荒俣宏編著『大都会隠居術』から宇野浩二、その連想で久保田万太郎

本書にはふだんは忘れている作家の作品が入っていてうれしい。永井荷風、谷崎潤一郎、内田百閒はわりと最近もなにかと読み返しているが、宇野浩二、里見弴あたりは忘れている。大岡昇平、稲垣足穂、江戸川乱歩も長いこと読んでいない。だから短編であろうと懐かしく読んだ。短編だから読めたわけだけど。

さっき今日はだれの作品のことを書こうかと見ていて、宇野浩二の名前を見たら突然、久保田万太郎という名前が浮かんだ。本書には登場しないし、それにまず、わたしは久保田万太郎の作品を読んだことがあるのかなぁ。
こどものころに家にあった文芸雑誌や日本文学全集の類いで読んだかもしれない。
で、こういうときの青空文庫だ。
タイトルが気に入った「三の酉」を読んでみる。男と女の会話がすごく気に入った。

わたしと女の会話。女は「十五の春から四十台の今日が日まで、三十年、ずッと芸妓をして」きた。
【五(章の最後のところ)
――一日だけ、あなたの奥さんになって上げるのよ。
――あなたの奥さんに? ……
――あなた、いま、いったじゃァありませんか、女のほうでマスクをかけてると、ちゃんとした夫婦として、人が彼これいわない……
――あゝ、それか……
――その代り、帰りの金田の勘定は、りッぱにあなたが払うのよ……

六(第六章はこれだけである)

……おさわは、しかし、その年の酉の市の来るのをまたずに死んだ。……二三年まえのはなしである。

たか/″\とあはれは三の酉の月

というぼくの句に、おさわへのぼくの思慕のかげがさしているという人があっても、ぼくは、決して、それを否(いな)まないだろう……】