ユースト生中継「東日本大震災について」孫さんと後藤さんと田中さん

この2・3日は朝方(おそい朝だが)になるとヘンな夢を見る。寝言を言うし(その声で目が覚める)、手を振り回していたりして目が覚める。だいぶ神経が疲れているようだ。こういう不安なときでも年の功で乗り越えられると思ったら大間違いだな。どこかでぱぁっと豪遊して気晴らししたいと思っても先立つものがなし(笑)。それよりもきっぱりと現実に向かい合ったほうがいい。

そこでネットというのはなんやけど(笑)、今夜9時から12時までのユースト生中継「田原総一郎×孫 正義 対談 〜東日本大震災について〜」はよかった。本番がはじまる前にソフトバンク社員からの被災地の報告などがあったが、その席でソフトバンクからの寄付が10億円、孫さん個人の寄付が100億円と発表があった。ツイッターで孫さんは寄付をしないのかと質問があったが、その答えを今日出されたわけだ。
「田原総一郎×孫 正義 対談」となぜか2人の名前になっているが、元原発設計者の後藤政志氏と田中三彦氏と4人の出演、途中で田原さん退席で孫さんと後藤さんと田中さんの鼎談となり話が深まった。
後藤さんと田中さんのお話は何度かユーストや雑誌で伺っているが、今回も真摯な態度での事故の危険を話されていた。ところが田原さんが話を遮ってアサッテの方向へもっていこうとする。知ったかぶりがまるわかりの発言をする。孫さんの受け方がまともだからよけいにいやらしい。途中で退場されたあとは孫さんが席を移され3人でぐっと親密な感じで話が進んだ。ほんとに真面目な話が続き3時間を長く感じなかった。

ヴィク・ファン・クラブ例会日、その前に細野ビルヂング

マイケル・コックス「夜の信義を」をおおかた読んだのだが、今夜はまだ感想が書けそうもない。ツイッターの読み過ぎだが、いまいちばん興味のあるところだからしゃあない。原発事故について勉強中。勝間和代って最初から好かんかったがほんまに好かんわ。上野千鶴子とどっこいどっこいに好かん。

今日はヴィク・ファン・クラブの例会日なので、ジュンク堂へ寄ろうと思って早めに出たら、細野ビルの近くで細野さんとばったり出会った。ちょうどいいところで会った、話があるからお茶を一杯と言われてビル内へ。話というのは、今日細野ビルでやるはずだった大阪市西区の催し「魅力伝道師による音楽のある写真展覧会」が地震のために中止になったことだった。ここんとこ細野ビルにはご無沙汰していたので知らなかった。
午前11時から午後5時までの写真展示と音楽演奏(リコーダーと鍵盤ハーモニカ)という静かなものなのだが、自粛することになったのだという。急なことで展示者と出演者には知らせたが、肝心のお客さんには知らせることができなかったため、来た人に謝って帰ってもらうしかない。一人一人にビルを案内するにも、入場者が重なってしまうとできない。区役所からはだれも来ないので、細野さんは昼ご飯を食べずに朝から夕方まで一人で対処していたという。
そのパンフと中止と書いてある紙を「細野ビルヂング情報サイト」に載せてもらいたいというのがわたしへの依頼だった。オーケーしてあわてて梅田へ。

ジュンク堂滞在時間は30分になったが、目的のサラ・パレツキー「レイクサイド・ストーリー」「センチメンタル・シカゴ」をまず買った。サラ・パレツキーとVFC普及のために、貸本屋「アンポポ」に置いてもらう。本にはVFCの名前とわたしのメールアドレスを貼っておく。
もう1冊、ピーター・トレメイン「死をもちて赦されん」を買った。修道女フィデルマのシリーズの最初の作品がようやく訳された。7世紀アイルランドの物語なので、読みやすいのが最初に訳されていた。ちょっとお店で読み出したら、若きエイダルフが出てきた。おっ、フィデルマと初対面のシーンがこれからあるのね。興味しんしん。

例会のほうはいっぱい食べておしゃべりふっとう。フィッシュ&チップス、ソーセージ炒め、サンドイッチ、すじ肉のワイン煮、そしてギネスとアイリッシュコーヒー、今宵は肉食可で胃袋がびっくり満足、おしゃべりで気分も満足。

『東京に原発を』の広瀬隆さんを思い出して

昨日は大地震と大津波のニュースから目を離せなかったが、今日は福島第一原発の爆発事故のニュースに釘づけだった。
避難勧告が出たから避難しようとした人たちが1号機の爆発で被爆した。こんな理不尽なことがあっていいのか。あんまりだ。
避難勧告の出た地区の地図を見たら半分が海にかかっている。広瀬隆さんの著書「東京に原発を」を思い出した。安全でないとわかっているから人口の少ない海に近いところを選んでいる。安全やったら東京に原発をつくったらええやんか。

