福祉の世話になる

この2年間わたしの歩けない足について話すといろんな人から助言があったが、福祉の世話になるのがいいという人が多かった。みんな自分の物語をもっていて、姑さんや両親や夫さんやきょうだいのことなどいくらでも話がある。わたしらの世間知らずに呆れて教えてあげるというふうな人も多かった。最終的には自分で判断したが、相方の友だちのKさんが来てくださって理学療法士の立場からいろいろ教えてくださったのが役に立った。

介護保険の相談にいくわといったもののなかなか腰が上がらないでいると、もうデイサービスに行ってると思ってたとかいわれるし、なかなかねえ・・・。
年末に腰を上げて区役所に行ったのはわたしでなくて相方だ。申し込みを受け付けてもらって返事を待って、1月の終わりに調査員が来て、先日オーケーの返事が来た。これでわたしは介護保険「要支援1」である。

今日地域包括支援センターへ行って係の女性と面談し、近くのケアマネージャー(ケアマネ)の事務所に連れて行ってもらった。テキパキした女性のケアマネさんで話はどんどん進み、一安心できた。

姉が通っていたデイサービスと違ったリハビリをする施設、デイケアを紹介してもらった。来週はさっそく見学に行く。「要支援1」だとデイケアに行けるのは週に一回だけど、習ったことを家で復習すればいいのだからよしとしよう。

ケーキはこころのおくすり

昨日の夜は「甘いものの食べ過ぎに注意しなきゃ。」と書いてからコーヒーだけ飲んで3時間後に寝た。寒い夜なのにぐっすり眠れて気持ちよく目覚めた。ふくらはぎサポーターが効いているのかも。

今日は快晴。四ツ橋に用事があったので相方の押す車椅子で出かけた。その途中「今日は道を変えようと三筋北の道を通ったらケーキ屋さんが見えた。ちょっと地味でかわいいケーキ屋さん。外からのぞいて「うまそう!」とささやきあった。帰りはどこかでお茶しようと決めていたのを、ここでケーキ買って、コーヒーは自分が淹れるというのに大賛成。お店に近づくと入り口のプレート支えにさりげなく猫ご飯が置いてある。なにげなく好意をもった笑。

さて、ケーキ。見るからに可愛らしい生ケーキ、マルジョレーヌとアークモンブランを1個ずつ。明日用に日持ちのするハーフいちじくを一包み買った。
わたしは生クリームのケーキはもちろん好きだが、イチジクが大好き。なまのイチジクがなくなるとジャムの出番だ。そのまま舐めてもパンにつけてもうまい。
これからはここのケーキという手があるぞとほくほく。明日食べるのが楽しみだなあ。

草餅は早春の香り

午後から相方が毎水曜日に開いている淀屋橋の市で野菜をいっぱい買ってきた。その中にどっしりとした草餅3つも入っていた。先週おいしかったので今日もお願いしたのを忘れずに、というか自分が食べたいから笑。

さっそくおやつタイムにして番茶を淹れて食べた。うまいっ! 草餅は年中売っているのだが、いまの時期に食べるのがいちばんうまい。すこーしだが早春の香りがするような気がする。
3個セットなのをおやつに1個ずつ食べて晩ご飯後に半分ずつ食べた。食後の甘みも大好き。

最近、体重が増えてきて黄信号がついた。ずっと41キロ代だったのに42キロ代の日が多い。今朝はかろうじて41,8キロだった。甘いものの食べ過ぎに注意しなきゃ。

寒いから北海道の魚

先週は暖かだったがうってかわって今週は寒い。今日は雪が降るかもと思ったが予報ではいってなかったし、実際に降っていない。雪がないのに寒いってずるいような気がする笑
洗濯物を干すのが寒い。部屋にいて暖房入れてても寒い。建物の外から壁を通して寒気が伝わってくる感じ。

こういう夜は鍋物にかぎる。相方がスーパーで鍋用の魚を買ってきた。北海道産のカジカ(漢字は魚へんに秋)って初めて見た。もちろん食べるのも初めてだ。脂がのっていて濃厚な味だった。
普通の鍋物と同じように、豆腐、きのこ、白菜、ねぎ、菜葉を入れた。焼酎のソーダ割で一献。最後は卵とネギと海苔の雑炊で締めくくり。
カジカってなにに似てるかなと考えたが思い浮かばない。こってりしていてうまいとしかいいようを考えつかない。うまい晩飯だった。これでひざが気持ち良ければいうことなしだが。

