SUB、大人の演奏、大人の音

今日もSUBへ行かなきゃと晩ご飯を早めて大急ぎで片付けて出発。早めに着いてドラムの弦巻さんやボーカルの女子とおしゃべりを楽しむ。先週パノラマで雑談のときに、Hさんが無性にジャズピアノが聴きたいと言うのでこれは絶対にお薦めと誘ったのだが、ちゃんと現れたのがうれしい。

今日の演奏は、[西山 満(B&cell) 歳森 彰(P) 財 盛紘(B) TARO岡本(D) ]。1ステージ目は西山さんのベース、歳森さんのピアノ、TAROさんのドラムで大人の演奏。2ステージ目は西山さんがチェロにまわり、ベースに財さんが入ってひと味違った演奏となった。

デューク・エリントンのいまはだれもやらない曲とか、タイトルを聞いてもわからんのが多かったけれど、聴いている者の体を突き動かす力がある演奏だった。ちょっと古い感じがしないでもないのに、新しい感覚で聴こえるのが不思議。TAROさんのドラムをはじめて聴いたがケレン味がなくてすっきりしている。あまり熱演の感じがしないのがいまっぽい。歳森さんの今日のピアノはノリまくろうとしている感じで、ファンとしてはうれしいかぎりで楽しんだ。Hさんも喜んでくれたしよかった。

終わってからの雑談でファッション業界にいるHさんに女子たちからの賛辞や質問、またおしゃれな財さんの母上とHさんのファッション問答も楽しかった。Hさんの今日のいでたちは、黒の上下に黒のブーツ、スカーフが白黒のチェックで膝のあたりに見えるタイツは赤っぽいピンク。その色合いがなんとも言えないとみんなでわいわい。お誘いした甲斐があった。

毛利嘉孝『ストリートの思想ー転換期としての1990年代』を読み始めた

今月7日のdommuneにEP-4の佐藤薫さんが出られたとき、話し相手で出演されていたのが本書の著者 毛利嘉孝さん(社会学者で芸大准教授)だった。もう一人の話し相手 地引雄一さんはミクシィでEP-4を検索して、わたしのページに足あとを残してくれたので、彼の日記にコメントしたら返信を書いてくださった。音楽業界で活躍されている人のようだ。

そのdommuneのときに本書が紹介された。佐藤さんも読んだとおっしゃる。そしてEP-4のことも書いてあるとのことで興味を持ち図書館にあったので借りてきた。まだ全部読んでいないのだが、読んだところはとてもおもしろい。わたしが個人的な好みで遊んでいたことが、体系化されているというか、全体を見渡す観点で書かれている。
わたしの1980年代は70年代のジャズの友人たちから離れて新しい音楽にはまっていく時代だった。80年代に入るすこし前からパンク・ニューウェーブを聞き出して新しい友人ができ賑やかに遊んだ。離れていたミステリの新しい風に出会ったときでもあった。それが90年代になるとヴィク・ファン・クラブという存在と翻訳ミステリに耽溺ということはあったが、音楽から離れていた。このあたりの音楽状況をがぜん知りたくなってきた。自分史と客観的な時代的考察とを重ね合わせる体験ができそうだ。

SUBで春の気配を感じた

このメンバーの演奏が1月になかったので久しぶりにみんなの顔を見てほっとした。西山 満 QUARTET+1[西山 満(cell) 歳森 彰(P) 財 盛紘(B) 弦牧 潔(D) ] は相変わらずまじめな演奏だった。昨日までは大寒かったが今夜は暖かく、演奏も伸びやかで春の気配を感じた。客は少ないけれど、おおかたはいつも聴きにきている人で暖かい雰囲気だ。
もう少し客が多くてもう少し緊張感の漂う演奏を聴きたいとも思うが、この柔らかさが居心地よくて好き。有名ジャズ演奏家のコンサートへ一回行くよりも、こうして目の前で演奏するのを何度も聴いたらええのにと思うけど、それは好きずきだからしゃあない。でももったいないよ、こんないい演奏を聴いたら人生が楽しくなるのに、と思うのであった。
ドラムの弦巻さんがいつもと違う演奏だったが、こうしてやりつつ自分の音楽を探しているのだなぁと思った。ようわからんのやけど。
歳森彰さんはいま月に一度SUBに出るだけがライブ活動なので聴いておかなくっちゃ。