白髪率 95%

「白髪アタマまであと15%」と書いたのは2月の28日だった。その日に美容院へ行ってから、そろそろカットに行かなくちゃと思っているうちにコロナ騒動が始まった。美容院どころではないなという気持ちになり行かない日々が続いた。行かないくせがついてついに3月4月、5月半ばを過ぎた。
美容院へ電話したら「元気そうな声や、よかった〜」といわれて、「コロナ怖くてな」「そうやねん、ようやり過ごしたね、お互いに」
ということで、昨日の予約を入れて行ってきた。

「伸びたなあ」といいながらどんどん切っていくのが気持ち良い。「もう全部白髪やで」「ところどころ黒いのが生えてるやろ」「そうや、この黒いのは染めたんやなくて地毛が生えてきてるんや。全部白髪にはもうならんやろ」「100%にはなれへんね」「なれへんなあ、このまま黒い部分は残ってそう。それもまたええやんか」「白髪率95%でええかな」「ええ、ええ〜」

という具合でわたしの白髪あたまは OKである。鏡を見ても見慣れて違和感がなくなった。

小花柄のブルーのパジャマ

数年前に心斎橋地下商店街の靴下屋さんの店先に置いてあったブルーのパジャマ。気になって見ていたが数日後、まだ欲しい気持ちがあるので、あったら買おうと出かけて行った。パジャマはちゃんとあったので買ったのだが、すぐに着るのはもったいなくて、引き出しの奥へしまいこんだ。それから3年くらい経って去年、ようやく着て寝た。わたしとしたら細身なのだが、最近は肉が落ちているからちょうどよく着られた。ブルーの小さいボタンも可愛い気分は小公女笑。
ふだんはカジュアル一辺倒だが部屋着や寝巻きは乙女路線である。

最近古いパジャマの整理をしていて着ないものは小さく切って雑巾にしている。雑巾だって山ほどあると豊かな気分である。あのとき買ったとか手に入れたときのシチュエーションを思い出すのも楽しい。スーパーでバーゲン品を買って儲かったと思ったとかもけっこうある。最近買い物に行かないからそういう快楽と縁がないなあ。

仮病のトイレ(わたしの戦争体験記 90)

4月28日の日記【仮病(わたしの戦争体験記 88)】で、仮病をつかって学校をサボっていたことを書いた。布団をかぶって「お腹が痛い」「アタマが痛い」と変わりばんこで理由をつけたが、叔母をだますのに寝ているだけではすまない。トイレ問題があった。座敷の隅の障子をそおっと開けて廊下に出る。広い板敷で地面から80センチくらいの高さの廊下を地面に飛び降りて広い庭に出る。正面に出ると叔父さんが作業しているから側面に出て植え込みの中に入って葉っぱの陰でオシッコ。やれやれ、これで半日いけるとまたふとんにもどった。
春夏秋はいいが、冬は雪が積もっている。雪の庭に降りて雪の上にオシッコすると雪が黄色く染まった。きれいなもんだと眺めていたが、あとで叔母さんが見ていたっけ。なんにもいわれなかったが、母に葉書を出していた。

勉強しない。本ばかり読んでいる。家事を手伝おうとしない。ちゃんと挨拶ができない。あかんことばっかり書くものだから、母からわたし宛に叱責の葉書がきた。「オシッコはちゃんと便所に行きなさい」と書いてあってもねえ、働いている叔父さんの横をよう歩かん。でも行きたいものはしょうがない。堂々とはできないが、そおっとトイレに走った。

竹槍で抵抗(わたしの戦争体験記 89)

戦争も終わりに差し掛かった頃、わたしの大阪の家は爆撃にやられ、母と幼いのが2人山梨へ逃げてきた。新聞ラジオでは相変わらず勇ましい報道があるが、学校にはどこか諦めと悲壮感が漂っていた。
昼休みに校庭にいたら、女の先生が「明日の体育は山へ行って剣道しようかな。竹槍で最後までアメリカ兵に立ちむかう練習しないとね」といった。わたしは震え上がった。竹の刀を持って「えいやっ」と男子相手にやるなんて。女子相手でもあきません。わたしを見て先生は苦笑いしたが、目つきは笑ってなかった。
他に男先生がいたが誰もなにもいわない。わたしは「撃ちてし止まむ」という言葉を思い出して下を向いていた。

翌日、どんなことをさせられるのかドキドキしながら学校へ行ったら、全然体操のことも試合のことも誰も口にしなかった。あれっ、やらないのかとほっとした。いまもほっとしている。わたしのことだから、まともに竹刀をえいやっとやって自分が怪我したり笑。
もしかして、女先生は今になって剣道の練習することもないと上からいわれたのかもしれない。敗色濃い日本で、最後は竹槍で戦う練習なんてと校長先生が思ったのかも。大々的に「次の授業でやります」といっていたら話は別でやらないといけないが、どこか個人的な発言だったから受け流してよかったのかも。先生も教える相手がわたしのようなたよりない女子じゃかわいそうだ。

のらりくらりの日曜日

遅く起きてひねもすのらりくらりの一日だった。夕方7時半ごろから9時半ごろまで今夜もライブストリーミング。AOKI takamasaのプレイに引き込まれていた。毎日こんなんでええのかしらとふと思ったが、楽しいんやからええやろと自分で返事笑。

昨日は天気が悪かったが今日は一転好天気。あわてて洗濯して干したが、昨日の湿気のせいかもひとつぱりっと乾いていない。
古いパジャマを雑巾にしようと思って干したが乾いてないので明日乾いたら切って布切れにする。L寸のパジャマを広げて数年前は太っていたんやなと感心した。着てみたら太さと長さでぶらぶらしている。チェックの色と柄は気に入っているんやけど、大きすぎるのがナンギなんで処分にまわった。パジャマが雑巾にするほどあるなんて贅沢やのうと自嘲の笑い。こういうこともたまにはあります。

