白髪アタマまであと15%

夕方から美容院へ行ってきれいにしてもらってきた。白髪はうしろのほうはひいき目で見ているのでわからないが、少し黒っぽいのが残っているので、あと15%かなあと眺めている。白髪にもどそうと思ってから1年近く経っているかな。白髪染めしていた人が白髪にもどす決意をするのは大変だと聞いていたが、自分がやるとやっぱり大変やなと思う今日このごろ。もう少しだ!

夕方に姪からメールがあって姉(姪からすると伯母)が住んでいる老人施設では、今日から4月末まで家族等の訪問お断りとなった。渡すものがあれば受付で預かるそうである。来訪者から高齢者施設にコロナ菌を持ち込まれては大変だもんね。住んでいる高齢者の方々の生活と気持ちが大変だろうなと思いやる。自分も高齢者やけど笑。家で普通の日常生活ができているのは幸せだなとしみじみ思って毎日暮らしている。

バレンタインデーは猫の命日

うちの猫の花子が2000年のバレンタインデーに死んでから20年経ちました。古い日記を探したらあったので再録します。
今日は夫と思い出を語りながらベースの琴美さん手作りのチョコレートケーキを食べました。

「猫の死」(2000年2月19日の日記を再録)
バレンタインデーの深夜、19年近くわたしの部屋で生きてきた飼い猫の花子が死んだ。19年前の3月末にアパートの廊下に捨ててあった猫で、生後2ヶ月くらいの小さい子だった。ジャンパーのふところに入れて、もう少し大きくなったときには籐のバスケットに入れて、仕事に通った。仕事場は歩いて10分のところにあり、8ヶ月ほどは毎日連れていったが、だんだんいやがるようになり、部屋に1人で留守番するようになった。16年間、部屋の主をやっていたが、3年前に事務所をたたんだので、毎日昼も夜もいっしょに暮らせるようになった。わたしにとっては生涯最高の3年間であった。
最後の1年間はうるさかった。夜中3時、明け方5時に泣いて起こす。一人で起きていることに耐えられなくて起こしたんだなあと思う。この2ヶ月ほどは、テーブルに上がって人間の食べ物を食べたがった。ホッケやニシンの干物、鯖の煮付け、秋刀魚、イカの塩焼きなんかの、いままで見向きもしなかったものを食べたがった。抱かれるのが嫌いだったのに、なにかといえばにゃーにゃーと甘えて抱かれたがった。みーんなサインだったんだなあ。
健康な子で、風邪もひかず、歯も丈夫で、医者にかかったこともないし、たまに食欲をなくしても、そのうちけろっと治っていたのに、今回は違った。2日間、好きなモンプチのまぐろの缶詰も、にんべんの本枯削り節も、キャットニップ入りの小袋も、またたびの粉も、役に立たなかった。シャワーの水が好きなので飲ませたらかろうじて飲んだ。
最後の日には口を閉じてしまい、水も飲まなくなった。オシッコさせようとしても脚が立たなくなった。午後、陽の当たるところにお気に入りの椅子を持っていき、抱いて「チム・ラビットのぼうけん」を読んでやった。おとなしく聞いていた。深夜、徹夜の覚悟で、台所でお茶を沸かしているわたしをはかない声で呼んだ。しばらくして、夫の見守る前で、わたしに抱かれたまま、あっと口を開け、のけぞった。きれいなオシッコが少しこぼれた。見事に死ぬ という大事をやってのけたすごいやつ…。眠っているような静かな美しい姿だった。

みかん

柿のことは何度も書いているのにみかんはほとんどない。毎日食べているのにそれはあかんやん。ちょっとベランダに置いてあるのをとってこよ。部屋に置くとぬくもるから寒いところに置いてある。ぬくい部屋でつめたいみかん、うま!

