A・S・A・ハリスン『妻の沈黙』(1)

女性の横顔を描いた暗い色調の表紙と、「妻の沈黙」(原題 THE SILENT WIFF)というタイトルに惹かれた。

9月のはじめ、ジョディはキッチンで夕食の準備をしている。シカゴのコンドミニアムの27階で広い窓からは夕暮れの湖と空が見渡せる。夫のトッドが帰ってきて景色を眺めながら夕食。食前酒とワインとうまい料理と。
ジョディは45歳になったいまも若い女の気分で暮らしている。この瞬間に生きていて、いまの生活に満足している。トッドとの生活が20年も続いていてこれからも続いていくと信じている。足元にはゴールデン・レトリヴァーのフロイトがいる。

心理学を学ぶ大学生のジョディと、高校出で高い目的をもって不動産業で働いているトッド。二人は自動車事故で出会った。トッドは事業に成功しジョディは何不自由ない生活をしている。ジョディは自宅で午前中だけセラピーの仕事をしている。
大学卒業後ジョディはユング理論への疑念を消すことができず、実際的な見解を示すアドラーに興味を持った。そしてアドラー説の信奉者ジェラードのセラピーを受ける。子ども時代の話を聞きだされるうちにジョディの心のうちが現れる。

20年の間にトッドが何度も結婚を申し込んだのにジョディは受けなかった。子どもも生もうと思わなかった。最近はトッドは自分の子どもが欲しいと思っているようだ。
その夜、トッドは金曜日から釣りに行くから帰りは日曜日になると告げた。トッドはジョディを愛しているが、ときどき他の女性も好きになる。釣りには行かないとジョディにはわかっている。彼は高価な贈り物をくれた。
いままでは浮気されてもなにも知らないふりをしてきた。だが、今度の相手ナターシャは違う。ナターシャはトッドの友人ディーンの娘でまだ学生である。若い頃にトッドはディーンの両親にとても世話になった。そのナターシャが妊娠した。ナターシャは結婚式を挙げようと言い、子どもが生まれてから住む家をいっしょに探す。そして当然、離婚してくるよう要求する。

トッドが殺されたと警察から知らせの電話が入ったのは、ジョディがフロリダ州で開かれた学会に出ているときだった。
(山本やよい訳 ハヤカワ文庫 920円+税)