ベンジャミン・ブラック「溺れる白鳥」(1)

ベンジャミン・ブラックの本は2009年5月に「ダブリンで死んだ娘」を読んでいたので迷わずに買った。「ダブリンで死んだ娘」というタイトルがよかったから読んだのだが、ほんとに読んでよかった。現代アイルランドを代表する作家のジョン・バンヴィルが別名で書いているミステリということで、これからジョン・バンヴィルをチェックすると書いているがまだしてなかった(恥)。

前作と同じダブリンの〈聖家族病院〉病理科の医長で検死官のクワークが主人公である。古い友人の医薬品セールスマン、ビリー・ハントが電話で妻が自殺したという。カフェで会うとハントは妻の体を解剖しないでくれと頼む。耐えられないと。
ディアドラ・ハント(職業上の名前はローラ・スワン)はビューティ・パーラーの共同経営者だった。ダブリン湾に身を投げた彼女はそこまで乗ってきた車を停め服をきちんと埠頭の壁際に畳んでいた。クワークはハントの頼みをハケット警部に伝える。

ディアドラは父から虐待をうけるなど厳しい環境で育った。そしてハントと結婚して、仕事の才能があるのに気がつく。共同経営者のホワイトは女につけこむタイプで、いつの間にかディアドラは夢中になってしまう。
クワークの娘フィービはずっとディアドラから化粧品を買っていた。彼女の死後に店に行くとホワイトに出会いパブに誘われる。やがてフィービはホワイトを自分の部屋に入れる。ホワイトは事業は失敗するしとんでもないやつだが、ディアドラもフィービも難なく手に入れしまう魅力がある。クワークはフィービとホワイトの仲を知り心配する。

クワークは前作では酒飲みだったが、今回は禁酒している。彼が酒を飲むのは週に一度フィービとホテルで食事するときだけである。フィービは孤独な人生を送っている女性で、途中で叔父から父親になったクワークには特に冷たい。

ストーリーにはもちろん惹かれるが、それよりも1950年代のダブリンの描写がすごくいい。荷馬車がギネスを運んでいる道路とか。道路で倒れた馬の目の描写とか。憂鬱な小説なのだけれど手放せなくてここ数日繰り返し何度も読んでいる。
(松元剛史訳 武田 ランダムハウスジャパン 900円+税)