柿は夏の終わりに見かけるとすぐに買って食べ、以後毎日のように食べる。いろんな種類があるがどれも好きで高価なのはもちろんうまいし、平民的なのもそれなりにうまい。毎日食べて飽きない一番好きな果物だ。
ずっと前のことだけど、紀州出身の友達がいて毎年秋になると富有柿を1箱送ってくれた。届くとすぐに立派な富有柿を2個ずつ近所の友達ふたりに持って行った。この習慣は長いこと続いていたがいつのまにか縁が切れてしまった。あの柿はうまかったなあ。

あかん、今日はみかんのことを書こうと思ったんだった。
「みかん」で思い出すのは芥川龍之介の小説『蜜柑』だ。小学校の教科書に載っていた。いま青空文庫で何十年ぶりかで読んだ。覚えていたとおりだった。

わたしは汽車からみかんを投げた少女のほうなのに、なぜか芥川龍之介の視線で読んでいたよ。

部屋の片隅を活用

先日部屋の模様変えといえないくらいのことをちょっとしたんだけど、なかなか快適になったのでちょっと書いておく。
変えたのはテーブルの置き方だけだ。ただ40年前に引っ越してきてすぐに買った大きな本棚が部屋の隅にでんと据えてあったのを活用することにした。三段に分かれた棚に本がぎっしり詰めてある。不要な本を捨てることにして隙間を利用しよう。絵本、写真集、画集、猫の本、あんまり見ないものはもったいないけど捨てることにした。きれいなのは古本屋に売る。

テーブル前に座って横にあるのが身軽になったその本棚で、大型本が並べられる大きさだから普通の本を並べると前の部分が空く。そこにちょこっと日用品を置くコーナーをつくった。小箱にハサミ、爪切り、目薬、メモ用紙、ボールペンなど、いろいろあるものだ。ティッシュの箱も置いた。その奥の本をどけて血圧計の箱を見えないように置いた。これは便利!

無骨な棚だったのが便利な棚に変身した。昔のおばあちゃんの長火鉢の上や引き出しの感じ。座ったままで用がすむのがありがたい。そのうち甘納豆や飴などを入れた箱が置かれるかも。

真冬だから寒い

今日も真冬の寒さだ。部屋からちょっと出ただけでも寒い。風邪をひいたら大変だからひかないようにおおいに気をつけている。出かけて帰ったら消毒薬をプシュッとし、手首まで手洗いし、つけていたマスクを捨ててうがいをする。

昨日の夜というか今日の明け方はほんまに寒かった。ベランダに面したガラス戸と張り替えたばかりの障子を閉めてカーテンを引いているのに寒い。トイレにいって横になったが「おーさむぅ」という感じでしばし目が覚めていた。
障子を張り替えてからつけていなかったオイルヒーターをつけたら、しばらくして納得のいく暖かさになりやれやれと熟睡。

じゅうぶん寝てお昼頃に起きたがやっぱり寒い。ストレッチするマットの下の床が冷えている。真冬だから寒いはずやと納得するしかない笑。
洗濯したけど干すのが寒いなと思ってる間に相方が外出着に着替えて干しはじめた。たまには手伝おうと思ったのだが、向こうは自分の仕事にしているから手早い。
今年は暖冬かと思っていたが、やっぱり真冬は寒い。

真冬の寒さに紅色のセーター

先日ラジオの天気予報で「明日は真冬の寒さになります」といっていた。いまは真冬だ。真冬の寒さで当たり前じゃとぶつくさとモンクをいっている。
ここ数日寒い日が続いている。その前はあんまり寒くなかったが雨が多くて低気圧な日々でまいった。寒くても湿度が高くなければ過ごしやすい。

数日前から鎮痛剤を飲むのをやめたのでひざが痛む。どうも基本の体調がパリッとしなかったのが鎮痛剤をやめたらマシになった。でも、ひざは痛む。痛みを抑えるのではなくて、ストレッチや体操で痛みの因をとりたいというのが今の考え。

今日は厚手のカーディガンを出して着ている。おととし堀江で一目惚れして買った紅色のカーディガンだが、あまりにも強烈に甘い色でひとさまの前では着にくい。今シーズンは家で着たおしてお払い箱にしよう。
わたしのセーターはほとんどが黒か紺かグレーだ。たまにピンクやブルーなど明るい色を買ったのが何度も着ないで残っている。低気圧な日の普段着にしよう。

低気圧から抜け出す

この日記を読み返したら、「低気圧のせいです」が昨日23日、15日には「低気圧のせい」というタイトルで書いている。雨だけでなく寒さが加わってちょっとオーバーな「低気圧のせい」になったんだろう。
この低気圧経験からの教訓は、低気圧のときはそおっと静かにしているに限る、である。眠ってしまえば一番良い。そうもいかないときは、椅子に座ってじっとしていることかな。足元を温めて。
そして、お気に入りの本を読む。何度読んでもおもしろいのがたくさんある。ネットで知り合いのツイートを読むのもいいな。なにか気を紛らすのが一番の低気圧脱出法だ。

