セミの声で目が覚めた

夏になるといまは亡き義弟が大阪勤務になったときの言葉「大阪はセミの声までうるさい」を思い出す。掲示板やSNSの初期のころはセミの鳴き声の比較とかよくしたものだ。

今年最初のセミの声は7月13日の朝、地下鉄駅にいそいでいるとき長堀通りの真ん中の植え込みから聞こえた。いっせいに声を出したという感じで、しばし止まって聞いていた。それからあとはツイッターなどでセミの便りを読むたびに、あれっ、ここはまだやん、と思うのだった。ツイッターではセミのツイートのほかにセミが鳴かないツイートもあったので、なにか異変があったのかしらなんて心配したりして。

今朝がたぐっすり眠っていたらセミの大合唱が聞こえた。おおっ、鳴いている! よかった〜と思いながらまた眠ってしまった。お昼頃も鳴いていたので「おお、夢ではなかった」と、うるさいのに喜んだ。
今年もくそ暑い夏がやってきた。

昔乗ったバス

今日は亡くなった義兄(次姉の夫)の33回忌だった。わが家が第二次大戦の空爆で焼け出されてからずっと住んでいた家に、姉の家族が家を建て直して住んでいる。
わたしはかなり長いことここに住んでいた。阪急沿線とはいえ不便なところで駅まで遠かったのを歩いたり自転車に乗ったりしていたが、バスが開通してすこしラクになった。あまり本数はないし、夜は早く終ったけど。
姪から電話で駅まで車で迎えに行くということだったが、昔みたいにバスで行くわと言ったら、この前といっしょやなと笑われた。前回は駅から歩いて道を間違え、お経がはじまってから到着して、センチメンタル・ジャーニーやってる間に迷ったんやと言い訳したのを覚えてたってわけ。
今日は慎重に梅田のバス停の場所と発車時間を調べておいた。バスに乗って窓から外を眺めながらの40分の旅だった。小銭もちゃんと用意してたし降りる場所も間違えず。

お経が長い上に説教も長いのを聞きつつ、義兄のことを回想していた。大正の末に生まれて、大阪で働き出したときに赤紙がきて中国戦線で戦って戦後復員した。戦線の話はせずに桃源郷って言葉はほんまやでと桃の林が美しかったことや、上官の馬の世話係をやっていたことなどを話してくれた。わたしも若かったからそれ以上のことを聞けなかった。

お昼は近所の和食店で懐石料理を食べながら姪ふたりとこどもたちとしゃべって笑った。今度彼らと会うのは姪の夫の三回忌である。

早朝の地震

昨夜は映画を見て、会報づくりをちょっとやってから日記を書いた。そしてお風呂に入って髪を洗って乾くのを待ちながら本を読むことにした。半身浴のせいで冷えていた足が温まったのはいいが痒くなり、本を読みながらばりばり掻いていたらおさまってきたのでようやく3時半ぐらいに横になった。痒くなるのはかなわんけど、温まったという体からの合図なのでオーケーなのだ。
そのまま一直線で夢の世界に入っていった。最近ときどき寝付きが悪いことがあるが、寝てしまえばぐっすり眠れる。どんだけ楽観的なやつか自分でもおかしい(笑)。

ぐっすりと眠っていると地震だった。ちょっとした揺れならさっと起きるのだが、今朝は揺れが大きかった。そのまま仰向けで運命を待ち受けていたが、かなり揺れたあと止まった。ああよかったと、起きてツイッターを読んだら続々と地震の報告が入っている。わたしもちょこっと書いておいた。
あとからyahoo! japanの地震情報を見たら、震源地は淡路島、深さ10kmとあった。大阪市は震度3となったが、体感震度は4だったよ。
時間が阪神大震災のときと同じくらいだったからよけいに感じたのかもしれない。あのときは片側の壁全面が本棚で上段の本が飛び落ちてきたっけ。
そんなことを思い出しながらまた眠りに落ちた。