寒さに強しサポーター

昨夜から今朝へとぐっと冷えてきた。西風が強くてベランダに干してある洗濯物が片寄っている。起きたときひざが痛いのでサポーターをタイツの上にはめたのだが、台所に立つと痛くてかなわん。これからぐっと冷えるそうだからなんとかせんとあかんとあせった。
最近つけている巻く式のサポーターはとても具合が良いのだが、寒さには向いてないかもと思い、ずっと昔に薬屋さんで買ったベロアの筒型を出してはめてみた。
ただの筒型で買った時は安物買いの銭失いかなあと思ったんだけど、寒いときには便利に使っている。ひざが温かいのがいい。
高級ふくらはぎサポーターを3足持っているのが自慢(高かった〜)今夜ふとんに入るときはふくらはぎサポーターをはくことにしよう。

さっきメールがとどいて、わたしのひざ痛を見守ってくれているKさんが、ひとつの方法として、アロマオイルを推薦してくれた。いろんな痛みや冷えに作用するさまざまなアロマがあるのね。名称を見ているだけでも効きそうだ。
さて、どこで買うか検討しなくちゃ。

関西弁と関東なまり(わたしの戦争体験記 78)

わたしは東京都品川区で1934年に生まれた。5歳で大阪新町に移転したときは近所の子たちに東京弁をからかわれ、必死で大阪弁をしゃべるように努力した。国民学校(小学校)に行く頃は大阪の子として大阪弁を使うようになっていたが、家では父親が東京弁を使い、母親は東京弁と山梨弁を交えた大阪弁を使っていた。姉兄たちは外では大阪弁、家では東京弁も交えて使っていた。
わたしは国語の時間に教科書を読むとき関東なまりで読むので、先生にうまい朗読とほめられるわ、みんなに感心されるわで得意になっていた。

山梨県へ疎開したときは、最初に大阪弁を笑われてから気を付けて東京弁を使うようにしたので違和感が少なかった。それも山梨弁よりも正しい標準語という感じで読むので国語の時間はクラスの華だった。6年生になると講堂で本の朗読をさせられたりした。でも勉強のできる子たちのほうが結局は勝ちで、勉強のできない子たちに慰められたりした。

6年生の夏に大阪にもどると国語の時間は先生に指名されて朗読することが多かった。クラスで勉強のできる子たちのグループがあった。わたしはできない子たちとの付き合いが多かったが、少しファンがついて投票などあるとけっこう人気があった。

わりと最近のことだが、初対面の人に「スギヤさんは関東出身?」と聞かれた。大阪弁でしゃべっていてもどこかに関東なまりが出るらしい。107歳で亡くなった父は死ぬまで東京弁だった。施設に入ったとき同室の人たちに影口をたたかれていたけど、気にせずに東京弁をとおしていた。

おでんの豆腐がうまかった

昨日と今日の晩ご飯のおかずは大鍋のおでん。昨日が早くから出汁をとって気を入れてつくったメインで、今日は残りの出汁に具を足して食べたのだが、残りのほうが味がしみてうまかった。特に豆腐がうまかった。
昨日も豆腐がうまいねといいながら食べていたが、今日もまた辛子がよく効いてうまかった。ちょっと高い高級木綿豆腐を買っている。毎日毎日いろんな工夫で豆腐を食べているが、中でもおでんが好き。冷奴やスープに入れるのも好きだが、やっぱり和風で食べるのががうまい。

焼酎にレモンをたくさんしぼりソーダで割ったのがよく合っていた。湯割りもいいが、ソーダ割りのほうが熱いものを食べるときは合うようだ。昨日も今日もおでんに焼酎のソーダ割り。もう一皿がちょっと違うので良しとしよう。どっちも生野菜と茹で野菜のサラダだが、昨日はトマトつき、今日は茹でキノコつき。どちらも作り置きの玉ねぎの酢漬けがメインである。

昨日堀江のベースで買ってきたバレンタインケーキ4個、昨日はチョコレート仕上げ、今日は白いケーキでしつこくない甘さでうまかった。最近うまいケーキに出合うことが多くてラッキー。

バレンタインデーは猫の命日

うちの猫の花子が2000年のバレンタインデーに死んでから20年経ちました。古い日記を探したらあったので再録します。
今日は夫と思い出を語りながらベースの琴美さん手作りのチョコレートケーキを食べました。

