義姉の一周忌に箕面へ そのあとVFC例会

義姉の一周忌法要が箕面観光ホテルであり、昼食が別館の桂公爵別邸あとの座敷ということで、早起きしてなんやかや用事して9時半に家を出た。電車に待たされることもなかったが、11時からの法要にかろうじて間に合った。もうちょっと余裕を持っていけばもっと緑を味わえたのだが。

去年の四十九日法要のときと同じ場所で法要があり、そのあと食事会になった。独りになった兄と長男夫婦が主催の食事会で、去年参加していた同じ人たちが一年分老けている。容赦ない歳月の力を感じた。わたしだって去年と比べると足の調子は悪いし同じように顔も老けているだろう。亡くなった人は写真になってにこやかにみんなを見渡している。

懐石料理は今年も凝った料理が次々に出ておいしかった。若いメンバーがみんなのところを回ってビールをつぎ、わたしらのところではコンピュータの話をうれしそうにしてくれる。マック派が増えてうれしい限り。帰ったらツイッターのフォローがしてあった(笑)。

相方が美容院&貸本店アンポポの情報として箕面ビールがうまいと聞いてきた。帰り道のお店の看板に「箕面ビール」とあったので入ったら、狩人料理(鹿、猪)の店だった。ここらへんは鹿、猪は害を及ぼすので獲ってもいいことになっているそうだ。この店はその肉を利用をしている。ハム、ベーコン、つくね、その他フライなどに仕立てた料理を1皿頼んで箕面ビール。お腹いっぱいのところへまた食べて眠くなった。冷たいお茶をもらって帰り道はものすごい日射しで倒れそうだったが、なんとか梅田へ。

紀伊国屋で本(フェルディナント・フォン・シーラッハ「犯罪」とジョー・ゴアズ「硝子の暗殺者」と「ミステリマガジン」8月号)を買って、三番街をうろつき、バーゲンでTシャツを2枚買って、ヴィク・ファン・クラブの例会にシャーロック・ホームズへ。

1日に2イベントは疲れるが行かなきゃいけないものは行く。帰ったらどっと疲れが出て甘いお菓子を食べて慰労(笑)。

笑顔でいこう

今日ちょっと会った若い人に「kumikoさんの笑顔を見るとほっとする」とほめてもらった。「顔を見たらほっとする」とか「安心する」と最近よく言われる。明日は先日そう言ってくれた女子がいるところに顔を見せに行くつもり。

震災後に妹から電話があったが「長電話するよ」とさきに言ってから延々と長電話。わたしと話をするとホッとするんだって。姉はそんなことは言わないが、姉の家に行っている6時間しゃべりづめである。わたしが間の手を打つのがうまいからだが、にっこり笑顔も効いていると思う。妹にはげらげら笑いが効いているみたいだ。

わたしだって不安がいっぱい。特に姉と妹と比べたら経済的にとんでもない生活である。自分でもこの楽観性はどこからくるのかと思うくらいだけど、「なんとかなるさ」と開き直っている。若い人に、ああいう生き方もあるんだなと思っていただければ、こういう生き方をしている者としてはうれしいことだ。
困難な時代だけど笑顔でいきましょう。

春の和菓子

昨日Sさんから快気祝いの品がとどいた。わたしはお見舞いメールと入院中に読む本を送ったくらいで、お見舞いってしてなかったように思うが・・・。包みを開けたら、とらやの羊羹「夜の梅」と棹ものの「春の野」で、和菓子好き羊羹好きのわたしは遠慮なく頂いたのであった。
いまの季節のお菓子やなあと言いつつ煎茶を淹れてゆっくり味わった。「春の野」の色合いは春の喜びと退院して元気になったSさんの喜びが表されているようで格別の味わいだった。

仏事でお菓子を持って行くときはとらやの羊羹にするのだが、きょうだいで分けることを考えて小型のセットばっかり買っている。それもおいしいんだが、やっぱり普通の羊羹を切って食べるのがいい。自分では買わないので頂きもので味わっている。ま、しょっちゅうあるよりも、たまーにこうして頂いたものを味わって食べるのがいいかも。