父の思い出

昨日の夕方姉から電話で明日は寒いらしいよとのこと。明け方は0度になって昼間になっても4度とか。ほんまに12時過ぎたらぐっと冷えてきた。暖房費がコワイ。
午後買い物に出かけたら少しだが雪が舞っていた。マスクしてメガネかけて、帰ったらコートのホコリを払うのを忘れずに。
ホコリを払うので思い出したが、わたしの父親はきれい好きだった。古本や古レコードを買ってきたら雑巾で心ゆくまで拭いていた。こどもたちが帰ってくると外に立たせてハタキで払うのが習慣だった。掃除機がない時代は風向きを見て箒を使う。こどもたちは掃き終わった風上に移動させる。コートや上着は脱いで外で払う。
最近のわたしは洗濯物をとり入れるとき1枚1枚振っている。お父ちゃんとおんなじことをやってるやんかと思い出し笑い。そういえば風向きを毎日気にしている。父親は箒をどっちむけて掃くかだったけど、わたしは舞州からの風向きを気にしている。

晩ご飯は湯豆腐、その前に少々お酒を飲んだ。酒の肴は、新たまねぎの薄切りにかつお節とポン酢醤油をかけたのとたまねぎの葉と薄揚げを炊いたんと酢れんこん。湯豆腐は菊菜だけ入れ、最後は春雨。そして玄米ご飯。最後に煎茶で京都の山清水ってお菓子を食べてまんぞく。

まちあそび復活

昨日は本を読みヴィク・ファン・クラブの会報をせっせとやったが、足腰が弱っている感じで買い物にも行かなかった。風邪引きくらいでナンギなことやとがっくりだった。腕振り体操するのもしんどい。
今日は起きたときから元気で腕降り体操は200回。朝食は食べないので紅茶とビスケットを朝食代わりにして朝食後の薬を飲んだ。

昼ご飯を食べて片付けた。
さあ、元気だぞ、街歩きに出るぞ。
歩いて南船場へ行って、年末から行こうと言っていた相方が見つけたパンとケーキの店で、おいしいコーヒーとチョコレートケーキを食べた。道に面したテラス風なところに大きなストーブがあり、膝掛け毛布が用意してある。ケーキのチョコレートがすごくボリュームがあってうまかった。ここはパンもうまい。

バケットなどパンを買って、すぐそばのオーガニックカフェ&オーガニック食品店へ。相方が野菜や玄米を買っている店だ。カフェでオーガニックワインを頼んで和んだ。
自分らのお土産に店先で焼いている安然芋の焼き芋を買った。

お土産にマスク!

今日は天気がよかったが風が冷たくて寒かった。明日は午後から雨らしく、28.29・30日と連続して雨らしい。さっき洗濯して干したところ。雨が降り出すまでにいくらか乾いてほしいなあ、ほんまに冬は洗濯物を乾かすのに苦労する。

午前中に百貨店で頼まれた買い物してお昼前に姉の家に着いた。午前中はリハビリに行ってるから入って猫の相手をしていてと言われていたので合鍵で開けて入った。猫が2匹行儀よく玄関に座って待っていて、開けたらさっさと外へ出て行った。

天気がよいので布団干し、場所を開けるために物入れの整理、買って行った水了軒のお弁当を食べて、京菓子を食べて、しゃべりながら背中のあんま。あとはテレビで黒柳徹子のトークと2時間もの推理ドラマを見てしゃべっていた。

焼却のことを知らなかった友人が、先日の試験焼却の日になぜかわからないままに喉をやられマスクを買いに走った。次いで目がおかしくなったので、メガネをかけたらちょっとマシだったから今度はゴーグルかと笑っていた。
本焼却が近いと教えたら「ほなマスクを買うとかんとあかんな、絶対品薄になるで」という。うちはまず、体の弱い高齢の姉に60枚入りのマスク1箱をお土産に持って行った。大変な時代になったものだ。

