ベンジャミン・ブラック『溺れる白鳥』(2)

クワークはくたびれたどうしようもない男として描かれているのだが、女性からしたらかまってやりたくなる男なのだ。ボストンからフィービの祖父の3人目の妻で未亡人のローズがきて、なにくれとなくクワークの世話を焼く。
また、クワークは死んだディアドラの共同経営者ホワイトの妻ケイトを訪ねて話を聞くのだが、ふたりの間にはもやもやとした空気が立ちこめる。

だが、クワークの実の娘のフィービ、【彼女の鋼のような冷たさの前に、クワークはたじろいだ。やはりデリアの子だ。日ごと彼女そっくりになってくる。デリアは彼が会ったなかで、最高に意志の強固な女だった。最初から最後まで、鋼のようだった。そして彼が何より愛していたのは、そういう部分だった。すばらしく美しいが、自ら苦しみを抱え、人を苦しめる女。】クワークはかつてデリアというすごい女性を愛してしまった。いまは同じように冷たい娘のフィービをどうしようもなくて苦しんでいる。

フィービとローズの会話は何度読んでもおもしろい。なんで女たちの会話をほんとみたいに書けるんだろう。【フィービは考えて、言った。「あなたのこと、尊敬してます」するとローズは頭をさっと引き戻し、笑い声をあげた。鋭く張りつめた、銀のように冴えた声だった。「ほんとにねえ。たしかに、あのお父さんの娘だわ」】

【ローズはしばらく黙って彼を見すえていた。「言ったでしょう、ずっと前に。あなたとあたしはおんなじだって——心は冷たく、魂は熱い。あたしたちみたいな人間はたくさんはいないのよ」】ここんとこもいい。クワークをわかっている女性がいると思ってほっとした。
(松元剛史訳 武田 ランダムハウスジャパン 900円+税)