コーヒーか紅茶をいれてチョコレートの切れっ端でもつまんで。と書いたが、テーブルの上にはみかんがあるがな。
秋には柿があったが、冬になるとみかんがある。ガスファンヒーターがぬくぬくの空気をつくってくれている。ガス代の心配はちょっとおいて、ぬくぬくしようじゃないの。

部屋の模様替え

久しぶりに食事を出すお客さま接待をしたので気分が新鮮。いつも隅に押し込んでいたテーブルを引っ張り出してお皿をたくさん使ったからなんか大テーブルのある部屋という気分になった。あは、そんな気分、ね。
気の利くお客さんで、食事の後の皿洗いをさっさとしてくれてありがたかった。

これからはテーブルはこの配置でいこうとなったが、わたしのストレッチする手縫いマットを敷く場所が足りない。いろいろ考えたが、なんの、机の下を利用したらええんや。下半身を机の下に入れ、ストレッチが終わったら体を引いて起きたらええんやと決定。お湯を沸かしておいてタオルを絞り、おでこと目と眉の上に置いて顔の上部を温める。これも昨日教えてもらった。ストレッチのあとはこれ。目にいいし簡単だから再々やるべし。
洗濯物の部屋干しが少し窮屈になったが、机が広くなったんやから満足せんとね。

今日も相方は知り合いの絵描きさんの個展がある画廊へ行ったので、晩ご飯は個食。肉団子と野菜たっぷりのサッポロ醤油ラーメンをつくって食べた。食べ終わったところへ帰ってきてお土産はシナモンロール。糖質を取りすぎたと反省しきり。

狭くて古くて汚いが好きな部屋

我が家は狭くて古くて汚い。一度用事で来た人が「料理写真を見て想像していた部屋と違う」と呆れていた。フェイスブックなどに出している料理の皿を白いテーブルに置いてあるのが豪華に見えてるんやって。写真を撮るだけの用途だからパソコン机の隅っこをきれいにして皿をのせて撮っているんやけど。

部屋に入ると入居40年のマンションだから壁は古びて剥がれているし床は汚れている。椅子の布部分には破れた箇所に古毛布などを巻いたりのせたりで、よその人が見たらビンボー丸出し。壁際はほとんど本棚だが、古びた背表紙がこっちを向いているから煤けた印象で読書好きでないとただの汚い棚に過ぎない。

わたしは日々部屋を見渡して良い部屋やなあといっている(笑)。テキトーに汚くて、本棚の本は選りすぐりだし。
それぞれの大きな机にそれぞれのmacがのっているのも得意。それと食卓と応接机を兼ねた木のテーブルも得意。50年くらい前に1ヶ月分の給料で買ったもの。いまは菜の花を挿した花瓶とみかんをのせたアフリカのざるがのっている。

思い出した。この部屋を借りたばかりの1979年末にロックマガジン社のイベントがあって、わたしらはそのためにも新町に住まいを借りようとしていたのだ。12月の末のことで、出演者をうちに泊めることになり、なんと11人が2部屋に雑魚寝した。ありったけの布団と敷物と寝袋を出してストーブをつけて寝たが、わたしは横になっていただけだった。翌日は阿倍野で終日イベントがあり、終わってから出演者をまた2人連れて帰って泊めた。

低気圧のせい

午後、美容院へ行こうとしたら雨が降っている気配だ。だけど空は青い。いままで降ってたんかといいながら出かけた。ちょうど上がったところみたいで運が良い。行った先では「あ、よかった。いままで降ってたんやで」と迎えてくれた。

「今日はものすごく体調が悪いねん」とぼやきながら椅子に座ったら、「それは低気圧のせいやで」と一言で片づけられた。
「低気圧のおかげでしんどいんやで。いっしょやな」と続いて健康と対策、近所の医院の噂話で盛り上がった。「リハビリはどこへ行ったらいいか」「評判のいいところがあるけどすごく待たされるからあかん」「デイサービスはリハビリのあるところを選ぶんやで」といろいろ教えてくれて納得。あっという間に1時間経った。

髪をカットしてもらったらところどころ黒い部分が目立つ。100%白髪あたまになるにはまだ2ヶ月かかりそうやとのことで楽しみがさきに伸びた。