アーナルデュル・インドリダソン『緑衣の女』(2)

この家に引っ越して来たとき、前の住まいに忘れたものを知り合いが持ってきてくれた。普通に礼をいい冗談を言いあって彼は帰った。それを窓から見ていた夫のグリムルは、お前はまるで売女のように体をくねらせていたとなじり殴った。彼女は吹っ飛ばされ口の中が血だらけになった。なにが起こったかまったくわからない。それからの年月、彼女は何度もこのときのことを思い出した。自分が悪いから彼が怒るのだ、すべて自分が悪いのだと自分を責めるのではなく、家を出ていればどうなっただろう。知り合った頃は真面目な人だったのだ。
彼女の前の夫は船乗りで船が転覆して溺死した。小さな娘ミッケリーナを連れて働いていたが、熱心に求婚するグリムルと結婚した。娘は新しい父親になじまなかった。
息子が二人できたが、子どもたちにも暴力をふるう。たまに人間らしくなって優しいときもある。ミッケリーニが病気になり体が動かなくなった。二人の弟は姉の世話をしていっしょに遊ぶ。ようやく声が出るようになったがグリムルに対しては恐怖しかない。こうして恐怖の生活を母と3人のこどもは続けてきた。

エーレンデュルの娘エヴァ=リンドは胎盤剥離でお腹の子を失い、病院のベッドに意識不明で横たわっている。昏睡状態でも側で話す父の言葉は聞こえているから話すようにと医者に言われてエーレンデュルは話し続ける。自分のこどものときのことを話すのは自分のためにもなった。

シングルデュル=オーリが4年越しの恋人ベルクソラと結婚について言い合いしたとき、CDを探してこの歌をかける。マリアンヌ・フェイスフルが主婦ルーシー・ジョーダンの思いを歌っている。Marianne Faithfull – Ballad of Lucy Jordanいつかパリでオープンカーを飛ばすことを夢見ている主婦ルーシー。「俺たちもパリへ行こう」とシングルデュル=オーリが言った。
(柳沢由実子訳 東京創元社 1800円+税)