6/5原発卒業式+サウンドデモ

午後3時からの南堀江公園集合での「原発卒業式」のセレモニーを30分遅れて、デモは千日前で離脱したが、とても充実した時間を過ごせた。

公園に近づくと音響が響いていた。三々五々という感じで人が集まっている。警官がたくさんいたなぁ。ヒッポホップ調での呼びかけとか楽しい演出で4時に出発。
トップに軽トラック(トラックサウンドシステム)が行き、そのあと踊りたい人たちということで、わたしも相方につられてここに入った。最初は演歌で次からはのりのよい曲が続くのを踊りながらついていく。次のグループはリヤカー(リヤカーサウンドシステム)でライブやったんかな。
浪速筋をわたってオシャレな立花通り商店街を練り歩く。道幅が狭いので見ている人との距離がない。2階から眺められたりお店のガラス戸をとおして眺められたり。日常的に歩いている道が新鮮に感じられる。四ツ橋筋へ出てアメリカ村へ入る。ここは車なし。相方がつくった旗(不用布団カバーを切って「だだ漏れ放射能で オレ達に明日はない! 原発止めろ!」と書いてある)を二人で持って歩いた。
ますます日常的な長堀通りへぶつかって御堂筋へ。車が待っていてまたサウンドつき。なんといっても心斎橋やん。気持ちよいことこの上なし。知り合いが入ってきていっそう盛り上がる。
御堂筋に出てからアルトサックスの音に気がついた。ケースを背負って吹き続けながら歩いている。「すごくいいです」と声をかけたら「吹いて気持ちを現さんとね」と返事があった。これこそフリージャズ。
千日前通りに入ったところで離脱。

立花通りからアメリカ村とちょっと考えられないデモコースを思いついた人に感謝。

千日前から難波ジュンク堂へいって本を買い、3階の喫茶コーナーでコーヒーとワッフルで足を休めて高島屋に寄って帰宅。お風呂が気持ちよかった。
買った本は、マイミクでフォロワーの館山 緑さん「しあわせな恋のはなし」とミシェル・ティ「ヴァレンシア・ストリート」。

「ネットワーク放射能汚染地図」それからVFC例会、その後にパーティ(WwW)

 

お昼に起きて3時からテレビでETV特集「ネットワーク放射能汚染地図」を見た。評判になっていたのを3回目の放映ではじめて見た。涙なしでは見られない過酷な現実が次々と映し出された。静かに暮らしている人たちの上に降りそそぐ放射能。こんな無惨なことをされる覚えがない人たちの上に過酷にも・・・。

4時半に終了したのであわてて支度して西梅田へ。ジュンク堂で新刊案内を見て読みたかったジョージェット・ヘイヤー「紳士と月夜の晒し台」という奇妙なタイトルの文庫本と「ミステリマガジン」7月号を買い、VFC例会場所のシャーロック・ホームズへ。はじめてあったYさんと楽しい4時間を過ごした。よくしゃべりよく笑った。ミクシィやメールで親しくなって入会された方だが、会ってしゃべると距離がぐっと近くなって楽しい。こういう楽しさがあるから会を続けている。わたしは人間(好もしい人にかぎるが)が大好きなんだなぁ。

11時に相方と地下鉄の駅で待ち合わせて西本町の画廊ACDCへ。ここで開かれているパーティに相方が招待されていて、〈お連れさま〉一人オーケーなのでくっついていった。ライブとDJを3時間。爆音が気持ちがよくてぼーっと聴いていた。
まだ他へ行くという相方と別れて帰宅。食べたら元気になるというローチョコが1個だけあるのを出かける前に半分、帰ってから半分食べた。まだ眠くないのはそのせいかな。

『フォン・シーラッハのベルリン讃歌』

おととい書いたフェルディナント・フォン・シーラッハの短編小説2編とともに「ミステリーズ!」にあった「フォン・シーラッハのベルリン讃歌」に惹きつけられた。2011年1月11日の「ベルリン新聞」に掲載されたものである。

シーラッハの「犯罪」は評判になりいろいろな賞を受賞したが、「ベルリン新聞」が主催するその年に活躍した文化人が選ばれる〈ベルリンの熊賞〉の文学部門でも受賞した(この賞は過去にバレンボイム、ニーナ・ハーゲン、ヘルムート・ニュートンも受賞している)。
そのときに彼が「ベルリン新聞」に寄稿したのがこの「フォン・シーラッハのベルリン讃歌」である。

