荒俣宏編著『大都会隠居術』から永井荷風『短夜』

1989年発行の本が本箱の隅にひっそりと入っていた。若くして隠居指向だったわたしが(笑)、当時人気の荒俣宏氏が編集した本ということで買ったのだった。
いま読んですごい本である。序「老いて成りたや巷なる妻子泣かせの放蕩児」からはじまって第1ステップ「都会隠居術事始め」、第2ステップ「都会に潜む悦楽」、第3ステップ「それぞれの隠居たち」、第4ステップ「そして、死との対面」となっていて、それぞれに荒俣氏が選び抜いた、有名無名の作家による文章がある。作品の前に荒俣氏の短い紹介文があるのがとてもよいのだ。

今回読んでしみじみ好きになった永井荷風の「短夜」(みじかよ)の紹介文から。
【「短夜」は現世の波にもまれるばかりで、真の男女の情交を味わえずにいる男たちへの、最大の慰めといえる。編者はこれを読み返すたびに全身がわななく。涙があふれてくる。(中略)都会隠居にぜひとも必要なのは、肉体の交わりを忘れさせるほど心打つ物語を、果てしなく語ってくれる伴侶なのである。】
「短夜」では、男の言葉と女の言葉が交互に語られる。無粋な電灯の灯を消して、小窓の外の夜の光に照らされた女の横顔の輪郭だけを四畳半の闇の中から区別している。【繊細な然し鋭いお前の爪先で弛んでしまった私の心の絲を弾け。】

この掌編ひとつでこの本を長年置いていた元が取れた気持ち。もちろんこれだけでなく他にも心惹かれる物語があるので、折々に紹介していこうと思う。
(光文社 〔光る話〕の花束5 1262円+税)