大阪・本焼却前、住民説明会。 平成25年1月16日(水)19時〜20時30分。大阪市立此花区民ホール。 受付18時〜
大阪市のサイト「東日本大震災により生じた廃棄物の試験処理結果及び本格処理にかかる説明会を開催します」

わたしの大阪地図 千鳥橋

昨日「木下黄太講演会 7月17日 此花」があって、千鳥橋の此花区民ホールへ行った。千鳥橋へ行ったのは何十年ぶりになるかしら。西区に越してきた当時、散歩で足が伸び、気がついたら千鳥橋の駅のそばだったことがある。方向オンチの散歩は思っていなかったところへ着地する(笑)。それだって30年も前のことだ。そこから尼崎まで電車に乗って梅田行きに乗り換えて、千船で降りてみた記憶がある。長い散歩だった。
そのころの駅はまだ古いままだったからすぐにわかった。いまは高架になって駅前は知らない町にきたようだ。

ずっと昔、西淀川区で働いていたとき仕事でよく千鳥橋まで行った。通勤は梅田から阪神電車に乗り千船で降りた。会社から用事で千鳥橋に行くときは出来島駅から車両数の少ない線に乗った。あれは何線と言ってたかしら。伝法線? 検索したらアタリ! 千鳥橋には労働基準監督署と職業安定所があったように記憶している。阪神本線と同じ神崎川と淀川を越えるのだが、ずっと川下のほうになる。いまは千鳥橋から難波まで線路ができて、奈良や松阪まで行く電車を昨日見てびっくりした。いま路線図を見たら伝法(でんぽう)、福(ふく)、出来島(できじま)、大物(だいもつ)と懐かしい駅名が並ぶ。

職業安定所では友人が求人係をしていたので用事をつくって行ったものだ。世話好きな彼女のいうなりに横にちょこんと座って職の世話もしてもらった。結局は転職しなかったが。彼女は学者の卵と結婚したが若くして亡くなった。

今度は時間をたっぷりとってセンチメンタルジャーニーしようと思うが、いつも思うばかり。

大阪駅とnu茶屋町観光

横浜在住の妹が自閉症者の次男と里帰り(里はすでにないが)。おとといは姪の夫の一周忌に出席し、昨日は大阪在住の長男を誘って出かけて姉の家にも行き、大阪駅のホテルに泊まって快適な三連休を過ごしたようだ。三日目の今日は夕方の新幹線までわたしが接待することになった。姪たちにどこへ行ったらいいか聞いたら、大阪駅観光がいいって。時空(とき)の広場で待ち合わせしろって。そこへ行くのにどう行くのかわからんので早めに行った(笑)。
エスカレーターで上へ上へと昇るとレストラン街がある。どこもかしこも店の外に人の列が続いている。ちょうどいた店員さんに聞いたら1時間半待ちだそうだ。これはあかんわと景色を見るのもそこそこに降りて地上に。

梅田はシャーロック・ホームズ以外に食べるところに行かない。あいにく今日は月曜日で定休日である。阪急の食堂街に行こうかと思ったが、ガード下に食べ物屋さんばかりぎっしりあるやんと行ってみた。あったあった、和食屋さんが。そこでいちばん高いセットを頼んで落ち着いた。

夕方までかなり時間がある。茶屋町でも行くかと歩き出したが、暑い〜 顔や首筋に照りつけるお陽さんがすさまじい。nu茶屋町(ヌーちゃやまち)って初めて行った。昔ロフトに行くのに通った小さな家やお店がみんななくなってビルになっている。涼を求めてカフェに入ってパフェ。外を眺めると本屋みたいなので行ってみた。求めていた本がなく、しゃあないなと大阪駅へもどって、喫茶店でコーヒー。とにかく暑くてしんどいので座りたい。大丸で息子の職場へのお土産を買うのを手伝い改札口まで見送った。

