モンゴル岩塩【蒙古颪】

医師で日本とモンゴルとの架け橋をされていて、ヴィク・ファン・クラブ会員でもある梅村さんが、娘さんの涼さんとふたりでモンゴル岩塩の販売をはじめられた。モピ活動の一環として行うので、一部はモピへのカンパになる。

その運動のことをぜひ会報に書いてくださいとお願いしたら、快諾と同時に岩塩を100グラム送ってくださった。食べて感想を知らせてほしいとのこと。
さっそく使わせてもらった。
生野菜をちぎったサラダにオリーブオイルといっしょに岩塩をふりかけている。ごま塩も胡麻を炒ったのに岩塩を混ぜている。蒸した野菜にもふりかけるとおいしい。ふつうに炒め物につかってもおいしい。漬け物もおいしい。

わが家でいままで使っていた塩は沖縄の「粟國の塩(沖縄県粟国島)」である。そこへモンゴル岩塩の到着で、台所に海と山の塩が並んだ。壮観である(笑)。

以前からモンゴル岩塩を使っているひとの話では、お風呂で入浴剤として使っているのだそうだ。そんな贅沢なことはようせんけど、そういう使い方もあるってことね。

いただいた100グラムがなくなりかけたので、今日は500グラム入りの大袋を注文した。ついている説明書には《モンゴル秘境の岩塩 蒙古颪(もうこおろし)3億5千万年前の神聖な塩ジャムツダウス》と書いてある。
(モンゴル岩塩 100グラム入り=300円/500グラム入り=1,000円)

早朝の地震

昨夜は映画を見て、会報づくりをちょっとやってから日記を書いた。そしてお風呂に入って髪を洗って乾くのを待ちながら本を読むことにした。半身浴のせいで冷えていた足が温まったのはいいが痒くなり、本を読みながらばりばり掻いていたらおさまってきたのでようやく3時半ぐらいに横になった。痒くなるのはかなわんけど、温まったという体からの合図なのでオーケーなのだ。
そのまま一直線で夢の世界に入っていった。最近ときどき寝付きが悪いことがあるが、寝てしまえばぐっすり眠れる。どんだけ楽観的なやつか自分でもおかしい(笑)。

ぐっすりと眠っていると地震だった。ちょっとした揺れならさっと起きるのだが、今朝は揺れが大きかった。そのまま仰向けで運命を待ち受けていたが、かなり揺れたあと止まった。ああよかったと、起きてツイッターを読んだら続々と地震の報告が入っている。わたしもちょこっと書いておいた。
あとからyahoo! japanの地震情報を見たら、震源地は淡路島、深さ10kmとあった。大阪市は震度3となったが、体感震度は4だったよ。
時間が阪神大震災のときと同じくらいだったからよけいに感じたのかもしれない。あのときは片側の壁全面が本棚で上段の本が飛び落ちてきたっけ。
そんなことを思い出しながらまた眠りに落ちた。

料理は愛 ☆

わが家は一日二食だから朝食はなしで昼食の支度は2年くらい前から相方がしている。起きるのがわたしより早いからちょうどよくて、晩ご飯はわたしの係だった。今年になって正月早々ふたりとも風邪を引いてナンギしたが、そもそも風邪の元を拾ってきたのがあっちだ。風邪が治るのも少し早くて晩ご飯の支度をしだしたのが、けっこううまくできて、なし崩しにやつの仕事になった。しかも研究好きだから料理本を買ったり図書館で借りたりしながらレパートリーを増やしつつある。高野豆腐やひじきもうまく炊く。
晩ご飯の支度の時間を本を読んだりツイッターを読んだりしていると、幸福感がふつふつと沸いてくる。わたしのようにばたばたしないから時間はかかるが、そんなことでモンクをいうたらあかん。美味しいとほめて食べる。いや、ほんまにうまい(笑)。

で考えたんだけど、同居して何十年も経つのに、なにも疑問をもたずにご飯作りをしてきたのだろう。
で、昨日ツイッターに書いた。
〈なぜか自分がご飯を作るものと思いこんでいた数十年。〉
Uさんがミクシィで返信してくれた。
〈ほほう。〉
わたし
〈 Uさん わたしも男女の役割をなにも考えずにやってきたのだなーと。それと母性愛が多すぎ(笑)。〉
Uさんが上手に答えてくれた。
〈 kumikoさん 愛ですわ(笑)。〉