「猫の死」(2000年2月19日の日記を再録)
バレンタインデーの深夜、19年近くわたしの部屋で生きてきた飼い猫の花子が死んだ。19年前の3月末にアパートの廊下に捨ててあった猫で、生後2ヶ月くらいの小さい子だった。ジャンパーのふところに入れて、もう少し大きくなったときには籐のバスケットに入れて、仕事に通った。仕事場は歩いて10分のところにあり、8ヶ月ほどは毎日連れていったが、だんだんいやがるようになり、部屋に1人で留守番するようになった。16年間、部屋の主をやっていたが、3年前に事務所をたたんだので、毎日昼も夜もいっしょに暮らせるようになった。わたしにとっては生涯最高の3年間であった。
最後の1年間はうるさかった。夜中3時、明け方5時に泣いて起こす。一人で起きていることに耐えられなくて起こしたんだなあと思う。この2ヶ月ほどは、テーブルに上がって人間の食べ物を食べたがった。ホッケやニシンの干物、鯖の煮付け、秋刀魚、イカの塩焼きなんかの、いままで見向きもしなかったものを食べたがった。抱かれるのが嫌いだったのに、なにかといえばにゃーにゃーと甘えて抱かれたがった。みーんなサインだったんだなあ。
健康な子で、風邪もひかず、歯も丈夫で、医者にかかったこともないし、たまに食欲をなくしても、そのうちけろっと治っていたのに、今回は違った。2日間、好きなモンプチのまぐろの缶詰も、にんべんの本枯削り節も、キャットニップ入りの小袋も、またたびの粉も、役に立たなかった。シャワーの水が好きなので飲ませたらかろうじて飲んだ。
最後の日には口を閉じてしまい、水も飲まなくなった。オシッコさせようとしても脚が立たなくなった。午後、陽の当たるところにお気に入りの椅子を持っていき、抱いて「チム・ラビットのぼうけん」を読んでやった。おとなしく聞いていた。深夜、徹夜の覚悟で、台所でお茶を沸かしているわたしをはかない声で呼んだ。しばらくして、夫の見守る前で、わたしに抱かれたまま、あっと口を開け、のけぞった。きれいなオシッコが少しこぼれた。見事に死ぬ という大事をやってのけたすごいやつ…。眠っているような静かな美しい姿だった。

みかん

柿のことは何度も書いているのにみかんはほとんどない。毎日食べているのにそれはあかんやん。ちょっとベランダに置いてあるのをとってこよ。部屋に置くとぬくもるから寒いところに置いてある。ぬくい部屋でつめたいみかん、うま!

柿は夏の終わりに見かけるとすぐに買って食べ、以後毎日のように食べる。いろんな種類があるがどれも好きで高価なのはもちろんうまいし、平民的なのもそれなりにうまい。毎日食べて飽きない一番好きな果物だ。
ずっと前のことだけど、紀州出身の友達がいて毎年秋になると富有柿を1箱送ってくれた。届くとすぐに立派な富有柿を2個ずつ近所の友達ふたりに持って行った。この習慣は長いこと続いていたがいつのまにか縁が切れてしまった。あの柿はうまかったなあ。

あかん、今日はみかんのことを書こうと思ったんだった。
「みかん」で思い出すのは芥川龍之介の小説『蜜柑』だ。小学校の教科書に載っていた。いま青空文庫で何十年ぶりかで読んだ。覚えていたとおりだった。

わたしは汽車からみかんを投げた少女のほうなのに、なぜか芥川龍之介の視線で読んでいたよ。

雨の水曜日

1週間おきの火曜日に行く習慣になっている整形外科行き。昨日は祝日だったから今日行くことにした。混んでるだろうなと思いつつまあ待ってたらいいんやし。相方は昼ごはん後に淀屋橋の市に買い物(野菜、ほうじ番茶、梅干し、草餅)に行き、帰ってきたらすぐに医院へ送って行くという。わたしは片付けしてから、岩波明さんの『発達障害』の残っているところを読んでいた。読みやすい文章でわかりやすい。わたしが勉強したとて世の中のためになるとかないけど笑。興味があるから読んでいる。それでえええやん。

4時過ぎに相方がもどってきた。「雨が降ってきた、医者どないする?」「あれ、まだ小降りやから送ってもらおか、ええかな」「あの合羽着て行ったらええやん」「ほなそないしょうか」こういう時のため半年も前にビニールの合羽を買ってあった。合羽を着て車椅子に乗って整形外科まで。

医院は雨のせいか空いていて待ち時間ほとんどなしで診てもらえた。ヒアルロン酸の注射して雑談。わたしの血圧の管理もしてくれているので、血圧手帳のチェック。このところきちんと測って記帳しているので先生ご機嫌がよい。

本格的に降ってきそうなので慌てて帰宅。買ってきてくれていた草餅とほうじ番茶で一息ついた。
低気圧のせいか注射打ったのにひざが痛い。