そのまま帰るのも中途半端な感じがして堂島のジュンク堂へ。翻訳ミステリ読書会用の本と先日読んでおもしろかった「特捜部Q 檻の中の女」の2作目「特捜部Q キジ殺し」を買った。これは山田真さんが褒めてはったので早く読みたい。
帰ったらおとといの深夜にアマゾンの中古本で注文したルース・レンデル「ハートストーン」が届いていた。
ヴィク・ファン・クラブ会報を早く仕上げて読書したい。この3日間全然手を付けてないのでいつできるやら。

センチメンタルジャーニーと方向オンチ

この3年足らずのあいだに何度か葬儀があってその後の法要もある。今日は姪の連れ合いの一周忌に行った。阪急電車の三国駅から歩いて15分ほどの葬儀場にある別室で法要とあとの食事をするとのこと。三国は昔住んでいたところに近いなじみの場所。友だちもたくさん住んでいたしなじみのお店もいろいろあった。だけど40年くらい行ってない。いまどうなっているか見たくなって早めに出かけた。前回はいそいでいて三国駅から国道に出てしまったので思い出もなにもなかった。

今回は古い道を通ろう。駅から出るとロータリーになっていてタクシーが並んでいる。昔の狭い汚い風景が全然ない。うろうろして三国橋を探した。駅の位置が変わっていたのだ。橋のたもとに「三国の渡し」の解説の石碑が建っていた。落語「池田の猪買い」で「三国の渡しを渡って、十三の渡しを渡って・・・」の三国の渡し船があったところだ。昔は堤防があったのか覚えていないが、いまはきれいな散歩道になっているようだ。
橋を渡ると、びっくりするくらい変わっていない。新しい家もあるがたいていは古いままでお店も電気が暗くて、ほんまに昔みたい。たしかこのへんとアタリをつけて曲がったのが間違いの元で道に迷った。方向オンチなんだから時間が決まっているときは寄り道禁止にしないとね。まあぎりぎりでセーフということで。

長い読経と冷房の寒さをガマンしてようやく昼食になった。食べても汗をかかないのはいいけど。いつも暑いところに慣れているのでほんまに困る。
横浜から妹親子が来たので、姪の家までいっしょにつきあった。亡姉のミステリ本が大きな本棚いっぱいに入っているのから数冊もらって帰った。その話は明日。

酒井隆史『通天閣 新・日本資本主義発達史』を読み出した

図書館から半月以上借りていて最初の章だけ読んだまま置いてあった。実生活が遊びもネットも含めていそがし過ぎ。25日返却なのでいそいで読まなくちゃ。さいわい読みやすいのでいけそうだが、とにかく厚い本で734ページもある。いま210ページ。

序に小野十三郎の詩「秋冷の空に」が引用されている。そこには通天閣が〈大阪の灯台よ〉とうたわれている。わたしは20代のときに小野十三郎の詩集「大阪」を愛読していた。働いていた西淀川区の地名が出ていて、わたしはその道を詩にそって自転車で海へ向かって走ったことがあった。「姫島や千船ではあらゆる道は海に向かってはしっている」といまはうろ覚えだが、通勤時に神崎川の堤防を歩きながらつぶやいていたこともあった。川が海にそそぐところに立っている夢をいまも見るくらいだ。
小野十三郎というひとをそれきりしか知らなかったが、本書で生い立ちや生き方を知っておどろいた。もっていたイメージと違う。まず大きな勉強をした。

第一章が「ジャンジャン町パサージュ論」で新世界を語っている。わたしは新世界やジャンジャン横町と縁があると自分で思っている。こどものときは浅草育ちの父親があのあたりが好きでよく連れて行ってくれた。難波へ出て日本橋の古本屋をめぐって新世界へと歩いた。70年代には旭町のジャズ喫茶マントヒヒの常連になっていて、夜中に店を出て映画を見たり飲んだりした。
本書では新世界の歴史を細かく語ることで、大阪の資本主義初期のころのうごめきを語っている。いまわたしはスリリングな読書体験をしている。
(青土社 3600円+税)