午後は歯科で気分よく、夜はSUBで楽しんだ

10日くらい前だが晩ご飯を食べていたら口の中でじゃりっと歯が欠けた。いちばん奥の下の歯だ。何十年も前に虫歯治療してちょこっと詰め物してあった。
去年の夏にいったのにまたかといやな気分になったがしかたない。美容院で教えてもらった新しい歯医者さんに行くことにした。
ビルの1階の診療所は受付も診療室も明るくて親切丁寧な応対で気持ちよかった。レントゲン撮るのも新式でラクだった。心配していた歯は簡単に治療できるようでやれやれ。今日型を取って1週間後にもう一度行けば済むみたい。
先生はレントゲン写真を見ながら、しっかりした歯だと感心してくれた。歯茎なんか30代40代と言ってもとおるって。
ということで、機嫌良く帰ってきた。

晩ご飯を食べて、地下鉄でSUBへ。
今夜は竹田一彦さんのギター、宮上啓仁さんのベース、最後のほうでイクノさんのボーカルが2曲。イクノさんはニューヨークで20年暮らして一昨年帰ってきたそうだ。
竹田さんと宮上さんはとても息が合う最強のデュオだ。あっという間に時間が過ぎる。もう終わりの時間かといつも思う。
お客が多かったのでカウンターに席を替わり隣の人とおしゃべり。何年も竹田さんのときに一人で来られているが、話したのははじめてだった。そのあと反対側のイクノさんにニューヨークと日本の違いなど聞いた。20年前と比較して若者が草食系になっていると感じたそうな。

鉄のフライパンを買った

昔からずっと鉄のフライパンを使っていたのに数年前からテフロンに鞍替えしてた。理由はなんだったろう。スーパーにはテフロンのしか売ってないが。だれかに言われて買うということはない。やっぱりラクをしたかったんだろう。
変えたときにはえらい使い勝手のいいもんだと感心したのは覚えている。それから3回買い替えて疑問がわいてきた。安くて使い勝手がいいようだが結局は高いものにつく。次は鉄のフライパンにしよう。もちろんお金の話だけではない。テフロンへの疑問が浮かんだから。

と思っていたところへ、ツイッターでフォロワーさんが鉄の中華鍋を買ったら快適とつぶやいておられた。使いはじめはどうするのと質問したら、野菜屑をたくさん炒めてよく洗ったらいいんだって。すぐに息子さんがソーセージを炒めたけどひっつかなかったよとのこと。

相方がネットで調べた上で千日前道具屋筋の専門店へ今日買いに行った。思ったよりもずっと安く買えたからと中小2個。これから写真を撮ってブログにアップするので、使うのは明日から。
電子レンジは使ったことがない。ご飯はステンレス鍋と土鍋で炊いている。フライパンが解決してやれやれ。炒め物をするにしても野菜と豆だから昔とは違う。

長いつきあいの友人と鍋とリュック

27年前に買ったビタクラフトの鍋のふたのつまみが壊れた。百貨店の売り場に持って行って部品を調達中。この鍋はいちばん酷使したもので、あとの3個はまだまだ元気いっぱい働いている。高価だったので覚えているがひとつ20,000から25,000円くらいのを徐々に買っていった。合計10万円を思い切って買ったものだ。それだけ元を取っていると思う。

先日、相方とL・L・ビーンへ買い物に行ったとき、店員さんが「すごいなぁ、レザーリュックじゃないですか」と声をかけてくれた。「何年くらい持っているかな、20年くらいかな」と返事した。リュックの底その他に皮が使われている。最初のは友人がはまっていたアメリカから直接買う通信販売でいっしょに買ってもらった。まだ家にある。レザーのは震災関連の用事で神戸へ行ったときに神戸店で買ったように思う。だったら16・7年くらい前か。

今日2時間ほど寄ってくれたのは45年も前からの友人である。こっちの2人は当時もいまも素浪人だが、彼は最初は大学院生で、何度もヨーロッパに留学し、国立の大学教授になり定年で辞めて名誉教授である。この間に何十回かお土産持参で会いに来てくれた。エディンバラからはモルトウィスキー、バスクからはベレー帽、ベトナムからは銀のネックレス、日本のあちこちの陶芸品、などなど。今日は台湾の茶器セットだった。
夜の会合のために大阪に来たのだが、うちに先に寄るために早く家を出たそうだ。去年の夏を過ごしたイギリスの田舎の話を専門分野からしてもらって勉強になった。夜の話のためのレジュメももらってラッキー。

会話のひとつに、イギリス人やアメリカ人は家の手入れをよくして長持ちさせるというのがあった。イギリスの家なんて古いほうが高価だそうな。
うちは亭主の手入れをちゃんとしているから長持ちしてる(笑)。

うまい菜がうまい

うちの両親は関東出身者なので、大阪独自の食べ物をあまり知らずに育った。こどものときに、父が文学好きだったから、だれやらの小説に出てきたと「うなぎの頭と豆腐を炊いた半助」と「はもの皮を入れたキュウリもみ」を大阪の味だと教えてくれた。正月の雑煮は元旦が関東風で二日が白味噌の関西風なんて言ってた。
日常的に食べた菜っ葉類で覚えているのは水菜で、庭の隅っこの家庭菜園(?)で育ったのをクジラ肉と炊いたのをしょっちゅう食べさせられていた。あとはほうれん草のおひたしが多かったな。