毎晩ライブストリーミング

今夜も晩ご飯を食べ始めると同時に中継がはじまった「ライブストリーミング “iD” 」。これをアップした後も続けて楽しむつもり。
今週のはじめにNICK WARRENの演奏を聞いた。コロナの日々の映像だからニック・ウオーレンの顔写真だけあって映像はなし。美しい音が響いた2時間ほどだった。あまりにも美しい音に魅せられて、鎮魂の気持ちが入っているんだと思った。その翌日も違う日のプレイを聞いて気持ちが落ち着いた。検索したらイギリス ブリストルの人で世界各地でプレイしている。今日はコロナ以前の大きなクラブでの録画を見た。華やかな盛り上がりにふだんはこういう人なのだ、人気あるはずと納得した。

そして今日「ライブストリーミング “iD”」の2回目、DJ は、DMITRI ABSINTHE、OKINO、NAO NOMURA、Naluuの4人。デミトリーの他は初めての3人だったが、違和感なく聞いていた。特に最後のナルーはすっきりと美しい女性で、飾り気がないのに着こなしが素敵。もちろんファッションだけでなく音もすごくよかった。

今夜から雨、明日も雨

昨日は誕生日だったので前日と翌日にご馳走というかちょっと値のはるものを食べた。いつもよりちょっと高いワインとチーズ、野菜のサラダと野菜と肉の炒めもの。主食はおとといはパスタ、今日は焼きそば。あれっ昨日はなにを食べたやら。ご飯と味噌汁は間違いないけど笑。ワインがちょっと高かったけど、2日で1本だし質素な生活です。

今日は昨日予想していたように午後から曇ってきて夕方には本曇りになった。洗濯物はぱりっと乾かず取り入れて室内干しに。夜になって雨が降ってきた。天気予報によると、これから降って明日は大降りだとか。まあいいや、ベランダ片付いているもん。でも、ひざがねえ、雨の日のひざはやっぱり痛いです。

これからテニスボールストレッチして、次にゴムボールを膝に挟んでひっくり返ってばたばたやる。それから手すりをつかんで足腰の体操も。

晴天続きは明日まで

今日もいいお天気だった。窓辺でお日さんの光を受けながらうつらうつらした。
ここんとこずっといいお天気が続いている。しかも日差しが強いから洗濯物の乾きが早くてありがたい。洗濯物を取り入れにベランダへ出るとお日さんの方向へ顔を向けて日に焼けるようにしている。去年までは帽子をかぶったり、日がかげるのを待ったりしたが、今年はコロナ対策でビタミンDをいただくため日焼け大歓迎。

昨日ひざの水を抜いたせいか今日は歩くとひざが痛む。このひざなかなか思うようにいきません。明日は午後から曇ってくるようで、朝のうちからひざの痛みが増すかもしれん。雨が降るよりさきにひざにくるんやから。
夕方の天気予報で関西地方は明日の午後から曇ってきて夜には雨になるというていた。明日の朝は早めに洗濯して干して夕方には取り入れなければ。
少人数なのに洗濯物が多い家である。なんでもすぐに洗いたがるから笑。
明日は金曜、あさっては土曜日かあ。月日の経つのが早いなあ。

久しぶりに医院へ行って

診療とリハビリを受けた。送ってきた相方とともに受付で体温を測ってくれオーケーと中に入れてくれた。
お医者さんに「ずっと家でじっとしてたん?」といわれて「はい、本を読んでました」と答えた。久しぶりに膝の水を抜いてヒアルロン酸の注射をしてもらった。相変わらず膝に水が溜まっていたと注射針を見せられた。なかなかなんともなりません。

帰りは回り道して長堀通りの遊歩道を歩いた。相変わらずよたよたなのでいやになる。1本あるライラックの花がもう終わりになりかかっている。香りも消えかけ。もうちょっと早くくればよかった。
雑草が元気だが中でも元気なのはハルジオンで蔓延している。ハルジオンの花は可憐で好きだ。そのうち市が刈り込みにきて雑草はなくなるだろう。
10年くらい前に雑草の園だったこともあるけど、その後はさっさと刈ってしまって色気がない。水たまりに伸びていたヘビイチゴが懐かしい。

VFC会報のこと/デザートはいとこ煮

今日も家でぶらぶら。
友人から手紙がとどいたのを開けると切手のカンパがたくさん入っていた。会報をサボり出して半年近く経つ。新年号のプリントアウトまでできていて送ってなかった。この切手を貼って早く送れという意味かしら。真っ当な人だからそういうひねりではないのはわかっているが、わたしのほうはサボり出したらキリがなくなっている。反省、反省、大反省。30年近くやっている会で、会報を毎月きちんと出してきた。今回初めて遅れて、それも大幅な遅れ・・・まだやる気が全面的に回復してない。さて回復するのだろうか。楽観的になんとかなると思っているが。

今日の晩ご飯は、お酒は焼酎のソーダ割り、おかずはぶりの照り焼き、サラダ、ご飯と味噌汁、番茶。そこへもう一品デザートとして昨日食べた「いとこ煮」を今日は小豆を買ってきて家で炊いた。なかなかうまい晩飯でした。バックには若いDJくんの春の海のような和やかな音が流れ申し分ない夕食となった。
体力が回復してアタマがさっさと回転しはじめたらすることは会報の復刊だ。または代わりのなにか。早く回転してよ、あたしのアタマ。