実は木村二郎さんの他におもしろい読みものはないかとページをめくっていて見つけた「ベルリン讃歌」の文字。わたしはなぜかベルリンが好き。行ったことはないけど・・・。というわけで作品よりもさきに読んだ。しかも最後をさきに読んでしまった。そして、すげえ! ええこというてる、と感服して最初から読んだ。

「私は黒い森のイエズス会寄宿学校で育ちました。」から文章がはじまるのだが、その学校の先生である神父についての話があり、変な宿題を出したと回想する。ある日、彼は使い古しの皮のカバンを持ってきて「この中に自由の本質が入っている・・・」次の週までなにが入っているか考えるようにいう。
カバンを見せた日と開いた日の記述のあいだにシーラッハはベルリンについて書いている。〈五百を超す教会とヨーロッパ最大の刑務所〉〈人々は雪に文句をいい、夏にケチをつける〉の見出しで簡潔にベルリンのこと、住民のことを説明している。

次の週に神父はカバンから棚から出してゆっくりと開ける。中には派手な色合いの大衆紙が入っていた。神父は大真面目にいった。「決して忘れてはいけない。これこそ、自由の本質である」。
(「ミステリーズ!」2011年4月号 東京創元社 1200円+税)

デモには遅刻、あとのピクニックは参加

3時集合とわかっていたけど、このまえ中之島でずいぶん待ったので30分ほど遅れて行ったら、今日は時間通りに出発していて公園はからっぽ。あわてて立花通りからアメリカ村へ向かって追いかけた。わたしは足が遅いから相方が先に追いかけて合流。わたしは心斎橋から難波まで地下鉄というずるをして難波で合流した。だからサウンドデモを体験せずだった(泣)。次回は遅刻しないように行かねば。
それから浪速公園まで歩いて解散。今回は距離も短かったし歩くのも早かったらしい。わたしのツイッターを読んで来たという昔の知り合いが声をかけてくれて帰って行った。

主催者が参加者は1000人弱と言うてはったが、やると決めてから実行日まで短かったのによく集まったものだ。
ツイッターの書き込みに「ツイッターだけで、よくまあこれだけ集まったもんだ。しかも年齢若い。私など肩身が狭いくらい。」とあったが、ほんまによく集まったものだ。年齢若くて肩身狭いって、大きな顔してわたし入ってましたよ(笑)。

まだ日は高くて暑い。よかったら公園でピクニックという声があって飲み物を買いに行く人がいて、気持ちよく石畳の上に円をつくった。こんなことでもないといつも家にいるからうれしい休日。

この前のときは暗くなっていたので気がつかなかったが、浪速公園はとても大きな公園で緑が多く、大きなポプラの木があり、クローバーの草っ原もある。ただトイレが閉じてあって使えない。外へ出てコンビニのトイレを借りて「週刊現代」とお茶とお菓子を買った。細い三日月が出ていて薄い雲もあって、とてもすてきな夕暮れから夜だった。

帰りにアップルストアに寄ってそのうち買うべきiPad2を見て「黒」に赤いカバーを買うことに決めた。それからまた歩いて四ツ橋へ出て、辛いもんやギロチンで晩ご飯を食べて帰った。ツイッター読んでお風呂に入ってお茶しながら「週刊現代」読んで・・・これ書いたから寝よう。

原発止めよう! 4/16 御堂筋デモに行った

音楽系の知り合いが張り切っているのに誘われて今日は午後から反原発デモに出かけた。その前にプラカードづくり。仏像の写真を入れて「STOP ザ もんじゅ」〈「もんじゅ」は敦賀にある原発(高速増殖炉)。名前を文殊菩薩からとったということで、菩薩をもってきた。ただし、ここで使っているのは文殊菩薩じゃないよ。相方 談〉とした。A4でプリントしたのをB4に拡大コピーして段ボールに貼りつけた。
歩いているときカメラを持った女性に写真を撮らせてほしいと頼まれた。プラカードのデザインがユニークでいいって。今日に限ってだがコンクールをしたら3位だそうだ。