ハタチくらいのとき文学の会に入ったときは、兄貴みたいな口をきくのが数人いてなんだかんだと指導してくれたのであった。そのとき大阪生まれの大阪育ちの青年が「うまい菜」を持ってきて「これが大阪の菜っ葉や」と教えてくれた。それ以来、どこにでも売っているものではないが、見かけたら買っていた。
最近、近所に野菜屋を見つけて珍しい野菜も日常的な野菜も買っているのだが、うまい菜があってときどき買う。今日も厚揚げと炊いて食べた。うまい菜、うまい。

父の思い出

昨日の夕方姉から電話で明日は寒いらしいよとのこと。明け方は0度になって昼間になっても4度とか。ほんまに12時過ぎたらぐっと冷えてきた。暖房費がコワイ。
午後買い物に出かけたら少しだが雪が舞っていた。マスクしてメガネかけて、帰ったらコートのホコリを払うのを忘れずに。
ホコリを払うので思い出したが、わたしの父親はきれい好きだった。古本や古レコードを買ってきたら雑巾で心ゆくまで拭いていた。こどもたちが帰ってくると外に立たせてハタキで払うのが習慣だった。掃除機がない時代は風向きを見て箒を使う。こどもたちは掃き終わった風上に移動させる。コートや上着は脱いで外で払う。
最近のわたしは洗濯物をとり入れるとき1枚1枚振っている。お父ちゃんとおんなじことをやってるやんかと思い出し笑い。そういえば風向きを毎日気にしている。父親は箒をどっちむけて掃くかだったけど、わたしは舞州からの風向きを気にしている。

晩ご飯は湯豆腐、その前に少々お酒を飲んだ。酒の肴は、新たまねぎの薄切りにかつお節とポン酢醤油をかけたのとたまねぎの葉と薄揚げを炊いたんと酢れんこん。湯豆腐は菊菜だけ入れ、最後は春雨。そして玄米ご飯。最後に煎茶で京都の山清水ってお菓子を食べてまんぞく。

まちあそび復活

昨日は本を読みヴィク・ファン・クラブの会報をせっせとやったが、足腰が弱っている感じで買い物にも行かなかった。風邪引きくらいでナンギなことやとがっくりだった。腕振り体操するのもしんどい。
今日は起きたときから元気で腕降り体操は200回。朝食は食べないので紅茶とビスケットを朝食代わりにして朝食後の薬を飲んだ。

昼ご飯を食べて片付けた。
さあ、元気だぞ、街歩きに出るぞ。
歩いて南船場へ行って、年末から行こうと言っていた相方が見つけたパンとケーキの店で、おいしいコーヒーとチョコレートケーキを食べた。道に面したテラス風なところに大きなストーブがあり、膝掛け毛布が用意してある。ケーキのチョコレートがすごくボリュームがあってうまかった。ここはパンもうまい。

バケットなどパンを買って、すぐそばのオーガニックカフェ&オーガニック食品店へ。相方が野菜や玄米を買っている店だ。カフェでオーガニックワインを頼んで和んだ。
自分らのお土産に店先で焼いている安然芋の焼き芋を買った。

リリアン・J・ブラウン『猫は殺しをかぎつける』

1988年発行の本で出たときから知っていたのだが、猫が家にいて、なにからなにまで猫づくし生活をしていたので、ミステリまではと遠慮したのだった。
仕事場が別にあったときは、猫のためにクッションやぬいぐるみを置き、あちこちに膝掛け毛布や布があり、部屋そのものが「花子の家」だった。
そんなことを思い出しつつ翻訳の出たシリーズ最初の本を読んだ。
検索したら29作も出ているんだ。そのうち25冊がここにある、ヤッホー〜
1966年から書きはじめている息の長いシリーズを、ずっと待っていて読むって快楽だったろうな。
Jさんに頂いた本、とにかく早く読んで次にまわそう。

2匹のシャム猫「ココとヤムヤム」と飼い主の新聞記者のジェイムズ・クィラランの楽しい物語。クィラランは独身で身長6フィート2インチ、しかし体重は医師から30ポンド減量を言い渡されている。そんなときに新しいグルメ記事を書けという編集長のお達しがある。

読みながらクレイグ・ライスみたいだと思った。ユーモアとか女性がクィラランに話しかけるところとか。
おデブちゃん友の会—全員重量級—の会合では堕落者が罪を告白する。趣味を持ちなさいと言われて、食べるのが趣味なのって答えたのには笑った。
猫だけでなく食べることが好きな人にもおすすめ。