80年代だったと思うが、アメリカ村のサンホールで広瀬隆さんの講演を聴いたことがある。若い人が企画したものでホール全体が興奮した若者であふれたいた。広瀬さんは時間いっぱい原発の危険を訴えておられた。
だけど原発はなくならなかった。いまも中部電力による上関原発計画がある。

東北地方太平洋沖地震

午後のひととき、そろそろお茶にしようかと思いつつパソコンに向かっていたら、揺れた。いつもの地震のときのようにストーブを消しガスレンジの元栓を切ってドアを開けた。またゆらゆら揺れた。テレビをつけたらもう地震速報が出ている。見ているとまた天井から吊った電灯の笠が揺れている。東北の地震なのに大阪も揺れている。
一応、緊急用リュックとパーカを出して暖かいセーターに着替えた。

それからはテレビを見てはツイッターを読み続けていた。関東地方もとわかって横浜の妹に連絡したいが電話がつながらない。ツイッターをやっててくれたらいいのだが。

数年前のお正月に、ニューギニア島の西パプア州の津波情報を日本のテレビは放送しなかったのでBBCやABCのニュースを見続けていた。そのときは日本でも起こる可能性があると思ったのだが・・・いま、大津波の映像を見ている。

おばちゃん、おばあちゃん、とか、わしは言われとうない

さっきツイッターをやりながら相方が怒っているので、どないしたん?と聞いたらこういうことだった。ロイターの記事に『「おばあちゃんDJ」、フランスのナイトシーンを席巻』というタイトルがあって、このタイトルはないやろということ。
パリで69歳の英国人女性ルース・フラワーズさんのDJとしての才能に注目が集まっているという。サングラスでおしゃれなかっこしたルースさんの写真がある。すごーくカッコいい。相方の言い分は「おばあちゃん」とはなんやねんということ。そんならおれは「おじいちゃん」か、言われとうないわということだ。

わたしも経験がある。神戸の震災ボランティア「週末ボランティア」に参加していたときのこと。若いだろう女性に「おばちゃん」と呼ばれた。一度目は「あんたのおばちゃんとちゃうで」と言ったが、二度目は無視した。だって「おばちゃん」とちゃうもん。周りの人たちが息をのんでいる。言った本人もじっとしていたが立ち去った。仲間とべちゃべちゃしゃべりながら。その後のレクチャーのとき、代表が「おばちゃん」は使わないようにと言った。「おかあさん」と言いなさい(笑)。

おてんとさんが見てる

懐かしい言葉だ。母親かその母親であるおばあちゃんが言ってたのか。長いこと忘れてたわ。悪いことをしたら誰もいなくても「おてんとさんが見てる」からやったらあかん。神様や仏さまが見ているのではなく「おてんとさんが見てる」というのがええなぁ。

日曜日早朝の小沢一郎さんのテレビ出演はよう見なかったが、さっきユーチューブで録画を少しだけ見た。理路整然と話されていたが「おてんとさんが見てる」という言葉がわたしを捉まえた。そうやそうや、おてんとさんが見てはんのや。いまのことろ、おてんとさんに見られて恥ずかしくないよな、と我が身を振り返った。

ヴィク・ファン・クラブの会報を昨日今日で仕上げたので明日送れる。22日が例会日なので早めに到着するように頑張った。今月の目玉記事はモンゴルからの会員のおたより「モンゴル語学習奮戦記」です。

女どうしの会話はつきることなく

以前は男の子としゃべるのが好きだったのに、最近は女の子とのおしゃべりのほうが好きだ。なんでやろといま考えたが、昔は男の子とよくつき合っていたからで、いまは女子とつき合うことが多いから(笑)。まあ、女子でもつまらん子がたくさんいるし、男子にも気のあう子(?)がいる。以上すべてわたし基準なので客観性はない。

今夜は大人の女性二人と魔女会議。お二人は魔女タイプではないけど、わたしが入っているからそう言わせてもらう。食事をしながらとどまることなく3時間。ミステリとサラ・パレツキーさんとヴィク・ファン・クラブの会員のこと。そして乙女読書家たちは「ジェーン・エア」で盛り上がるのであった。おもしろかった〜

市民が訴える「大阪宣言」御堂筋デモ(集合場所だけ参加)

今日のお昼前から「大阪宣言」御堂筋デモを行うと先日ツイッターに告知があった。なんと集合場所がうちの近くのうつぼ公園なのだ。どんな人たちがどれだけ集まるのか気になって行ってみた。わたしは膝が悪いからデモは無理なんで、野次馬で集合場所にのみ参加。
ぶらぶら歩いて11時前に公園に到着すると東側の広場にたくさんの人が集まっていた。世話役の人にチラシをもらった。天気はいいしのんびりした感じである。

