あとで疲れが出てきそう、ヴィク・ファン・クラブの会報

この暑さの中を会報作りに熱中している。明日は通夜、あさっては葬式に行くので、出来上がりはしあさってかな。ほとんどできていて、あとがきを書いて綴じて封筒入れしたらいいのだが。明日の昼の間にできるだろうか。昼間は暑いから昼寝しておきたいし。
ちょいと出かけはしたが、この一週間たいてい深夜までやっていた。たいした人数の会員ではないのにこんなに時間と労力をかけて無駄と思うこともある。自分の作品みたいなものだと思っているからできるんだけど。こんなことを毎月考えつつ20年経とうとしている。

サラ・パレツキーさんに好意ある返信メールをいただいた。311以後わたしは変わった。毎日をよく考えて生きるようになった。その思いを手紙にしたのを、受け入れて読んでくださったことがわかる返信だ。今月号はそのメールの原文と会員で翻訳家のIさんに訳していただいた日本語文を載せている。わたしの書いた日本語は先月の会報に載せて、それをIさんに英訳していただいたのを今月号に載せた。

山田真さんの医師としての活動や、署名活動、731デモのお誘い、モンゴルの原発事情など、みんな自分が動いて知ったことを書いているのがすごい会報だ。もちろんミステリ記事もあります。

中尊寺もスーパーホットスポットに

うちの猫の花子は19年生きたけど、晩年は夏を過ぎると年ごとに弱っていくのがわかった。わたしはまだそのときは自覚はなかったけど、ここ数年は実感している。夏を過ぎるたび、冬を過ぎるたびとしょっちゅうだが、せっかく生まれてきたのだから毎日を楽しく感じて生きていたい。311以来そういうささやかな願いもかなわないと思うこのごろ。

若いときにひとりで仙台へ行って七夕祭りを見て泊まり(どんなところに泊まったか覚えていない)、翌日に中尊寺へ行った。最寄りの駅から歩いて、両側に大きな木がある道を行くと中尊寺だった。あの道から寺を見たときの荘厳さは何十年も経ったいまも忘れていない。その帰りは普通列車で一晩かかって東京に着いて、それから大阪まで急行で帰った。お金のない旅で時間だけはあった。
「週刊現代」7月16・23日号によると、その中尊寺がスーパーホットスポットにあげられている。金色堂前の植え込みが0.88、住宅地なら避難を考えたほうがよいレベルの線量だという。

福島県南相馬市の緊急時避難準備区域に住む93歳の女性が「私はお墓にひなんします ごめんなさい」と遺書を書いて自殺した。
無農薬キャベツを作っていた農業のかたが自殺し、酪農家のかたが自殺した。ほかにもいらっしゃるだろう。なんともむごい。

「福島の子ども達を救え小児科医ネットワーク」と山田真さん

昨日(7月5日)の夜、ケーブルテレビ「朝日ニュースター」8時からの「ニュースの深層」で医師の山田真さんが話された。
【テーマは『福島の子どもたち 放射線の影響と健康状態は?』 福島県で子ども健康相談会をおこなっている小児科医の山田真氏に、現地の状況や親たちの思いなどを伺います。キャスターは上杉隆氏です。】というもの。

残念ながらうちのテレビはアナログである。ミクシィとツイッターで告知して、見た人に報告をお願いしたら、しっかりと見た人がミクシィに報告を書いてくださった。

山田さんと少し関わりのある者として活躍されていることがうれしいです。

宮本百合子「伸子」「道標」

最近ツイッターで「百合子、ダスヴィダーニヤ」という言葉をよく見かける。ダスヴィダーニヤというロシア語っぽい響きで、きっと百合子は宮本百合子だろうなと思った。よく読めば湯浅芳子の名前も出てきてどうやら同性愛のふたりを描いた映画らしい。
検索したら「百合子、ダスヴィダーニヤ―湯浅芳子の青春」 (沢部ひとみ著 女性文庫) という本があり、「往復書簡宮本百合子と湯浅芳子」(黒澤亜里子編さん  翰林書房) という本がある。すこし興味はあるが買ってまで読む気はない。

「伸子」なつかしいな。なんせ50年も前に読んだ本であるから当時は同性愛もなにもわからなかった。吉屋信子の「S」はわかってたけど、あれは麗しの世界のことで(笑)。
若くしてかなり年上の男性と恋愛結婚した伸子がついに離婚することになり、鳥かごから鳥を離した元夫が「鳥でももどってくるのに、君は・・・」というところを覚えている。先日、青空文庫で読み出したけど途中から飛ばして湯浅芳子が出てくるところを探して読んだ。なるほど愛の雰囲気が読み取れる。
次に「道標」を読んだ。物語の最初が列車でモスクワへ着いたところ。ふたりのモスクワ生活がはじまる。小説の中では伸子と素子で、素子は伸子のことを「ぶこちゃん」と呼んでいる。実際には「りこちゃん」と呼んでいたのかな。
【白い不二絹のブラウスの上に、紫の日本羽織をはおっている伸子が、太い縞ラシャの男仕立のガウンを着ている素子について、厨房のわきの「浴室」と瀬戸ものの札のうってある一つのドアをあけた。】なんか百合って感じがする。
こちらも途中まで読んでやめた。

