レジナルド・ヒル「闇の淵」(2)

ヨークシャーの炭坑町の人たちの生活ぶりを興味深く読んだ。なにからなにまで近所に筒抜けの炭坑町の生活の様子が描かれている。男たちは酒と暴力で日々を過ごす。イギリスの労働者階級の暮らしを描いた映画は最近では「リトル・ダンサー」くらいしか思い出せない。だいたい映画を見てないからなぁ。コリンを「リトル・ダンサー」の町において考えたら、あてはまった。

炭坑って、わたしが知っているのは三池炭坑の社宅(炭住)に3日泊めてもらったことがあるだけだ。三井三池の組合員の娘さんたちが大阪で就職していたのを支援(?)していたので、連絡やら闘争後の主婦の会の人たちと会いたいとか、まあ若くてヒマだったのでできたこと。炭住の生活ぶりは都市下層労働者の我が家よりはずっとよく見えた。

炭坑での事件の解明に追われるダルジール警視、パスコー警部、ウィールド部長刑事だが、事件の捜査をする中で、パスコーとウィールドが理解しあうところがあってシリーズの醍醐味を味わった。
(嵯峨静江訳 ハヤカワポケットミステリ 1600円+税)

ヴィク・ファン・クラブ20周年の集い

なによりもたいした病気もせずに20年経ったのがめでたい。アレルギーの他はインフルエンザに一度かかっただけだ。そうそう転倒して歩けなくなったときがあった。それでもタクシーで例会に行ったっけ。会報は一回も抜かさず出してきた。だから会報は毎月来るのが当たり前で、例会日にはシャーロック・ホームズに座っているのが当たり前と思われてるのなら、即座にやんぴする(笑)。

今夜はともて楽しかった。関東からの2人の存在が大きい。交通費と宿泊費を自弁できてくださるのだからすごい。午後から心斎橋のホームで待ち合わせて大阪案内をした。
コースは、地下鉄心斎橋ホーム→御堂筋アップルストア(2年前に転んだ階段を現場検証笑)→アメリカ村あちこち→堀江(オソブランコ→チャルカ=雑貨とスイーツ)→西梅田シャーロック・ホームズ。
歩いても止まっても座ってもしゃべることしゃべること、まあしゃべるために来てくれはったんやから(笑)。

そして例会は、いちばん初期からのわたしとNさん、5番目のYさんがいて、あとは最近ご入会の方々。男子はHさん1人だけど、花束を持ってきてくださって感激。
Yさんの弾丸トークは20年前と変わらず、Nさんは相変わらずおっとり。関東勢も大阪人に負けない勢いだった。楽しかったよ20周年。

みんなが引き上げたあとは2次会(笑)。Hさんと遅くまでしゃべった。ヴィクシリーズを読み出した幸福とヴィク・ファン・クラブに入会した幸運ってあるんだから(笑)。

帰ってお土産にもらった小川軒のお菓子レイズン・ウィッチを食べてまた幸福。カンタンに幸福になれると笑わないで(笑)。いまは機嫌がいいんだから。

ヴィク・ファン・クラブ20周年

当ブログの「ヴィク・ファン・クラブ アーカイブ」を読んでいたら、いつも会報づくりのしんどさと人が集まらない例会について書いている。こうして毎月ぼやきながら会報を編集して送って、シャーロック・ホームズで例会の時間を過ごしてきて今月終わったら20年。
会報のほうはマンネリ化を避けたいと思いつつ作ってきたが、特に今年の311以降は会員みんなの考えが深まり、それが会報に反映されていてすごいことになっている。

今週の土曜日に20周年記念例会をすることにしたら、関東の会員が2人来てくださる。一人は日帰りで、一人はホテルをとっている。ありがたいわぁ。関西の人も数名が気張って来てくださる。うれしいなぁ。

今日は来月号の原稿が郵便でとどいた。A4にきちんとプリントしてあるが、引用の新聞記事を入れると5ページ!! 今月号を出したところへ2人の原稿が届いているので3人目。来月号はどうなるかコワイ。
とりあえず、明日は美容院へ行ってきれいにしてくる。

911原発ハヨトメロ!!デモin大阪

前回7月31日のデモのときは仕事が控えていることもあって早めに行って集会のみで帰ってしまった。あとから友人から聞いたところではちょっとだれ気味だったとか。そしてDJが選んだ曲について批判があったりして、次のデモの今日まで主催者にとっては大変なプレッシャーがあったと思う。今回はとても深く考え討論したであろう結果が出た素晴らしいサウンドデモになった。

四つ橋線の難波駅から近い大阪なんば元町中公園集合。2時からライブ、3時からリレートーク、4時半からデモ出発。デモコースは、千日前通りを西へ→なにわ筋北上→立花通を東へ→四ツ橋筋北上→アメ村に入って長堀通へ→御堂筋南下→元町中公園ゴール。

わたしはリレートークがはじまったころに着いたが、たくさんの人が集まっているのにちょっとびっくりした。今日は大阪では他に2つのデモ(中之島公園とうつぼ公園)があるんだから。
子どもたちは藤棚の下に集まって遊んでいる。公園横では軽トラックがサウンドデモ用に化粧中。中高年の人たちが多いし、もちろん子どもサウンドデモまで登場予定だから親子連れも多い。