チラシには「我が国のマスコミの偏向報道、政治の閉塞、司法の腐敗を打ち破るために、我々は以下の宣言を行う」とあって、〈市民が訴える「大阪宣言」〉が記してある。「小沢を支援し、小沢に我々の気持ちを託すために決意しました。」ともある。わたしが今回のデモになぜ興味を持ったかというと、民主党の代表選挙のときのヨドバシカメラ前の広場での小沢さんに対する拍手とうねるような歓声をテレビニュースで見たからだ。大阪市民は小沢さんを支持して集まっていたのか、行って自分でその様子を見たらよかったと思った。
チラシには「六甲おろし」の歌詞もあったのが大阪らしい。

動員とかなしでこうして集まってくるのだからすごい。30分ほどしてこれから出発と呼びかけがあった。四ツ橋筋から御堂筋へ出て南下し難波へ出る。わたしは見送ってからすぐに帰ったけれど、ざっと勘定して1000人を越えてると思った。ツイッターでは1300人と書いている人がいた。年配の人が多い静かなデモだった。

女性ライフサイクル研究所 20周年記念イベント

クレオ大阪中央のセミナーホールで催された「女性ライフサイクル研究所 20年の歩みとこれから〜人生の楽しみ、事業の歓び〜」に参加してきた。去年の11月はじめに「NPO法人 FLC安心とつながりのコミュニティづくりネットワーク 第7回年次大会」が催された場所だ。今日も連れ合いといっしょに参加した。

第一部は司会を津村さんが担当されてはじまった。
20年前に小さな子どもを連れた母親たちが集まってはじめた女性ライフサイクル研究所(FLC)が、着実に歩んできた道のりを西さんがパワーポイントを使って紹介された。この20年、FLCが子育て、虐待、性暴力、DVなどのさまざまな問題の支援活動に取り組んできたことがよくわかる紹介だった。
次に14人のスタッフがずらりと並んで自己紹介。みんなそれぞれ賢そうで活発でおしゃれでイキイキしている。

次はゲストを招いての鼎談。
多田千尋(芸術教育研究所所長 / 東京おもちゃ美術館館長)さんと上田理恵子(株式会社マザーネット代表)さんと村本邦子(女性ライフサイクル研究所所長)さんが「人生の楽しみ、事業の歓び」というテーマでそれぞれの人生と仕事について話された。わたしは「人生の楽しみ」は人一倍味わっていると思うけど、「事業の歓び」というところはさっぱり関わりのない人生を歩いてきた。でもおっしゃることはよくわかって笑いながらうなづいていた。

鼎談が終わって参加者からの発言。
発足当時に子ども連れで参加されていた人が、ずっと活動を続けてきていまに至っている報告などのあとに、発言者が途切れたとき、司会の津村さんに指名されてしまった。わたしはこの場で話すような活動はしてないので困ったが、FLCとのつき合いはじめのこと、上田さんの話されたことへの共感(いろんな事業展開のうちの独居女性に話し相手を派遣する仕事)、サラ・パレツキーさんと19年間続けてきたヴィク・ファン・クラブのことなどを話した。

第二部はパールノート(長川歩美+村本邦子)によるピアノ・コンサート。
リスト、ショパン、ラフマニノフ、シューベルト、ガーシュインを独奏と連弾で。二人ともステキなドレスで楽しんで弾いているのが楽しい。ユーモアあふれる津村さんの解説つき。

いろいろと元気をもらって雨の中を帰ってきた。たくさんの参加者で熱気と善意にあふれたいい会合だった。

ヴィク・ファン・クラブ会報10月号は、特集「サラ・パレツキーさん 日本の日々」

ようやく会報ができた。今月は特集「サラ・パレツキーさん 日本の日々」、明日送る。東京でのサイン会&ミニトークと日本ペンクラブの講演会に参加された人たちの詳しい報告や感想。そして奈良での食事会と翌々日のお見送りと、じかにサラさんご夫婦と接することができたメンバーの報告が楽しい。参加できなかった人からの熱いメッセージもうれしい。

サラ・パレツキーさんから日本へ行くこと、最後に関西へ行くつもりなので奈良で会いたいというメールをいただいてから、何度かのメールのやりとりで場所や時間が決まっていった。その日に奈良へ行けるメンバーは自然に決まった6人で、東京、岐阜、名古屋、神戸、大阪×2が当日午後に集まった。

メールをいただいてはいるものの、ご自身のツイッターで15年前に会ったヴィク・ファン・クラブの人たちと再会したい、そしてブログでは再会した写真も載せてださった。世界に向けてだからうれしい♪