宮本百合子はすごく読まれた作家だった。我が家は姉2人が買った本を受け継いでわたしと妹が読んでいる。いつごろからか翻訳小説ばかり読むようになった。ボーヴォワールとかサガンとかオースティンとかのほうがおもしろくなったのだ。

義姉の一周忌に箕面へ そのあとVFC例会

義姉の一周忌法要が箕面観光ホテルであり、昼食が別館の桂公爵別邸あとの座敷ということで、早起きしてなんやかや用事して9時半に家を出た。電車に待たされることもなかったが、11時からの法要にかろうじて間に合った。もうちょっと余裕を持っていけばもっと緑を味わえたのだが。

去年の四十九日法要のときと同じ場所で法要があり、そのあと食事会になった。独りになった兄と長男夫婦が主催の食事会で、去年参加していた同じ人たちが一年分老けている。容赦ない歳月の力を感じた。わたしだって去年と比べると足の調子は悪いし同じように顔も老けているだろう。亡くなった人は写真になってにこやかにみんなを見渡している。

懐石料理は今年も凝った料理が次々に出ておいしかった。若いメンバーがみんなのところを回ってビールをつぎ、わたしらのところではコンピュータの話をうれしそうにしてくれる。マック派が増えてうれしい限り。帰ったらツイッターのフォローがしてあった(笑)。

相方が美容院&貸本店アンポポの情報として箕面ビールがうまいと聞いてきた。帰り道のお店の看板に「箕面ビール」とあったので入ったら、狩人料理(鹿、猪)の店だった。ここらへんは鹿、猪は害を及ぼすので獲ってもいいことになっているそうだ。この店はその肉を利用をしている。ハム、ベーコン、つくね、その他フライなどに仕立てた料理を1皿頼んで箕面ビール。お腹いっぱいのところへまた食べて眠くなった。冷たいお茶をもらって帰り道はものすごい日射しで倒れそうだったが、なんとか梅田へ。

紀伊国屋で本(フェルディナント・フォン・シーラッハ「犯罪」とジョー・ゴアズ「硝子の暗殺者」と「ミステリマガジン」8月号)を買って、三番街をうろつき、バーゲンでTシャツを2枚買って、ヴィク・ファン・クラブの例会にシャーロック・ホームズへ。

1日に2イベントは疲れるが行かなきゃいけないものは行く。帰ったらどっと疲れが出て甘いお菓子を食べて慰労(笑)。

ミシェル・ティー『ヴァレンシア・ストリート』

デモ帰りに難波のジュンク堂をぶらぶらしていたとき目についた新刊書。表紙がこっちを向いていて、服部あさ美さん描く肩を抱いた女性二人の顔に惹きつけられた。この本買おうって即思った。
サンフランシスコに生きるレズビアン女性の愛と生活を描いた自伝的小説で、原作は2000年に発表され、ついさきほど5月に翻訳が出た。
読み出したらアンドリュー・ホラーラン「ダンサー・フロム・ザ・ダンス」を思い出した。あちらはゲイでこちらはダイク(レズビアン)の物語だが、どちらも愛の物語である。読み終わったら「ダンサー・フロム・ザ・ダンス」を読みたくなったが、貸し出し中なのでしかたなく自分の書いたブログを読んだ。自分の熱さに笑った。

「ヴァレンシア・ストリート」は「ダンサー・フロム・ザ・ダンス」のような物語ではない。主人公のミシェルの昼と夜の愛と快楽と金を稼ぐための労働が淡々と綴られているだけである。淡々とではあるが、かなりえげつないセックスや第1市民なら眉をひそめるであろう行為(公道でおしっこしたり)が描かれている。その書き方に〈いま〉を感じた。もともと本書はミシェル・ティーがクラブやライブハウスなどでジン(ファンジン)に書いた詩を朗読していたものが主になっている。
書くことがネット主体になる前にはアメリカではさまざまなジンが発行され、ひとりで発行するのや共同作業でつくるジンがあった。いま、わたしがそういうことを理解しているかのように書いているのは、少しだけ大阪のクラブシーンを覗き見ているからだ。ミシェルのジンをクラブイベントのフライヤーから想像できる。

たくさんのレズビアンの女の子が描かれていて、それぞれ個性的で楽しい。死んでしまった子もいるしカナダへ帰った子もいる。セックスのやり方、タトゥーの絵柄、酒の飲み方、会話・・・いろんな女子たちの交流があり、物語が終わっても終わらない愛の生活が続いていくのが見える。
(西山敦子訳 太田出版 2850円+税)

「被曝した福島の子供たちが東京で健康診断」のニュース

さっきツイッターからリンクされていた記事を読んだ。「被曝した福島の子供たちが東京で健康診断」アースデー東京タワーボランティアセンターというボランティア団体が、母親と子どもたちを福島から招いて東京で健康診断を行った。バスでやってきた母親に手を引かれた子供18人(ゼロ才〜8才)が医師の問診を受けた。問診は短くて15分、40分におよんだ母子もいたそうだ。

