物語はこの大邸宅の紹介からはじまる。シェイクスピアが生まれる30年前のロンドンにクリペンという男がいた。悪いことにも手を染めながらのし上がっていき孫の代では財界でひとかどの一族になり上がっていた。130年後に王政復古がなされるとクリスピン姓を名乗る。財閥として通るようになり、パリで名画の競売、シベリヤで毛皮のせりがあれば当主クリスピンが儲かる。ロンドンでバスに乗っても芝居を見てもなぜかクリスピンの懐にお金がころがりこむ。
クリスピン家はホートン地方ににおどろくべき広大な大邸宅スカムナム・コートをかまえた。
時代は第二次大戦前。その邸宅にたくさんの来客が訪れはじめた。当代を代表する人たちが滞在して、「スカムナム・コートにて上演されたる悲劇ハムレット」に出演する者あり、観客として来た者もあり。
ホートン公爵家の令嬢エリザベス・クリスピンがオフェリアを演じる。ハムレットは俳優クレイが演じることになった。
何日もかけた準備と稽古が終わり、芝居が始まる。第三幕第四場、ハムレットと王妃が口論するところで銃声が・・・。
かたや、ロンドンのスコットランドヤードの敏腕警部ジョン・アプルビィは、その夜はバレエ「プレサージュ」を見に行っていた。独身でつましいアパート住まい。心地よく戻って来ると見慣れない高級車が停まっていた。来客は首相で、スカムナム・コートで事件が起こったのですぐに行くように自ら言いにきたのだ。
ちょっと堅苦しいが、ユーモアもあるし、恋もある。
(滝口達也訳 国書刊行会 世界探偵小説全集16 2500円+税)