セント・ヴァレンタインデーの虐殺の日で花子の命日

これで連続3日間外出してない。ご飯は2食だけど間食をするので太ること確実なり。消化がものすごくよくてお腹がものすごく空くのでナンギである。そしてよく眠っている。3日間お昼まで寝ていたので睡眠時間はたっぷりだ。よく眠っているから病気にならないとリクツをつけて朝寝坊している。
夜はふとん乾燥機で温めた布団に湯たんぽを持って入る。ひどく寒い夜はオイルヒーターをつける。わたしとしてはすごい贅沢だけど医療費いらずだからよしとしよう。
膝掛け毛布をかけてレッグウォーマーと厚いソックスを履いていても椅子に座っていたら床から足許は冷えている。だから温かいふとんに入って足が温まってくるとごくらく。感じるだけではいけないと「ごくらく〜」と叫んでいる(笑)。
明日は「セント・ヴァレンタインデーの虐殺」の日で、わが家の猫の花子の命日である。午後から堀江とか散歩してこよう。

〈中吉〉でなごみ、カフェ カリフラワーでなごむ

いただいた年賀状に梅の花をこすったら〈おみくじ〉が出ますというのがあった。梅の花は10ほどあって、その1個をこすると〈中吉〉の文字が浮かび上がった。〈大吉〉でもなく〈凶〉でもなくええやんと思ったら、「めでたさも中くらいなりおらが春」(一茶)という句が浮かんだ。

晩ご飯を食べてから、今日は第一水曜日でmaikoさんがカリフラワーでDJやる日なのに気がついた。片付けしてから厚着してお出かけ。御堂筋へ出たら西風が吹き抜けていった。寒いのに元気やのう(笑)。
maikoさんとmikiakoさんのDJを気持ち良く聴いて、おいしいコーヒーを飲んですごくリラックスできた。家にいるとあれもこれもとすることが押してくるので、こうして外で過ごすのは大事。カリフラワーは広からず狭からず、すごく落ち着く空間だ。トイレにいって座ったら目の前の壁に「俺たちに明日はない」(ボニーとクライド)のポスターが貼ってあった。ふふふとしゃれたトイレでひとり笑い。

我が社の忘年会(笑)

昨日の夜ツイッターでふと書いた〈忘年会とかボーナスとか、なにもカンケイないけど、ちょっとギネスでも飲みに行くか。誘ってみようかな夫婦忘年会(爆)〉に相方からRTがついた。〈そやな、とネットで応えてみる (^^; 〉
ということで、我が社(社員は相方とわたし)のささやかな忘年会が梅田のシャーロック・ホームズで開催された。今日はシャーロック・ホームズでは大阪府ダーツ協会の総会が催される日で、たくさんのダーツ仲間が集まっていた。遅めに行ったら迷惑をかけるところだった。早めに行ってよかった。ゆっくりとギネスを飲んで料理を食べた。今年の最後になるだろうし、ヴィク・ファン・クラブの例会を来年もよろしくの気持ちをこめてたくさん食べて飲んだ。
それからぶらぶらと大阪駅を通りイカリスーパーへ寄ってから、ヨドバシのマックの売り場へ行ってiPad(まだ買わない)と今度買おうと思っているMac miniを眺めた。

二次会は心斎橋のバー ベース。わたしは温かい飲み物が欲しくてカルーアミルクとホットワインを飲んだ。それに中近東風の味がする料理をもらっていい気分。女主人のKさんともうひとりの女性客と話がはずんだ。バックにジャズを流してくれたのが、クリフォード・ブラウンとマックス・ローチの曲で、しばしジャズ談義も。

タムタムカフェからパノラマへ 夜遊び復活

今夜は久しぶりの外食をしに日本橋のタムタムカフェへ行った。以前Sさんにもらったバウムクーヘンを持っていったのがえらく気に入られたので、またSさんにねだって送ってもらった。いつ風邪が去るか気になっていたが賞味期限に間に合ってよかった。東京の下町のお菓子屋さんのだけど、すごく気に入ったんだって。

お酒と肴(厚切りベーコン炒め、鳥の唐揚げ、肉じゃが)。ホットワインがメニューにあったので頼むと、ただ赤ワインを温めたものでなく、シナモンなどハーブと果物(柿、オレンジ、梨)が入って香り高い。これから冬はこれで決まりやね。
カウンターに座った若者たちとのおしゃべりも楽しく、わたし完全復活だわ〜 パノラマ手芸部長はなさん手製のハンドクリームをプレゼント用に買った。

それから四ツ橋へ出てパノラマへ。今日は手芸部のある日で女性たちで賑わっていた。kaoruさんのDJが鳴り響く中でおしゃべりとマッサージと紅茶。手芸部の「モケモケ展」の展示販売でフエルトの小物を買った。