そのサイトのトップに写真がある。問診する医師の顔を見て「山田先生やん〜」と叫んでしまった。3年ほど会ってないからもしかして間違っているかもと、記事をずっと読んでいったら、医師たちの記者会見があって、やっぱり山田さんだった。
ちょっと体調を崩していると聞いていたので心配していたが、お元気に仕事されているのがわかってよかった。いまの日本の中にこういう医師が存在していることがうれしい。小さな希望が見える。

山田真さんはヴィク・ファン・クラブの会員でミステリの紹介などの原稿を書いてくださるし、著書をいつも送ってくださる。ユーモアのある素敵な人である。

深夜のコピーとり

深夜っていってももう4時過ぎた。さっきお風呂で髪を洗ったので乾くまでもう少し起きている。ドライヤーはあるんだけど使ったことがない。何年も使ってないから壊れているかも。いつもタオルで水気をとって自然乾燥している。
いまヴィク・ファン・クラブの会報をつくっているところだ。先月はわりと早くできたが、今月は途中で出かけたりすることが多かったのでまだまだである。自分が書く原稿にも時間とアタマがとられたし。

最近、夜明けを見てから寝ることが多い。2時までに寝ると翌日はすっきりするのにいつまでも起きている。悪循環と思いながらパターンができあがっている。でも、この時間は外の道を走る自動車の音もなく静かなのがいい。
コピー機が快適に動いているのがうれしい。ビンボーな第2市民なので当たり前のことが喜びとなる(笑)。

第2市民

さっきツイッター読んでいて笑ってしまった。
「6.11大阪、デモに出発する際の隊列の順番、申請書類には 「市民・労働組合・第2市民」 と書いてあったらしいw」というツイート。
ツイートしているのはもちろん第2市民で、相呼応して第2市民たちがそのあとに楽しく書き込んでいた。まあ書類の書き方として「市民」「第2市民」と分けただけなんだが。第2市民としては、うん、おもしろい。

ミクシィの日記にデモに行ったと書いて、写真を載せたり動画にリンクしたりした。楽しそうねとコメントを書いてくれた人がいたが、自分も行くとは書かない。デモに行く人と行かない人の間には乗り越えられない溝があるのかな。原発に対する危機感(恐怖心)は行かない人のほうに強いようにも思えるのだ。

デモに行くのは、自己満足と言われるかもしれないが、自己解放でもあると思う。解放された気分って大事だと思う。その気分で日々の暮らしにもどるから平静に生きていられる。

611脱原発デモ全国展開 大阪

日本では全国59か所、海外での参加はアメリカ、オーストラリア、カナダ、韓国、台湾、中国、ドイツ、フィリピン、フランス、ベルギーの10ヶ国19箇所(日本全国デモ情報サイトによる)とすごい展開の脱原発デモの大阪サウンドデモに参加した。

心配していた雨があがり、曇りがちながらちょうどよいデモ日和となった。
午後2時半に地下鉄の北浜からすぐの中之島剣先公園に到着。たくさんの人が集まっているのにおどろき友人を捜すがどこにいるのやら。もう先頭は出発していてどれだけの人が集まっていたやらわからないが、えらい人であるのはわかった。ほんまに老若男女という感じで、いろんな人がいた。子ども連れといっしょに歩きましょうと誘われたりしたが、今回はサウンドデモにひっついているつもり。

サウンドデモは最後に出発と聞いていたので、花壇のほとりに座っていた。相方が歩き回ってサウンドカーとみんなが橋の上にいるというので、隣に座っているジャンベを持った男子に「わたしらはサウンドデモに入るけど」というと「ぼくも」といっしょに。ちょっと顔見知りの女子もいっしょに行く。ナマの大輪のひまわりを持って初デモを楽しみにしているそう。
橋を上がると車が化粧をほどこされている最中だった。ひまわりを挿して飾り物をつけてできあがり。橋の下を見るとまだまだ人が連なっている。

また少し待ってから出発。音に合わせて体をゆすりながら歩く。今回のプラカードは「放射能 NO 汚染列島」裏側は前回の「STOP ザ もんじゅ」。道を行く人から見えるようにささげ持って歩いた。土佐堀通りが長くてなかなかだったが淀屋橋に着き、御堂筋を行く。
ちっちゃい子どもの手を引いてベビーカーを押しているお父さんは、「本当はデモとかしたくないんだよ 原発のバカ」と背中にプラカードをぶらさげていた。

当初の予定どおりわたしは本町で離脱して5時過ぎに帰宅。岩上さんのユーストで東京のデモの実況放送をかけながらお風呂に入って家事いろいろ。デモ参加者は新宿で2万人、大阪は1万人とのことだった。わぁ、すごいなぁ、1万人かぁ。ある人によると1万5千人ということなので、1万人強はたしかだろう。
相方が帰って来たのでビールと食事。相方がまた出かけたのでそれからツイッター読んだりやることいろいろ。