淀屋橋まで地下鉄で。橋の上から公園を眺めると人がいっぱい。すぐに知り合いが2人見つかりいっしょに行くと、子連れを含めた数人が輪になっていたのでそこで立ち止まった。
ちょうど旅行に行くときの荷物くらいのキカイ(わたしは全然わかってません)から音が出ている。これを引いて歩くらしい。だんだん人が集まってくる。数年前に細野ビルで一度会ったMさんが、きっと来てはると思ったと遠方からのご参加。これもツイッターがあるから。

4時前に着いて出発は4時半過ぎだったかな。和やかに出発したが道路に出るとすこし緊張した。御堂筋の車道を歩くのは気持ちよい。わたしたちは後ろのほうで、前から見てきた人によると、ここいらがいちばん賑やかとのこと。洋楽と太鼓、そしてなんだか音の出るものがいろいろ。
淀屋橋→本町→心斎橋はビジネス街だから人が少ない。心斎橋を過ぎるとクルマが多くなり、歩道には人が多くなった。

わたしは膝が悪いので途中で抜けようかと思っていたのだが、音楽と友だちと歩く快感に引っ張られて歩きとおしてしまった。難波から右へ曲がってけっこう行った公園で解散。主催者が解散した公園で数えた結果が3000人とか3500人とかだそうだが、千日前あたりで抜けた人が多いから合計4000人と書いている人もいる。帰り道で7時だったから6時半頃に解散だったかな。

帰り道で大きなビルにスーパーライフが入っているのを発見して出来合い食品を買って帰った。お酒を飲んだら疲れが出てきてぼーっとしていたが、遅くなってからツイッターを見た。なんと先日ツイッターで再会した30年前の知り合いが「お疲れさま」のあとに先日の高円寺のデモに行ったとあってびっくり。お嬢様やったあの子がと感慨にふけったりして・・・夜が更けてきた。

そうそう、もう一人フォロワーさんが参加されていて同じあたりにおられたとのこと。こちらは読書家の若い男性である。ツイッターの縁はすごいわ。

地震!

ピーター・トレメイン「死をもちて赦されん」の(2)を書くつもりだったが地震で動揺して書く気になれない。
12時前に片付けがすんでツイッターを読みだしたら新しい書き込みが地震。そのあとはどんどん地震のツイートが続く。テレビをつけていっしょに見ていた。新しい書き込みが積み重なっていく。大阪は揺れなかったけど、揺れたすごく揺れたという書き込みに動揺してしまった。

「女川原発、外部電源三系統のうち二系統を喪失」「六カ所再処理工場も外部電源アウト。非常用ディーゼル発電で冷却」(NHKニュース)。

津波警報は1時前に解除されたが。
えーっ、こんなツイートが・・・「同時刻にメキシコにて マグニチュード 6.5が発生」(Herald Sun)。地球が怒っているのか。

ユースト生中継「東日本大震災について」孫さんと後藤さんと田中さん

この2・3日は朝方(おそい朝だが)になるとヘンな夢を見る。寝言を言うし(その声で目が覚める)、手を振り回していたりして目が覚める。だいぶ神経が疲れているようだ。こういう不安なときでも年の功で乗り越えられると思ったら大間違いだな。どこかでぱぁっと豪遊して気晴らししたいと思っても先立つものがなし(笑)。それよりもきっぱりと現実に向かい合ったほうがいい。

そこでネットというのはなんやけど(笑)、今夜9時から12時までのユースト生中継「田原総一郎×孫 正義 対談 〜東日本大震災について〜」はよかった。本番がはじまる前にソフトバンク社員からの被災地の報告などがあったが、その席でソフトバンクからの寄付が10億円、孫さん個人の寄付が100億円と発表があった。ツイッターで孫さんは寄付をしないのかと質問があったが、その答えを今日出されたわけだ。
「田原総一郎×孫 正義 対談」となぜか2人の名前になっているが、元原発設計者の後藤政志氏と田中三彦氏と4人の出演、途中で田原さん退席で孫さんと後藤さんと田中さんの鼎談となり話が深まった。
後藤さんと田中さんのお話は何度かユーストや雑誌で伺っているが、今回も真摯な態度での事故の危険を話されていた。ところが田原さんが話を遮ってアサッテの方向へもっていこうとする。知ったかぶりがまるわかりの発言をする。孫さんの受け方がまともだからよけいにいやらしい。途中で退場されたあとは孫さんが席を移され3人でぐっと親密な感じで話が進んだ。ほんとに真面目な話が続き3時間を長く感じなかった。

