木村二郎『ヴェニスを見て死ね』

1994年に早川書房から単行本で出たのを持っているのだが、押し入れの箱の中にしまい込んだままで長いこと読んでいなかった。去年、17年ぶりに雑誌「ミステリーズ!」2010年12月号に新作「永遠の恋人」が、次いで今年の4月号に「タイガー・タトゥーの女」が掲載されたのをすごく懐かしく読んだ。そのときに「ヴェニスを見て死ね」が創元推理文庫から出るということを知って、押し入れを探さずに待っていた。

待ってはいたものの、いま読んだらどうかなと思う気持ちもあったが、読み出したらすこしも古びていない。10数年〜20年前のことを書いた新しい小説という感じで読めた。
ニューヨークで暮らす私立探偵のストイックな生活ぶりがいい。恋人のグウェンと食事したあと行くジャズクラブの出演者名をさりげなく書いてあったり、家に帰ってかけるジャズの好みもわたしと合うのでうれしくなった。
グウェンとはじめて会ったのは「過去を捨てた女」で、彼女のむかえの部屋の捜査中だった。彼女はミステリファンらしく、ジョー・ヴェニスのことをハメットの作中人物名で呼んだり、「ねえ、マーロウ」と呼んだり、スペンサーと言ったりする。彼女のほうがさきに惚れてヴェニスは受け身ぽかったけど、それからは恋人どうしになった。

ジャズといい、ミステリといい、食事といい、とても柔らかいのだが、事件の真相は違う。依頼人から受けた仕事を的確に精密にこなしていく私立探偵は、不在の部屋を合鍵で開けて、死体を発見する。
(創元推理文庫 680円+税)