エラリイ・クイーン『災厄の町』〔新訳版〕

4月に予定されている関西翻訳ミステリ読書会の課題本の告知を見てちょっとおどろいた。エラリイ・クイーン「災厄の町」は1942年の作品の新訳版である。なんでこんな古い本をやるの? そのわけは巻末にある訳者のあとがきでわかった。そして、本書はいま読んでもおもしろい。読み出したら手放せず二回読んだ。本の中のエラリーがステキ。

この本をわたしは半世紀以上前に読んでいる。こどものときに家にあったミステリ本の中にあった。本棚に並べてあった父親の本をずいぶん読んだものだ。戦災で焼き出されてすべてを失ってから古本屋や屑屋で買い集めた本である。狭い部屋にぎっしりと本が並べてあり、ほとんどが探偵小説なので暗くなってから本を見るのが怖かったものだ。その上に二番目の姉とその次の兄が買ってきて加えたから増えるいっぽうだった。
「災厄の町」(妹尾アキ夫訳 雑誌「宝石」掲載)は我が家のミステリファンの間では好評だった。それからかなり経ってから「Xの悲劇」「Yの悲劇」「Zの悲劇」「ドルリー・レーン最後の事件」の4冊が話題に上ったのだった。喧々諤々という言葉があたっていたと思う。エラリー・クイーン熱はここまでだった。
「オランダ靴の謎」その他を読んでもピンとこなかったのは、「災厄の町」で植えつけられた静かな中年にさしかかったエラリイ・クイーンのイメージのせいである。そして、もうええやんとエラリーの姿を消した。ハードボイルドが目の前にあった。

エラリーがライツヴィルに着いたときの描写ははっきりと覚えている。だけどライツヴィルの場所がニューイングランドだとはじめて知った。それで今回は舞台になる町がイメージできた。
町はいま景気が良くてホテルは満員だし泊まる場所を見つけられない。エラリーは不動産屋にまっすぐ入っていき、月極めで借りられる家具付きの家がないかと尋ねる。勧められたのは町一番の旧家で銀行頭取のライト家のものである一軒家だった。その家は曰くつきだという。
旧家であり資産家であり町民の指導者のような一家には娘が3人いる。長女のローラは巡業にきた役者と駆け落ちしたが一人で戻ってきてよそで一人住まいしている。次女のノーラはジムと結婚が決まり両親は喜んで家を建ててやった。結婚式の前日に二人は大げんかしジムは町を出て行ってしまった。結婚式は取りやめになり家は住む人がいなくなった。
三女のパトリシアは未婚だが、以前から郡検事のカーターと付き合っている。
その家に住むことにしたエラリーは作家エラリー・スミスと名乗って落ち着いて仕事をはじめる。
(越前敏弥訳 ハヤカワ文庫 1200円+税)