リレートークもフリートークも言いたいこと、伝えたいことがきちんと伝わっていたと思う。言うことがある、伝えたいことがある。だからちゃんと伝わる。風が吹き抜ける藤棚の下で座って聞いていた。えらいさんの講演はいらんわ。

デモ出発、子どもサウンドデモを先頭に第一デモ隊が出発。わたしはもちろんサウンドデモについて歩き出した。せっかくだからサウンドカーのすぐ後ろにね。知り合いのDくん、Mちゃんが来ていた。元気な女子が力いっぱい踊る、踊る。「元気やね」と言ったらにたっと笑ってカワイイ。帰ってから動画を見たら彼女は最後まで踊っていた。

サウンドカーの横のMCも以前よりよい。30分くらいあとから「マイクフリー」となっていろんな人がマイクを握った。ダントツよかったのが、黒いシャツに赤いスカートの女子。語呂合わせ的な日本語がうまくて、自然にシュプレヒコール。立花通りからアメリカ村にかけて車道のない道を歩くのにすごくよかった。アメリカ村を歩きながら「よかったよー」と言ったら「気持ちよかったー」だって。今日でデモは2回目だそうだ。また会いたいな。ということで、わたしは「ここで脱落するわ、またね」と帰ってきた。

「911原発ハヨトメロ!!デモin大阪」へ行く

月がとてもきれいだ。12日(月曜日)が中秋名月。
今日は暑かった。いまも暑いがちょっと涼しい風が入ってきた。涼しい日のあとで暑くなるのはかなわん。お彼岸過ぎまで暑いから熱中症に注意とさっきネットニュースで読んだ。まあ暑くても日が短くなったのはいいな。西日が入るのがだいぶましになった。

さて、11日はデモに参加する。原発事故から半年、大阪では3カ所でデモがあるが、わたしは友人が関わっているサウンドデモに行く。

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普通のデモ、サウンドデモ、さらには子どもサウンドデモまで登場予定!!
サウンドデモで原発止めるまで騒ぎ続けるって方は、是非、楽器持参で!!
コスプレ、トールマン、グランドピアノ持参なんでも歓迎!!

日時:2011.9.11(SUN) 
集合場所:大阪なんば元町中公園
14:00〜ライブ!!
15:00〜リレートーク
16:30〜デモ!!
デモコース:千日前通りを西へ→なにわ筋北上→立花通を東へ→四ツ橋筋北上→アメ村に入って長堀通へ→御堂筋南下→元町中公園ゴールの予定

○ライブ出演者
あうんさん・すうじぃ
和樹(わじゅ)
まちゅこけ
ジェロニモレーベル

○サウンドカーDJs
killer (LOSER/IMMEDIATEATTACK!)
handa (JACKFORDAZE)
dol-lop (TIGER WEST)

楽しき雑談

「楽しき雑談」は中野重治の本のタイトルで、内容は忘れたがタイトルだけは覚えていて、この日記でもすでに使わせてもらっていると思う。このタイトル大好き。
今夜はヴィク・ファン・クラブの例会日だったが、大阪市観測史上最大の雨量だったくらいだから、だれも出てこないと思ったものの、そこは生真面目君のわたしのこと、ちゃんと6時にはシャーロック・ホームズに座っていた。
いつもギネスとなにかなのだが、今日はお腹を減らしておいてタイカレーとサラダとウーロン茶という食事メニュー。食べているさなかに京都からYさんが来た。京都は雨ではなかったそうだ。彼女はギネスとサンドイッチで遠出が楽しそう。わたしは食後にアップルサイダーをたのんでおしゃべりが止まらない。
先日ははずまない会話に、残り少ない人生の時間がもったいないと思っていらいらしたが、今日は雑談ほど楽しいものはないわと思いつつ笑い転げていた。
グループの男女がダーツを教えてもらって楽しそうにやっているのに、Yさんが「がんばって」と声をかける。次回は挑戦するかもね。そういえばOさんが去年来たときはダーツを楽しんだっけと思い出した。Oさんは12月に大阪でライブをやるのでまた会える。ダーツする時間あるかな。
最後はアイリッシュコーヒーで〆て機嫌良く帰ってきた。

オフ会で手渡しした会報の反響がうれしい

いったん涼しかったのも昨日で終わり今日は蒸し暑い。涼しい数日があっただけによけいに暑い。
今度大阪へ行くときに会いたいと春から言っていたHさんと、彼とはずっと前からネットで親しくしているヴィク・ファン・クラブ会員のNさんと、3人でシャーロック・ホームズでオフ会。

