手本は二宮金次郎(わたしの戦争体験記 51)

戦争中はどこの学校にも二宮金次郎の銅像があったらしいが、わたしが通った西六国民学校にあったかどうかは記憶が定かでない。天皇の写真が納めてある奉安殿はあったが、金次郎さんはあったかな。疎開した山梨県の後屋敷国民学校にあったかどうかも覚えていない。立っていたといえるかどうかわからないけど、学校にはあるものだという思い込みはあった。たいていの学校にはあったらしいから。

絵本にはちゃんと本人と住んでいた村のことが出ていて、金次郎が大人の人格者に成長し出世した話が書かれていた。二宮金次郎は実在の人物だったようだ。

銅像はどこも同じで、大きな薪の束をかついだ金次郎が本を読みながら歩いている姿だ。
歌の歌詞を思い出すと
「柴刈り、縄ない、草鞋をつくり、親の手を助け、弟を世話し、きょうだい仲良く孝行つくす、手本は二宮金次郎」
というんだった。

わたしは4年生のとき「わたしも二宮金次郎みたいに歩きながら勉強しよう」と思い、ランドセルを背負って本を読みながら歩くことにした。結果はつまずいてこけ、手のひらと足のすねを擦りむいた。田舎道だから、街っ子には無理だった。