いて行けという王に話し合いに兵隊を連れて行けないと断ると、せめて〈お前のサクソン人〉を連れて行けと兄王は言う。

ということで、フィデルマとエイダルフは険しい山道をたどっている。
グレン・ゲイシュに近づくと誰かに見張られている感じだ。そこへ大鴉の大群が旋回の高度を下げながら空に円を描いているのが見えた。その原因を見たいとフィデルマが言い、彼らは谷間を下っていった。そこには30体くらいの全裸の若者の死体が太陽回りに並べられていた。フィデルマは1体ずつ調べていく。エイダルフはどこかで殺されてからここに運ばれてきたと推定した。エイダルフの嫌悪の表情を見てフィデルマは「大鴉も、主の大いなる創造物ですよ。この“掃除屋”たちも、創造主によって定められた役割を担っている者たちではありませんか?」エイダルフは彼らは悪魔の創造物だと思うと反論するが、フィデルマに論破されてしまう。

途中やってきた騎馬団に無礼な扱いをされるが、「この国の王は、私がここで歓迎されなかったとお知りになれば、ご立腹になりましょう」と冷静に返して、いよいよ二人はグレン・ゲイシュに到着する。
(甲斐萬里江訳 創元推理文庫 上下とも 980円+税)