Nさんに会報を手渡したほうが早いと思って持って行ったのがすごく喜ばれた。1ページ1ページを丁寧に見て、それぞれの原稿についてコメントするのに返事をして、書いている人の説明をした。この会にはパンクロッカー、クラシック指揮者、テクノDJがいることや、いま福島のこどもたちのために頑張っている医師、モンゴルに核廃棄物処分場を作ることに対して反対運動をしている医師。そして翻訳家と多彩な人たちがいる。そしてさまざまな場所でそれぞれの生活している会員たち。改めて会報を続けて出そうと決意した。それだけどうしようかなと思っていたってことだが(笑)。

行きしにジュンク堂へ寄って、ロバート・クレイス「天使の護衛」とベンジャミン・ブラック「溺れる白鳥」を買った。両方ともRHブックスプラス発行。早く読みたい。

サウンドデモ出発前まで

今日はサウンドデモの日、午後2時に間に合うように出発して会場の西梅田公園へ。いつもと同じ西梅田駅なのだが地下鉄を降りて左折するとまるで別世界。地上へ出ると、元中央郵便局の建物と新しい大阪駅が見える。その反対側を進むと劇団四季の入り口があり、ザ・リッツ.カールトン大阪があり、その向こう側に公園があった。ここがどこか見当がつかない。見渡すと公園の横に「出入橋のきんつばや」と書いた壁。それでようやく場所がつかめた。福島西通り、出入橋、桜橋と続く通りがあったところだ。会社勤めのころ、きんつばを買って帰ったことが何度かあった。

公園は高速道路の下にあって日が当たらないし風が通って涼しい。2時からライブがはじまり、その後にリレートークと対談という段取りで4時に終了して4時半にデモ出発である。
ライブの間にだんだん人が増えてきた。前をどこかで見たような顔が通ってもどってきた。10数年前に知ってた女性だ。わたしが豊中市の女性会館のようなところで、ミステリについて講演(?)したときに来ていて、2年ほどつきあっていたひと。対談がはじまったときにはツイッターで知り合った初対面の男子がきた。昔の知り合いといまからの友だちとデモで会う。また楽しからずや。

リレートークは井戸謙一(弁護士、元裁判官)、平賀緑 (Midori.info – 持続可能な食とエネルギー)、原口剛 (Urban-Social geography) 八木美砂子(子どもたちを放射能から守る全国ネットワーク) さんの4人で、いま実際に動いている人の生の声を聴けてよかった。

対談は、モブ・ノリオ(作家)さんと、酒井隆史(社会思想研究) さんと、司会が知り合いのDJ Handaさん。どんな話になるだろうかと真っ正面に座って聞いた。モブさんはのりのりで話したが、場を盛り上げようとされる気持ちが先に立っていたように思う。酒井さんはつぼをおさえた話ぶりがさすが。handaさんはお二人と以前からの知り合いで、自然な話ぶりがよかった。

肝心のデモはさぼりました。新旧の友人とその他のひとにさよならを言ってまっすぐに帰宅。

「福島の子ども達を救え小児科医ネットワーク」の放送をユーチューブで

7月7日の日記は〈「福島の子ども達を救え小児科医ネットワーク」と山田真さん〉というタイトルで書いた。
7月5日の夜、ケーブルテレビ「朝日ニュースター」8時からの「ニュースの深層」で医師の山田真さんと上杉隆さんの対談があった。わたしはケーブルテレビに加入してないので見られなかった。それでミクシィ日記で見た人は報告してほしいと告知したら、Hさんがわたしへのコメントとご自分の日記に丹念な報告を書いてくださった。それをヴィク・ファン・クラブの会報に転載させていただいたのを読んだ会員のTさんがユーチューブを見つけた。そのツイートをさっき読んで、見たところである。
「福島の子どもたち 放射線の影響と健康状態は?」 1〜3まである。

ドキュメンタリー映画『ダーク・サークル』はユーチューブで見られる

ビデオの整理をしていたら30年前のドキュメンタリー映画が出てきた。「DARK CIRCLE 1982/アメリカ AUG.1987(10ch録画)完全版 字幕」と几帳面にシールが貼ってある。キャノンのワープロを使っていたころだ。テレビで録画しつつ見てそのまま押し入れにしまい込んで以来見てなかった。たしか原発の映画だってことしかわからないで再見。

30年前のアメリカにおけるプルトニウム汚染と放射能反対闘争を描いた映画だが、まるでいまの福島を見ているようだ。プルトニウムは安全というダマし文句だって同じだ。説明会で政府・会社側の美貌のできるタイプの女性が集めた人たちを強弁で説きふせる。日本にもこんな評論家がいたっけと思い出した。

ある男性の話は、娘さんのちょっとした怪我が治らないので病院で診てもらうとガンとわかり、足を切断するが、その後死亡。子どもに早く影響が出るのだ。
また違う話で、その地にある家を売って子どものいる家庭が去って行く。小さな子どものいない人に売りたいと言っていたが、結局、買い手は幼い子どものいる夫婦だった。その地についてなんの説明もせずに売り手は去って行った。

ひとりの女性が近所の家々を回って話し合いましょうと呼びかけ、座り込みデモまで発展するが警察に排除される。
最後には完成した原発工場に欠陥がいろいろ見つかり操業ストップになる。さすがアメリカというべきか、日本だったら早急に対処して操業開始になりそうだ。