よく若い人と話していると、他の人から「娘さんですか」と言われる。相方に言わせると「お孫さんですか」と言われないだけ喜ばなあかんそうな(笑)。わたしの接する若い人たちはみんな真面目で優しくてよく話を聴いてくれる。

義兄が亡くなって1年

昨日おとといは自分の風邪ひきの話ばかり書いていて肝心の一周忌の話を書いてなかった。と言っても穏やかな集まりで書くほどのことはなし。
一年という日々は故人を忘れさせるもののようだ。義兄の場合は7年半という闘病期間の長さのせいかもしれない。姉は頑張っていたぶんまだ疲れが残っているみたいで、姉を労る集まりだったような。一周忌ってこれでいいのね。

義兄の妹夫妻は定年になった元公務員で郊外に住み、毎日貸農場で野菜を作る日々だという。毎朝6時に起きるんですわと言うので笑ってしまった。横に座ったこの日記を読んでいる甥が笑った。甥「生活時間が正反対ですやん」わたし「6時になったらベッドにいないとお日ぃさんが当ったら融けてしまうわ」。他の人にはわからん会話。元公務員夫妻はわけわからん顔だったが、説明するのもしんどくてパス。
建物を出ると午後の日射しが燦々と輝いていた。「うわっ、まぶしぃ、融けそう」やけくそのわたし(笑)。
ほんまに体をまっすぐにして座っているだけでも疲れた、と話は一昨日の日記につながる。

SUB、荘司幸恵QUARTETの演奏で、亡くなった旧友脇田さんを偲ぶ

荘司幸恵QUARTET+2(荘司幸恵(P) 鈴木一郎(G) 財 盛紘(B) 中野 圭人(D) +西山満(cell) +城下麻弥(Vo))の演奏を聴くのは8カ月ぶり。真面目な演奏ぶりは変わらないし、荘司さんのピアノはスイングして楽しい。ヴォーカルの城下麻弥さんはMAYAさん時代より大人になったような気がする。

この数年のあいだ何人か女性ヴォーカルを聴いて、そのときはよかったと思い、よかったと感想も書いているのだが、どうも好感が長続きしていない。だから女性ヴォーカルをできるだけ聴かないようにしていたのだが、今日の城下さんの歌はよかった。これからが楽しみ。
西山さんのチェロがまた素晴らしい響きだった。そして若きベースとドラムが踏ん張り、ギターの鈴木さんはいつも真面目。

最後の「ブルーモンク」で突然、先日亡くなられたとツイッターで読んだ脇田憲一さんを思い出した。1960年ごろのこと、「真夏のジャズ」を見に行った映画館を出たとき、同じく一人で来ていた脇田さんと鉢合わせした。コーヒーをおごってもらって映画の話をしたが、わたしが「ブルーモンク」に魂を奪われてしゃべりまくるのを笑って聞いてくれた。同人雑誌の仲間でいい兄貴だった脇田さん。素晴らしい演奏に涙が出そうになった。関西の労働運動界に独特の光芒をはなっていたとツイッターには書かれていたが、生前に一度昔話をしたかった。

個人年表作成中

おととい佐藤薫さんと話をしたときは(80年代)と指を折り、昨日は「マリクレール」を買っていたのはいつだったかな(90年代)と首を傾げて考えた。毎度こんなことをしててはいけない、ってずっとこうしてたんだけど(笑)。で突然、年表つくろうと思った。
今日はエクセルで西暦、年号、年齢、自分のできごと、まわりのできごと、社会のできごとの行をつくった。いやに縦に長いんでいやになるが、ちょこちょことすぐ書けるところを入れていくと、人生だな〜悪くないって気になった。

この表を眺めながらブログのテーマを決める日もありそうだ。とりあえず数日は入れる楽しみを味わえる。さっそく去年暮れの義兄、今年夏の義姉の命日を入れたが、父親と母親のを覚えてないという親不孝者である。父のほうはブログをはじめてから亡くなったのでわかるけど。母のほうは姉に聞こう。
登山のところは登った山まで入れようとしたらたいへんやな。このころ登山に夢中と書いておくか。コーラスも団長したこともあったなぁ。仕事を辞めてぶらぶらしてたとき大阪府知事選のアルバイトをしたとか、年表っていくらでも埋めることが出てくるのね。