ヴィク・ファン・クラブ例会日、その前に細野ビルヂング

マイケル・コックス「夜の信義を」をおおかた読んだのだが、今夜はまだ感想が書けそうもない。ツイッターの読み過ぎだが、いまいちばん興味のあるところだからしゃあない。原発事故について勉強中。勝間和代って最初から好かんかったがほんまに好かんわ。上野千鶴子とどっこいどっこいに好かん。

今日はヴィク・ファン・クラブの例会日なので、ジュンク堂へ寄ろうと思って早めに出たら、細野ビルの近くで細野さんとばったり出会った。ちょうどいいところで会った、話があるからお茶を一杯と言われてビル内へ。話というのは、今日細野ビルでやるはずだった大阪市西区の催し「魅力伝道師による音楽のある写真展覧会」が地震のために中止になったことだった。ここんとこ細野ビルにはご無沙汰していたので知らなかった。
午前11時から午後5時までの写真展示と音楽演奏(リコーダーと鍵盤ハーモニカ)という静かなものなのだが、自粛することになったのだという。急なことで展示者と出演者には知らせたが、肝心のお客さんには知らせることができなかったため、来た人に謝って帰ってもらうしかない。一人一人にビルを案内するにも、入場者が重なってしまうとできない。区役所からはだれも来ないので、細野さんは昼ご飯を食べずに朝から夕方まで一人で対処していたという。
そのパンフと中止と書いてある紙を「細野ビルヂング情報サイト」に載せてもらいたいというのがわたしへの依頼だった。オーケーしてあわてて梅田へ。

ジュンク堂滞在時間は30分になったが、目的のサラ・パレツキー「レイクサイド・ストーリー」「センチメンタル・シカゴ」をまず買った。サラ・パレツキーとVFC普及のために、貸本屋「アンポポ」に置いてもらう。本にはVFCの名前とわたしのメールアドレスを貼っておく。
もう1冊、ピーター・トレメイン「死をもちて赦されん」を買った。修道女フィデルマのシリーズの最初の作品がようやく訳された。7世紀アイルランドの物語なので、読みやすいのが最初に訳されていた。ちょっとお店で読み出したら、若きエイダルフが出てきた。おっ、フィデルマと初対面のシーンがこれからあるのね。興味しんしん。

例会のほうはいっぱい食べておしゃべりふっとう。フィッシュ&チップス、ソーセージ炒め、サンドイッチ、すじ肉のワイン煮、そしてギネスとアイリッシュコーヒー、今宵は肉食可で胃袋がびっくり満足、おしゃべりで気分も満足。

『東京に原発を』の広瀬隆さんを思い出して

昨日は大地震と大津波のニュースから目を離せなかったが、今日は福島第一原発の爆発事故のニュースに釘づけだった。
避難勧告が出たから避難しようとした人たちが1号機の爆発で被爆した。こんな理不尽なことがあっていいのか。あんまりだ。
避難勧告の出た地区の地図を見たら半分が海にかかっている。広瀬隆さんの著書「東京に原発を」を思い出した。安全でないとわかっているから人口の少ない海に近いところを選んでいる。安全やったら東京に原発をつくったらええやんか。

80年代だったと思うが、アメリカ村のサンホールで広瀬隆さんの講演を聴いたことがある。若い人が企画したものでホール全体が興奮した若者であふれたいた。広瀬さんは時間いっぱい原発の危険を訴えておられた。
だけど原発はなくならなかった。いまも中部電力による上関原発計画がある。

東北地方太平洋沖地震

午後のひととき、そろそろお茶にしようかと思いつつパソコンに向かっていたら、揺れた。いつもの地震のときのようにストーブを消しガスレンジの元栓を切ってドアを開けた。またゆらゆら揺れた。テレビをつけたらもう地震速報が出ている。見ているとまた天井から吊った電灯の笠が揺れている。東北の地震なのに大阪も揺れている。
一応、緊急用リュックとパーカを出して暖かいセーターに着替えた。

それからはテレビを見てはツイッターを読み続けていた。関東地方もとわかって横浜の妹に連絡したいが電話がつながらない。ツイッターをやっててくれたらいいのだが。

数年前のお正月に、ニューギニア島の西パプア州の津波情報を日本のテレビは放送しなかったのでBBCやABCのニュースを見続けていた。そのときは日本でも起こる可能性があると思ったのだが・・・いま、大津波の映像を見ている。