メアリ・バログ『秘密の真珠に』

ロンドンの夜。ドルリー・レーン劇場の芝居が終わって歩いたり馬車だったりと客たちは帰って行く。歩くからと知り合いの馬車を断ったアダム・ケント(リッジウェイ公爵)は暗がりの中にひとりの女性が立っているのを見つけた。客にありつけなかった街娼のようだ。暗い色のマントを着て身じろぎもしない。
彼は一夜の相手をしてもらえるかと問い女はうなづいた。
彼はワーテルローの戦いに参戦して顔から足までからだの片側に走る傷を負った。女はじっと彼を見つめていた。フルールと名乗った女は処女だった。
彼は充分な金を与えて消え去ったが、なぜか女を忘れられない。
「秘密の真珠に」はこんなドラマチックな出だしで物語がはじまる。
読み出すとリッジウェイ公爵の孤独な家庭生活、美しいが冷たい妻に優しく接しようと努力する姿が浮かび上がる。実は弟と妻の間の子である娘パメラを可愛がりパメラも実父だと信じている。

フルールは男爵令嬢だったが両親が早く亡くなり、親戚は世話をせずに冷たくあたる。大嫌いな従兄弟のマシューから求婚されて断るが、結婚しないと生きていけないような仕打ちを受ける。殺人と盗みの罪を巧妙に押し付けられたのだ。
家出したフルールはロンドンへ出たが働き口も推薦者もなく、一文無しになって娼婦になった。最初の客がアダムだった。
アダムの優秀な秘書ホートンは、フルールを探し出す。アダムは彼女を娘パメラの家庭教師に雇う。同じ屋敷に住むことになった二人は惹かれ合いつつも道徳心をもって礼儀正しく振る舞っている。フルールはありがたく思いつつも公爵が恐ろしい。しかしフルールが弾くピアノフォルテに公爵が魅せられ、一緒に馬を走らせているうちにだんだん好意を持つようになる。

そこへ現れたのがフルールの従兄弟マシュー。求婚と逮捕をちらつかせてフルールに迫る。フルールは早朝に屋敷を出て自分の屋敷へ逃げもどる。自分の育った家から逃げないでここで決着をつけよう。

「高慢と偏見」のダーシーさんみたいなアダム・ケント・リッジウェイ公爵は、同じように大きなお屋敷に賢い家政婦がいて、召使いを家族のように気遣う。ロンドンと田舎の屋敷を行き来する社交生活。「ジェーン・エア」のようなちょっと怖いが折り目正しい男性と可憐だけど気丈なヒロイン。映画「ゴスフォード・パーク」の主たちと召使いたちの姿が思い出される屋敷の日常生活。
すごく楽しく読んだ。全体を読んでからいいところを何度も読んだ。好きなんです、ロマンス小説。寝る前に読むとぐっすり眠れる。
(山本やよい訳 原書房 ライムブックス 990円+税)